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MARCH 2007 56
事業バランスは均衡している
日本には国際コンテナ輸送を手掛ける海運
会社が三社存在する。 海運大手三社と呼ばれ
る日本郵船、商船三井、川崎汽船である。 そ
の中で三番手に位置する川崎汽船の連結売上
高は日本郵船の約半分、商船三井の約三分の
二。 株主資本規模は日本郵船の約四五%、商
船三井の約六〇%(いずれも二〇〇五年度実
績)と、二社に比べ相対的に小粒である。
ただし、国際コンテナ輸送事業では存在感
を示している。 主要航路と言われるアジア―
北米、アジア―欧州航路の年間コンテナ取扱
量を見ると、その規模は日本郵船にほぼ匹敵
し、商船三井を約二五%上回る。 すなわち川
崎汽船の特徴を挙げるとすれば、コンテナ事
業のウエートの高さと言える。 実際、連結売
上高に占めるコンテナ事業収入の割合は川崎
汽船が四八%であるのに対し、商船三井は三
六%、日本郵船は二八%となっている(〇五
年度実績で、日本郵船はコンテナターミナル
事業など周辺事業を除く)。
海運業は大きく定期船事業と不定期船事業
に分けられる。 このうちコンテナ事業は定期
船事業の代表格である。 定期船とは決められ
た航路を一定のスケジュールで定期的に運航
し、不特定多数の荷主の貨物(主に製品)を
積み合わせて運ぶ形態の総称で、バスに例え
ると「路線バス」に相当する。 コンテナ船の
代表的な航路はアジア―北米(北米航路)と
アジア―欧州(欧州航路)で、主にアジア地
域で生産された家具、家電製品、医療品など
の貨物が欧米の先進国向けに輸送される。
一方、不定期船とは特定荷主との契約によ
る貸し切り輸送である。 鉄鉱石や石炭といっ
た原材料や穀物などを輸送するドライバルク、
石油やガスなどを運ぶタンカーなどがこれに
当たる。 バスに例えれば「貸し切りバス」で
ある。
不定期船は原則として運賃とコストをあら
かじめ固定したうえで荷主と契約を交わすケ
ースが多く、大儲けを期待しにくいものの、大
損することが少ない。 これに対してコンテナ
船には、いわば見込み生産を行う装置産業的
な要素がある。 需給によって運賃が変動する
ため、貨物量が見込みよりも多ければ、数量増と運賃上昇によって大きな利益を確保でき
る。 ところが、その逆のケースでは大きな赤
字を被る可能性も否定できない。 要するに、
コンテナ船事業は収益の変動性(ボラティリ
ティ)が非常に大きいのである。
先述した通り、川崎汽船はコンテナ事業の
ウエートが相対的に大きいため、株式市場で
はシクリカル(景気循環の影響を受けやすい)
業種とされる海運株の中でもとりわけ株価ボ
ラティリティの高い銘柄であると認識されて
いる。 しかし、世界の大手海運会社の多くは
コンテナ事業特化型であり、むしろコンテナ
事業収入のウエートが五割以下にとどまって
いる川崎汽船は、世界的に見れば事業バラン
第28回
川崎汽船
コンテナ収支改善で増益転換に期待も
株価には織り込み済で割安感は後退
コンテナ需要の拡大で二〇〇七年度は三期ぶり
の経常増益が予想される。 不定期船事業での収益
改善が順調に進んでいる点も評価できる。 ただし、
この半年で一〇〇〇円台にまで回復した株価は、
当面の収支改善がすでに織り込まれた水準であり、
割安感は後退している。
板崎王亮
クレディ・スイス証券
運輸担当アナリスト
57 MARCH 2007
スの均衡した海運会社と言える。
欧州航路の運賃が回復基調に
一昨年の秋以降、欧州航路の大幅な運賃下
落の影響で、世界の大手コンテナ海運会社の
ほとんどが大幅減益もしくは赤字転落といっ
た厳しい業績を余儀なくされている。 コンテ
ナ船の供給規模が二〇〇六年から拡大すると
いう将来見通しと、一部の大手海運会社の特
殊事情による運賃値下げを契機に、値崩れが
生じたためと見られる。 川崎汽船の業績も〇
七年三月期はコンテナ事業損益が五〇〜一〇
〇億円規模の赤字となりそうである。
しかしながら、主要航路におけるコンテナ
船の供給量は当初の見通しほど拡大していな
い(一部の既存船が急拡大する南米やアジア
域内需要に対応するため転配されたことが要
因とされている)。 そ
の一方で需要は引き続
き旺盛であることから
昨年後半以降、欧州
航路のコンテナ運賃は
回復基調にある。 北米
航路も燃油コストや内
陸輸送(鉄道、トラッ
ク)コストの急増を背
景に運賃水準の回復
を見込める。 〇七年度
はコンテナ収支の改善
で川崎汽船の経常利
益も三期ぶりに増益転
換が予想される。
中長期的に見てもコンテナ事業の将来性は
明るい。 過去一〇年、主力の北米航路の荷動
きは年平均十三%程度の伸びを記録している。
先進国からアジアへ生産拠点がシフトしてい
ることがコンテナ需要の拡大に寄与した。 し
かもこうした構造変化は今後も続くことが予
想される。 現在、OECD先進一〇カ国の世
界における労働人口構成比は一〇%程度であ
るのに対し、工業生産額のシェアは依然とし
て六〇%以上を占めるなどアンバランスな状
況にある。 今後も人口増加や経済規模拡大の
見込まれるBRICs諸国や東南アジアなど
を中心に生産シフトの動きが継続すると見ら
れるためである。
こうして将来的には市場規模の拡大が見込
まれているものの、コンテナ業界への新規参
入はほとんど見受けられない。 むしろ業界で
は大型合併による再編が相次ぐなど寡占化が
加速している。 短期的な需給サイクルは生じ
るが、長期的にみれば収益機会は改善の方向
に進むと考えられる。
一方、安定収益の見込める不定期船分野で
は需要拡大を受けて船隊を増強している。 具
体的には支配船腹数を二〇〇八年度末までに
〇五年度末比一〇〇隻増の四九八隻とする方
針。 年率八%程度の増加率は同業他社の船隊
増強計画をやや上回るペースである(日本郵
船と商船三井はともに年率六%程度を計画)。
こうした新造船による不定期船中長期契約の
積み上げや高コストチャーター船の返船など
を通じて〇七年度には四〇億円、さらに〇八
年度には五〇億円程度の収益改善効果を見込
んでいる。
川崎汽船の株価は昨年夏に六〇〇円台半ば
だったが、現在では一〇〇〇円強まで上昇し
ている。 これは円安や燃料油価格の低下など
外部環境の好転に加えて、昨年七月以降の欧
州航路コンテナ運賃の回復基調が今年に入っ
てからも継続するという見方を背景にした動
きであると考えられる。
しかしクレディ・スイス証券では現状の株
価が一月および四月の欧州航路、五月の北米
航路のコンテナ運賃上昇までを織り込んだ水
準であると分析している。 一時期は二%を超
えた配当利回りも一%台半ばの水準に落ち着
くなど株価バリュエーション面でみた明らか
な割安感の是正も概ね一巡したと見ている。
足元では北米航路の荷動きにやや減速感が
見られること、さらに荷動きの先行指標とな
る米国ISM(全米供給管理協会)の新規受注指数が一月時点で弱含んでいることなどか
ら、二〇〇七年度以降のコンテナ取扱量や運
賃の方向性を見定めるためには、少なくとも
中国の旧正月(二月中旬)以降の荷動き状況
を確認する必要があるだろう。 したがって現
在の投資評価は中立を意味する「NEUTR
AL」としている。
川崎汽船の過去10年間の株価推移
(円)
《出来高》
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