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3PL人材の三分の一は女性
今年四月に日立物流に入社した大卒以上の新卒者
四五人のうち一五人は女性だった。 同様に日本通運
は七四人、佐川急便は一五一人の女性新卒者を将来
のコア人材として採用した。 「純粋に能力主義で選ん
だ結果として、ここ数年毎年女性の比率が上がってい
る」(佐川急便)という。 今や有力3PLの新卒採用
に占める女性の割合は、二割から五割にも達している。
彼女たちの戦力化レベルと定着率が、近い将来の
3PL市場の勢力図を決定する。 短期的なプロジェ
クトで完結するコンサルティング事業とは異なり、受
託後、継続的にオペレーションを運用することになる
3PL事業は、スタッフ一人当たりの案件数が限られ
ている。 3PL事業を拡大するには、それだけスタッ
フの頭数をそろえる必要がある。
しかも、そこで必要とされるのはロジスティクス・
マネジメントのスキルを持った高度専門職だ。 その資
質を備えた人材を確保し、育成するにはコストも時間
もかかる。 幸い3PL専門職は肉体的な制約を受け
ないため、性差は問題にならない。 女性でも能力次第
で十分活躍できる。
ただし、勤続年数も男性並を維持できなければ、人
材育成に投じた資金がムダになる。 女性採用比率の
拡大は、家庭を持つ女性が働き続けることのできる人
事制度とセットでなければ機能しない。 ところが、女
性の採用は増しているものの、その後のキャリアパス
については、男性中心に設計したまま手を付けていな
い企業が今のところは大半だ。
男性社員には終身雇用を前提とした年功型賃金制
度とコア業務を割り当てる一方、女性は有期雇用で
補助業務、報酬も昇格がないため実質的には一律と
いう、性差に基づいた業務設計と人事制度がいまだに
幅を利かせている。 人事部門は採用活動以外には昔
ながらの組合対策と社内政治に追われるばかりで、肝
心の人事戦略が後手に回っている。
参入規制に守られていた時代の物流業界では、正
社員のトラックドライバーをはじめとした現場の男性
社員の労務管理が最大の経営課題だった。 規制緩和
で従来型の単機能サービスが陳腐化し、収益の源泉
が3PL事業に移った今も人事面では規制時代の残
滓が消えていない。
物流業から3PLに看板を付け替えるだけでは変
革は実現しない。 ビジネスモデルの成否は完成度で決
まる。 3PL事業者は人材不足を嘆く前に、戦略に
合致した人事採用制度を練り直す必要がある。 危機
感を持った企業は既に改革に着手している。
ヤマト運輸の関東支社では昨年、女性社員のキャ
リアアップを支援する取り組みを開始した。 関東支社
には現在約一〇万人の社員が在籍している。 そのうち約三分の一が女性だ。 ところが、昨年まで関東支社に
は業務役職と呼ばれる課長職以上の役職者が、男性
では約三〇〇名いるのに対し、女性には三人しかいな
かった。
同社が定期採用で大卒女子を採り始めたのは小倉
昌男社長時代の一九七九年まで遡る。 当時から一般
職・総合職の区別はなかった。 当然、並の男性以上
に仕事のできる女性はいる。 昇進に関して九四年以降
は自己申告制をとっている。 条件を満たしているもの
が自ら手を挙げ、候補者研修を受講して選抜試験を
パスすることで、初めて役職候補者としての資格が得
られる。 男性社員でも年功だけで自動的に昇進するこ
とはない。 制度的には男女差はない。
それでも実際には「女性にとって役職の壁は高く、
物流マンの人事採用戦略
物流業の業績は優秀な所長を社内に何人抱えている
かで決まる。 同様に3PL事業は、稼げるロジスティ
シャンの数で決まる。 差別化要因は人にある。 コア人
材の確保・育成こそ最重要の経営問題だ。 女性の活用
がその突破口になる。
MAY 2007 18
第1部
役職に就きたいという意識すら持つことができなかっ
たのが現状だ」と関東支社の数少ない女性管理職の
一人、白鳥美紀副支社長はいう。 そこで過渡期の取
組みとして、女性が役職に就くバックアップを組織的
にすることにした。
役職候補者研修を受講できる対象者を調べたとこ
ろ関東支社だけで一〇二人の女性がリストアップされ
た。 その一人ひとりに候補者研修を受ける意志がある
かを確認した。 結局八人が手を挙げて候補者研修を
受けた。 うち六人が最終的に役職候補者試験をパス
した。 その結果、昨年度中に新たに女性三人が役職
に就いた。 わずかながらも道が拓けた。
同じ物流業界でも欧米では女性幹部の存在が既に
常識となっている。 日本でも外資系3PLには経営
層に女性を起用しているケースが珍しくない。 ところ
が日本企業では皆無に近い。 育児休業や短時間勤務
など、家庭を持つ女性を意識した就業支援制度の整
備は日本企業でも進んでいる。 しかし肝心の女性に昇進への意欲が薄い。 男性社員の意識はもちろん女性
自身の意識改革を促す必要がある。
女性キャリアサロン
毎月最終水曜日の一九時。 東京・青山にあるエム・
アイ・アソシエイツの会議室に、仕事帰りの女性が一
人、二人と入っていく。 年代は二〇代半ばから三〇
代。 彼女たちが向かうのは、働く女性のお悩み相談室
「キャリアセレブサロン」の会場だ。 メンター(相談
相手)は三〇代〜五〇代の働く女性。 業界はIT系
から福祉系まで様々だ。 メンティー(相談者)の相談
に、完全無報酬で応じている。
近鉄エクスプレス(KWE)の饗場文惠専任課長
は昨年秋からこの会にメンターとして参加している。
19 MAY 2007
今年4月4日、ヤマト運輸関東支社で新入社員の辞令交付
式が行われた。 式典後、将来ヤマトでどんな仕事をしたいか、
新入社員たちに感想文を書かせた。 「社長になりたい」と答
えた新人が4名。 他に「副支社長のようになりたい」と書い
た女性社員も4人いた。 2005年に広報部長から異動した白
鳥美紀副支社長のことだ。 同社における女性社員のロールモ
デルとなっている。
「お世辞とは思うが嬉しかった。 振り返ると私自身には働
く女性の手本がなかった。 自分のなかで葛藤するばかりだっ
た。 今の女性社員や就職を控えた学生たちに、ヤマトは女性
が活躍できる会社だと思ってもらえるのであれば、私自身が
広告塔になることは全く厭わない」と本人。
昨年25年勤続で表彰を受けた。 81年に新卒で入社してす
ぐ広報部に配属された。 当時のヤマトの広報部門は、宅急便
の宣伝活動こそ手がけていたもの、ほかには社内報を作る程
度で社外に対する広報活動には消極的だった。 そのノウハウ
もなかった。 異業種交流や社外の勉強会に出席して、先進企
業の広報担当者や専門家から積極的に指導を受けた。
当時の小倉昌男社長がそれを後押ししてくれた。 小倉社長
は自ら会社のスポークスマンにもなりきっていた。 新聞に意
見広告を出して世論に訴えるなど、マスコミの使い方も上手
かった。 マスコミの記事を使って逆に社内をコントロールす
ることさえあった。 広報活動の持つ影響力を感じずにはいら
れなかった。
係長への昇進は2年後輩の女性に先を越された。 口には出
さなかったが悔しかった。 出産で休業したせいかとも思った。
しかし当時の昇進は上司の推薦がすべて。 黙って評価を待つ
しかなかった。 94年に人事制度が変わり、昇進が自己申告
と上司の推薦に基づく試験制になった。 その第一期生として
迷わず手を挙げた。 研修に参加したのは女性では1人だけだ
った。
仕事に対する欲が出てきたのはそれからだ。 それまでも与
えられた仕事には一所懸命に取り組んできた。 しかし自分か
ら前に出ることはなかった。 改善や改革をいくら提案しても
一社員の発言だけでは組織は動かない。 マネジメントの立場
に身を置くようになったことで、組織を動かす醍醐味を知っ
た。 部下の育成という役割にもやりがいを感じた。
その後、97年には課長職に当たる経営企画本部プロジェ
クトマネジャーに昇進。 さらに2001年には広報部長と、ト
ントン拍子で出世した。 同期入社で部長職に就任したのは、
同じタイミングで昇進した男性1人と並んで一番早かった。
振り返ると広報専門で20年以上が経過していた。 広報職
に対する思い入れは人一倍強い。 しかし、経営幹部として現
場を経験する必要も感じていた。 自ら進んで現場への異動を
申し出た。 広報専門職としてヘッドハンティングの誘いも受
けたが、ヤマトに残る道を選んだ。
当初は結婚したら辞めるつもりだった。 ましてや子供を産
んでまで働くとは思っていなかった。 長く続けることになっ
た理由は、「やはり広報という仕事とヤマトという会社が好
きだったから。 それと小倉昌男という尊敬できる経営者に出
会えたことが大きかった。 やはり、あの世代の普通の経営者
とは違った。 女性社員も平等に扱ってくれた。 男性社員に対
する厳しさに比べて、女性にはむしろ優しすぎるところがあ
ったくらいだった」と振り返る。
ヤマト運輸の白鳥美紀関東支社副支社長。 後ろ
はウォークスルー車の初代試作車。 白鳥副支社
長にとっては新人広報時代の思い出深い車だ。
小倉昌男の女性活用
「自分の知識や経験を墓場に持って行っても何の役に
も立たない。 少しでも誰かの役に立てればと思った」
という。 KWEではフォワーディング営業部に所属し、
大口顧客を担当している。
KWEに入社する前は、日本ヒューレット・パッカ
ード(HP)に三三年間在籍していた。 貿易事務から
スタートし、部長秘書、マスターファイル管理、シス
テム導入、受注業務と様々な業務に携わった。 その後、
在庫管理の責任者に指名されてからは一貫して物流
畑を歩んだ。 部品の在庫管理や国際物流、国内物流、
物流企画を担当し、九八年からは物流センタ長という
肩書きでHPの物流部門日本代表を務めた。
その経験が現在の仕事に活きている。 KWEで同
僚の長久保逸郎IR・広報グループ担当課長は「実
務経験に裏打ちされた物流理論は、聞くたび勉強にな
る。 フォワーディングやロジスティクスといった枠に
とらわれずに物流を大きく捉える感覚はさすが」とそ
の実力を評価する。
三人の子供を持つ母親でもある。 三三歳で結婚し、
三五歳で長女を出産。 三七歳で長男、三九歳で次男
を出産した。 女性をCEOに起用するなど、今では女
性活用の先進企業として知られるHPも、当時は育
休制度が整備されていなかった。 取得できるのは産休
のみ。 産後八週間が過ぎると子供をゼロ歳児保育に
預けて職場復帰した。
物流センター長時代にはアジレント・テクノロジー
の分社化(九九年)、Y2K問題(〇〇年)、コンパ
ックとの合併(〇二年)といった大きな出来事に、た
て続けに直面した。 地域代表として、またファンクシ
ョンの代表として、国際電話会議を連日繰り返した。
電話会議が行われるのは、時差の関係で日本時間
の深夜一時二時。 昼間は昼間で客先訪問や社内ミー
ティングがある。 夕方から自分の仕事に取りかかり、
深夜には再び時差を越えた電話会議。 仕事を終えて
帰宅してから翌朝出勤するまでの五時間に、風呂に入
り、二時間眠り、洗濯機を回し、子供に弁当を持た
せて学校に送り出す。 そんな毎日だ。
三色ペンを使ってスケジュール帳を管理した。 生活
の優先順位に合わせ、最初に黒いボールペンで参観日
や運動会など子供の学校の年間行事を書き込む。 次
に青いボールペンで自治会の予定、最後にシャープペ
ンで仕事の予定を書き込んだ。 手帳は真っ黒になった。
母親として、子供に何かあったら仕事を辞める腹は
決めていた。 親が仕事をしているからといって寂しい
思いはさせない。 それが子供たちに対する?仁義〞。
一方の職場では、子供がいるからといって、後ろ指を
さされるようなことはしない。 それが自分流の「ライ
フ/ワークバランス」だった。
長女が高校二年生の時だ。 学校に行く前におなか
が痛いと言い出した。 進路に悩んだ末の胃痛だった。 話をゆっくり聞いてやる時間を取れていなかったこと
を痛感した。 子供を養うためには働き続けなければな
らない。 しかし、下の子が大学を卒業するまで後一〇
年。 一日二時間の睡眠で続けていけるのか。 体力的な
不安もあった。 ちょうどこのころ、コンパックとの合
併に伴う早期退職支援プログラムが走り出していた。
それを使えば子供の教育費は確保できる。 今しかない
と退社を決めた。
退職の挨拶のため、3PLのパートナーのKWEを
訪問した際、再就職の声をかけられた。 3PL事業の
企画営業をやらないかという話だった。 勤務時間や勤
務地など、HP時代に比べれば生活に無理のかからな
い条件だった。 物流業は女性がもっと活躍できる仕事
だという自負もあった。 誘いに乗ることにした。
MAY 2007 20
「キャリアセレブサロン」でメンターとして後輩たちの相談に
答える、KWEの饗場文惠専任課長(中央)
「物流業界には女性が進出できる分野がものすごく
ある。 それなのに、男性も女性もその自覚がない。 機
械化、情報化が進んだ今、物流は男性じゃなければと
いう世界ではない。 ましてや物流業でこれから求めら
れるのは気づきの力。 物流は、上流で関われば関わる
ほど大きな効果が生まれる機能。 荷主のニーズを察知
していかに食い込んでいけるかが勝負。 女性の発想が
もっと生かされていい」という。
ただし、そのためには会社側に多様な働き方を受け
入れる組織カルチャーと人事制度が備わっていなけれ
ばならない。 「ダイバーシティ・マネジメント」と呼
ばれる。 社員の意識改革を進めることに加え、従来の
性別に基づく編成を改め、職務を軸とした新しい人事
制度を構築する。 それによって多様な人材の活用を可
能にしようというコンセプトだ。
そのモデルとして日経連の「ダイバーシティ・ワー
ク・ルール研究会」では、「乗り換え可能な複線型人
事制度」を提唱している。 まず職務を、「?経営層を
担うコア人材と高度専門職人材」、「?中核的な実務
を担う人材」、「?定型的・補助的業務を担う人材」、
「?非定常的な業務を担う人材」の四つに区分する。
さらに、それぞれに適した勤務体系、賃金制度、評価
制度を設定する。 それによって労働者が自分に適した
働き方を自由に選択できるようにするわけだ。
3PLの人事制度
これを日本型3PL事業に当てはめると、図1のよ
うな人事戦略モデルができあがる。 「?経営層を担う
コア人材と高度専門職人材」は、3PLに限らず、企
業にとって最も重要な人材だ。 成果主義的評価が最
も馴染む。 ヘッドハンティングも含め、あらゆる手段
をつかって確保する。
とはいえ「?経営層を担うコア人材と高度専門職
人材」の多くは「?中核的な実務を担う人材」から
選抜することになる。 3PLにおける「?中核的な実
務を担う人材」とは、ソリューション営業担当者やセ
ンター長がそれに当たる。 時間とコストをかけて社内
で育成すべき人材だ。
しかも大量に育成する必要がある。 まず新卒、中途、
再雇用など間口を広げてボリュームを確保する。 その
上で年功的要素と個人業績をバランスさせて、公平
性・納得性の得られる評価制度を構築しなければなら
ない。 最も智恵の求められるところだ。
ジョンソン・エンド・ジョンソンのビジョンケアカ
ンパニーロジスティクス部では、
図2のようにオペレ
ーションのパフォーマンスを数値化する指標を開発し、
それぞれについて目標を設定している。 これを業務レ
ベルを把握するためだけでなく、スタッフの個人業績
評価にも使っている。
「働く女性の多くは、男性のように無制限に残業することなどできない。 制約のなかでどれだけいい仕事
をするかを常に考えている。 それを評価するには、成
果主義の要素が欠かせない」と、この制度を開発した
同社の能智寿子ロジスティクス部長は説明する。
一方、「?定型的・補助的業務を担う人材」は、パ
ート・アルバイトが中心だ。 本誌前号の特集でも解説
したように、多段階の職階制を導入することで現場の
活性化を図る。 また「?非定常的な業務を担う人材」
は、業務提携やアウトソーシングなど、外部のリソー
スの活用を検討すべき職務になる。
もっとも、これは一般論に過ぎない。 実際には3P
L各社がそれぞれ自社の強みと事業特性を活かした独
自の業務設計と人事戦略を構築することになる。 人
事部門の新しいチャレンジが求められている。
21 MAY 2007
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