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MARCH 2007 76
フォード、創業以来の大赤字
フォード・モーターが二〇〇六年十二月期決算で一二七
億ドル(約一兆五〇〇〇億円)の赤字を計上して人びとを
驚かせた。 フォードが創立してから一〇三年、最大の赤字
であるが、これはアメリカ市場でのフォード車の販売不振に
加えて、多くの工場を閉鎖し、大量の人員整理をしたこと
による赤字が重なったためである。
フォード・モーターは昨年九月、ボーイング社からアラ
ン・ムラリーを社長(CEO)に迎えて再建につとめてきた
が、赤字はさらに増大するばかりである。
そのムラリー社長は昨年十二月、日本にやってきてトヨタ
自動車の張富士夫会長と会談した。 これについて「日本経
済新聞」は、フォードがトヨタ自動車と、ハイブリッド車な
どの環境技術や効率にすぐれたトヨタ生産方式の移植、さ
らに部品調達費の削減などで協力することを検討中だと大
きく報道した。 これは「協力」というけれども、その内容か
らみて、経営危機に陥っているフォードがトヨタの助けを求
めるというものである。 もっとも、その後の動きをみると、
どうやらこのフォード=トヨタの提携交渉なるものは実現の
可能性は薄いようである。
トヨタは二〇〇五年にGMが所有していた富士重工業の
株式を取得した。 この時もトヨタがGMと提携するという説
が伝えられたが、結局は憶測に過ぎなかった。 それだけに今
回のトヨタ=フォードの提携話も蜃気楼に過ぎないのではな
いか、と「週刊東洋経済」(二〇〇七年二月三日号)は書い
ている。
GMにせよ、フォードにせよ、アメリカの自動車メーカー
が経営危機に陥っていることは厳然たる事実だ。 これに対し
て好調な業績を誇っているトヨタが救援の手をさしのべると
いうのは誰もが考えるストーリーではある。 しかし問題はそ
う簡単に進まないということもまた厳然たる事実なのである。
逆転したトヨタ、フォードの提携話
フォードとトヨタの提携といえば半世紀前のことを思い出
す。 一九四九年、アメリカ占領軍は日本に対して乗用車の
生産再開の許可をしたが、当時、トヨタ自動車は大量の人
員整理を行い、大争議が起こっていた。 そこで日本銀行の
あっせんで特別融資を受け、再建案として販売部門をトヨ
タ自動車販売として独立させた。
そして一九五〇年、トヨタ自動車販売の神谷正太郎社長
がアメリカに飛んで、フォードとの提携交渉を行った。 これ
はフォードの資本をトヨタに導入することで再建をはかろう
というもので、もしそれが実現していればトヨタはフォード
の子会社、あるいは関連会社になっていたはずである。
ところが、この提携交渉が始まる段階で朝鮮戦争が勃発し、フォードは設備拡張のために巨額の投資が必要になり、
トヨタとの資本提携どころではなくなった。
こうしてフォードとトヨタの第一回目の提携交渉は挫折
したのだが、その後一九六〇年から六一年にかけて二回目
の提携交渉が行われ、トヨタとフォードが共同出資して日
本に合弁会社を設立するという話になった。 しかし、フォー
ドはトヨタの株式の四〇%を取得することを条件にしたため、
これでこの交渉も決裂した。
そして今回は三回目の提携交渉である。 重要なことは前
二回はいずれもトヨタがフォードの軍門に降るというもので
あったのに対して、今回のそれは立場が逆転して、フォード
がトヨタの軍門に降るか、あるいはそれに近いものであると
いうことである。
半世紀ほどの間にこれほど日本とアメリカの立場が逆転
したということである。 しかし、それは単に日本とアメリカ
の自動車メーカーの地位が逆転したということにとどまるも
のではない。 それはアメリカを代表する巨大企業が危機に陥
っているということを意味しているのだ。
GMとフォードが深刻な経営危機に陥っている。 一方、かつてはフォードの支
援を仰いだこともあるトヨタは、いまや逆に支援をする立場にある。 だがこれ
はアメリカ式経営の失敗と日本的経営の成功という話ではない。 巨大株式会社
の存在理由そのものがなくなりつつあるということなのだ。
77 MARCH 2007
巨大株式会社の危機
アイゼンハワー大統領の時の国防長官になったチャール
ズ・ウィルソンGM会長は「GMにとって良いことはアメリ
カにとって良いことだ」と言ったが、GMはアメリカを代表
する企業であり、そしてフォードはそれに次ぐ第二位の自動
車メーカーであった。
二〇世紀のアメリカはまさに自動車文明を象徴するもの
であった。 それは大量生産、大量販売を原理とするもので、
それによってアメリカ資本主義は繁栄した。 大量生産によっ
てコストが低下し、販売価格も安くなる。 これが「フォーデ
ィズム」といわれたが、この大量生産の原理によって栄えた
アメリカ資本主義がいまや危機に陥っているのだ。
GMやフォードの経営危機はまさにそのことを意味している。 「ニューヨーク・タイムズ」のミシェリン・メイナード
は、フォードのアラン・ムラリー社長が「小さいことは良い
ことであり、必要なことだ」と言っていると書いている(二
〇〇七年一月二六日付け)。 これまで大量生産こそがフォー
ディズムであり、自動車産業の繁栄を支えていたとされてい
たものが、今やその逆になったというのである。
これは自動車産業がもはや大量生産の原理を維持するこ
とができなくなったということを意味している。 それは単に
自動車産業の危機というよりも、巨大株式会社が危機に陥
っているということを意味している。
というのは大量生産、大量販売こそが巨大株式会社の原
理であり、そのためにこそ巨大株式会社が必要だったのであ
るが、それがいまや通用しなくなったということである。
GM、そしてフォードの経営危機をアメリカ式経営の失
敗、あるいは日本的経営の成功のあらわれのように書いてい
る学者や評論家が多いが、彼らにはこれが巨大株式会社の
危機であるということの認識が全くない。 これはいったいど
うしたことか‥‥。
おくむら・ひろし1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷
大学教授、中央大学教授を歴任。 日本
は世界にも希な「法人資本主義」であ
るという視点から独自の企業論、証券
市場論を展開。 日本の大企業の株式の
持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判
してきた。 近著に『株のからくり』(平
凡社新書)。
GMの危機――大企業病
アメリカの自動車メーカーのトップはいうまでもなくGM
である。 そのGMも二〇〇五年には七三億九〇〇〇万ドル
という巨額の赤字を計上して大問題になった。
そこでGMの大株主であったカーク・カーコリアンが、G
Mの危機打開策としてルノー=日産自動車連合と提携する
よう提案した。 フランスのルノーは日産自動車と資本提携
してカルロス・ゴーンが日産自動車の社長になっていたが、
GMをこのルノー=日産連合軍と提携させようというわけで
ある。 この提携交渉にゴーン日産自動車社長が意欲的であ
ったが、この三社提携では「関係が複雑になり、GM株主
の利益にはならない」という理由でGMのリチャード・ワゴ
ナー会長がこれを拒否し、結局この交渉は昨年一〇月に御
破算になった。
GMの経営危機はフォードより早く表面化していたが、か
つてはアメリカを代表する巨大企業とされていたGMがこの
ような危機に陥るとは多くの人が考えもしなかったことであ
る。 しかし、GMの危機は早くからGMの経営陣によって
認識されていた。
一九七九年、『晴れた日にはGMが見える』という本が出
版されてアメリカで大きな話題になり、翌年、ダイヤモンド
社から日本語訳も出た。 これはもとGMの副社長で、次期
社長になることがほぼ決まっていたジョン・Z・デロリアン
がGMについて語ったことを、J・パトリック・ライトが書
いたもので、この本ではいかにGMが大企業病に冒されてい
るか、ということが克明に書かれている。
そして一九八九年には、アメリカの自動車産業アナリス
トとして第一人者といわれていたマリアン・ケラーが『GM
帝国の崩壊』という本を書いて、GMが危機に陥っている
ことを訴えた。 この本も翌九〇年に日本語訳が出たが、こ
れも刺激的な内容の本であった。
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