ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2005年8号
ケース
鴻池メディカル――院内物流

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31 AUGUST 2005 きっかけは病院経営への危機感 病院で使用される医療材料には数十万もの 種類があるといわれる。
これらの材料や医薬 品の在庫を院内で一元管理し、必要な医療現 場に供給するサービスが「院内物流」だ。
医療機関では長い間、購買や在庫の管理、 院内配送などの合理化が遅れていた。
これま では大半の病院が?経験〞や?勘〞を頼りに 発注を行い、手書き伝票を使って物品を管理 してきた。
このため業務効率が著しく悪いう え、管理精度が低く、不良在庫がたびたび発 生するなど購買ロスも大きかった。
また、有 効期限の管理も充分に行われておらず、品質 管理上も大きな問題をかかえていた。
こうした問題点を病院自身が自覚するよう になったのは、医療費の抑制を目的とする医 療制度改革の進展が一つのきっかけだった。
生き残りへの危機感から、経営改善策の一環 として医療材料の購入費削減や管理業務の効 率化に取り組み、院内物流を外部へ委託する 病院が次々にあらわれた。
そこに「院内物流」 という新しいサービスの市場が生まれた。
「院内物流」は「SPD(サプライ・プロ セッシング・ディストリビューション)=物 品管理業務」とも呼ばれ、このサービスには さまざまな業種からの参入がある。
例えば、 医療機器の販売代理店や医薬品卸がSPD を代行するかたちで、仕入先の集約による購 買費削減を病院に提案するケースなどもその 滅菌と物流からなる独自サービス考案 病院起点にサプライチェーン改革担う 病院内で医療材料などの在庫管理や院 内配送を行う「院内物流」が、医療制度 改革を背景に注目を集めている。
物流会 社を母体とする鴻池メディカルはこの分 野のパイオニアだ。
卸をはじめ多くの企 業の参入が相次ぐなか、病院を起点とす るサプライチェーン効率化の視点に立っ て独自の事業展開を進めている。
鴻池メディカル ――院内物流 一例だ。
ほかにも、物品管理のソリューショ ンサービスを手がけるシステムインテグレー ターや、人材派遣会社、商社などが、それぞ れの持ち味を活かして参入している。
はじめは社内から猛反対 そうしたなかで、数少ない物流業界からの 参入組として異彩を放っているのが鴻池メデ ィカルだ。
同社は鴻池運輸の子会社として二 〇〇〇年四月に発足した。
この分野のパイオ ニア的な存在でもあり、すでに一一一の医療 施設(ベッド数三万七六九七床)に対して院 内物流サービスを手がけ、新規分野の市場開拓に成功している。
もっとも、この事業への進出は二〇〇〇年 四月の会社設立以前にさかのぼる。
しかも、 そもそもの発端は「院内物流」ではなかった。
およそ一〇年前の一九九三年春、鴻池運輸 はトップダウンによって新規事業の開拓に乗 り出した。
同社は長年、メーカーの工場を中 心とする一貫物流を受託することで安定成長 を続けてきた。
だが、そのために取引先の業 種が偏り、特定の荷主への依存度が高いとい う側面を持っていた。
そこでアンバランスな 事業構造による経営リスクを避けるため、新 規分野の開拓に経営課題として取り組むこと にしたのだ。
現在、鴻池メディカルで取締役開発業務部 長を務める天野実氏は、このときの新規事業 企画チームのメンバーだった。
それ以前の鴻 池運輸が全く手がけたことのない分野として、 天野氏は医療分野に着目した。
医療関連サー ビスには、患者の搬送、酸素の供給、リネン 類の洗濯などいくつもの業種があるが、どれ もなじみの薄いビジネスばかりだった。
そのなかで「滅菌事業」なら何とか糸口が つかめそうに思えた。
治療や手術で使用した 注射器やハサミ、鉗子などを回収して工場で 滅菌を行い、再び病院へ届けるという仕事だ。
物流の業務内容に比較的近いことなどから、 鴻池運輸が新規参入する余地が充分あると見 たのだ。
しかし、鴻池運輸の社内では当初、この企 画に対して反対の声が強かった。
滅菌事業は 生命の安全にかかわるため、医療法の適用を 受ける。
事業を行うためには、ガイドライン に定められた施設や、管理・運営基準に則っ た滅菌工場を整備し、顧問医師や三年以上の 臨床経験を持つ看護師を品質管理の責任者 として雇用して、そのうえで厚生労働大臣の 認可を受けなければならない。
全く異分野の 物流会社が新規参入するにはリスクが大きい、 というのが反対の理由だった。
天野氏は、こうした不安や反対の声を押し 切るかたちで事業化に踏み切った。
翌九四年 七月に別会社の「メディカルシステムサービ ス北関東」を設立。
栃木県に滅菌工場を着工 して営業活動を開始した。
ところが、二カ月かけて栃木県内の基幹病 院を三〇カ所ほどくまなく回ったのに、全く 成果が上がらなかった。
どこへ行っても門前 払いに近い状態で、滅菌サービスに関心を示 すところは少なく、実績がないからと相手に されなかった。
一度はあきらめかけたが、工 場の建設は進んでおり、今さら後には引けな AUGUST 2005 32 図1 院内物流の概念図 病棟 外来 手術室 透析室 カテ室 仕入れ先1 ●中央管理システム ●薬品管理システム ●手術室管理システム ●透析室管理システム ●カテ室管理システム ●薬歴管理システム 仕入れ先2 仕入れ先3 薬局 看護部 医局 用度課 会計課 医事課 中央物品センター CPU SYSTEM MENU 鴻池メディカルの天野実取 締役 33 AUGUST 2005 い。
「あらためて原点に帰って、この事業で もっとうちの強みを発揮できる方法はないか 考えてみた」と天野氏は振り返る。
病院を回るうちに、医療材料の雑然とした 管理や、業務の非効率がいやでも目に付くよ うになった。
かつて鴻池運輸が経験したこと のあるコンビニ物流のノウハウを活かして、 物流改善を提案できないものかと思い立った。
ある病院に申し入れたところ、聞き入れてく れた。
天野氏は営業活動を休止し、一年間こ の病院で院内の物流改善に没頭した。
滅菌室を「物流センター」に この病院では、医療材料を管理する窓口が 数カ所に分かれていた。
手術室や病棟、検査 室、放射線管理室、ナースセンターなどの医 療現場のスタッフが、必要な材料を複数の窓 口まで取りに来ていたため、動線が錯綜して 無駄が多かった。
また、日常的に使用されない材料が万一の ために「安全在庫」として常備されているが、 現場ごとに在庫を管理していたため過剰在庫 を起こしやすかった。
コンビニのように物流 センターで管理を一元化し、各現場にルート を決めて配送する方法をとれば、物流を効率 化できミスの防止にもつながると思った。
問題は「物流センター」を院内のどこに設 けるかということだったが、意外なところに 格好の場所があった。
材料の滅菌を行う中央 材料室だ。
通常どこの病院でもこの部屋は、 手術室に近く、病棟からもアクセスのいい場所に設けられている。
「物流センター」の立 地条件としては申し分のないロケーションだ。
滅菌業務を外部へ委託することによってこの 中央材料室のスペースが空き、「物流センタ ー」として活用できる。
まさに一石二鳥だ。
こうして、滅菌業務と院内物流業務をあわ せて受託する独自のビジネスモデルが誕生し た。
このビジネスモデルをひっさげて、天野 氏は九五年の秋頃からもう一度、病院を回り 始めた。
今度は手ごたえがあった。
院内物流 の改善にはどこも関心が高かった。
ただ契約までの道のりは決して平坦ではな かった。
物流の改善には院内のさまざまな部 署の協力がいる。
一般に病院は、医局、看護 部、事務部、施設課などの組織が縦割りにな っており、横の連携がとれていないところが 多い。
院内の協力を得るには、それぞれの部 署を回って調整を行う必要があった。
しかも部署によって物流改善に期待する中 身が異なる。
例えば医局にとってのメリット は治療の安全性を高めることであり、看護部 門は作業環境の改善効果を第一に望む。
事務 部門では経営改善効果を重視する。
各部門の 異なる期待すべてに応えられるような提案を 行わなければならなかった。
もともと病院というのは、外部の人間を施 設内に入れることにあまり積極的ではない。
そこで天野氏は医業経営コンサルタントの資 格を取り、院内の実態を把握するため、この 肩書きで各部署を回った。
婦長会議など院内 の会議にも機会あるごとに出席して、現場の 声を聞いた。
たまたま新病棟の建築プロジェ クトが進行していたある病院では、建築準備 委員会にも参加した。
「病院の内側から病院の立場に立って現状 を分析するという経験をいろいろ積むことが できた。
これが、その後のマニュアル作りの 基礎になっている」と天野氏は言う。
新サービスは栃木県内の基幹病院で相次ぎ 採用され評価を得た。
そこで事業を全国に展 開するため、九八年に鴻池運輸本体に専任の 組織として医療関連課を新設した。
翌九九年 図2 滅菌サービスの運用の仕組み 一次消毒 洗  濯 乾  燥 検 品 修繕 包  装 滅  菌 専用 スタッフ 回収 在庫管理 手術室 医療関連サービス認定工場 AUGUST 2005 34 には宇部興産から滅菌会社の経営を譲り受け、 千葉と大阪の工場も傘下に入れた。
その後二〇〇〇年に、この医療関連課が鴻 池運輸から独立し、「メディカルシステムサ ービス北関東」との事業統合によって鴻池メ ディカルを設立。
「医療という人の生命に直 接かかわる分野の事業を全国展開するには、 単独よりも地域に強い企業と連携するほうが 望ましい」との判断により、再び事業を本体 から切り離すことを決めた。
新会社は発足後、新潟運輸、九州産交運 輸、ワンビシアーカイブズなどと次々に業務 を提携。
医療機関向けのサービスを体系化し た「ホスピタル・ロジスティクス」というブ ランドを新たに打ち出して、事業を本格的に 再スタートした。
トレーサビリティーを導入 すでに述べたように、院内物流事業には異 業種からの参入が多く、競争は厳しい。
その なかで鴻池メディカルは、物流会社として培 ったノウハウと、滅菌と院内物流を組み合わ せた独自のビジネスモデルを活かして差別化 を図ってきた。
同社の事業の最大の特徴は、滅菌工場の運 営を柱としているところにある。
これまでに 東北(宮城)、栃木、千葉、大阪、広島、下 関の六カ所に滅菌工場を設け、すでに院内物 流の実績より多い一三三の医療機関(ベッド 数三万七八二九床)に滅菌代行サービスを実 施している。
栃木工場では、国際品質保証システムを導 入して滅菌業界で初めてISO9002の認 証を取得した。
材料の滅菌処理をした後で、 菌が間違いなく死んだかどうかの判定を行い、 その記録を滅菌物の製造番号とひも付けして 管理するという仕組みだ。
この管理手法を同社では、トレーサビリテ ィーシステムの形で院内物流にも取り入れて いる。
二〇〇三年七月施行の改正薬事法で、 動物に由来する原料や材料を用いた「生物由 来製品」のうち、とりわけ感染症の発生リス クが高いものについては、使用した患者や製 品の記録をとり、感染症発生時にメーカーな どに情報提供することが医療機関に義務付け られた。
鴻池メディカルはこれを先取りし、すべて の医療材料について物流センターでロット番 号を付けて管理し、メーカーから病院に問い 合わせがあってもすぐに応えられる態勢を整 えた。
この法改正では、「生物由来製品」に ついてメーカーが品名やロット番号などの販 売記録を保管し、卸が販売記録をメーカーに 報告することなども新たに義務付けている。
だが医療材料の業界では、まだ大半の卸が充 分に販売後のトレース管理体制を整えておら ず、メーカーは自社製品がどこの医療機関に 販売されたのかを容易に把握できないのが実 情だ。
鴻池メディカルのトレーサビリティー システムには、これを補う狙いもある。
物品管理システムやピッキングシステムも 専門の機器メーカーと共同で開発した。
物品 管理システムでは「かんばん方式」を応用し た。
バーコードを印字したカードで物品の入 出庫を管理し、発注点になると自動発注を行 う仕組みだ。
またピッキングシステムは、薬 図3 物品管理システムのフロー図 材料を開封したとき、 アクションカード を所定の箱に入れ るだけ 病院・外来 納入業者 経 理 アクションカード 中央倉庫 当月検収明細 支払 支払処理 アクションカード を読み取る ピッキングリストに 基づいて材料出庫 アクションカードを 付けて払出完了 通常品 ○○中央病院 032:新生児センター ミルトン 1000ml ★ 在庫数が発注点に 達するとコンピュ ータが直接Fax注 文書を送信します Fax注文書のバー コードを読み取る だけで受入完了 35 AUGUST 2005 剤師が入力した処方箋のデータをそのまま使 い、デジタルピッキングを行うシステムで、 ミスを防ぐための工夫が施してある。
今年四月からは、滅菌工場を活用して手術 用のガウンやドレープのリユース事業にも乗 り出した。
手術中に使用したガウンなどには 血液が付着して感染の危険があるため、使い 捨てタイプを利用している病院が多い。
だが、 これによって大量の医療廃棄物が発生し、環 境問題にもなっている。
そこで鴻池メディカルは、防護性能が高く 耐久性にも優れた素材をメーカーと共同開発 し、病院にメンテナンスリースする仕組みを 考案した。
病院から使用済みになったものを回収して洗濯・滅菌を施し、再利用してもら うというものだ。
このサービスは毎日、回収と供給という物 流業務を伴う。
「いわば日配品と同じ。
日配 品の物流を確立できればいろいろな展開が可 能だ」と天野部長は期待する。
また、鴻池運輸の物流網を活かして、院外 物流サービスにも取り組んでいる。
院外に専 用の物流センターを設けて、医療法人グルー プなどが共同で仕入れた医療材料を一元管理 し、各病院に一括納品するサービスだ。
病院 では、購買費削減のためグループでの共同購 入に切り替える動きが出ており、院内物流の 改善が進んだ病院を中心に需要の掘り起こし を図っている。
次のターゲットはメーカー さらに次のステップで鴻池メディカルは、 メーカーをターゲットとする新たな事業展開 を狙っている。
今年の夏、同社は東京の大井 地区に医療機器・材料メーカー向けの物流セ ンターを着工する。
延べ床面積が一万三二〇 〇平方メートルで、来夏に竣工する予定だ。
センターには、滅菌工場と流通加工施設お よび航空貨物ターミナルを併設する。
病院の 滅菌業務を代行している既存の工場とは異な り、新工場では主にメーカーが海外から輸入 した材料の滅菌や梱包を行う。
仕様書変更な どの流通加工や緊急品の航空輸送にも対応で きるように新たな機能も付加する。
さらに、 鴻池運輸との連携によって、通関から全国へ の出荷まで一貫して業務を受託できる体制を 整える考えだ。
一〇年近くに渡り病院の内側から院内物流 の改善を手がけるなかで鴻池メディカルは、 医療の安全を確保し業務の効率化を進める上 で、病院を起点としたサプライチェーン構築 の必要性を痛感するようになった。
これを実 現するために、同社の新しいビジネスモデル として構想したのがこの多機能型物流センタ ーだ。
医療機器や材料のメーカー自身が、病院に 対してメンテナンスや洗浄などのサービスを 付加価値として提供しようとする動きも出て おり、こうした需要にこたえる狙いもある。
「医療材料の流通は今でも複雑で、医療費 が高い原因の一つはそこにある。
病院の立場 に立って、メーカーと協力しながらサプライ チェーンの効率化を進めていくことが、院内 物流に携わるわれわれ物流会社の使命だ」と 天野部長は自負する。
医療分野のサプライチェーン構築という側 面では、卸も病院に対して、使用実績に基づ く消化払いなどの取引形態を提案、独自の働 きかけを行っている。
今後、医療分野の改革 が、物流改善を柱とする病院の業務改革から 流通改革へと向かう流れのなかで、院内物流 事業も新たな局面を迎えようとしている。
(フリージャーナリスト・内田三知代) 図4 中央物流センターを使う院外物流 病院 病院 病院 病院 受発注情報 発注 回収 納品 納品 受発注情報 問屋 商社 外注工場 各主販社 医薬卸 材料卸 中央物品センター

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