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AUGUST 2009 70
物流指標を読む
実感無き景気回復
第8 回
●今般の景気回復説は学術的見解にすぎない
●経済指標の対前年比は大幅マイナスを記録
●生産財・投資財の荷動き回復が本格復興の鍵
さとう のぶひろ 1964 年生まれ。
早稲田大学大学院修了。 89年に日通
総合研究所入社。 現在、経済研究部研
究主査。 「経済と貨物輸送量の見通し」、
「日通総研短観」などを担当。 貨物輸
送の将来展望に関する著書、講演多数。
正常水準にはほど遠い
昨年九月のリーマン・ショック以降、日本経済
は内外需の急落に見舞われたが、どうやら本年一
〜三月期で峠を越した模様であり、国内景気は最
悪期を脱しつつあるという見方が徐々に強まって
いる。
内閣府は、六月の「月例経済報告」において、
景気の基調判断の表現から「悪化」の文言を七カ
月ぶりに削除し、「景気は、厳しい状況にあるもの
の、一部に持ち直しの動きがみられる」と二カ月
連続で上方修正した。 これを受けて、与謝野経済
財政相(当時)は事実上の景気底打ち宣言を行っ
ている。
与謝野前経財相が景気底打ち宣言を行った根
拠の一つに、生産と輸出の持ち直しがあるようだ。
鉱工業生産指数(季調値)は、三月に前月比一・
六%増と昨年五月以来一〇カ月ぶりに増加に反転
し、四月には同五・九%増と五六年ぶりの高い伸
び率を記録した。 また、輸出数量指数(季調値)
も、三月に同三・一%増、四月に同三・四%増と
なった。
なお、基本的に景気の転換点の判別にはヒスト
リカルDIが用いられる。 ヒストリカルDIは、景
気動向指数・一致指数を構成する十一個の個別指
標の動きを基に作成され、それが五〇%を上回れ
ば、「景気は拡大局面」入りし、五〇%を下回れば、
「景気は後退局面」入りしたものと判断される。
内閣府の景気動向指数研究会委員で、わが国の
景気循環論の第一人者である嶋中雄二氏(三菱U
FJ証券・景気循環研究所長)の見解によると、
今般の景気の谷は今年三月であり、四月から始ま
った景気の回復は順当に持続していくとのことで
ある(「嶋中雄二の月例景気報告?
27
(〇九年六
月二九日)」より)。 また、新聞や経済誌などに掲
載されているエコノミストたちのコメントをみても、
今般の景気後退は今年一〜三月期に終焉し、四〜
六月期には景気拡大局面に入ったということが半
ば?常識?となりつつあるように見受けられる。
しかし、我々が本当に知りたいのは、「学術的な
見地に基づく景気回復の時期」ではなく、「景気
回復を実感できるのはいつなのか」ということだ。
結論から言うと、景気回復を実感できるのは当分
先のことになるだろう。 鉱工業生産指数を例にと
ると、たしかに季調ベース(前月比)では大きく
伸びている(注:五月の速報値でも、前月に続き
五・九%増となった)。 しかし、原数値の前年同
月比をみると、マイナス幅は徐々に縮小してきて
いるものの、四月がマイナス三〇・七%、五月が
マイナス二九・五%と約三割の減少が続いている。
このように、現在の生産の水準は「正常水準」
とはほど遠い、極めて低い水準にとどまっている。
この数字を見る限りは、景気の悪化ペースの速度
はいくぶん弱まったものの、悪化はまだ止まって
いないと判断するのが自然ではないか。 昨年秋以
降における悪化のスピードが非常に速かったため、
その反動で前月比では持ち直しただけの話であり、
株式や商品の市場において、株価が急落した後に
自律反発したようなものにすぎない。
日通総研が六月中旬に実施した「企業物流短期
動向調査(日通総研短観)」の結果をみると、そ
の判断は確信に変わる。 本調査結果からも、景気
日通総合研究所 「企業物流短期動向調査」
71 AUGUST 2009
今後の指数の動きを予測すると、おそらく、一
〇〜十二月、一〇年一〜三月と徐々に上昇してい
くとみられるが、水面上へ顔を出すまでには至ら
ないだろう(注:出荷量の「正常水準」は、荷動
き指数がゼロとなる水準とみなすことができる)。
なぜならば、指数の上昇(言い換えれば、出荷量
の増加)の裏づけとなるモノの需要が〇七年度の
水準まで回復するには、まだ相当の時間を要する
と考えられるからだ。
回復の兆候を読む
それでは、荷動きの回復時期(ひいては景気の
回復を実感できる時期)はいつになるのか。 今の
時点ではまだ、その時期について明言することは
できないが、「物流面からみた景気動向の指標」と
言われる本調査結果から、その兆候を捉えること
は可能であると思う。
ポイントとなるのは、生産財と投資財の動きで
ある。 すなわち、生産財と投資財の荷動きがいつ
回復するかに注目する必要がある。
言うまでもないが、貨物のなかには、景気変動
の影響を大きく受けて、大幅に増減する品目もあ
れば、受ける影響が比較的小さく、変動幅も小さ
い品目もある。 こうした相違は、輸送需要の発生
源である各産業の、いわば景気変動に対する弾力
性の相違によるものである。
景気循環の理論にしたがうと、製造業の場合、景
気変動の影響が小さい業種は食料工業品などの消
費財型の製造業であり、貨物輸送の観点からみる
と、不況期でも貨物量はそれほど大きくは減少し
ない(注:企業物流短期動向調査においても、食
料品・飲料の荷動き指数のマイナス幅は全業種の
なかで最も小さい)。 一方、一般機械やプラントな
どの投資財型の製造業は、設備投資の動向に大き
く左右されるため、一般に景気回復時における生
産・出荷の回復は遅いとされている(注:設備投
資は、景気動向に遅れて推移する遅行指数である)。
したがって、投資財の輸送量は、景気回復局面で
もなかなか回復しないと考えられる。 また、生産
財型の製造業は、在庫投資の影響をストレートに
受けやすいことから、在庫投資の変動による短期
的な景気循環では最も大きな影響を受ける。 その
ため、景気の回復に比較的早く反応するので、貨
物輸送の観点からみると、景気回復局面において
は、鉄鋼や化学製品等素材系の生産財が比較的早
く動き出すと考えられる。
こうしたことから、生産財の荷動き指数が(た
とえマイナス水準であっても)急上昇した時点を
「本格的な景気回復のスタート時点」と位置づけ
ることができよう。 さらに、若干遅行して投資財
の荷動き指数が上昇することになるだろうが、そ
の時点で景気の回復を最終確認できるものと思う。
もっとも、近年、企業物流における在庫圧縮の
動きのなかで、在庫調整の期間は従来よりもかな
り短縮されてきている。 また、生産財・投資財の
輸出が増加する局面では、国内需要が減少しても
生産は増加するため、上記の理論通りの動きには
ならない可能性もなくはない。
ただし、これだけははっきり言える。 荷動きは
景気動向を映す鏡であり、荷動きが回復しない限
り、絶対に景気の回復を実感できることはできま
い。
の底は一〜三月期であると推測でき、最悪期は脱
した可能性が高いものの、本格的な回復にはほど
遠い状態にあることがお分かりいただけよう。
国内向け出荷量『荷動き指数』は、四〜六月実
績ではマイナス六九となり、過去最低水準であっ
た前期(一〜三月)実績(マイナス七五)より六
ポイント上昇した。 また、七〜九月見通しではマ
イナス六一とさらに八ポイントの上昇が見込まれる
が、〇八年一〇〜十二月(マイナス五七)の水準
をまだ下回っている。 このように、マイナス幅が
徐々に縮小しているものの、上昇テンポはまだ緩
慢である。
104 14 48 38 △24 104 15 62 23 △8
51 4 25 71 △67 51 4 27 69 △65
41 2 2 96 △94 41 2 20 78 △76
49 6 10 84 △78 49 4 20 76 △72
117 6 26 68 △62 117 5 33 62 △57
40 0 17 83 △83 40 4 18 78 △74
101 1 13 86 △85 100 2 20 78 △76
56 7 18 75 △68 56 5 25 70 △65
96 3 14 83 △80 96 3 13 84 △81
127 4 13 83 △79 127 9 20 71 △62
97 6 16 78 △72 97 6 24 70 △64
22 9 18 73 △64 22 9 23 68 △59
61 3 13 84 △81 61 3 13 84 △81
962 5 19 76 △71 961 6 26 68 △62
52 4 29 67 △63 52 0 37 63 △63
51 6 47 47 △41 50 4 46 50 △46
103 5 38 57 △52 102 2 41 57 △55
1,065 5 21 74 △69 1,063 6 27 67 △61
回答
業 種 社数 増加
構成比(%)
横ばい減少
荷動き
指 数
2009 年4月〜6月実績
国内向け出荷量の実績と見通し(業種別)
2009 年7 月〜 9 月見通し
食料品・飲料
繊維・衣服
木材・家具
パルプ・紙
化学・プラスチック
窯業・土石
鉄鋼・非鉄
金属製品
一般機械
電気機械
輸送用機械
精密機械
その他
計
製造業卸売業
回答
社数増加
構成比(%)
横ばい減少
荷動き
指 数
計
合計
生産財
消費財
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