ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2008年4号
道場
物流センター問題を解く── その2

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

APRIL 2008  68 ‥‥物流センターには何度も行ってるんです が、なかなか手掛かりがつかめません」  「その前に聞きたいんだけど、おたくの会 社は倒産寸前ってわけではないんだろ? 社 員のリストラなんかやってないよな?」  大先生の質問の意図がすぐにわかったらし く、管理士氏が即答する。
 「ずっと利益が出てます。
少なくとも危機 的な状況にはありません」  「それはよかった。
それなら、いますぐの コスト削減など考える必要はないな。
わかっ ているだろうけど、物流センターのコストを 削減するってことは非情なことだ。
働いてる 人を切るってことだから。
利益が出ている会 社がそんなことをする必要はない」  大先生の話に管理士氏が大きく頷く。
その 顔を見て、大先生が聞く。
 「それでは、コスト削減は、さっきの物流 センターのあり方の見直しに合わせて中長期 的な視点で考えよう。
中長期的な視点でのコ スト削減ってどういう考え方だと思う?」  「えーと、先生のお話の受け売りでいいで すか?」  「それ以外の答えはないんだろ? いいよ」  大先生の了解を得て、管理士氏は嬉々とし て話し出した。
 「はい、それは、将来の売上増つまり物流 量の増加に対して物流コストを増加させずに、  短期的な物流コスト削減は非情だ。
人員カットや下請けイジ メを余儀なくされてしまう。
みんながハッピーになれるよう、物 流改革は物流管理の原点に立ち戻って中長期的な視点で取り組 もう。
まずは現場の整理・整頓を徹底し、現状を数値で把握す る。
それによって問題の在りかは自然と明らかになってくる。
湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第67回》 物流センター問題を解く── その2 大先生の日記帳編 第7 回   中長期的視点でコスト削減  物流センターの見直しを上司から指示され たという若い物流技術管理士が大先生事務所 を訪れた。
話が一段落し、もう帰るかと思っ たら、まだ話があるという。
女史が飲み物を 何にするか聞いてきた。
 「いくらなんでもビールはまずいよな?  このあと会社に戻るんだろ?」  大先生の問い掛けに、管理士氏が屈託のな い返事をする。
 「いえ、今日は直帰しますので大丈夫です」  「へー、そうなの。
それじゃビールでも飲 みながら、やろうか?」  「先生がよろしければ‥‥」  「よし、物流センター内の改善などというお もしろくもないテーマで話すなら、ビールで も飲んで、勢いつけなきゃやれないもんな」  「は、はい‥‥」  管理士氏は、ちょっと戸惑った風情だ。
お 茶にしとけばよかったと後悔しているようだ。
 女史がビールと簡単なつまみを持ってきた。
ビールを片手に、大先生がおもむろに聞く。
 「さて、それで何から始める?」  「はぁー、実は、物流センターのコスト削減 も考えろって言われてるんですが‥‥」  「ふーん、それで?」  「正直どういう切り口で考えればいいのか 72 69  APRIL 2008 あるいは増加を極力抑えて対応するというこ とだと理解しています。
それができれば、売 り上げは増加するわけですから、それに対 する物流コストの比率は当然下がってきます。
あっ、この比率が下がるということは、利益 増に貢献するということです。
このように、 将来にわたって売り上げに対する物流コスト 比率を低下させるという取り組みが中長期的 な視点での物流コスト削減だと思います、は い」  大先生が、ビールを片手に頷く。
そして、 相槌を打つように「そのためには、どうす る?」と聞く。
管理士氏が待ってましたとば かり勢い込んで話す。
 「はい、私どもの現有の物流にかかわる経営 資源に極力余力を持たせることが必要だと思 います。
えーと、たとえば、いま現有の経営 資源で一〇〇の物流をやってたとします。
そ れを、無駄を省いたり、効率化を進めて、同 じ経営資源で一二〇の物流ができるようにな れば、二〇%の売上増があったとしても、物 流コストを増加させることなしに対応できる ことになります」  あるべき物流センターの原点  ここまで話して、管理士氏は姿勢を正す風 に大先生を見て、「あのー、ですね」と内輪 話を始めた。
 「実はですね、管理士講座で、先生からこ のお話をお聞きしたとき、ちょっと興奮しま した。
なんか嬉しくなりました。
物流コスト 削減というのは、この世界では常套句のよ うになっていますが、決して楽しい取り組み には思えなかったんです。
というか、暗いイ メージがつきまとっていたんです。
もちろん、 企業ですから、絶えずコスト削減が必要なこ とはわかりますが、いままで働いている人の 首を切るとかトラック業者さんに無理強いし て運賃を下げてもらうというのは正直やりた くないです。
ところが、余力を生んで物流増 に対応しろという中長期的な取り組みのお話 を聞いて、なんか前向きな楽しい取り組みに 感じて、嬉しかったんです」  管理士氏の熱のこもった物言いに大先生は 戸惑いと照れ臭さを感じたようだ。
つい、相 手のペースに乗ってしまう。
 「あっ、そう。
それはよかった。
まあ、同 じ物流をやってる仲間の首を切ったり、運賃 を叩いたりすることは真っ当なことじゃない。
倒産寸前の会社は別として」  「はい、私も同感です」  場の雰囲気を変えようと思ったのか、大先 生が話を元に戻す。
 「だからといって、現状をそのままにして 無駄を温存したり、非効率を放置してはだめ だ。
さて、そこで、どうするかだ」  「はい、そこなんです。
余力を生み出すた めに、あるいは無駄を見つけるためには、ど うしたらいいんでしょうか?」  管理士氏が、日頃悩んでいることを質問す る。
その質問に対し、大先生が突き放す。
 「昔から常道があるだろ?」  「はぁー、常道ですか?」  「常道っていえば決まってるよ。
ほらっ?」  大先生に促されて、管理士氏は「えーと」 などと言いながら、しきりに首をひねる。
 「講座で習っただろうに‥‥」  大先生の言葉に管理士氏がいかにも自信な さげに小さな声で答える。
 「えー、現場の基本といえば‥‥例の『5 S』がらみ、でしょうか?」  「なーんだ、わかってるんじゃないか。
そ れそれ。
整理、整頓さ」  「えっ、先生がそんなこと‥‥」  「そんなことって? まあ、おれは、そう いう話は、あちこちでよく話されるので、別 におれが言う必要もないので、あまり言わ ないけど、物流センター見直しの原点が整理、 整頓にあることは間違いないさ。
これがきち んとできていれば、まあ、物流センターはそ んなに問題はない。
おたくではできてる?」  「えー、正直よくわかりません」  「わからないってことはできてないってこ とだ。
それじゃ、そこから入るんだな」 APRIL 2008  70  「はい。
それはわかりましたが、えーとで すね、それ以外に、作業の効率とかはどうし たらいいんでしょうか?」  「効率ねー? 整理、整頓ができていれば 効率もそんなに問題ないはずだけど‥‥とこ ろで、いまおたくではどんな効率の状態?」  「はぁー‥‥」  「なんだ、それもわからないのか。
それこ そが問題だな。
おたくのセンター内の問題は、 センター内の実態が数字でつかめていないこ とさ」  「はい、正直そう思います」  「また正直か‥‥、まあ正直なのはいいけ ど、見直しっていうのは、論理的には、『本 来かくあるべし』っていう姿が想定されてい て、それと比較して現状どうなっているかっ て診断することだろ? 本来かくあるべしっ ていう評価尺度がないから、切り口がわから ないなんていうたわ言が出てくる。
困ったこ とだ」  大先生が、言葉とは裏腹に楽しそうに言う。
そんな大先生の顔を見て、管理士氏が「ここ は格好つけずに何でも聞いてみよう」と決意 したかのように、大先生に直球を投げた。
 「はぁ、おっしゃるとおりです。
それで、そ の評価尺度というのはどうやって作るんでし ょうか?」  「あのねー、うーん、なんと言うか、あれ  ビールを口にして、大先生が思い出したよ うに質問する。
 「あっ、そうそう、あんた、管理士講座で 物流ABCについて勉強したろう? 有益だ と思った? それ導入してみた?」  「はい、勉強しました。
たしかに役に立つ と思いました。
でも、まだ導入はしてませ ん」  「なーんだ、それがだめなんだよ。
よくい るんだな、そういうの。
有益だと思いますが、 導入するのが大変で‥‥とか言って何もしな い輩。
あんたもその一人だな。
とにかくこれ はおもしろいと思ったら、どんどんやってみ ないと。
理由つけてやらないのは、もともと やる気がないってことさ」  管理士氏が神妙に頷く。
大先生が続ける。
 「そうそう、この前、ABCをやってみた ので、その結果を見てくださいって、ある物 流会社の人が来た。
彼は、誰の助けも借り ず一人でデータを取って、エクセルで計算し てABCの結果を出した。
そして、本来あ るべきでない作業を数字で社長に示したそう だ。
結果では、その会社のセンター内作業の うち約三割がいわゆる無駄な作業だったって さ。
さすがに数字で示されると社長もびっく りしたようで、慌てて、社長の音頭で作業改 善が進められたそうだ。
わかる? 本当に興 味を持ったら、そういうふうに自分でがむし だよ、うちにコンサルを頼みなさい」  「は、はい。
そのつもりです」  「それはいいとして、今日最初に、物流セ ンターって何って聞いたら、あんたは自信持 って顧客納品の場だって言い切ったよ。
ある べき姿の原点はそこだろ? 物流センターで は顧客納品に必要なものしか価値がないって こと。
この意味をあとでじっくり考えてごら ん」  管理士氏がノートにメモをしながら大きく 頷く。
湯浅和夫の Illustration©ELPH-Kanda Kadan 71  APRIL 2008 ゃらにやるものさ。
能力の違いはそこに出る。
この違いがこわい」  問題は自然に見えてくる  ビールが入ったせいか、大先生の気合の入 った長広舌が続く。
管理士氏は、ビールにも つまみにも手をつけず神妙な顔で聞いている。
 「とにかく、おたくでまずやることは、物流 センターを数字で浮き彫りにすることだ。
物 流サービスの実態とか、在庫の実態とか、作 業の実態とかを数字で見えるようにする。
そ うすれば、問題はおのずと見えてくる。
問題 が見えれば、あとはその問題を生んでいる原 因を探ればいい。
真因と言われる根本的な原 因をね。
それが見つかれば、あとはそれをな くせばいいだけのこと。
わかる?」  管理士氏がメモを取りながら、しきりに頷 く。
大先生が続ける。
 「問題が見えるような形で数字をつかめな んてことは言わないから、とにかく物流セン ターにかかわる数字を取ってごらん。
そうす れば、問題は自然と見えてくる。
ここが数字 の妙だな。
おもしろいぞ。
だまされたと思っ てやってごらん。
いい?‥‥さて、なんか疲 れた。
ちょっと喋りすぎた」  そう言って、大先生が残ったビールを飲み 干す。
慌てて管理士氏が大先生にビールを注 ぐ。
それを見ながら、大先生が改まって聞く。
 「ところで、あんたは物流の経験はどれく らいなの?」  「はい、まだ三年ほどです」  「まだじゃないよ、もう三年だよ。
それは そうと、三年間、何をやってきたの?」  「はい」と言って、勢い込んで答えようと した管理士氏が慌てて口をつぐんだ。
ちょっ と間を置いて小さな声で答える。
 「はぁ、正直なところ、先生の評価基準で は何もやってこなかったということに‥‥」  大先生が苦笑する。
管理士氏がぺこんと頭 を下げる。
 「別に、おれはあんたを評価する基準なん か持ってないよ。
まあ、いいさ。
これから頑 張れば」  「はい、明日から、いえ、今日から、頑張 ってやります。
お話をお聞きして、やるべき ことが見えてきましたので‥‥」  「まあ、いまは暗中模索だろうけど、数字 を取るうちにだんだん光が射し込んで来るか ら、それを楽しみにやればいいさ」  管理士氏が大きく頷く。
ただ、まだちょっ と不安そうな顔をしている。
その不安を打ち 払うかのように大先生に質問する。
「あのー、コンサルをお願いするとした場合、 いつも先生がお出ましになられるわけではな いですよね?」  「はあ?」  衝立の向こうで女史の押し殺したような笑 い声が聞こえる。
管理士氏が顔をくちゃくち ゃにして「いえ、あのー」とか言ってる。
 「心配しないでいい。
おれは肝心なところ にしか顔を出さないから。
あんたは、うちの スタッフと楽しくやればいいさ」  「は、はい。
よろしくお願いします」  管理士氏が大きな声を出す。
顔に安堵感が 広がってきた。
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課 程修了。
同年、日通総合研究所入社。
同社常務を経 て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを 設立し社長に就任。
著書に『現代物流システム論(共 著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物 流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる 本』(以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コンサルテ ィング http://yuasa-c.co.jp PROFILE

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