*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。
トラック運送業の人材難対策
トラック運送業経営は交通事故防止に尽きる。 事故を起
こさないことで、利益が生まれ、荷主の信頼を獲得し、事
業の継続が約束される。 魅力のある運送会社には人も集まる。
人が辞めない。 人手不足に特効薬はない。 運送業の原則に
改めて立ち返ることだ。
運送業の過酷な実態
先日、知り合いのトラック運送会社に労働基準監
督署が調査に入った。 待遇に不満を持って辞めた元
従業員の通報によるものだ。 その運送会社は監督署
の勧告を受け、過去に遡って全従業員の給与を計算
し直すことになり、結局数千万円もの追加出費を余
儀なくされた。 幸いにも経営者の個人資産で穴を埋
めることができたが、普通なら倒産してもおかしく
ないところだ。
この運送会社の労務管理が、同業他社と比べて
特別にひどかったというわけではない。 経営者に
は「どこも同じことをやっている。 ウチだけではな
い」との思いも強かったが、これを機に待遇の見直
し、法に触れない体制の構築に取り組み始めた。
現在、現場の労務管理を完全に合法でやれている
運送会社が果たしてどれだけあるだろうか。 何より
必要な経費をまかなうだけの運賃が収受できていな
い。 そのため従業員に十分な待遇ができない。 話題
の燃料サーチャージ制度にしても、荷主に交渉こそ
するものの実際に一部でも運賃転嫁できている運送
会社は、まだ半数以下である(全ト協調査)。
運賃水準の下落や燃料費や環境対策費などのコス
トアップを、運送会社はこれまで人件費を抑制する
ことで吸収してきた。 ドライバーの給与を歩合制に
して固定費を下げる。 社長を含めた幹部社員の給与
をカットする。 正社員の仕事をパート・アルバイト
に置き換えるなど、なりふり構わずにコストダウン
を実施した。
なかには社会保険にさえ入らない、脱会する運送
会社も最近までは珍しくなかった。 必ずしも経営側
の都合だけではない。 取り締まりが厳しくなってき
たため、会社が社会保険に再加入しようとしても、
ドライバーから給料の手取りが減るので入りたくな
いと言ってくる。 それが末端の現場の実情だ。
パートタイム労働法の改正(二〇〇八年四月施行)
を受けて、パートを正社員化する動きも出てきてい
る。 しかし、それでパート社員の待遇が改善される
とは限らない。 むしろ、サービス残業に拍車がかか
ることも考えられる。 労働監査対策のため給与明細
はきれいに取り繕っていても、そこに実態は表れて
いない場合がある。
今や多くの会社で、実運送は採算のとれない赤字
仕事になっている。 それでも事業が継続しているの
は、人件費や設備投資の抑制のほか、傭車を使い傭
車差益で自社運行の赤字を埋めることができている
からだ。 通常では考えられない安い運賃で仕事を受
ける傭車先はいまだにある。 その大部分は零細の運
送会社だ。
経営者自身がハンドルを握るような零細運送会社
は、もともと管理費がかからない。 ドライバーや車
両を遊ばせているよりはマシだと、安い運賃でも呑
んでしまう。 ただし一荷主だけの仕事では稼ぎが足
りないので、一仕事終えて戻ってきた後に二回戦に
出す。 当然、ドライバーは長時間労働になる。 その
まま残業代を払えば赤字だ。 いくらなだめすかして
も不満はたまる。 当然、定着率は悪化する。
欠員の補充は困難を極める。 もちろん、募集活動
は行っている。 なけなしの経費を使い、智恵を絞っ
て広告の出し方も工夫している。 それでも応募の電
話が鳴らない。 ここ二〜三年はずっとそうした状態
が続いている。 結果としてドライバー不足から、ど
こも車両を遊ばせている。
昔は稼げることが運送会社で働く魅力だった。 し
JULY 2008 32
東野正彦 創造経営センター 取締役コンサルティング事業部部長
第5 部
特集もう派遣には頼れない
かし、今は稼げないうえ、仕事はきつい。 時間も制
約される。 そのため運送業に人が集まらない。 それ
でも実運送の担い手は必要だ。 質の低いドライバー
でも使うしかない。 その結果、今何が起っているか。
交通事故率の悪化である。
交通事故のコスト
交通事故が運送業経営に与えるインパクトは過小
評価されているきらいがある。 交通事故のコストは、
保険外の修理費や車両寿命の低下、休車による営業
損失、事故処理にかかる人件費等の直接損害のほ
かにも、事故を起こしたことによる信用の低下、ひ
いては荷主を失うなどの間接損害がある。 このうち
通常は直接損害分だけを事故費としてとらえている。
しかし実際には間接損害のほうがずっと大きい。 時
にそれは取り返しのつかない経営的な痛手となる。
人間が運転している以上、事故を完全になくすこ
とはできない。 それでも発生を減らすことはできる。
我々がクライアント約一〇〇社の運送会社を実態調
査したところ、交通事故は走行一〇万キロ当たり年
間〇・五回発生することが分かった。
営業用トラックは年に一〇万キロ近く走行するの
で、車両一台につき二年に一回、二〇台持ちの運
送会社なら年間一〇回の頻度で事故が起こる計算だ。
ただし、〇・五はあくまで平均値に過ぎない。 実際
の事故率は会社ごとに(業務内容の違いの影響もあ
るが)〇・一〜一・五まで大きな開きがある。
この事故率に運送業経営の全てが表れる。 それ
が、これまで長年にわたって運送業向けコンサルティ
ングを手がけてきた我々創造経営センターの結論だ。
事故率の低い会社は、ムダな出費が少ないうえ、荷
主からの信頼も得られる。 人も集めやすく、社員の
定着率も高い。 運送会社が人材不足を乗り切る最大
の方法も、やはり事故率を下げることにある。
それでは、どうすれば事故率を下げることができ
るのか。 残念ながら秘策はない。 車両の運行状況を
記録する「デジタル・タコグラフ(デジタコ)」の導
入や点検整備などの基本的な対策はもちろん重要だ。
しかし、それ以上に日頃のドライバー教育が、その
会社の事故率に大きく影響することが、我々のこれ
までの調査にはっきりと表れている。
ある運送会社では、それまで毎年数十件も発生
していた事故が、ある年に突然ゼロになった。 事故
防止のために三つの取り組みをしたためである。 一
つは愛車精神を高めるために各車両に名前を付けた。
その車両を担当するドライバーに、それぞれ自分の
好きな名前を付けさせて毎朝、車両に乗り込む際に
「○△×チャン。 今日もよろしく」と一声かけるよ
う指導したという。
二つ目は夜間点呼の完全実施と朝礼だ。 そして
三つ目は点呼の時に、事務職の女子社員からドライ
バー一人ひとりに小さな袋を手渡すようにした。 袋
には、「今日も安全運転でね!」といった手書きの
メッセージと共に飴玉が二つ入っている。 眠くなっ
た時には舐めてくださいというわけだ。 いずれも、
ちょっとした工夫に過ぎないが、その効果は絶大
だった。
このような事故撲滅に向けた日頃の地道な経営努
力は、確実にその会社の業績に表れる。 事故を起
こさないことで利益が生まれ、人の集まる運送会社、
人の辞めない運送会社になることができる。 斬新な
経営戦略や大がかりな設備投資は必要ない。 当たり
前の取り組みを、日々積み重ねることが求められて
いるのである。
33 JULY 2008
直接損害
車輌、ドライ相手に間
接損害
交通費入院、休車損信用失交通費、通信費、見舞品代、香典、訴訟
弁護士費用等
入院、自宅療養、通院中の賃金、現場処理、
示談、対策会議等の人件費等
休車損害、代車料、休業損害、行政罰に
よる損失等
信用失墜による荷主喪失、企業イメージ
の低下、労働意欲低下等
財物損害
人身損害
賠償損害
車両、荷物、建築物、施設などの損害
(こちらの損害)
ドライバーや同乗者の受けた損害
(こちらの損害)
相手に加害して、対人賠償・対物賠償を
負った損害
事故処理経費
賃金ロス
収益低下
数値化不能損害
ひがしの・まさひこ
1961 年生まれ。 玉川大学工学部卒。
創造経営センターの経営コンサルタント
として全国各地の中堅中小トラック運送
業の経営診断・指導に携わっている。 主
な著書に、「トラック環境経営」、「トラッ
ク経営革新」、「トラック物流−革新企業
への挑戦(共著)」(いずれも同友館)等
がある。
|