ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2007年7号
ケース
食品物流大地

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

JULY 2007 32 有機農産物を売る元学生運動家 日常食材の宅配ビジネスを手掛ける大地は、 れっきとした株式会社でありながら、純粋な 営利目的の一般企業とはかなり毛色が違う。
株主は市民運動団体「大地を守る会」の会員 が大半を占め、利用者も原則として「守る 会」の会員が中心になっている。
利用者=出 資者といった設立時の図式には、現在はこだ わっていない。
それでも、個人会員一人あた り一〇〇〇円の年会費で成り立つ市民運動の 一環としてビジネスを行っている点は、当初 から変わらない。
この団体の知名度を高めるのに、全学連の 元委員長で、歌手の加藤登紀子さんと獄中結 婚した故藤本敏夫氏の存在が大きく寄与して いる。
現会長の藤田和芳氏らが一九七五年に 運動をスタートさせた半年後に合流した藤本 氏は、約七年にわたって「守る会」の会長を 務めた。
その後を藤田氏が引き継いだのだが、 強烈な個性を持つ人物がトップに就いていた イメージは簡単には消えない。
そのせいか大地という会社は、いまだに一 般産業界からは異端視されている面がある。
だが、もはや立派な企業体だ。
七万人を超す 会員を擁し、無借金経営で年間一二四億円 を売り上げている。
近年、急成長している生 協の個配事業と同様のビジネスだが、実は大 地のほうが先駆者だ。
同社が個人宅配事業を スタートしたのは八五年。
その大地の助けを 借りて「らでぃっしゅぼーや」が宅配を開始したのが八八年。
そして生協のパルシステム がこの事業に着手したのは九〇年だ。
生協が消費者の生活防衛のために生まれた 組織なのに対して、「守る会」は有機農産物 の流通を整備し、生産者と消費者をつなぐ新 しい経済システムを作ることをめざして活動 してきた。
その運動の流通部門を株式会社化 して生まれた大地のサプライチェーンは、完 全に?プッシュ型〞だ。
有機農産物は天候な どで収量が大きく左右される。
獲れすぎれば 工夫して消費し、獲れなければ欠品もやむな しという、現代流通の常識とはかけ離れたマ 食品物流 大地 市民運動が育んだ食の宅配ビジネス 無借金経営で年間120億余りを販売 大地は、生協などに先駆けて食の宅配ビジネ スを軌道に乗せたパイオニアだ。
あくまでも市 民運動の一環として事業を行う姿勢を貫きなが ら、最先端の物流も追求している。
天候の影響 などで生産量の変動が避けられない有機農産物 を、独自の流通システムのなかでムダなく消費 しようとする試みがユニークなサプライチェー ンを生み出した。
33 JULY 2007 ネジメントを行っている。
もともと「守る会」は藤田会長の個人的な 思い入れからスタートした。
上智大学の学生 運動家だった藤田氏は卒業後、小さな出版社 に勤めていた。
たまたま七五年に、水戸で無 農薬野菜を作っていた農民グループの活動に 共感し、農産物の買い手を見つけることを請 け合った。
しかし、あてにしていた生協の知 人などからは軒並み断られてしまった。
藤田氏にしてみれば、形状は不揃いでも無 農薬で安全なのだから、生協のような組織で あれば市価より高くても買ってもらえるとタ カを括っていた。
ところが当時の生協は、消 費者の生活を防衛しようとする意識が強く、 いくら安全な野菜でも相場より高く仕入れよ うとはしなかった。
農民たちと約束してしま った手前、引っ込みがつかなくなった藤田氏 は、会社の休日を使って自ら?青空市場〞で 野菜を売りはじめた。
これが思いのほか売れた。
最初は持ち込ん だ野菜を販売するだけだったのが、ほどなく 予約に応じはじめ、注文分を一週間後に用意 するようになった。
毎週、同じ場所に通って いるうちに、まとめて持ち込んだ野菜を、消 費者グループが予約内容に応じて自分たちで 小分けしはじめた。
後に「ステーション」と 呼ばれることになる共同購入の仕組みが、自 然発生的にどんどん拡がっていった。
批判覚悟で設立した株式会社 七六年の年明けに「守る会」は新宿に事務 所を構えた。
事務所の裏手の空き地にはプレ ハブの倉庫も建てて、まがりなりにも事業の 形態が整った。
スタートから約二年経つ頃に は年間売上高が二〇〇〇万円を突破。
もはや 投げ出せない規模に成長していた。
しかし、それを支える組織は、法人格すら 持っておらず、依然として脆弱なままだった。
「運動は自立していなければいけない」と考 えていた藤田氏は、「経済と運動の両立をめ ざす市民運動」を実現するための組織を整え ようとして、仲間と議論を重ねた。
最初は、生協にしてはどうかという意見が 出された。
だが前述したような考え方の違い に加えて、生協が都道府県などによる許認可 団体である点が気にくわなかった。
農薬や化 学肥料の大量使用を推進してきた国の農業政 策と対峙して有機農法を広めようという大地 が、行政の認可団体になれば自らの自由を制 限されかねない。
こうして生協案は消えた。
社団法人や財団法人の可能性なども模索した が、いずれも現実的ではなかった。
議論が行き詰まりそうになったとき、仲間 の一人が「株式会社はどうかな」と言い出し た。
最初は誰もが耳を疑った。
しかし、よく よく考えてみると可能性に満ちた選択肢であ ることが分かってきた。
「形だけは民主的だけれども、実際はそれ を使って官僚主義を生み出している農協など の構造を考えたら、やりようによっては株式 会社のほうがよほど民主的に運営できる。
問 題は形ではなく中身だ、などとビールを飲み ながら話しているうちに、ぜひやろうという ことになった」と藤田氏は述懐する。
額面五〇〇〇円の株券を刷って出資を募り、 共同購入に参加していた生産者や消費者から 計一六九九万円を集めた。
筆頭株主は全体の 二六%、四五〇万円を出資してくれた加藤登 紀子さんだった。
この資本金で七七年十一月 に株式会社として大地を登記。
念願だった大 型冷蔵庫などを購入することができた。
この株式会社化は、予想通り右からも左か らも批判された。
「当時はまだ学生運動の火 種がいろいろなところに残っていた。
そうい う時代に私たちが、藤本敏夫という全学連委 員長を抱えながら農業にのめりこんでいった ことが、まず理解してもらえない。
しかも、 それがいきなり株式会社になると言い出した。
企業に運動を売り渡すことになるんじゃない かとか、ひょっとしたら過激派の新しい資金 稼ぎじゃないか、などと言われた」(同) しかし、動じなかった。
学生運動の苦い経 験を通じて、政府や大企業に対する?告発 「大地を守る会」の会長を兼 務する大地の藤田和芳社長 JULY 2007 34 だった人数が徐々に減ってきたことに気づい た。
でも全体をみると、班やステーションの 数は増えている。
このままでは効率がどんど ん悪化してしまうと思った」 事情を確認すると、ステーションに派閥ができて分かれたり、専業主婦から共働きに変 わった人が抜けたりしていることが分かった。
このとき大地は、はじめて自分たちの組織が 専業主婦に対応した仕組みであることを理解 した。
当時の大地の物流は、ステーションご とに商品をまとめて持ち込むだけで、そこで の仕分けは全面的に会員に依存していた。
ス テーションの細分化が進めば、大地の物流効 率が低下していくのは明らかだった。
慌てて生協の共同購入の状況などを調べて みた。
同様の悩みを抱えるところが、二つと か三つのグループを合併させて対応していた。
そこで大地も「大ステーション構想」と銘打 ってリーダー格の会員に相談を持ちかけた。
結果は「何をバカなことを言っているのか」 と総スカン。
すぐに頓挫してしまった。
しかし、放置すればジリ貧になる。
そこで 発想を転換した。
ちょうど当時はヤマト運輸 の「宅急便」が伸びていたことあって、「大 きくできないのであれば一層のことバラバラ にしてしまえ」と藤田氏は考えた。
まだ苦し かった経営状態を少しでも楽にしたいという 思惑もあり、昼間の共同購入とは別に、同じ 配送車両で「夜間宅配」をやればいいと思っ た。
これなら共働き世帯にも対応できる。
さっそく、調布を中心とする約五キロ圏内 で夜間宅配を試してみたところ、大いに評判 になった。
「個人主義を助長するつもりか」と 反発していた既存の利用者たちも、徐々に理 解してくれた。
ほどなく共同購入とは別に、 昼間の宅配事業を開始。
この八五年の決断が、 大地を飛躍させることになる。
格段に難しくなった物流管理ただし、個人宅配への進出は、大地の物流 を一気に複雑なものに変えた。
それまでのス テーション別の大雑把な仕分けとは異なる、 格段に細かい作業が求められるようになった。
当初は、調布の倉庫内に設置したローラーコ ンベアに配達用の段ボール箱を流し、傍らで 「ニンジン三、キュウリ五」といった指示を 大声で出しながら、指示に従って作業者が箱 に商品を投入していくといった原始的なやり 方をしていた。
これを段階的に高度化してきたのだが、と 型〞の運動に限界を感じていたからだ。
運動 に社会的な説得力を持たせるには、資本主義 の中から産業システムや経済行為を変えてい くべきだという確信があった。
「我々が提案 した小さなモデルが、社会をリードしていき、 次の時代にはこういうものが主流になるとい うものを作り出したい」と考えていた。
共同購入から個別宅配へ 大地の試みは、生産者や消費者を巻き込ん で、まったく新しいサプライチェーンを作る ことを意味していた。
自然発生的に増えたス テーションは、結果として、先行する生協の 共同購入と似たような仕組みに落ち着いてい た。
そして、やはり生協と同様の理由から、 個人宅配にシフトしていくことになる。
株式会社化した後、大地の事業はそれなり に成長した。
八〇年には有機農産物の販路を 拡大するための卸部門として「大地物産」を 設立。
他の市民団体や生協への卸売りを本格 化した。
八三年になると、藤本氏が自ら設立 した「鴨川自然王国」に本腰を入れるため会 長職を辞任。
後を受けて藤田氏が会長に就任 し、その四年前に新宿から杉並区に移転して いた本社兼物流拠点を調布に移した。
事業を順調に拡大させる一方で、藤田氏が ステーションの異変に気づいたのはちょうど その頃だった。
「我々はいつも、共同購入で 一つの班が何人で注文しているかを気にして いた。
あるとき、それまで平均十三人ぐらい 中核となる「習志野物流センター」 【施設概要】所在地・千葉県習志野市、 敷地面積・13,000?、延床面積・ 12,304?、チルド冷凍品の仕分けラ イン・最大316アイテム×1ライン、 ドライ野菜品の仕分けライン・最大 302アイテム×1および最大602ア イテム×1、畜産加工室・環境食料分 析室・チラシセット室なども入居 35 JULY 2007 りわけ九二年は大きな節目となった。
千葉県 市川市の一万平米ほどの敷地に本格的な物流 センターを構えたのである。
まだ会員数が約 一万人だったのに、五万人をまかなう規模を 確保し、マテハンも一気に高度化した。
トー ヨーカネツと相談しながら、一部の生協が共 同購入で使っていた仕組みを宅配用に改良し て導入した。
大地の内田義明物流グループ長はこう振り 返る。
「当時は宅配を前提とするシステムな どなかった。
うちがデジタルピッキングを利 用するとしたら、マルチランプ方式で少量多 頻度の仕分けをする生協さんが使っていた仕 組みしかないと思った。
個配が主流になった 最近では、市川センターで構築したやり方が どこでも主流になっている」 宅配のための配送ネットワークも九〇年前 後に一挙に整備した。
東京だけでなく神奈川、 埼玉、千葉に配送拠点を設置し、物流センタ ーから四トン車で横持ちした商品を、ここで二トン車に積み替えて会員宅に配達するよう にした。
以前はすべて社員がこなしていた物 流業務も、徐々に外部委託にシフト。
現在は 物流センターの構内作業や配送業務を、それ ぞれ協力物流業者に委託している。
こうして宅配事業を軌道に乗せたことによ って、大地の売上規模は急拡大した。
二〇〇 〇年ぐらいから卸売部門の業務を整理しはじ めたことで、近年の売り上げは上下している ようにみえる。
だが本業については、会員数 に応じてほぼ順調に業績を伸ばしている。
最大の危機は、〇五年三月に市川物流セン ターが漏電を原因とする火災に見舞われたこ とだ。
重大な人的被害こそ免れたが、仕分け ラインや低温設備が全面的に使えなくなって しまった。
周辺に代替施設を探し、少しずつ 扱い物量を増やしていくしかなかった。
「あのときは半年ぐらい物流がストップして しまうかと思った。
もしそうなれば会員は離 れてしまう。
最初は注文もとれなかったため、 産地から続々と届く野菜を、タダでもいいか ら食べてくれと言ってどんどん届けた。
何と か関係を維持したかった」(藤田氏) この事故によって、次の決算期には二億円 近い特別損失の計上を余儀なくされたが、幸 い乗り切ることができた。
火災から半年後の 〇五年一〇月には、ずっと準備を進めていた 「習志野物流センター」が稼動。
その時点の 事業規模の一・五倍程度までまかなえる最新 鋭センターが、市川の機能を肩代わりした。
実は大地としては、この習志野で全面的な 物流アウトソーシングを検討していた。
現実 にはそこまで踏み込めなかったが、基本的な 方針は今も変えていない。
「会員の伸びに応じて物流拠点を新設して いくというやり方は柔軟性に欠ける。
次は3 PLを使うという選択肢もありうる。
ただし 我々の事業は、産地の事情や自然に左右され る部分を抱え込んでしまう面がある。
そうい った点まで一緒に考えてもらえることが物流 パートナーの条件になる」(同) 会員数の増加とともに大地の資本金は増え、 現状では約三億五〇〇〇万円になっている。
株主の数は二万二〇〇〇人近くいて、実質的 な創業者である藤田氏の持株比率は二%にす ぎない。
三〇年前に株式会社化したときにめ ざした「民主的な運営」を見事に実践してい る。
( フリージャーナリスト・岡山宏之) 大地の内田義明物流 グループ長 協力物流業者が野菜を小分け 施設内で品質チェックも実施 徹底した温度管理で品質保持 1都5県には専用保冷車で宅配 「習志野物流センター」の作業の様子

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