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ちっと主張するというのが私の考えです」
大先生が頷き、冒頭の答を求める。
「なるほど、そうすると、リストラの対象は
‥‥」
「はい、荷主さんです」
社長氏がそう言って、大きな声で笑う。 周り
の人が何事かと大先生たちを見る。 それにはか
まわず、大先生がたばこに火をつけ、社長氏の
笑いが治まるのを待っている。 おもしろそうな
ので、もう少し話を続けてみようという風情だ。
社長氏が、残ったワインを一気に空けてテー
ブルに置き、大先生を見て、ひそひそ話でもす
るように小声で話す。
「実は、いまも一社、リストラ候補がいるんで
すわ」
大先生が興味深そうに聞く。
「へー、どんなとこですか?」
社長氏が、たばこに火をつけて、「それがで
すね」と顔をしかめる。
「とんでもないこと言ってきたんですよ。 ある
中堅のメーカーなんですが、そこの担当者が来
ましてね、もともと威張りくさった感じの人な
んですけど‥‥」
「社内で不遇をかこってる物流担当者は物流業
者に威張るっていうのが定説です」
大先生が妙な合の手を入れる。
「そうなんです。 社内では何の発言もできない
ようで、かわいそうな立場なんですけどね。 ま
荷主企業の理不尽な運賃叩きに敢然と立ち向かうトラ
ック運送会社が目立ってきた。 仕事に自信のある運送会
社は、荷主を選ぶ。 直面する不況を合理化のチャンスに
変える力も持っている。 目先のコスト削減に走って有力な
協力会社とのパートナーシップを失った代償は高くつく。
湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第67回》
トラック業経営者の逆襲
大先生の日記帳編 第23 回
﹁リストラ社長って呼ばれてるんです﹂
大先生が、ちょっとした縁で、あるトラック業
者の集まりに出席した。 定例会合の後の懇親会
のとき、あるトラック業者の社長が大先生に挨
拶に来た。 その社長は、初対面にもかかわらず、
気さくな感じで大先生に話しかけてきた。 手に
ワインを持っている。 いかにも話好きという感
じだ。
「先生、実は、私、社内でリストラ社長って呼
ばれてるんですわ」
本来あまり使いたくない言葉を自慢げに話す
社長に興味を持ったのか、大先生が快く受ける。
「嬉しそうにそうおっしゃるということは、社
員の首を切るリストラではないですね?」
社長が「もちろんです」というように頷き、続
ける。
「はい、社員の首は切りません。 ただ、うち
は社員のしつけが厳しいですから、それが嫌で
辞めていく連中はいます」
「しつけ、ですか。 いい言葉だ」
大先生が応じる。
「うちは安全と品質が売りですから。 それはド
ライバー次第ですので、うるさく指導していま
す」
大先生が何か思い当たったように、聞く。
「社長は、荷主に対してもうるさそうですね?」
「はい、荷主さんに対しても言うべきことはき
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あ、威張るのはいいとして、この前、突然やっ
てきて、何て言ったと思います?」
「運賃下げろの類?」
大先生の言葉に首を振って、社長氏が腹立た
しそうに言う。
おたくの運行三費を見せろ
「運賃下げろならまだいいんですが、したり
顔で、おたくの運行三費(燃料費、修繕費、消
耗品費)はどうなってるか見せろと、こうきま
した」
それを聞いて、大先生がめずらしく大笑した。
大先生の笑い声を聞いて、近くにいた何人かの
人が、何ごとかと大先生を見た。 大先生が「失
礼」と軽く手を上げ、社長氏を見て、興味深そ
うに確認する。
「へー、運行三費にムダを見つけて、その分運
賃を下げさせようとでも思ったわけですか?」
「そうらしいです。 常軌を逸してると思いませ
んか?」
「逸してる。 そんなことは決して要求してはい
けない。 特に、これまではコストなんか見もせ
ずに、相場だとかいって運賃を下げさせてきた
のだろうから。 いまさらコスト、それも運行三
費を見せろなんてというのは笑止千万」
「そうなんです。 勝手過ぎますよ。 もう無闇
に運賃を叩くわけにはいかないと思って、理屈
をつけて下げさせようとでも思ったんでしょう
ね。 私も頭に来て、言ってやったんです。 ずい
ぶん勝手な理屈ですね、って」
大先生が頷きながら、楽しそうに先を促す。
「そしたら?」
「ぶすっと黙ってました。 そこで、コストをベ
ースに運賃を決めてくれるんなら、運行三費だ
けでなく、ドライバーの人件費やその他すべて
の費用を含んだ運送原価表を出しますので、そ
れをベースに交渉させてくださいって言ったん
です」
大先生が、独り言のように呟く。
「なるほど。 でも、向こうはそういうつもり
じゃないだろうから、返事のしようがない」
「はい、そういうつもりじゃない、とかぶつ
ぶつ言ってました。 だから、言ってやったんで
す。 もし、あなたの会社のお客さんが、仕入原
価を下げたいからって原価を見せろとか、つく
り方にムダがあるんじゃないかとか土足で踏み込
むようなことを言ってきたらどう思いますって
‥‥」
大先生が小さく拍手をする。
「うん、いい質問だ。 立場を置き換えて自分の
やってることを省みさせたわけですね」
「はい、だいたい、一方的にコストを見せろな
んてのは、私ら業者を馬鹿にしてます。 もとも
と共存共栄の土台でもあれば別ですけど‥‥も
う取引を止めてもいいと思ったんで、運賃なん
かよりおたくの社内の生産や営業に働きかけて
物流のムダを省いた方が、効果が大きいんじゃ
ないですかとも言ってやりました」
大先生が「ほー」と感心し、確認する。
「正しい意見ではあるけど、普通なかなか言え
ない。 さすがに相手は怒ったでしょ?」
「はい、そんなことあんたに言われる筋合いは
ないって怒鳴ったんで、それは私のせりふです
よって言い返しました」
大先生が「たしかに、取引をやめることを覚
悟しないと、そこまでは言えない。 そうそう、例
の『トラック業者はおまえんとこだけじゃない』
って捨て台詞を投げつけられませんでした?」
とにこにこしながら聞く。
「はい、あんたんとことの取引は考え直すって
怒鳴って、肩を怒らして帰ってしまいました」
「それで、その後どうなったんですか?」
「そのままです。 うちは、もちろん、仕事は
きちんと続けてます。 きっと、別のトラック業
者を探してるんじゃないですか。 こっちも新し
い荷主さんを探してます‥‥」
無理を通せば士気が落ちる
社長氏が飲み物のテーブルに行き、白ワインを
二つ持ってきて、大先生に一つを差し出す。 そ
れを受け取りながら、大先生が改めて質問する。
「理不尽な荷主との取引を停止するというの
は、現実的には言うは易く行うは難しですよね。
もともと取引に理不尽さは付き物ですから、ま
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あ、程度問題だとは思いますが、よく荷主のリ
ストラなどできますね?」
社長氏が頷き、自分の思いを述べる。
「はい、荷主を切るというのは収入がなくなる
わけですから、たしかになかなかできないこと
には違いありません。 ただ、『お客だからそのく
らいの我儘は仕方ないよ』程度で済むのならい
いのですが、度を越した要求をしてくるような
お客とは取引をやめた方が私どもの会社にとっ
てもいいんですよ」
社長氏の興味深い言葉に大先生が確認するよ
うに聞く。
「それは社内の士気にかかわる話ですか?」
「はい、そういうお客と接しているうちの連中
は明らかに士気が落ちてきます。 それが社内に
蔓延します。 なんかお客との関係が、よく言う
隷属的になると、活気のある会社じゃなくなっ
てしまうと思ってます。 そうなっては困るので、
そういう荷主さんとのお付き合いはこちらから
お断りするというのが私の考えです」
荷主の新陳代謝が活性化の源
それを聞いて、大先生が事も無げに呟く。
「取引がなくなったら、新しい取引を探せばい
い?」
大先生の言葉に社長氏が「そうです、そうで
す」と嬉しそうに頷き、続ける。
「要は、なくなった収入は新たに補えばよい
らお付き合いいただいている荷主さんが何社も
います」
大先生が頷き、ワインを口にする。 それを見
計らっていたかのように、大先生の旧知のトラ
ック業者の社長が「お久しぶりです。 お元気な
ようで」と言って、そばに寄ってきた。 これま
で大先生と話をしていた社長氏に挨拶し、大先
生に声を掛ける。
「先生はよくご存知だと思いますが、荷主さん
もずいぶん困っているようですね」
大先生が笑いながら切り返す。
「はい、トップから物流コストを下げろって迫
られてますから。 それにしても、なんか、あな
たは困ってなさそうですね?」
大先生の問い掛けに旧知の社長氏は、顔の前
で手を振りながら、「いや、わたしら厳しい状況
には慣れてますから。 それに、困った、困った
って言ったって活路は開きませんし‥‥」
ここにも元気な社長がいる。 これまでの話の
流れで大先生が聞く。
「それで、困ってる荷主さんにどう対応してる
んですか? 運賃を下げてやる?」
「とんでもないです。 運賃は、これ以上は絶
対に下げられません。 相談に来られる荷主さん
には、百年に一度というちょうどいい機会だか
ら、私どももお手伝いしますので輸送や配送の
無駄をなくしてトラックを減らしましょうって提
案しています。 空いたトラックは私どもで別の
という考えが当たり前な社内構造を作ってしま
えば、それでいいということです。 新規荷主の
開拓を日常的に当たり前なことにしたいのです。
私はじめ管理職の連中には日常的に営業を兼務
させています。 『収入が減ったから、さて新規荷
主の開拓をやるか』なんて急に思い立ったって、
そう簡単にはできません」
「なるほど、荷主の新陳代謝が会社を活性化
させる源だということですね」
「はい。 もちろん、いいお客さんとは長くお付
き合いさせていただきます。 事実、親父の代か
湯浅和夫の
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
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仕事を探して使えばいいだけですからって。 そ
う言うと、さすがに運賃の話は出ません」
大先生と隣の社長氏が大きく頷く。 旧知の社
長氏が続ける。
「荷主さんもずいぶん困ってるというのは、そ
の提案に乗ってくる荷主さんがいるからです。 前
は、いくらこちらから提案しても、聞き置くみ
たいなことでうやむやになっていましたが、い
まは本気で一緒に考えてくれという荷主さんが
出てきています。 おたくではどう?」
しっぺ返しを食う荷主
そう振られた社長氏が頷き、旧知の社長氏を
見て答える。
「さきほど、先生には運賃叩きの荷主さんの話
をしたんですが、もちろん、一方で、物流コス
ト削減の相談に乗ってくれという荷主さんもい
ます。 輸配送費は物流コストの中でも大きいの
で、それを下げるためにわれわれ側でできるこ
とは可能な限りするからと言う荷主さんが何社
か来てます」
旧知の社長氏が「そうでしょ」と相槌を打ち、
続ける。
「そこまで頼まれたら、私らとしても協力しよ
うという気になるよね。 先生が日頃からおっし
ゃっているように、現場のムダを一番知ってい
るのは私らだから、私らがムダをなくす提案を
しなきゃあかんということだ。 空いたトラック
の仕事を探さなきゃならんけど、運賃を叩かれ
るよりはよっぽどいい。 ねえ、先生、そうでし
ょ?」
大先生が「そんなこと言ったっけ?」ととぼ
ける。 旧知の社長氏が「またまた」と言うのを
聞きながら、大先生が「このご時勢で荷主側の
対応は二極分化しているようですね」とつぶや
く。
社長氏が頷いて、「これを機会に物流を抜本的
に見直そうという荷主と、なりふり構わず運賃
や倉庫料金叩きに走る荷主」と受ける。
それを聞いて大先生が頷き、「現実には、前
者に属する荷主の方が圧倒的に多いと思うけど
‥‥希望的な観測かな?」と二人に振る。 旧知
の社長氏が答える。
「いや、希望的な観測でもないと思いますよ。
でも、あれです、これから免許制度の関係もあ
って、大型のドライバーが減ってくることは間
違いないし、少子化の影響でドライバー自体が
減ってくると思われます。 そうなると、これま
でのようにトラックを好き勝手に使うことはで
きなくなって、トラック業者を大事にしない荷
主はしっぺ返しを食うことになりますよ。 いま
からトラック業者を大事にしろって先生からも
どんどん言ってくださいよ」
大先生にお鉢が回ってきた。 さすがの大先生
もトラック業者の社長たちにはかなわないよう
だ。 「はい、はい」と素直に応じている。
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大学院修士課
程修了。 同年、日通総合研究所入社。 同社常務を経
て、2004 年4 月に独立。 湯浅コンサルティングを
設立し社長に就任。 著書に『現代物流システム論(共
著)』(有斐閣)、『物流ABC の手順』(かんき出版)、『物
流管理ハンドブック』、『物流管理のすべてがわかる
本』(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コンサルテ
ィング http://yuasa-c.co.jp
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