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JUNE 2007 54
IT部門を営業部に編入してダウンサイジングを推進
なかば羨望をこめて「佐川急便の情
報システムは凄い」と陸運業界でささ
やかれるようになったのは、いつ頃か
らだろうか。 佐川は一九八五年に業
界ではじめて全国規模の貨物追跡シ
ステムを稼動し、九〇年代初めには荷
主の出荷作業をシステムで支援しはじ
めた。 同社のIT機能に対する評価
は、東京佐川急便事件で世間を騒が
せていたときも揺るがなかった。
とりわけ周囲を驚かせたのは、巨額
債務の圧縮に追われていた九〇年代
後半に断行した大胆なシステム投資
だ。 このとき佐川は約四〇〇億円を
投じて、全国の支社ごとにバラバラだ
った基幹システムを統合した。 さらに
二〇〇〇年にはカード決済による代
金引換サービス「e-
コレクト」を開
始するなど、矢継ぎ早に情報装備を
充実させた。
ここ数年、同社はIT部門の社内における位置づけで、試行錯誤を重ね
ている。 佐川の本社は二〇〇二年の
時点で本部制を敷いており、「IT戦
略本部」は営業本部や業務本部と並
ぶ基幹組織として位置づけられていた。
もともと営業部門が強い社内にあって、
この扱いを快く思わない人たちもいた。
IT戦略などといっても、実は外部の
ベンダーに業務を丸投げしているだけ
じゃないか、といった批判的な見方が
現場などでくすぶっていた。
このままでは本来、営業戦略と一
体であるべきIT戦略をスムーズに遂
行できないと判断した同社は、IT
部門の組織改革に着手した。 まず〇
五年の改組では本部を「IT戦略部」
に改め、営業本部の傘下に収めた。 本
部制を廃止した〇六年には、「事業戦
略担当」という括りのなかで営業部
やマーケティング部と同列の扱いにし
た。 さらに今年三月には、組織名称
からIT戦略という言葉を消して、営
業部の中の「システム推進課」に変
えた。
一連の組織改革でIT部門は「本部」から「課」に格下げされた。 IT
軽視のようにも映るが、そう単純な話
ではない。 事実、これまで佐川のIT
戦略を牽引し、〇二年の時点でIT
戦略本部長を務めていた近藤宣晃氏
はその後、常務取締役へと昇進。 現
在では「システム推進課」も所属する
事業戦略グループを束ねる立場にあ
る。 いまシステム推進課が手掛けてい
る業務内容も、近藤氏がCIOの時
ベンダー依存を脱し年間100億削減
浮いた資金を次世代システムに投入
第3回
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佐川急便
ダウンサイジングと脱ベンダー依存という切り口から、IT革新を進めて
いる。 先進技術を大胆に採用する一方で、開発案件ごとに内容を精査する
ことによって投資効率の改善を図っている。 セールスドライバーが携帯端
末を使わずに集配できる次世代システムや、請求書の全面的な電子化も視
野に入ってきた。
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代に着手したテーマの延長線上にあ
る。
佐川は「ダウンサイジング」(規模
の縮小)と「脱ベンダー」という二つ
の切り口から、ITの再構築を進め
ている。 組織の位置づけを見直すだけ
でなく、設備を大幅にダウンサイジン
グして、より高度な処理を、低コスト
で実現していこうとしている。 そのた
めに欠かせないと判断しているのが、
従来はITベンダーに依存していた
開発・運用体制からの脱却だ。 情報
子会社の佐川コンピューター・システ
ム(SCS)と共にベンダーに頼らな
い体制を整えることが、いまや同社の
?IT戦略〞となっている。
二百数十億の運用費を
技術革新で四五%削減へ
とは言え、やっていることは相変わ
らず大胆だ。 佐川は〇五年八月から
「情報システム刷新プロジェクト」(別
名F
―Cubeプロジェクト)という
五カ年計画に取り組んでいる。 その
第一弾として、昨年一〇月には新た
な「貨物システム」を稼動した。 基幹
システムの一つであるこの仕組みにお
いて、野心的な革新に挑んだ。
一日に最大一〇〇〇万個の貨物デ
ータを処理する佐川の貨物システムは、
これまで高性能のメインフレーム(汎
用大型コンピュータ)を使わなければ
成り立たないとされてきた。 これを新
システムでは、複数のIAサーバ(パ
ソコンと同様の設計のコンピュータ=
PCサーバ)を接続することで代替。
高額のメインフレームを更新する必要
をなくして、ITコストの大幅な圧縮
に成功した。
実は近年の佐川にとって、ITコ
ストの低減は切実な課題だった。 同
社のITのランニングコストは一年間
で二百数十億円に上る。 新規のIT
投資についても、九〇年代後半の年
間一〇〇億円には及ばないものの、今
も年間七〇億円レベルで発生し続け
ている。 連結ベースの営業利益三九
〇億円(〇六年三月期)と比較して、
決して小さくない資金をITに投じ
ていることになる。
佐川急便・営業部の北東卓部長
(システム推進担当)は、「当社は六年
以上前から、主要なITベンダー三
社(日本HP、NEC、日本IBM)
に対してずっとコスト削減の提案を求
めてきた。 しかし、満足のいく提案は
出てこなかった。 今回の貨物システム
についても、『御社の業務にとってベ
ストな選択はメインフレーム。 そろそ
ろ更新期のため八億から一〇億かか
る』と言われていた」と振り返る。
従来のままメインフレームへの投資
を続けるべきか迷っているなかで、た
またまフューチャーアーキテクトと出
会った。 特定のベンダーに依存しない
オープン系システムの設計・開発で定評のある独立系のITコンサルテ
ィング会社だ。 同社に佐川のITを
評価させたところ、「二百数十億円の
ランニングコストはかかりすぎ。 われ
われと組んでダウンサイジングすれば
年間一〇〇億円レベルのコストセー
ブを図れる」と提案された。
削減額の大きさは魅力だったが、い
きなり基幹システムの刷新を委ねるの
はリスクが大き過ぎる。 そこで、まず
は〇四年に「顧客返却システム」(納
品先の受領印データを荷主にファク
ス送信するシステム)の刷新プロジェ
クトで、フューチャー流のダウンサイ
ジングを試してみることにした。 結果
は、期待を裏切らないものだった。 五
億円規模を見込んでいた投資額が、お
よそ半分に抑えられた。
これで手応えを得た佐川は、フュー
チャーと組んで基幹システムを刷新し
ていくことを決断。 年間二百数十億
円のランニングコストを、二〇一三年
までに四五%削減することを目標に
掲げて、佐川、フューチャー、SCS
の三社が一体となったプロジェクトを
正式に発足させた。
このプロジェクトの第一弾が、先に
述べた貨物システムの刷新だった。 今
年三月にはかつて利用していた大型
機を撤去して、メインフレームの販売
がビジネスの一つであるITベンダー
の呪縛から脱する大きな一歩を踏み
出した。 プロジェクトは今後、勘定系
の基幹システムについても同様のダウ
ンサイジングを進めていく。
次は携帯端末の利用をやめ
車載機で荷物を自動計測
IT投資をめぐる社内慣行にもメ
スを入れた。 以前は、ユーザー部門か
らシステム構築の要望があると、シス
テム開発による定性・定量的な効果
にさえ問題がなければ投資を認めてい
た。 そのシステムが本当に必要なのか
は検証されず、稼動後に見込み通り
の効果が出ているかをチェックするこ
ともなかった。
これを今年から、「投資判断をする
際に見込んでいた効果を、事後にき
ちんと検証すると社内で宣言した」
(北東部長)。 効き目はてきめんだった。
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佐川急便・営業部の北東卓部
長(システム推進担当)
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過去の開発案件のなかには、担当者
の個人的な思い入れなどによって実
施されていたものが少なからずあった。
こうした案件が、事後の検証を宣言
しただけでかなり減った。 すでに提出
されていた案件で、白紙に戻されたも
のもあった。
ただし、行き過ぎてはならないと、
IT部門としても十分理解している。
投資を最適化する必要はあっても、
「我々はユーザーの芽を摘むつもりは
ない。 本当にやりたい案件は出したら
いいし、出すべきだと思う。 それによ
ってIT投資の金額が増えてしまう
としても、それはもう経営判断の問題
だ」と北東部長は強調する。
現在の佐川は「攻め」一辺倒だっ
たITマネジメントをやめて、「守り」
も同時に手掛けようとしている。 コス
ト削減が「守り」の最たるものだとす
れば、ここで捻出した資金を他の分
野に再投資していくのが「攻め」のポ
イントだ。 とりわけセールスドライバ
ー(SD)の情報武装は、IT部門
にとって極めて戦略的な課題となって
いる。
現在、SDが使っている携帯端末
(PDT=ポータブル・データ・ター
ミナル)は、同社にとって第七世代の
機種として〇五年一月に投入された
ものだ。 通信手段にFOMAを活用
するなど当時としては最先端の機能
を誇ってきたが、端末のリース期間が
四年ということもあって、遅くとも二
〇〇九年には第八世代への移行にメ
ドをつける必要がある。 ICタグを本
格的に導入する可能性も含めて、次
世代端末をどうするかがIT部門に
問われている。
詳細はこれから詰めていくことにな
るが、「大きな方向性としては、現状ではPDTに備わっているバーコード
の読み取り機能などを車載にシフトし
たいと思っている。 貨物の重量やサイ
ズを自動計測する機器を車両に備え
つけることによって、こうした作業か
らSDを解放し、集配時間の短縮な
どにつなげたい」考えだ。
すでに実験も進めている。 昨年一
月、?動く営業店〞をコンセプトとす
るワンボックスタイプの特別車両「M
AX(Mobile All-around Express)」
を全国に一〇台、テスト導入した。 車
両後部に貨物の重量・サイズを自動
計測できる機器を装備したほか、S
Dの携帯電話に着信した再配達の指
示を、自動でカーナビ画面にプロット
して最適ルートを提示する機能も持
っている。
あくまで実験車両ではあるが、P
DTの機能を車載にシフトすることが
技術的に可能なことはすでに確認で
きている。 ただ同様の機能を集配車
両に全面導入するとなると、三万五
〇〇〇台という桁違いの台数が対象
になる。 コストと機能の両面から話を
詰めていくために、この五月の連休明けから数十社の提案を聞きながら具
体的な検討作業にあたっている。
「一台当たりの投資金額が五〇万円
以下にならなければ、この計画は成り
立たないとみている。 また、現在のP
DTの後継を決めるタイミングで車
載パソコンも見直すことになるはずだ。
集配車両のIT化という意味では、当
社にとって大きなポイントになると認
識している」(北東部長)という。
次世代システムをにらんで導入した
テスト車両「MAX」
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EDI化と電子請求書で
顧客ごとの仕組み追求
佐川が車両のIT化を急ぐ背景に
は、煩雑さを増しているSDの業務
内容がある。 同社の総取扱個数の七%
を占めるまでに成長した「e
―コレク
ト」では、ドライバーが届け先に事前
に電話して、カード決済か現金決済
かを確認することがルールになってい
る。 また不在連絡票にSDの携帯電
話の番号を残すというサービスも、現
場の作業負担を増やす一因になって
いる。
荷主との電子データ交換(EDI)
の拡大が、SD業務の効率化にとっ
て有効な対策の一つとなっている。 再
配達の指示をカーナビに自動的にプ
ロットするには、納品先の住所データ
がテキスト化されていることが前提条
件になる。 しかし現行の業務では、判
取り(納品先の受領印)データを荷
主に提示するために伝票のイメージ画
像はすべて保管しているが、住所情
報のテキスト化まではしていない。
情報交換をEDI化すれば、荷主
の利便性を高めると同時に、テキスト
化の手間を解消できる。 既に同社の
扱う荷物のうち、EDI化されてい
る荷物の割合は、六〇%弱に達して
いる。 これを今期中に七〇%まで高
めることを目標に置いている。 これが
次世代の情報武装のコストパフォー
マンスにも影響を及ぼす重要な指標
ともなってくる。
SDが毎月、顧客に持参している
請求書の電子化も課題にあがってい
る。 現状では電子請求書の割合は十
数%程度にすぎないが、佐川としては、
インターネットを利用している顧客に
ついては、年内をめどに一〇〇%電
子請求書に移行したい考えだ。
「請求業務をオンライン化すること
で、従来のように紙で届けるより一日
から一日半くらい早く請求書を発行
できるようになる。 請求書が届くまで
確定できなかった運賃を、荷物を出
した翌日にウエブ上で確認してもらう
ことも可能だ。 お客さんにとっては紙
の請求書を保管するスペースも不要
になるし、余計な紙を減らせるため環
境にもいい。 ぜひ協力してほしい」と
北東部長はアピールする。
顧客が活用する出荷システムの高
度化も視野に入れている。 現状の出
荷システムは標準化された統一仕様
になっているが、将来的にはこれを顧
客ごとにカスタマイズできるようにし
ていく方針だ。 IT運用コストを圧
縮することで生み出される資金を、こ
うした領域に再投資していくことが、
顧客から選ばれるうえで必須条件に
なると佐川はみている。
脱ベンダーの成否を握る
IT子会社の成長
かつての華々しい印象こそ薄れたが、
佐川のIT戦略は着実に前進してい
る。 その柱の一つが基幹システムのダ
ウンサイジングであることは前掲した
通りだが、「F
―Cubeプロジェク
ト」では、より本質的に?脱ベンダー〞
を実現していこうとしている。 メイン
フレームを扱うベンダーの制約からは
逃れたが、現状はこれをフューチャー
が肩代わりしているだけとも言える。
佐川としては、いまフューチャーが
手掛けている役割の多くを、SCS
が担うようになることを期待している。
貨物システムを刷新するプロジェクト
に、SCSから十四人もの幹部候補
生を参画させたのはそのためだ。 フュ
ーチャーの開発部隊と一緒にシステム
構築に当たることで、彼らにオープン
系のシステムを高度に扱えるスキルを
身につけさせようというわけだ。
プロジェクトリーダーを務めている
SCSの置兼二係長は、「メインフレ
ームでやるのが当然だと思っていた業
務をダウンサイジングするのは、正直
なところ抵抗があった。 だがテスト的
にプログラムを作ってみると、たしか
に必要な性能が出た。 稼動した新し
い貨物システムもほぼ計画通りに動い
ている。 今後一、二年かけてデータベ
ース関連の実力をもっと培っていきた
い」と意気込む。
最先端の技術を身につけることは、
SCSの自立にもつながる。 ヤマト運
輸系のヤマトシステム開発が売上高
の三分の二を一般顧客から得ている
のとは対象的に、SCSはまだ売り
上げの大半をグループ会社に依存し
ている。 グループ全体のITコストを
最適化していくうえで、SCSにはプ
ロフィットセンター化が求められてい
る。
SCSからプロジェクトに参画して
いる十四人は、そのキーマンともいう
べき存在だ。 「彼らには向こう一〇年
間、退職しないと一筆書いて欲しい
くらい」と笑う北東部長の言葉には、
本音もにじむ。 思惑通りに優秀な人
材が育った暁には、こうした人材をい
かに引き止めるかが新たな悩みのタネ
になっているかもしれない。
(
フリージャーナリスト・岡山宏之)
佐川コンピューター・システ
ムの置兼二係長
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