ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年4号
物流IT解剖
日本通運

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

APRIL 2007 58 CIOが存在しない 不思議な分権体制 「物流業者のなかでは、日本通運の システム部門に断トツで優秀な人材 が多い」――。
物流業界に詳しいあ るITベンダーが、かつてそう評価す るのを聞いたことがある。
たしかに日 通の情報インフラの規模と多彩さは 圧倒的だ。
これだけのシステムを開 発・管理しているのだから、さぞかし 戦略的なプロ集団がいるに違いない と思わされる。
世界三七カ国の一八七都市に三一 五拠点を展開(二〇〇六年三月末) する日通の物流ネットワークは、世 界最大級の規模を誇る。
これを支え る情報ネットワーク「NEWINS」 (Nippon Express Worldwide Information System)もまた、世界一六カ所 に設置したホストコンピュータを専用 の高速デジタル回線でつなぐ大規模 なものだ。
もちろん日本国内も細か く網羅している。
インターネットが普及した昨今では世界規模の通信網は珍しくなくな った。
だが、これを二〇年近く前に 実現した日通の情報インフラが、日 本の物流企業のなかで屈指のレベル にあることは間違いない。
外部の業 者に丸投げすることなく、ほぼ自社 で開発・運営してきた能力も折紙つ きだ。
ところがユーザーの立場からみ たソフト面を含む実力となると、何 とも評価しづらいところがある。
何よりも日通には、外部からみて 分かりやすいIT戦略が存在しない。
同社は国際と国内に大別してITを 管理している。
国際については航空 事業や海運事業を支えるシステムな どがあり、国内では宅配事業や通運 事業などを支えるシステムなどがある。
経理・会計システムは全事業を網羅 しているが、それ以外は、基幹システ ムといえども事業ごとに開発・運営 している。
全社を統合的に管理するIT部門 もない。
本社の「IT推進部」の主 な役割は、経営管理システムと国内 情報インフラの高度化を図るという ものだ。
国際的な情報インフラの整 備は別途、本社の国際事業部のなか にある「海外企画部」が調整役とな り、航空事業部や海運事業部などが 共同で構築している。
ここではIT 推進部は計画段階で全体との整合性をチェックしているに過ぎない。
つま り、事業部ごとの極端な分権体制が、 日通のIT管理の特徴といえる。
さらに日通には、CIO(最高情 報責任者)と呼べる人物も見当たら ない。
過去五年ほどの有価証券報告 書や事業報告書などの記載を見ると、 役員の担当業務を示す欄に?IT部 門〞という記載はあっても、その人 物の経歴からはITのスペシャリス 事業部門別にシステムを自社開発 全社を統合するCIO機能に課題 第1回日本通運 日本通運のITは分かりにくい。
比較すべきライバル企業が宅配やロジスティク スなど主力事業を中心に展開しているのに対し、日通の総合物流業を支えるシス テムは事業単位で切り出すことができない。
実力をアピールするのも難しいはず だが、ある社員は「ITのせいで物流コンペに負けたことはない」と強気だ。
有力 物流企業の“情報力”を探る連載の第1回は、日本通運に登場してもらう。
59 APRIL 2007 トという印象は浮かび上がってこない。
ここからも日通の経営におけるIT の位置づけがうかがえる。
象徴的なのは同社のウェブサイト だろう。
サイトマップを見るだけでも 情報量の多さに圧倒されるのだが、実 はここで一行に過ぎない各事業の多 くが、それぞれに堂々たるサイトを構 えている。
これらを含めたトータルの 情報量となると、もはや実感できな いほど膨大だ。
にもかかわらず、現在 の日通のサイトには検索エンジンがな い。
各事業部が独立してサーバーを 立てているため、横断的な検索のし ようがなかったのだという。
強烈なオーダーメイド志向の 強みと弱み いかにも大企業らしいバラバラの 管理がなされているわけだが、だから といって個々のITの水準は決して 低くはないところに、日通という会 社の特徴がよくあらわれている。
I Tに対するこうした姿勢は、同社の 歴史と事業規模が必然的に生み出し たものだ。
日本の大手物流企業の多くは、七 〇年代から八〇年代にかけて情報シ ステム子会社を作り、本体からIT 部門を切り離してきた歴史を持つ。
こ れに対して、日通は逆の道を歩んで きた。
当初は日通総合研究所に置か れていたIT管理の機能を、段階的 に本体に取り込んできた。
その名残 もあって、いまだに日通には直系の 大規模なIT子会社がない。
前掲のように二〇年前から世界的 な情報網を構築していた日通にとっ て、現在では当たり前のアウトソーシ ングという考え方は縁遠いものだった。
IT基盤を整備するために自ら専門 部隊を抱え、事業活動で使うシステ ムについても自社開発するという流 れが自然にできた。
今でこそ富士通 やNEC、日本IBMといった大手 ITベンダーと役割を分担している ものの、業務に直結するシステムは、 技術面を除けばいまだに自社開発す るという意識が強い。
事業ごとにITを構築するのも日 通ならではの特徴だ。
「当社のITは、 単品商売に近いビジネスを展開して いるところとは異なる。
あらかじめ図 面を引いて、そこに各事業のITを 乗せるという考え方だと非常にいび つなシステムになってしまう。
共通基 盤としての線だけを引いておき、あと は事業ごとに基幹系の仕組みを構築 する。
これを最終的に一つの器のな かで展開できるようにするというのが 我々の考え方だ」とIT推進部の伊 藤真喜夫専任部長は説明する。
日通のITは、いわば徹底的にカ スタマイズされたシステムの集合体だ。
こうした考え方もあって、本社のI T推進部に所属している社員は六五 人と、自社管理にこだわるわりには 少ない。
ハードやオペレーション・シ ステムなどITインフラを管理してい る社員が約二五人いて、ほかに会計 システムなどを管理する社員や、宅 配事業など本社内の営業部門のシス テムを管理する社員などがいる。
その一方で、事業部が抱えている ITの人員は多い。
たとえば約二〇 〇〇億円規模の売上高をもつ航空事 業では、東京だけでも五〇人近い規 模のIT部隊を抱えている。
筆者と しては、航空事業のITだけを取り 出してみれば理解しやすいのではない かと考えたのだが、甘かった。
ここで もオール日通と同じような混沌に突 き当たってしまった。
航空事業という括りが、依然とし て広すぎた。
東京に五〇人弱いるI T担当者は、八割が国際を、二割は 国内を担当している。
しかも国際航 空事業と一言でいっても、フォワー ディングであれば近鉄エクスプレスや 郵船航空サービス、ロジスティクスで は英エクセルやバックス・グローバル、 国際宅配ではフェデックスやUPS などを意識しながらITを構築して いて、事業の内容ごとにシステムが 異なる。
航空事業のITも、やはり複数の 事業を内包したシステムだった。
この ような分かりにくさは、日通のIT の弱点の一つでもある。
自社ですべ てを網羅できるうちはいいが、いざ他 社と協業しようとすると深刻なネッ クになりかねない。
長年にわたり業界 の盟主として君臨してきた同社の経 営が、そもそも大規模なM&Aなど を想定してこなかったことをうかがわ せる。
それでも当事者の自己評価は強気 だ。
「少なくともロジスティクス関連 では、ITが劣っているという理由 でコンペに負けたことはない。
倉庫管 理を含む総合的なサプライチェーン 管理の仕組みは高く評価してもらっ ている」と東京航空支店・グローバ ルSC営業開発課の大辻智課長は強 調する。
「ITだけでは何もできない。
前提 本社・IT推進部の伊藤真喜夫 専任部長 APRIL 2007 60 という二段階で処理していた。
この ため宅配事業のように膨大な送り状 を処理しなければいけない業務では、 現場レベルの事務処理システムを別 に構え、こちらの処理が済むまでは 正式に売り上げを計上できないとい う悩みを抱えていた。
これを日々の 事業活動が経理・会計システムに直 結するように刷新した。
その過程で独SAPのソフトをは じめとするERPパッケージの導入 も模索した。
結局、マスター登録に 膨大な手間がかかるとか、物流業に 特有のイレギュラーに対応できないと いった理由からERPの導入は見送 られたが、新システムでは既存の会 計パッケージを一部に組み込むとい う開発手法をとった。
さらに、このと きの経緯には、日通のIT管理にと って特筆すべきものがあった。
当時の日通は、まず事業ごとにI Tを構築し、本社は結果だけを集計 するという従来の管理手法に限界を 感じていた。
これを打破するため、こ こではIT主導で実務を変えていく というアプローチがとられた。
この目 的のために本社内に、それまであった 「情報システム部」とは別に「IT改 革部」が新設された。
その英文名称 には当初、BPR(Business Process Reengineering)という言葉が当てら れ、IT担当者だけでなく総務、経 理、営業などの人材が幅広く集めら れた。
まさに全社的な業務改革を推 進する母体という位置づけだった。
IT改革部が主導して作った新た な管理システムは、全事業の経理処 理や、入出金をともなう事務処理業 務、さらには財務・管理会計処理ま でを広く網羅するITインフラとな った。
これによって「大量のデータを即、売り上げに計上することが可能 になった」(IT推進部の荻島敦次長)。
併せて、全社員に「経費口座」を与 え、会社の経費が各個人の口座に振 り込まれるようにして、経費に関連 する現金の動きを一切なくした。
一連の業務改革にメドがついた昨 年一〇月、情報システム部とIT改 革部を統合。
現在のIT推進部が誕 生した。
総合力を発揮する 多彩なパッケージ群 本社のIT改革部による取り組み の多くは、いわば?守り〞のIT活 用だ。
これとは対極に位置している のがITを生かした営業活動だが、こ の領域でのサービス展開やパッケージ の品揃えでも日通は群を抜いている。
ロジスティクスに関連する分野だけで も、貨物追跡システム、WMS、T MS、共配システム――など多彩な システムを展開している。
こうした活動を本社で展開してい るのがe ―ロジスティクス部だ。
もと もとITの技術とセンスを持つ人材 が、全国的に営業を支援する目的で 設立された部署だが、その役割もま た一言では括れない。
実は昨年一〇月にIT推進部が発足したとき、e ― ロジスティクス部は旧情報システム 部が手掛けていた営業的な仕事を引 き継いでいる。
これによって、本社内 のIT部門としては、社内向けはI T推進部が、社外向けはすべてe ―ロ ジスティクス部が手掛けるという役 割分担を鮮明にした。
しかし、前述したように各事業部 もITを駆使した営業を手掛けてい としてビジネス・プロセスの見直しや 要件定義があり、これを実際のオペ レーションと同期化しながらITに 落とし込んでいく必要がある。
当社 の場合、こうした作業のために約一 〇〇人(※)の社員を割いている。
しか も倉庫管理から輸送、通関まですべ ての作業を自ら手掛けているため、他 社と比較すると圧倒的にリアルタイ ム性に優れているはずだ」 BPRから着手した 情報システム改革 歴史的な経緯からITの自社開発 にこだわり、その結果としてITを 分権的に管理してきた日通だが、過 去にはERP(統合基幹業務システ ム)の導入を真剣に検討したことも あった。
二〇〇〇年前後に本社で宅 配業務の基幹システムを刷新し「新 小口システム」を開発したとき、同 時に経理システムを全面的に見直し た。
?第何次システム〞といった全社 横断的なIT基盤を持たない日通だ が、このときから経理・会計系につ いては全事業を同一システムで動か すように変わっている。
それ以前のやり方だと、まず事業 ごとに経理処理を施してから、あら ためて本社で全社の数値を集計する ※国際航空事業のみ 61 APRIL 2007 る。
このためe―ロジスティクス部の 担当は、あくまでも本社内の営業部 門が抱える案件をメーンとしている。
顧客の要望があれば協力しあうが、日 常的な接点はほとんどない模様だ。
そ れでいて「現地マターでない限り、国 内のWMSについては必ずうちがか かわる」(e ―ロジスティクス部の藤田 光樹専任部長)というのだから、ま すます混乱させられてしまう。
とは言え、日通の分厚いIT組織 が生み出したサービスには興味深い ものが少なくない。
たとえばビジネス モデル特許を取得している「サイホー 21 (CIFORe21)」(一括出荷手配代 行システム)もその一つだ。
荷主から 集荷先リストさえもらえば全国規模 の集荷・配送を最短三日で処理する という仕組みで、通販事業や返品物 流などに広く使われているという。
「最近は通販だけでなく、静脈物流 などにも使われるようになってきた。
使用済みトナーを回収したり、空に なった容器を集めるといった使い方 だ。
自動車メーカーの工場が部品調 達に使ったり、旅行会社が修学旅行 に参加する生徒さんの自宅からカバ ンを集荷するといった事例もある。
こ のシステムを使う案件では、我々の ほうが『なるほど』とうならされるよ うな事例が結構ある」と藤田専任部 長は説明する。
日通がパンフレットで「同業種共 同配送のさまざまな制約を斬新な発 想とシステム技術でブレークスルーし た」とアピールしている「共配ネッ ト」も、日通ならでは総合力を生か したITサービスだ。
同業種の荷主 による共同配送は、ライバル関係で あるがゆえの難しさを必然的に伴う。
だからこそ、物流業者が介在するこ とで上手くいく面も多いのだが、荷 主にストレスを感じさせないシステム が不可欠だ。
「共配ネット」はそうし たニーズに応えようとするものだ。
社内ネットワークから 問題社員を遮断 企業のIT部門にとっては、セキ ュリティ対策も必須の課題だ。
日通 のIT推進部も情報システムの安全 性を底上げする数々の手立てを講じ ている。
「情報インフラの安全性を高 める手段の一つに二重化がある。
サ ーバーや通信回線を二重化するとい う考え方もあるが、当社の場合はす べてではなく、より重要性の高いもの を二重化するという考え方をとって いる。
お客様のシステムなどで、どう しても二重化せざるをえないものつい ては個別に対応している」(IT推進 部の伊藤専任部長) 全社員が「USBトークン」とい うパソコンの電子キーを持ち歩いてい るのも、セキュリティ対策の一つだ。
IDカードと一緒に首から下げた「U SBトークン」を差し込み、さらにパ スワードを入力しなければパソコンが 立ち上がらないという仕組みを、全 社的に導入している。
社員の意識を高めることにも取り 組んでいる。
実は日通は二〇〇四年 に、外部から大量のメールを送りつ けられて本社の内線電話が不通にな るという事態に遭遇している。
この 頃からウィルスやワームによる被害が 急増し、IT部門としても何らかの 手を打つことを求められるようになっ た。
そこで開始したのが社員に対す る「eラーニング」によるOA教育 とセキュリティ教育だった。
このプログラムは「インターネット 上で受講できるようになっている。
社 員番号を入れてログインすると、自 分のカリキュラムが開く仕組みだ」 (IT推進部の永瀬裕伸次長)。
こう したオンライン教育を修了した記録 がセンター側に残っていない社員につ いては、無条件でネットワークへの接 続を遮断するという厳しさを伴って いる。
物流業にとってIT活用の巧拙は、 企業の命運を左右する重要な事項だ。
それだけに戦略性が求められるのだが、 情報投資のパフォーマンスを高める 手段は一様ではない。
自社のITツ ールを分かりやすく外部に提示する こともその一つだ。
日通も「見づら い」、「たどりつかない」といった批判 に応えるために、いよいよ今年一〇 月にウェブサイトの統合を図るという。
実力を存分にアピールできるものにな るのかどうか注目したい。
( フリージャーナリスト・岡山宏之) 全社員のパソコンにUSBトークンを導入 本社・e-ロジスティクス部の 藤田光樹専任部長

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