ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年5号
現場改善
食品原料メーカーS社の受注業務改善

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

71 MAY 2007 バーコードが泣いている 食品原料メーカーのS社から連絡が入った。
関西に二つの工場を構え、食品メーカーに副資 材や原料を供給している年商約三〇億円の会 社である。
「得意先から要請されている多品種 少量対応がうまく行かず、出荷ミスなど業務品 質が低下し、効率も悪くなっている。
しかし社 内のスタッフだけでは何がボトルネックなのか ハッキリ分からない」という。
詳しい話を聞くために後日、S社を訪問した。
T社長が対応してくれた。
T社長は昨年、実父 の先代社長から社長職を引き継いだばかりで、 会長職に退いた実父と二人三脚でS社の経営 を舵取りしているという。
T社長は、得意先の食品メーカーで近年、多 品種化が進んでおり、しかも自分たちでは在庫 を持たなくなってきていることなどを説明して くれた。
しかし我々日本ロジファクトリー(N LF)への要望や、S社の抱える問題点につい ては、定性的な内容の話が多く、それだけでは 具体的な問題が見えてこなかった。
T社長同席のもと、担当部署の責任者を務 めるK氏からも話を聞くことにした。
K氏は多 品種少量化が進んだことで倉庫が手狭になり、 そのことが理由で業務が煩雑になっているとい う。
T社長の問題意識とは若干違いがあるよう だ。
さらにK氏に主要な業務内容を詳しく説明 してもらううちに、どうやら受注の仕方に問題 がありそうだということが分かってきた。
大手食品メーカーの一部の工場とはEOS (電子発注システム)を結んでいる。
しかしそ のボリュームは受注件数全体の一〇%を占めて いるに過ぎず、残りの九〇%はファクスによる 受注だという。
その処理に、手書き、転写、再入力といった人手による作業が発生している。
これはミスを誘発しやすいやり方である。
出荷 伝票が作成されるまでの受注処理の段階で、商 品番号、商品名や数量などが間違って入力処 理されている可能性が高い。
ヒアリングの後、現場に入った。
驚いたこと にバーコード管理システムが導入されていた。
それなのに、なぜ出荷ミスが起きるのであろう。
K氏と共に倉庫内をまわり、いくつか質問して いくうちに、その謎が解けてきた。
作業にバー コード管理用のハンディターミナルを使っては いるものの、ミスを発見できる仕組みにはなっ ていなかったのである。
第52回 物流コストや物流オペレーションの生産性は、受注段 階で九〇%が決まってしまう。
しかし受注業務を改善する には顧客の協力が必要だ。
取引条件の改革は物流部門だ けでは対応できない。
経営トップの決断と、営業部門の取 り組み姿勢がその成否を握る。
食品原料メーカーS社の受注業務改 善 MAY 2007 72 点を発見することとなった。
?S社における課題、問題点の提示はすべて感 覚的・定性的であった。
業務を可視化するには、基礎データの収集から始める必要があ った。
?「生産待ち」による出荷遅れが発生していた。
?年功序列意識が根強く、年配者の発言が若 手の意見や考えを封じ込めていた。
?二つの工場は「計画生産」と「受注生産」と いう機能別に役割を分けていた。
このうち計 画生産の工場では、需要予測の精度の低さ から欠品や在庫過剰商品が発生していた。
?得意先別の荷合わせのために、不定期で横持 ち輸送が発生していた。
ミーティングやヒアリングを重ねるたびに 次々と重要な問題点が噴出してくる。
受注業 務だけでなく、会社全体の業務フローを見直す 必要があった。
こうしたことは中小企業の物流 改善では珍しくはない。
しかし課題が全社テー マにまで膨らんでしまうと、改善プロジェクト チームは本来の目的を見失ってしまいがちにな る。
我々は今回の改善の目的を再度確認し、課 題に優先順位を付ける必要があった。
手書きの発注伝票をなくす 受注段階で物流のスペックは九〇%が決まっ てしまう――我々NLFはかねてから、そう主 張し続けている。
受注とは、商取引の「5W2 H(Why, What, Who, Where, When, How, 作業者は出荷検品のためにハンディターミナ ルで荷物のバーコードを読み取っている。
とこ ろが、出荷が済んだ後になって、ハンディター ミナルを事務所に持ち込み、読み取り装置でデ ータを照会していた。
当然、ピッキングミスを 修正することなどできない。
ハンディターミナルを使う現場と、読み取り 装置を設置した事務所は、わずかではあるが離 れていた。
それが後処理になってしまった原因 らしい。
何のためにバーコード管理を行ってい るのかを、現場が全く理解していない。
そのた めに、せっかくのバーコードシステムが活かさ れていなかったのである。
またS社では、基本的に得意先の要望は全て 聞くという方針をとっていた。
受注生産してい る商品であっても返品を受け入れている。
コス トが見合わない対応をしていることも多そうだ。
これでは物流コストは下げられない。
一般に食品業界の商品単価はキログラム当た り数百円程度で、物流コストの負担力は乏しい。
そのため各社とも物流や生産性の改善には従来 から力を入れてきた。
しかしS社の場合は違っ た。
S社の扱う商品は食品業界にありながらも、 キログラム当たり数千円とひとケタ違う単価で あった。
コストは十分に吸収できる。
そのこと が幸か不幸か、物流管理に対する意識を遅らせ ていたのである。
我々はまずS社内に改善プロジェクトチーム を発足させて、定期的にミーティングを行うこ とにした。
その結果、先の受注処理やバーコー ド管理の問題に加え、以下のような多くの改善 How many)」を確定させるプロセスである。
受 注情報に基づいて物流は構築される。
いくら現場のロケーションやレイアウト、動 線の見直し、情報システムの導入などを実施し ても、物流の入口となる「受注」が改善されな ければ結局、部分最適に終わってしまう。
受注 改善こそ全ての基本なのである。
多くの現場改 善を通じて、我々はそのことをイヤと言うほど 思い知らされてきた。
今回の改善でも我々は「?受注の改善」から 着手することにした。
それを受けて「?全社フ ローの改善」、「?需要予測方法の見直しによる 受注生産力の向上」、「?適正在庫の設定」、「? 物流管理指標の設定」、「?出荷頻度ABC分 析による保管レイアウト、ロケーションの改善」 を進めるというかたちで、優先順位を決定した。
「?受注の改善」には、二つの方法が考えら れた。
一つはファクスで受注した伝票を「OC R(光学式文字読み取り装置)」を使ってテキ スト化する方法だ。
この場合、OCRの読み取 り率を上げるために、得意先に対しS社の専用 伝票を使ってもらう必要がある。
もう一つはE OSもしくは電子メールによる受注に切り替え てしまう方法だ。
これもまた得意先に協力を取 り付けなければならない。
どちらが良いかを判断するために、現状ファ クスで送られてきている発注伝票をチェックし たところ、約四割の得意先がパソコンのファク ス送信システムに連動した発注伝票を使ってい た。
パソコンで発注する仕組みが既に整ってい るのなら、それを電子メールに切り替えるのは 73 MAY 2007 容易なはずだ。
これを手がかりにして、一気に電子受注に切 り替えてしまおうという結論に至った。
問題は 得意先の協力が得られるかどうかだ。
営業マン を通じて主要取引先に対するアンケート調査を 実施した。
四〇日後、結果が出た。
六割の得 意先が電子発注を望んでいた。
受注件数に換 算すると八割をカバーすることができる。
受発注にファクスを使っていることでS社同 様に得意先側でも、手書き、転写、再入力とい った業務のムダが発生していた。
それが非効率 であるだけでなく、ミスの発生にもつながって いるとのことであった。
また、このアンケートには、電子化に協力す ると答えた得意先に対して、その方法として 「EOS」と「電子メール」のどちらを選択す るかという質問も設けた。
これについては、シ ステム環境の整っている中堅以上のメーカーは EOSを選び、中小メーカーは電子メールを選 んでいた。
一方、従来通りのファクス発注をよしとして、 電子発注への切り替えを望まない得意先も四割 あった。
発注の電子化は、得意先の一部を切り 替える程度では、事務処理コストの削減やミス の低減で、目に見える効果を上げることはでき ない。
あくまで一〇〇%が理想であり、できる 限りそれに近づける必要がある。
しかし、電子発注を望んでいない得意先はも ちろん、アンケートで電子発注を望むと答えた 得意先でも、実際に業務を変更する段になると、 なかなか腰を上げてもらえない可能性がある。
得意先のなかには単独店レベルの中小零細も少 なくない。
無理強いはできない。
我々は受注件数の九〇%以上をカバーするた めに、得意先の七五%を電子発注に切り替えるという目標を立て、さらに電子発注の導入にイ ンセンティブを与えることにした。
インセンティブの形式は、「値引き」か「受 注締め切り時間の延長」が一般的だ。
そのどち らがS社に適しているのか判断する必要があっ た。
受注方式の変更やインセンティブ制度は、 やり方を間違えると大惨事を招く恐れがある。
物流現場の合理化のために、自社の?強み〞を 失うようでは本末転倒である。
得意先はどんな点に取引メリットを感じてS 社を選んでいるのか。
競合他社と比較した時の S社の優位性を確認するため、プロジェクトメ ンバーの意見を収集した。
その結果、S社の取 引メリットは価格ではなく、「小回りに効く対 応」、「NOと言わない営業」にあることが分か った。
出荷ミスが半減以下に こうして受注締め切り時間の延長をインセン ティブに、EOS・メール発注の普及活動が始 まった。
当初、約二カ月は反応が芳しくなかっ た。
インセンティブに反応しない得意先に対し てはひたすら「お願い」する以外に方法はなか った。
それでもT社長自ら普及活動に参加する ようになって、徐々に電子受注に切り替える得 意先が増えていった。
約一〇カ月の活動で、以前からEOSを導 入していた一〇%に加え、新たに三五%の得意 先が電子受注に切り替わった。
これに伴い受注 処理にあたっていた四名のスタッフの業務から 煩雑さが消え、落ち着くようになった。
月に一 〇件以上あった出荷ミスは四件まで減少した。
このほか重要課題の一つにあがっていた「? 生産待ちによる出荷遅れ」の問題は、蓋を開け てみればシンプルであった。
現状を調べてみる と、昨年対実績、昨月実績、そして営業担当 者からの内示情報の収集などは、一定のレベル で機能していた。
問題は工場の運営にあった。
出勤体制が交代のない一勤制であるため、一日 当たりの稼働時間が短かった。
これを二交代制 に改めただけで「生産待ち」は解消された。
現在は在庫の適正化に取り組んでいる。
発注 点の設定を改善している。
さらに今後はシステ ム改善、組織改革と続いていく見込みである。
また、電子化の目標である七五%を実現するには、今後一年ぐらいはかかるだろう。
このよう にS社の改善は「受注」を皮切りに全社テーマ に広がっている。

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