*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。
APRIL 2009 46
人事戦略
郵船航空サービス
景気低迷でも定期採用計画は堅持
ワークライフバランスでも新制度
新卒者を日本で育て海外へ
昨年以降、航空貨物の荷動きは急速に鈍化
している。 郵船航空サービスもまた景気低迷
の荒波をかぶっている。 二〇〇九年三月期に
おいては三度にわたり(〇八年七月、一〇月、
〇九年一月)業績の下方修正を余儀なくされ
た。 その結果、〇九年三月期の売上高の予想
は、連結ベースで二〇一〇億円から一七〇五
億円に下がり、当期純利益は六七億円から三
一億五〇〇〇万円に半減した。
当面、環境の好転は期待できそうにない。 そ
のため同社は緊急不況対策として、固定費・
変動費の削減と、国内の事業拠点を整理・再
編する方針を打ち出している。 ただし、定期
採用は従来の計画を堅持する。 同社の鈴木栄
一総務部部長は、その理由を次のように説明
する。
「ノンアセット型の物流業者である当社は、
これまでも?人が財産?という立場をとって
きた。 人の投資には莫大なお金と時間がかか
るが、我が社はそれによって成り立ってきた
ともいえる。 そのためこれまでも人事戦略は
五年、一〇年という長期的なスパンでとらえ
てきた。 また現場作業に関して言えば、物流
業は労働集約型の産業なので、物量が減った
からといって、それがダイレクトに作業量の
減少につながってくるわけではない。 メーカ
ーのように、ラインを一本止めたから一〇〇
人いらない、というようにはならない。 この
不景気が五年、一〇年と続けば、人事政策を
変更しなければならない局面も出てくるかも
しれないが、現在のところこれまでのやり方
を大きく変えるつもりはない」
郵船航空の業績を連結ベースでみれば、過
去五年間で売上高は一一八五億円から一八七
五億円に拡大し、当期純利益は三七億円から
七三億円に倍増している。 これに伴い、従業
員数も四〇〇〇人弱から五〇〇〇人強に増加
している(図1)。 うち郵船航空本社の従業
員数は、有価証券報告書ベースでは減少傾向
にあるものの、海外の現地法人や国内の子会
社への出向者まで含めると実際には約一一〇
〇人になるという。
同社は過去一〇年にわたり例年平均五〇
人前後の新卒採用を行っている。 今後も新卒
者の採用数を絞り込む予定はない。 総務部人
事課の磯崎拓也課長は「たしかに〇七年と〇
八年では新卒者の採用事情はがらりと変わっ
た。 大手メーカーまでもが売上高や利益を大
きく落とす中で、当面、新人はいらないと考
えるのも理解できる。 しかし人材確保や人材
育成には長期的な視点が欠かせない。 新入社
国際物流の荷動きに急ブレーキがかかっている。
それでも新卒者の採用は、従来の計画を見直すつ
もりはないという。 人材育成には長期的な視点が
必要だと考えるからだ。 昨秋には在職中の人事考
課が一定の水準に達していた退職者を、無試験で
再雇用する制度も新設した。
鈴木栄一総務部部長
47 APRIL 2009
員が一人前になるまでには、四年、五年はか
かる。 今不況だからといって新卒採用を手控
えたら、近い将来景気が戻ったときには人手
不足になってしまう。 その時慌てても手遅れ
だ。 将来の景気の動向は、誰にも読めないが、
企業の安定的な成長を持続していこうと考え
れば、定期的に人材を採用していくことが不
可欠だ」という。
新卒採用に際し、同社は面接を最重視する
姿勢をとっている。 集団面接や筆記試験など
を行った後、一次面接、二次面接、三次面接
というステップを踏み、時間をかけて個々の
学生が郵船航空の社風
に合う人材かどうかを見
極めている。 磯崎課長は
「当社の社風に合う人材
とは、取引先の話をじっ
くりと聞き、それを物流
の現場に流し込んでいく
上で必要になる対面営業
の能力において高いポテ
ンシャルを持つ人材のこ
とだ」と説明する。
新入社員のうち八〜
九割は海外で活躍したい
という希望を抱いて郵船
航空に入社してくる。 そ
れで国内で四、五年働い
て、一人前となった時点
で初めて海外の現地法人
へ出向させる方針をとっている。 本社からの
出向者は、現地法人では即戦力となることが
期待されているからだ。 また一回の海外赴任
の勤務期間は、通常五年をメドとしている。
こうした従来からのローテーションに加え、
最近では出向前に一年間の語学研修や、出向
期間を短くした短期の海外赴任も行うことで、
より多くの人材が海外での実績を積めるよう
にしている。 赴任する人材を選ぶ目安として
は、実務能力に加え、「ビジネス語学」であ
る英語の能力などを加味して考慮する。 最近
では、中国語などの新興国の言語が出来るこ
とも海外赴任へのプラス材料となっている。
日本から海外への動きに加え、海外の現地
社員が日本に訪問するプログラムも用意して
いる。 二年に一回の割合で、海外の現地社員
約二〇人を日本に呼んで研修を行う。 期間は
二週間。
「〇七年秋の研修では、研修生には日本の
荷主や荷受人を日本の担当者と一緒に回って
もらった。 日本の荷主や荷受人が物流業務
をどう考えているのかを知ってもらうことと、
研修生が日ごろ現地で感じている業務改善の
ための提案などを、客先に行って話し合った。
はじめての試みだったが、一定の収穫があっ
たと思っている」と磯崎課長はいう。
中途採用は、〇八年四月から十一年三月ま
での三年間で合わせて五〇人前後を補充する
計画だ。 中途採用においては、即戦力となる
人材を求めている点では新卒採用と異なるが、
面接を重視し社風に合う人材を探している点
では変わりはない。
「同業他社からの転職組も多いが、メーカ
ーや商社などの異業種からの採用も少なくな
い。 変わったところでは、有名な劇団の関係
者を採用したこともある。 しかしキャリア採
用(中途採用)は、あくまでも人手不足を補
う一時的な手段にすぎない。 人材確保のメイ
ンとなるのは、あくまでも新卒採用だ」(磯
崎課長)
粗利に占める人件費は約五割
昨年春、同社は「五つ星( FIVE-STAR)
プロジェクト」と名付けた十一年三月期をゴー
ルとする経営三カ年計画を策定している。 そ
こでは同社が「世界トップクラスのトータル・
ロジスティクス・プロバイダー」に成長するこ
とを目標として、営業・組織・経営基盤とい
う三つの領域における基本戦略が掲げられて
いる(図2)。
これによると組織戦略では、「人的資源の
充実と活用」と「活力とやりがいのある職場
作り」を目指して、三年間の総投資額一二〇
総務部人事課の磯崎拓也
課長
図1 郵船航空サービス 売上高と当期利益と従業員数の推移(連結ベース)
2004年 2005年 2006年 2007年 2008年
3月期 3月期 3月期 3月期 3月期
売上高 118,465 148,263 168,454 182,617 187,518
当期純利益 3,738 6,797 7,006 6,722 7,271
連結従業員数 3,974 4,230 4,458 4,769 5,065
単体従業員数 1,037 1,033 1,049 872 891
注1)同社の2008 年3月期の有価証券報告書より 注2)売上高、当期利益の単位は百万円
APRIL 2009 48
億円のうち二〇億円を人的資源の強化と業務
品質向上にあてるとされている。 これは拠点
への投資の八〇億円に次いで二番目に多い投
資額となっている。
郵船航空が人事戦略を重視する理由の一つ
は、その人件費比率の高さにある。
郵船航空サービス本体の人件費には大きく
分けて二つの括りがある(有価証券報告書で
は、連結ベースではなく単体ベースでの人件
費を開示している)。 一つは役員を除いた正
社員の人件費であり、これは「給与・賞与」、
「退職給付費用」、「福利厚生費」を合計した
額だ。 もう一つは、非正社員への給与で、こ
れは「業務委託費用」として計上されている。
直近の決算におけるこの四項目を合計した
正社員と非正社員の総人件費は、八四億円弱
しかし、磯崎課長
は「ロジスティクス業
務の強化で当社がタ
ーゲットにしている
のは、人件費の安い
中国やインドをはじ
めとするアジアの発
地でのセンター業務
や流通加工だ。 欧州
と米国におけるロジ
スティクス業務の比
率はすでに一〇%を
上回っている。 その
ため、ロジスティク
ス業務の比率が高ま
っても、それがその
まま人件費高になっ
て跳ね返ってくるとは考えていない」という。
人事考課に目標管理制度を導入
同社の年間の平均給与は、六九七万一〇〇
〇円(平均年齢三七・一歳、平均勤続年数一
四年の場合)と、物流業界では高いレベルに
ある。 この人件費をより有効に配分しようと
いう狙いから〇三年に人事考課制度を変更し
た。 同社の人事考課に、目標管理制度(MB
O)を導入したのだ。
「それまで当社の人事考課は、年功序列的
な要素が強く、上司が部下を一方的に評価す
るという仕組みだった。 これに目標管理制度
(図3)。 売上高全体でみると、人件費の割合
は一〇%強にとどまる。 しかし、航空キャリ
アなどへの支払いを除いた売上高総利益、い
わゆる粗利でみると、その割合は五〇%近く
に跳ね上がる(図4)。
郵船航空としては、売上高や粗利に占める
人件費比率の割合は気に留めながらも、それ
を一定の範囲内に抑えようとは考えていない
という。
「たとえば、ここ数年でみると人件費比率
の数字は上がってきているが、しかしこの数
字だけを見て、採用を手控えるという発想は
もっていない。 たしかに単体ベースでみると、
人件費比率は上がってきているが、連結ベー
スでは下がっている。 これは海外の現地法人
の売り上げの伸びが、単体を上回っているか
らだ。 そういう意味では、もう少し人件費を
かけていいという考え方も成り立つ。 そこで、
日本で採用して育てた物流マンを伸びの高い
海外の現地法人に配置していこうという人事
政策をとっている」(磯崎課長)
先の中期三カ年計画には、ロジスティクス
(3PL)事業の比率を引き上げるという項
目も盛られている。 〇八年三月期では売上高
の七・五%を占めるロジスティクス業務を一
〇%まで引き上げる。 しかしロジスティクス
業務を拡大させれば、物流センターの建設に
加え、そこで働く人材の確保を余儀なくされ
る。 現場作業が増えればその分人件費比率も
高くなるように思える。
図2 中期3カ年計画(2008年4月〜2011年3月)
世界トップクラスのトータルロジスティクス・プロバイダーへ
売上高に占める
ロジスティクス事業の比率
7.5%から10%に
引き上げ
卓抜した業務品質と
広範なビジネス展開で
営業の拡大を図る
世界にはばたく
人材と活力ある
職場を育む
株主と社会への
積極的な貢献を
目指した透明性のある
経営を行う
営業戦略
組織戦略基盤戦略
YAS
最終年度業績目標
連結営業収益 2,600 億円
連結経常利益 150 億円中国 アメリカ
重点強化地域
図3 郵船航空の人件費(単体ベース)
2004年 2005年 2006年 2007年 2008年
3月期 3月期 3月期 3月期 3月期
給与・賞与 5,026 5,129 5,144 5,235 5,250
退職給付費用 446 555 447 258 354
福利厚生費 1,119 1,434 959 1,044 1,041
小 計 6,591 7,118 6,550 6,537 6,645
業務委託費用 898 1,154 1,388 1,493 1,754
合 計 7,489 8,272 7,938 8,030 8,399
注1)小計とは、従業員(臨時雇用者、嘱託者を含む)に対する人件費で、「給与・
賞与」と「退職給付費用」、「福利厚生費」を足し合わせたもの
注2)合計とは、上記の小計に非正社員への人件費である「業務委託費用」を加え
た総人件費
単位:100万円
49 APRIL 2009
その後、昨年秋には人事考課制度の見直し
も行っている。 これまで年二回行っていた人
事考課だが、それでは時間も手間もかかりす
ぎるとして年一回に減らした。
さらに同じタイミングで、ワークライフバ
ランスに関する新制度を立ち上げた。 〇八年
一〇月以降に退職した従業員を対象にした、
「リ・ボーディングプラン」という再雇用制度
だ。 航空機の再搭乗(reboard)に「再登場」
の意味を含ませた名称となっている。
対象として想定しているのは、配偶者の海
外赴任や子育てのために退職を余儀なくされ
た女性社員や、家族の介護のために一時的に
職場を離れなくてはならなくなった男性社員
など。 そうした理由で退職した元従業員に対
して、離職から五年以内で、かつ在職時の
人事考課が一定の水準に達していた人たちを、
無試験で再雇用するというのがその仕組み。
「当社では、職場結婚も少なくなく、その
場合、男性が海外赴任となれば、女性は会社
を辞めて、赴任先に同行することが多かった。
そうして辞めていく女性社員の中には優秀な
人も多くいた。 新しい取り組みによって、そ
うした優秀な人材を再び当社に呼び戻したい
と考えている」と磯崎課長はいう。
非正社員の割合高まる
同社が抱える非正社員の数は、過去一〇年
にわたって、売上高の伸びに応じて急速に増
えてきた。 そのことは決算書上の「業務委託
費」の急増が裏付けている。 業務委託費の大
部分は事実上、非正社員の人件費が占めてい
る。 非正社員は物流センターをはじめ、事務
職や営業職にも就いている。 現在、約五〇〇
人の非正社員が働いている。
同社の非正社員の雇用を担うのは、一〇
〇%子会社である「郵船航空ロジネット」(設
立・〇一年)と「郵船航空ロジテック」(設
立・〇五年)だ。 ロジネットは通関士の資格
を持つような専門系の派遣を請け負うのに対
して、ロジテックは主に物流センターの現場
への派遣を請け負うという違いがある。 その
他に、外部の人材派遣会社も利用している。
景気の後退局面を受けて、非正社員を減ら
すこともありうるが、それでも製造業者のよ
うな大幅な削減は考えていないという。 ただ
し、本社の人事課が掌握する範囲は、本社の
従業員のほかには、本社から海外の現地法人
や国内の子会社への出向者の人事まで。 国内
外の子会社の従業員の人事については、各法
人が人事権を持っている。
「当社は連結ベースで世界中に五〇〇〇人
を超える従業員を抱えているので、本社の人
事課がその全員の人事を行おうとするのは無
理がある。 現地法人の人事についてはその権
限を委譲して、本社は研修制度を充実させた
り、ISO9000シリーズの取得を後押し
するなどの支援をしていくというような業務
の分担を行っている」(鈴木部長)という。
(ジャーナリスト 早田虔太郎)
を導入したことで、自分で立てた目標に対し
てどれだけ達成できたのかという結果を前に
して、上司と話し合うことができるようにな
った」(磯崎課長)
もっとも、この新人事考課制度は、同期入
社同士で年収に一〇〇万円、二〇〇万円もの
差がつくような極端なものではない。 人事考
課の査定による年収の差額は現状では数十万
円に収まるという。
「金額で差をつけることよりも、評価を双
方向としたことで、上司と部下がお互いに人
事考課に納得できるようになったことが、変
更の一番の眼目だった。 〇三年以前にも、従
業員の収入に差はあったが、いまではその差
に対する納得の度合いが違ってきている」と
鈴木部長が説明する。
図4 人件費比率の推移(単体ベース)
60
50
40
30
20
10
0 2004年
3月期
2005年
3月期
2006年
3月期
2007年
3月期
2008年
3月期
45.1%
12.1%
10.7% 10.2%
10.8% 10.7%
42.4%
45.0%
47.7%
49.4%
(%)
粗利に対する人件費比率
売上高人件費比率
|