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OCTOBER 2006 56
国内からグローバルへ
グローバルロジスティクスに注目が集まっ
ている。 国内のロジスティクス整備が一段落
し、次のステップとしてグローバルロジステ
ィクスに着手する企業が増えている。
これまで国内物流だけを手がけてきた人は、
グローバルロジスティクスといわれると、
往々にして尻込みしてしまう。 輸出入の複
雑な手続き、船舶・航空機中心の輸送モー
ドの、相手国における各種の規制や言語、商
慣習の問題など、多岐にわたる専門知識が
必要になるからだ。
しかしながら、それらはマネジメントの一
部の要素でしかない。 基本的な考え方はグ
ローバルロジスティクスも国内ロジスティク
ス再編と変わらない。 要は、どうすれば一番
儲かるのかということだ。
ただし、その実現のためには、在庫の評価
方法、販売計画から販売までの間のプロセ
スとフロー、グループ会社の業績管理システ
ム、情報システムの構造など、国内ロジステ
ィクスでは他社動向に追随することで、あま
り深く検討しないで済んだ基本事項を、し
っかりと押さえておく必要がある。
また一言でグローバルロジスティクスとい
っても、その具体的な中身は企業や業種に
よって異なる。 海外の顧客からのオーダーに
対して受注生産して出荷するタイプの企業
は、輸送経路について費用対効果に見合っ
たものを選ぶことが、グローバルロジスティ
クスの主なテーマになる。
海外に販社があり、販社のオーダーに基
づいて国内工場で生産・出荷する場合は、輸
送の問題に加えて在庫の適正化が課題にな
る。 さらにグローバルに工場を展開している
企業では、複数の工場・販社間におけるロ
ジスティクス・ネットワーク、すなわち物流
拠点の場所と機能、それを結ぶ輸送手段を
検討なければならない。
グローバル化の進展の度合いも企業によ
って千差万別だ。 すでに海外との取引を手
広く行っている企業がある一方、これから展
開しようとする企業もある。 加えて急速に拡
大するBRICs市場を目指し、工場をど
グローバルロジスティクスへの挑戦?
グローバル在庫を診る
ロジスティクス管理の方法論は、その対象が国内で完結している
場合でも、グローバルであっても基本的に変わらない。 実態の把握
が改革の第一歩になる。 ただしグローバルロジスティクスでは、そ
の第一歩を踏み出すのに、様々な工夫と、そして想像力が求められ
る。
第19回
梶田ひかる
アビームコンサルティング
製造・流通事業部
マネージャー
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こに設け、流通拠点をどこに設けるべきか、
というのもホットな話題の一つとなっている。
組立型産業のグローバル化
業種別に見ると、製造業の中でもグロー
バルロジスティクスにいま最も頭を悩まして
いるのは電気機器・機械・精密・輸送機器
等の組立型産業であろう。 もともと化学、食
品などのプロセス型産業は海外子会社の売
上高比率が一割に満たない企業が多く、海
外展開している場合でも、低価格帯の製品
は基本的に現地生産・現地販売となるため、
在庫も輸送も現地内の管理で完結できる。 ま
た日本で生産している高付加価値品は、多
少輸送費が高くついてもコストを吸収できる
ため、これも危急の課題とはなっていない。
それに対して組立型産業は、製造原価に
占める原材料・部品の比率が高く、次に大
きいのが人件費という点に特徴がある。 その
ため工場労働者の人件費の安い地域への進
出が古くから行われてきた。 同時に、それら
開発途上国からの輸出品は、先進諸国市場
において価格訴求力があることから、販売の
グローバル化も進んでいる。
しかも組立型産業は、今やドッグイヤーと
いわれるほど環境変化が激しくなっている。
製品の改廃サイクルの短期化、価格下落率
の上昇などに直面し、特にここ数年は、O
DM(Original Design Manufacturer:相
手先ブランドによる開発製造業者)の台頭
により、国内で開発・生産していたものを、
いきなり中国に移管するといったドラスティ
ックな変更が珍しくなくなっている。
これら組立型産業のグローバリゼーション
のレベルと在庫実態を見てみよう。
図1およ
び
図2は、東証一部上場で連結売上高二〇
〇〇億円以上の企業の地域セグメント売上
高と棚卸資産を分析したものである。 図1
では、連結売上高に占める海外セグメント
の外部売上高の割合と連結棚卸資産日数を
プロットした。 この図の示すとおり、海外販
売の量が多くなるほど、在庫は増える傾向
にある。
図2では、地域セグメント間の内部売上
比率と連結棚卸資産日数をプロットした。 組
立型産業では日本で生産した基幹部品を、人
件費の安い国の海外工場へ販売したり、そこで組み立てられた完成品を海外販社に販
売したりというように、グループ内、それも
極をまたがる取引が行われる。 それが地域セ
グメント間の内部売上である。
一般的傾向として海外売上が増えるのに
伴い内部売上高比率は増加し、在庫も多く
なる。 そのため海外売上が増えるのに従って、
グローバル在庫の削減にも熱心に取り組む
ようになる。 今回の調査ではサンプル数が一
〇〇社と少ないため厳密ではないが、このグ
ラフからすると、企業がグローバル在庫削減
に本格的に着手するようになるボーダーライ
ンは、地域間の内部売上高比率が三割にあ
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るように見受けられる。
また図1、図2が示すように、海外売上
の比率がほぼ同じような企業でも、在庫の量
には大きなバラツキがある。 受注生産/見込
生産の違い、物流負担力、生産リードタイ
ムの違いなど、その要因は単純ではない。 し
かしながら、極めて少ないと言っても良い在
庫量でグローバル販売を行なっている企業は
存在する。 それだけグローバルなロジスティ
クス・フローとストックには見直しの余地が
多く残っていると言えよう。
ファーストステップは在庫把握
国内ロジスティクスの再編は、在庫実態
を把握することからスタートした。 同様に、
グローバルロジスティクスでも、在庫の実態
を示すデータを入手することが、取り組みの
最初のステップになる。 とりわけ見込み生産
品の場合には、これが必須となる。 しかしな
がら、ほとんどの企業にとって実態の把握は
容易ではない。
海外現地法人が連結子会社の場合、棚卸
資産の金額は必ず本社に報告される。 連結
会計強化の昨今、上場企業なら月次で金額
を把握できているところが大半であろう。 し
かし、それ以上のレベル、特定のSKU
(Stock Keeping Unit:在庫管理の最小単
位)の在庫がいくつあるのか、そのSKUの
売上はいくらなのかといったデータをグロー
バルレベルで把握できている企業はまだ少数
派である。 それ故に今、「見える化」が各所
で言われているのである。
また海外現法でも工場の場合は比較的、在
庫実態を収集しやすい。 十年前頃までは、日本から現法の工場にファクスで月次のオーダ
ーを入れ、また工場からも月次の生産計画
をファクスで戻すというフローが中心であっ
た。 それがインターネットの時代になって一
変し、今や需要予測、生産計画、在庫を、製
造事業部〜海外工場間で可視化することが
当たり前になっている。 これに伴い、工場で
いつ、何の在庫が作られ、それがどこにどの
ような輸送モードで輸送されたかといったデ
ータを、本社で把握し、分析している企業
が増えている。
把握が困難な海外販社在庫
これに対して、海外販社の在庫実態を把
握・分析するのはいまだに容易ではない。 も
ちろん海外販社の棚卸資産の金額はつかめ
る。 しかし在庫は金額だけでは、それが多い
か少ないかの判断はできない。 その理由を
図
3
で説明する。
グループ内の現法工場で作られた製品は、
「移転価格(振替価格)」で別の現法販社に
販売される。 この取引は、FOB(free on
board:本船渡し)が大半であるので、その
価格に輸入諸掛を加えたものが現法販社の
仕入れ価格になり、棚卸資産の簿価になる。
棚卸資産は、一定期間が過ぎて陳腐化す
ると評価減が行われる。 原価法中心の日本
と違って、諸外国では棚卸資産に低価法が
適用されているところが多い。 そのため評価
減が日本よりもずっと頻繁に行われる。 もちろん廃棄損も発生する。 帳簿上の仕入時点
の簿価が同じ期中にも大きく変動する。 そ
のため、ある期における売上高と期末の棚卸
資産金額だけでは、在庫が何日分あるのか
はわからない。
この問題は、とくに北米と欧州で顕著と
なっている。 アジアに工場を置き、欧米市場
に輸出している企業には、共通する悩みと言
ってもいいであろう。 人件費の安い国で低価
格品を製造して輸出するというモデルである
ため、輸送には船舶が使われる。 リードタイ
ムは長い。 それだけ在庫は膨らむ。 加えてロ
ジスティクスという観点での販社のコントロ
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ールが十分でないことから、必要以上の在庫
を抱え込んでいることが多い。 しかも日本国
内と同様に、売れ筋の在庫は少なく、売れ
ない在庫が過剰にある。
金額ベースで概ね北米に三〜四カ月分、欧
州に三〜四カ月分の在庫があるというのが、
最近の一般的水準のようだ。 いくら船舶輸
送のリードタイムが長いとはいえ、この数値
は明らかに多すぎる。 数十%レベルの大幅な
在庫削減が可能なはずだ。
在庫データを入手する
在庫管理の仕組みの妥当性を判断し、課
題を探求するには、SKU単位で在庫数量と売上数量を把握する必要がある。 その基
礎となるデータは、海外販社のコンピュータ
システムのどこかに存在している。 それを日
本からネットワークを介して入手する、それ
ができないのなら海外販社からデータをもら
い、それを日本で扱えるように変換する。 こ
れによって日本にいながらグローバルな在庫
の分析を行うことが可能になる(
図4)。
近年、連結会計早期化の目的で、本社と
同様のERPシステムを現地法人に導入す
る企業が増えている。 この場合には、日本か
らでもすぐに現地のデータを入手できる。 E
RPとは別に物流管理用のサブシステムで
輸送の詳細データを管理していることもある
が、在庫分析だけであればERPのデータの
みで十分である。
現法に現地資本が入っているなどの理由
から、現地の基幹システムが本社と異なる場
合には工夫が必要になる。 しかし、これもグ
ループ内のITに精通している要員をうまく
コーディネートすることで、一般に考えられ
ているよりもずっと容易に分析用のデータを
入手することができる。
具体的には、在庫を横断的に見ることの
できる管理システムを新たに構築するという
方法以外にも、グローバル在庫データベース
を構築する方法や、あるいは海外のWMS
(倉庫管理システム)からネットワークを介
して実在庫データや出荷データを抜き出す方
法などがある。
このように在庫数量、出荷数量のデータ
は比較的入手しやすい。 それに対して実態
把握の難しいのが、在庫評価減や廃棄損で
ある。 前述したように、国によって会計制度
が違うため、日本と海外の現法では在庫の
評価減や廃棄損の計上方法が異なる。 その
ため、データの変換が必要になる。 これは各
現法の会計処理方法に精通していないと難
しい。 通常は現法の協力を得て実態を報告
してもらうことになる。
そもそも在庫が多いことで発生する問題
とは、キャッシュフローの悪化と、そして在
庫の陳腐化による評価減、廃棄損、値引き販売等のロスである。 このうち陳腐化による
ロスは日本国内であっても実態を正確に把
握することが容易ではない。 しかし日本と同
様にグローバルでも、実態を明らかにしない
限り在庫削減は進展しない。
確かに、必要なデータを全てきれいに揃え
ることは困難である。 それでもまずはグルー
プ各社の情報システムを理解して可能な限
りデータを入手する。 そして入手したデータ
を元に想像力を発揮し、様々な仮定を設け
ながら実態分析を行う。 グローバルロジステ
ィクス再編に向けた初期の段階に求められ
るのはこのような力なのである。
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