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NOVEMBER 2008 54
効率至上主義の修正が迫られている
今日のサプライチェーンを取り巻く状況は、
いくつかのキーワードによって表すことがで
きます。 企業活動の国際化、サプライヤー
や顧客との協力関係の強化、製品の多様化、
新規参入による競争の激化、増え続ける企
業買収(M&A)──などです。 一方、マ
クロ経済的な視点からサプライチェーンに大
きな影響を与える要素としては、原油価格
の高騰、経済力のアジアへのシフト、環境保
全に配慮した法規制、米ドルの低下──の四
つの要素を挙げることができます。
生物学者のダーウィンは『種の起源』で「生
き残るのは最も強い種類でも、賢い種類で
もない。 最もうまく環境に適応できる種族だ」
といっていますが、この考え方は今日のサプ
ライチェーンにも当てはまります。 そのこと
について本日はお話したいと思います。 そ
れはサプライチェーンを従来のように企業価
値を高める手段という観点からだけでなく、
企業価値を損なわない手段という観点、つ
まり危機管理という観点からも考察してみ
ることの必要性をお話しすることになります。
米ビジネスウィーク誌が二〇〇七年に発表
した「最も革新的な企業二五社」と、AM
Rリサーチが同年に発表した「最も優れたサ
プライチェーン企業二五社」を比較してみる
と、両方のリストに載っている会社が八社見
つかります(図1)。 ビジネスウィーク誌の
ランキングには、グーグルやイーベイ、ヴァー
ジンアトランティック航空といったSCMが
経営に占める割合の低い企業も含まれている
ことを勘案すると、革新的な気風に富む企
業と、サプライチェーンの優秀性との間には
一定の関連があると考えることができます。
しかし革新的な製品を開発したり、サービ
スを生み出したりするのとは異なり、サプラ
イチェーンを変革するには注意深いアプロー
チが必要となります。 一足飛びに変革しよ
うとすればオペレーションを途切れさせてし
まう恐れがあるためです。 そのため当社では、
サプライチェーンの到達すべき姿を「次世代
のサプライチェーン」と呼び、平均的企業が
最先端企業へと進化していくプロセスを図2
サプライチェーンは従来、無駄がなく低コストであれば良いとされてきた。
しかし、企業活動が海外に広がり、サプライチェーンが複雑になるにつれ、
これまでとは違う基準でサプライチェーンを考えようという動きが活発化し
ている。 ジョージア工科大学の危機管理に関する論文がその契機となった。
SCMにおける危機管理を専門とする米独立系コンサルティング会社、イー・
ノーションのダグラス・ケントCEOが解説する。 (取材・編集 横田増生)
サプライチェーンの機能不全が
経営指標に与えるインパクト
欧州SCM会議?
55 NOVEMBER 2008
のように三つの段階に分けて整理しています。
この次世代型サプライチェーンを実現する
ために、これまでのサプライチェーンに対す
る考え方を修正する必要が出てきています。
これまでは効率重視やコスト削減といった考
え方が、サプライチェーンを組み立てる上で
中心的な役割を果たしてきました。 しかし
その反動として、この二、三年、サプライチェー
ンを危機管理という観点からとらえなおす
動きが活発になってきています。
これまでサプライチェーンは、無駄がな
ければないほど良いと考えられてきました。
トヨタのジャスト・イン・タイム(JIT)
に起源をもつこの生産方法に範をとった企業
は、産業を問わず、無駄をなくすことで時
間と労力を有効に使い、高い利益率を確保し、
同業他社に差をつけることができることを
学んできました。 サプライチェーンの担当者
は、コスト削減や在庫管理、納入価格のば
らつきの抑制などに注意を払うことが求め
られました。
しかし在庫を極力減らしてJIT体制を
追求していくことで、サプライチェーンは外
的要因に対して脆弱にならざるを得ません。
サプライチェーンが複数の国にわたり、しか
も在庫回転率が四回、五回というような企
業の場合、ほんの小さな失敗が大きなダメー
ジとなって跳ね返ってきます。 情報フローの
問題、サプライヤーとの信頼関係、社内の意
思の不統一といったことで、サプライチェー
ンが機能不全に陥ってしまうリスクが高まっ
ているのです
ジョージア工科大の研究結果
サプライチェーンを無駄なく低コストに抑
えることと、危機に強い体質を作ることは、
二律背反の関係にありま
す。 どこでそのバランス
をとるのかを判断するこ
とが重要になってきてい
るのです。
サプライチェーンの危機
管理が今日ほど真剣に議
論されるようになったこ
とはありません。 サプラ
イチェーンにおける課題
は、途切れることなく日々
の業務をどうやって継続
していくかにあります。
多くの企業が今日、SC
Mの最重要課題として「株
主の価値を保全すること」
を掲げるようになってい
ます。
業界における危機管理
アップル
グーグル
トヨタ自動車
ゼネラル・エレクトリック
マイクロソフト
プロクター・アンド・ギャンブル
スリーエム
ウォルト・ディズニー
IBM
ソニー
ウォルマート
ホンダ
ノキア
スターバックス
ターゲット
BMW
サムスン電子
ヴァージンアトランティック航空
インテル
アマゾン・ドット・コム
ボーイング
デル
ジェネテック
イーベイ
シスコシステムズ
ノキア
アップル
プロクター・アンド・ギャンブル
IBM
トヨタ自動車
ウォルマート
アンハイザー・ブッシュ
テスコ
ベスト・バイ
サムスン電子
シスコシステムズ
モトローラ
コカ・コーラ
ジョンソン・エンド・ジョンソン
ペプシコーラ
ジョンソンコントロールズ
テキサス・インスツルメンツ
ナイキ
ロウズ
グラクソ・スミスクライン
ヒューレット・パッカード
ロッキード・マーチン
パブリックス・スーパー・マーケッツ
パッカー
アストラゼネカ
AMR リサーチが選ぶ
サプライチェーンベスト25 社(2007 年)
ビジネス・ウィーク誌が選ぶ
革新的企業25 社(2007 年)
図1 革新的企業とサプライチェーンの優秀性
図2 次世代型サプライチェーン
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㉑
㉒
㉓
㉔
㉕
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㉑
㉒
㉓
㉔
㉕
レベル0
後進企業
単機能的
●データや書類、
業務の流れがば
らばら
●部門ごとにサイ
ロがあり、業務
の評価基準も
異なる
レベル1
平均的企業
社内の統合
●社内で情報の
流れを統一して
データを共有す
る
●部門を超えた
協力体制をつく
る
レベル2
先進企業
社外との統合
●パートナー企業
と合意を作る
?共通の目標設定
?データの共有保
存
?KPIをつくる
?KPI モニターを
つくる
レベル3
最先端企業
次世代型サプライチェーン複
数
企
業
と
の
統合
●レベル2 の内容
を複数のパート
ナー企業との合
意に広げる
●打ち合わせやIT
ソフトを使って
パートナー企業
の目標を1つに
まとめる
NOVEMBER 2008 56
の論理の先駆けとなったのは、ジョージア工
科大学のビジネススクールで教鞭をとるビノッ
ド・シンガル( Vinod Singhal)博士と彼の
同僚が書いた二本の論文です。
シンガル博士らは〇五年に米ウォールスト
リート・ジャーナル紙や米ダウジョーンズ・
ニュースサービスなどの日刊紙に載ったサプ
ライチェーン業務の中断に関する八〇〇本以
上の記事を集め、それが企業の株価にどの
ような影響を与えたのかという研究論文を
発表しました。
この論文の功績は、これまでサプライチェー
ンの担当者や専門家の間でだけ経験則的に
共有されていた危機管理の重要性を、株価
や売上高、利益率に結びつけることで、経
営陣が注意を払うようにしたことにあります。
実際、この論文が発表されて以降、危機管
理の重要性が急速に注目を集めるようになっ
たのです。
シンガル博士は、我々イー・ノーションの
インタビューに答えて、研究の狙いを次のよ
うに話しています。
「企業の経営陣や投資家は厳然とした数字
にしか注意を払わない。 長年の間、サプライ
チェーンの担当者はサプライチェーン業務の
出来不出来や、サプライチェーン業務が機能
不全に陥ることが、どのように企業経営に
悪影響を与えるのかを説得する数字を持っ
ていなかった。 しかし徐々に変化の兆しは表
れていた。 まずは一〇年ほど前から、主要
日刊紙がサプライチェーンの機能不全の記事
を載せるようになった。 また各種のサプライ
チェーンの会議で、頻繁に危機管理の問題が
取り上げられるようになった。 私と同僚は、
こうしたばらばらのエピソードを拾い集めて
研究の対象にしたのだ」
経営陣の自衛策として
シンガル博士のチームが研究の対象とした
記事の見出しは以下のようなものです。
「サン・マイクロシステムズ ワークステー
ションとサーバーの納期遅延」(二〇〇〇年
十二月一四日付 ダウジョーンズ)
「ソニー 年末商戦にプレイステーション2
が供給不足」(二〇〇〇年九月二八日付
ウォールストリート・ジャーナル紙)
「ハーシー 輸送問題で売上目標を一〇%下
回る」(一九九九年九月一四日付 ウォール
ストリート・ジャーナル紙)
この論文によると、サプライチェーンの業
務が中断した企業は、その年度の株主収益
率(株価の値上がり益と配当金の合算値)を、
前年比で十三・七%減少させています。 業務
中断を発表した時点で七・二%下がり、中断
から一年後にはマイナス一〇・五%、二年後
でもマイナス一・八%という状態が続きます
(図3)。
この論文で分かったことをまとめると、次
のようになります。
●サプライチェーンが機能不全に陥ると、そ
の後二年間は低い収益率を余儀なくされる
●「株価変動率( stock volatility)」は前年
比で十三・五%上昇する
●機能不全に陥った年の売上高の伸び率は
前年比で七ポイント減少し、営業費用は同
十一ポイント増加する
論文は結論として、「企業の経営陣は、サ
プライチェーン上で予想される危機を事前に
察知して対策を講じることが求められている。
いったん機能不全に陥れば、それまで何年
もかかって築いてきた企業価値を大きく損な
うことになるからだ。 加えて、最近の企業
統治法において、経営陣は株主の価値を守
るために今まで以上の責任を負わされるよう
になっている。 サプライチェーンが機能不全
に陥って株価が下落すれば、法的な責任を
とらされることにつながる」としています。
シンガル博士が危機管理の重要性を説明す
る手法として「株価変動率」というなじみ
の薄い指標を用いているのは、CEOやC
FO(最高財務責任者)が、この株価変動
図3 サプライチェーンの機能不全発生後の
株主収益率
《平均株主収益率》
初年度
合計
-13.7
-7.2
-10.5
-1.8
発表時1年後2 年後
0
-5
-10
-15
(%)
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率に大変注意を払っているからです。 株価
変動率は企業の基本的な経営状態に影響を
与えます。 株価変動率が大きくなれば、投
資コストの増加につながり、それは低い株価
となって表れます。 また取引企業の中には株
価変動率が大きいことを嫌って、取引条件
を厳しくしてくるところも出てきます。
シンガル博士と彼の同僚はさらに〇七年、
調査対象を二四〇〇件に増やして研究を深
めました。 〇七年の調査では、〇六年にエ
アバスがA380機の納入に遅れたことや、
〇七年にウォルマートが衣料品の過剰在庫を
抱えたこと、またアップルでデスクトップ型
のiMacの製造が遅れたことなど、広く
知られた事例も、新たに研究対象に加わり
ました。
この論文では、サプライチェーンの機能不
全の原因を?生産の中断、?過剰在庫、?
新製品投入の遅延──の三つに分けました。
いずれも株価変動率(サプライチェーンが機
能不全に陥ったと発表する前とその後二年
間を比べた増減率)は増加する点では同じ
ですが、生産の中断の場合、株価変動率が
二一%増加し、過剰在庫では二九%増加、
新製品投入の遅延では二六%増加すること
がわかりました。
株価への影響については、生産中断の場
合は平均で前年比七〜八%の低下、過剰在
庫の場合は五〜六%の低下、新製品の投入
の遅れの場合は十一〜十二%の低下につな
がることがわかりました。 この研究結果は、
サプライチェーン担当者が、経営陣に対して
業務を確実なものにするための施策を講じ
ることや、そのための予算を要求する具体
的な根拠となりました。
危機には優先順位をつけよ
ではサプライチェーン上の危機とはどこに
あるのでしょうか。
イー・ノーションでは、危機管理を四つの
エリアに分けて考えています(図4)。 まずは、
自社内に存在する要因に誘発される危機です。
自社で所有するトラックや物流センター、情
報システムといった資産やインフラが機能し
なくなる危機や、社内ルールやシステム、仕
事のやり方といった形にならないプロセスが
機能しなくなる危機があります。
次は顧客に関する危機で、製品や情報の
流れに関する危機を指します。
もう一つは、サプライヤーに関するもので、
製品や情報の流れに関する危機を指します。
主要サプライヤーの倒産や事故などによる部
品供給のストップなどが代表例で、外注化が
進む現在、対策を立てることが最も重視さ
れるべき危機です。
最後の地球環境に関する危機は、それま
での三つの危機と重なるような形の危機と
なります。 事故や異常気象、天災によって、
先の危機につながる危機のことです。 これ
から危機管理に取り組もうという企業には、
リスクをこの四分野に整理してそれぞれを対
策を進めることをアドバイスしています。
サプライチェーン担当者がすぐに実行すべ
きことが三つあります。 一つは、危機管理
体制の確立に必要なコストや時間はそれに見
合う投資であることをCEOとCFOに納
得させることです。 二つ目は、サプライチェー
ンの効率化とそれが抱える危機はトレードオ
フの関係にあり、もはや企業はコスト削減だ
けでサプライチェーンをとらえることはでき
なくなったと説得することです。
そして三つ目は、全社を挙げて危機管理体
制を作り上げることです。 具体的には、部門
を超えた危機管理のチームを作り、危機を予
想して、起こりうる可能性やそれがもたらす
ダメージを詳細に検討し、その上で優先順位
をつけて対策を講じることです。
図4 リスク・マネジメントの4つのエリア
地球環境
会社環境
サプライヤー自社顧客
パフォーマンスリスク
SCM 中断リスク
市場リスク
災害リスク
規制リスク
関係リスク
業務リスク
技術上のリスク
財務リスク
順法リスク
人材リスク
安全上のリスク
PL 製造物責任リスク
財務リスク
配送リスク
関係リスク
市場リスク
ブランドリスク
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