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JANUARY 2007 68
明星食品に対するTOB
日本列島にTOB旋風が吹き荒れている。 ライブドアに
よって買い占められたニッポン放送株をフジテレビがTOB
で取得し、そして村上ファンドに買い占められた阪神電鉄
株を阪急ホールディングスがTOBで取得した。
そして今度はスティール・パートナーズが明星食品株にT
OBを仕掛けたのに対して、日清食品が対抗ビッドをかけ、
これによって明星食品は日清食品の支配下に入ることがほ
ぼ確実になった。
アメリカの投資ファンドであるスティール・パートナーズ
はこれまでユシロ化学工業やソトーなどにTOBを仕掛け、
その後、三精輸送機やサッポロ・ホールディングス、江崎グ
リコ、シチズン時計、ブラザー工業、ハウス食品、キッコー
マンなどの株式を取得していたが、明星食品株も二〇〇三
年の段階で二三・一%取得していた。
そして二〇〇六年一〇月、スティール・パートナーズは
改めて明星食品株に一株七〇〇円でTOBを仕掛け、それ
に対して日清食品が一株八七〇円で対抗ビッドを行った。 そ
の結果、スティール・パートナーズのTOBには申し込みが
ゼロになり、日清食品によるTOBが成功する見通しにな
った。 しかし、スティール・パートナーズはTOBに失敗し
たとはいえ、作戦は成功した。 というのもスティール・パー
トナーズは、日清食品によるTOBに応募して、二〇〇円
台で買ったと思われる明星食品株を売却することで三六億
円の売却益を得ることになるからである。
このことは、スティール・パートナーズは日清食品による
対抗ビッドが出されることをあらかじめ想定して明星食品株
にTOBを仕掛けたということを意味している。
会社を乗っ取るのが目的でTOBを仕掛けたのではなく、
あらかじめ仕込んでいた株を高値で売り逃げて利益を得るた
めにTOBを行ったということである。
「白馬の騎士」の正体
第二次大戦後、アメリカでは
M&A(合併と買収)が盛ん
になり、会社乗っ取りのためのTOBが続発した。 そこで多
くの会社が乗っ取り防衛策を講じたのだが、そのなかでホワ
イト・ナイト(白馬の騎士)という言葉が流行した。
TOBを仕掛けられて会社が乗っ取られそうになった時、
別の会社に助けを求めて対抗ビッドを出してもらう。 それは
まるで、若い美女が盗賊に誘拐されそうになった時、どこか
らともなく白馬にまたがった騎士が現れてその美女を助ける
のと同じだというわけだ。
ただ、この場合、助けられたと思った美女はその白馬の騎
士にさらわれたのである。
これは助けるというポーズで、白馬の騎士がその美女を誘拐したのと同じことではないか‥‥。
村上ファンドにさらわれそうになった阪神電鉄は阪急ホー
ルディングスがTOBを仕掛けることによって阪急電鉄に乗
っ取られたのであり、それによって村上ファンドは儲けた。
同じようにスティール・パートナーズにさらわれそうにな
った明星食品は日清食品に助けを求め、その日清食品が明
星食品株にTOBを仕掛けることで、明星食品は日清食品
に乗っ取られたということである。
そしてスティール・パートナーズはこれによって大儲けす
るというわけだ。
「白馬の騎士」の正体は実は乗っ取り屋だったというわけ
だが、アメリカでもこんなことがしばしば行われていた。
その結果、起こってくるのが市場の独占化である。 日清
食品が明星食品を傘下に収めれば、即席ラーメン業界にお
けるシェアは五割を超えることになる。
これは競争制限として当然、独占禁止法による規制を受
けることになるのだが、どうしたことか公正取引委員会はこ
れを放置している。
イギリスやアメリカでTOB(Take Over Bid‥株式公開買付)はもともと、会
社を乗っ取るために利用されてきた。 ところが日本では持株を高く売り逃げる
ためか、会社の資産をバラバラにして売り飛ばす目的に利用されている。 この
日本的なTOBの背景と意味するところは何か。
69 JANUARY 2007
「日本的買占め」の再現か
戦後日本で、乗っ取り防止のための安定株主工作が大規
模に行われたが、それに便乗して儲けるというビジネスが流
行した。 上場会社の株を数%買って、これを会社側に買い
取らせるというもので、私はこれを「日本的買い占め」と呼
んでいる。
それは会社乗っ取りが目的でなく、会社側に買い取らせ
ることで儲けるというビジネスである。
誘拐犯にカネを渡すのと同じで、渡せば必ず次の誘拐が
行われる。 この「日本的買占め」はこうして次つぎと起こり、
トヨタ自動車などはそれに手こずったものである。
いま起こっている株の買占め、あるいはTOBは、「白馬
の騎士」が現れて対抗的TOBを出してくれるということを予想して行われている。
それによってライブドアは大儲けし、村上ファンドも大儲
けした。 そしてスティール・パートナーズも同じやり方で儲
けようとしている。
かつての「日本的買占め」で株を買い取らされた会社は
これにこり、財界の働きかけもあってやがて株を買い取らな
いという態度に出た。 いま起こっているTOB旋風に対して
も上場会社はそれを阻止しようと一生懸命になっている。
それが東京地検によるライブドアと村上ファンドの摘発と
なって現れているのだが、さすがに外資系ファンドはその点
で抜かりがない。 スティール・パートナーズは見事にそれを
くぐり抜けており、東京地検もこれには手を下しようがない。
株式の?持ち合い崩れ〞が起こり、安定株主による持株
比率が低下したために、株式の買占めによる会社乗っ取り
が起こることは避けがたい。 ただ、それは大企業をますます
大きくするというより、大企業を解体していく方向に進んで
いる。
これが現在のTOB旋風の意味するものである。
おくむら・ひろし1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷
大学教授、中央大学教授を歴任。 日本
は世界にも希な「法人資本主義」であ
るという視点から独自の企業論、証券
市場論を展開。 日本の大企業の株式の
持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判
してきた。 近著に『株のからくり』(平
凡社新書)。
解体屋によるTOB
TOB(テイク・オーバー・ビッド)は日本では株式の
「公開買付け」制度という名前で一九七一年に導入された。
これは本来、株主から株式を公開で買い付け、その会社の
経営支配権を取得するというものであり、テイク・オーバー、
すなわち会社乗っ取りのために行われるものである。
TOBがはじめて制度化されたのはイギリスだが、そこで
は会社乗っ取りのためにこれが行われたし、この制度を導入
したアメリカでも、会社乗っ取りの方法としてTOBが盛ん
に使われた。
ところが日本では、TOBが会社乗っ取りに使われると
いうことはこれまでほとんどなかった。 というのは日本では
安定株主工作によって会社同士が相互に株式を持ち合って
おり、株式の買い占めによる会社乗っ取りがほぼ不可能に
なっていたからである。
ところがバブルが崩壊したあと、株式の?持ち合い崩れ〞
が起こり、乗っ取りの危険性が生じてきた。 そこに現れたの
がライブドアや村上ファンド、そしてスティール・パートナ
ーズのような外資系投資ファンドである。
これらはいずれも、会社を乗っ取って経営するために株式
を買い占めたりTOBを仕掛けるのではなく、対抗的なT
OBが出てくるのを待って、それに応募して株を売ることに
よって儲けようとするものである。
そしてもし「白馬の騎士」が現れなかったら、その会社の
資産をバラ売りして儲けようとする。 アメリカでこれを大規
模に行ったのがRJRナビスコをTOBで乗っ取ったKK
Rという投資ファンドだった。 それは言うなれば「解体屋」
であって、大企業をバラバラに解体して売り飛ばすことで儲
けようというものである。
その解体屋が日本に上陸し、そして日本国内からも続々
と解体屋が現れている。
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