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SOLE 日本支部フォーラムの報告
The International Society of Logistics
FEBRUARY 2010 86
十二月のフォーラムでは、文教大
学の石井信明准教授が需給マネジメ
ントの構造とそのためのツール、さら
にERP、SCMとの関係について
講演を行った。 石井准教授は需給マ
ネジメント研究を主導されている電気
通信大学の松井正之教授らとともに、
この分野の研究を進めている。 現代
社会におけるさまざまな変化に対応
し、持続可能性を向上するためには
需給マネジメントが不可欠であり、既
存のERP、SCMを超える新たな
経営管理技術として期待されている。
(文教大学・石井信明准教授)
製販協働で利益最大化を目指す
現在、「一〇〇年に一度」とも呼ば
れる世界的な景気後退の中からなか
なか抜け出せない状況が続いている。
マクロ的にみると、これまでも現代社
会は需給ギャップとその変動からくる
景気変動に手を焼いてきた。 初期の
経済学では需要と供給は神の見えざ
る手により最適化されると考えられ
ていた。 今でも規制を排除した自由
競争が経済を発展させるという点で
は、大きく変わらないともいえよう。
その一方、少し見方をミクロに移す
と、SCMのようにサプライチェーン
を計画的に最適化するという試みがあ
る。 社会と経済のダイナミックな成長
には需給ギャップの存在が必要である。
しかし企業単位でみれば、神の手だ
けでは需要・供給のバランスと企業の
存続に必要な安定的な利益に、結び
つかない、ということであろう(1)。
実際、企業内部においても需要部
門と供給部門の関係は必ずしも良好
とはいえないようである。 七〇年以
上前の記録にも、製造と販売の協働
が上手くいかない、という記述があ
るほどだ(2)。 営業・販売部門は売り
上げの最大化を目標とし、製造部門
はコストの最小化を目指す。 これは現
在でもごく当たり前のことであり、利
益の最大化には両者の協働が不可欠
であるということが、あまり意識さ
需給マネジメントの現状と今後を解説
環境変化を超える持続的成長に向けて
れていなのではないだろうか。
特に多品種化と製品ライフサイクル
の短縮化が進むと、製造と販売の協
働なしには利益の確保は難しくなる。
図1のように、販売は多品種化した
製品の確保のためにより多くの品揃
えを望むが、製造はコスト最小化の観
点から、極力大ロットでの製造を志
向する。 そのため製品在庫が増える
半面、売れ行きの好調な製品の増産
に機敏に応じられず、品切れが発生
する。 製品ライフサイクルの短縮化は
売れ残った製品在庫を資産から廃棄
物へと変えてしまう。
これらの背景から、需要と供給の
バランスを考慮し利益の最大化を達成
する手法として、需給戦略図表を用
いた需給マネジメント(1)が提案され、
そのための手法の整備が進められて
いる。
需要予測の誤差吸収がカギ
需給マネジメントとは、利益を最
大化する需要と供給のバランスを管理
することである。 需要とは顧客が市
場から商品を買い取ることをいい、供
給とは生産者が生産システムにより製
品を生産し、商品として市場に提供
することを指す。 需給マネジメントに
おいては、需給リスクが存在する状況
下において、実需要の変動に耐え得
る頑健な需給戦略を立案し利益を向
上するために、図2に示す二センター
モデル(1)、(3)を基本形とする。 そこ
図1 需給の負のサイクル
目標●売上最大化(シェア拡大)
●販売計画数量確保
商品
顧客
需要(販売)部門
●多品種化
●過剰な販売計画
●計画キャンセル
(減産依頼)
●緊急生産オーダー
生産
依頼
欠品
在庫過剰
供給(生産)部門
(大量生産部門向きシステム)
●生産性向上のためのまと
め生産
●緊急生産オーダー対応に
よる頻繁なスケジュール
変更
目標●生産オーダー数量確保
●製造原価低減
供給システム(生産・物流)の混乱
廃棄
図2 需給協働の2 センターモデル
需給戦略の協働
販売戦略生産戦略
注文
出荷
販売
センター
生産
センター
需要情報
製品
87 FEBRUARY 2010
では需要サイドである販売センターと
供給サイドである生産センターが情報
を共有しながら、利益向上を全体目
標として意思決定を協働で行わなけ
ればならない。
その協働を実現するためのツールと
して用いられているのが、戦略マップ
(1)(2)である。 それぞれ需要スピード
と供給スピードを表す二つの軸からな
るマップであり、通常は需要スピード、
供給スピードがともに速い場合に売り
上げが最大化し、その逆の場合にコ
ストが最小化する。 それらの中間点
に、利益の最大化があることになる。
売上最大、利益最大、コスト最小の
三点を囲むと楕円形になることから、
楕円理論(2)とも呼ばれている。
後で述べるように、需給マネジメン
トは年次レベルの需要予測と経営戦
略に基づいており、MPS(基準生
産計画)とMRP(資材所要量計画)
の準備段階と位置付けられる。 また
需給マネジメントの中心は総合生産
計画(APP)(1)である。 総合生産
計画は販売計画と操業計画からなり、
これらの協働が需給マネジメントの要
点となる。
販売計画と操業計画は通常、月次
レベルの計画であり、より長期の計画
である需要予測と経営戦略に基づき、
それぞれ異なる目標、評価尺度から
立案される。 例えば販売計画はマー
設定することにより、需給戦
略マップを用いて最適な需給
戦略を導き出す。 図3に、D
SMAPの全体処理概要、図
4にデータ設定画面を示して
おく。
中心となる考え方は、総合
計画・戦略マップである。 多
期間にわたる既知需要データ
から(単純)指数平滑法によ
り需要予測を行い、それぞれ
の需要予測案に対し、コスト
データから線形計画法を用い
て生産計画を立案する。
その結果をまとめたものが
「(d〈期待需要量〉、α〈平滑
化定数〉)戦略マップ」であり、
同マップ上から最適な需給戦
略となる点を導き出す。 すな
わち、最適な需給戦略となる
点に対応する需要予測値、生
産計画、評価関数値を、総合
計画時点の結果として出力し、
利益最大となる戦略を構築す
る。 DSMAPでは、総合計
画で生じる生産能力に関する
誤差を修正するために、生産
スケジューラーを活用している。
スケジューラーとしては、現
状、アスプローバ社の「AS
PROVA APS」(http://
www.asprova.jp/)を使用し
ケットシェアの拡大を目標とし、売上
高で評価する。 操業計画は、工場の
稼働率向上と原価低減が評価される。
そのため販売計画は最適な操業状態
とは異なる計画となり、操業計画は
市場の状況と乖離しがちである。
総合生産計画は二つの計画の均衡
を保つことで、それぞれの計画の精
度を向上するものである。 すなわち
需要の変動に対応、もしくは生産を
平滑化して在庫量を調整し、需要予
測に対して総費用を最小化する計画
を立案する。 結果はMPS、MRP
の入力データとなり、週次または日次
レベルの生産計画、購買計画の立案
に利用する。
総合生産計画の作成の基になるの
が、需要予測である。 需要予測とは
市場で製品がどの程度売れるかを予
測することであるが、必ず誤差が生
じてしまう。 このため需給マネジメン
トでは、いかにして誤差を吸収しな
がら総合生産計画を立案するかがポ
イントとなる。
需給マネジメント用ソフト
ここで紹介する需給プランナー(D
SMAP)(1)は、需給協働二センタ
ーモデルに対応した需給マネジメント
を体験できるソフトウェアである。 あ
る期間の需要データ、生産能力、コ
スト、価格関数などのパラメーターを
需要予測
総合生産計画
戦略マップ
需給戦略の選択
スケジューリング
スケジューリング結果比較
流動数分析
需給戦略
評価
NG
OK
パラメータ変更
図3 需給マネジメント用ツール(DSMAP)の
処理概要
需要データ
図4 DSMAP のデータ設定画面例
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Mに向けて﹂朝倉書店(2009)
(2)松井正之、藤川裕晃﹁製販コラボレ
ーションの利益最大化理論﹂ダイヤモ
ンド・ハーバード・ビジネスレビュー、
January, pp.72-83(2005)
(3)松井正之、高橋義久、王 崢﹁需給
マネジャーの支援プランナー構築と理
論﹂日本経営工学会論文誌、Vol.57,
No.2, pp.120-131 (2006)
( 4) ロバート・S・カプラン、デイビッ
ト・P・ノートン﹁循環型マネジメ
ント・システムの構築 戦略と業務
の統合システム﹂ダイヤモンド・ハ
ーバード・ビジネスレビュー、April,
pp.66-83(2008)
(5)松井正之﹁戦略的MRP?/ERP
/SCMのマネジメント問題│製販コ
ラボレーションとペア戦略マップ・ツ
ール﹂経営システム、Vol.16, No.1,
pp.43-46(2006)
経営スピードの向上と合理化で効果を
上げる企業もある。 しかし多くの場合、
ERP/SCMはマネジメント・シ
ステムとしての戦略の立案、戦略の業
務への落とし込み、戦略と業務改善
のモニタリングとしての役割にまでは
至っていないのである。
このように現代の企業に必要なサ
ステナビリティの向上には、これまで
のERP/SCMを超えたポストER
P/SCMが必要である。 ポストE
RP/SCM実現のコアとなるものは
企業の継続的な利益向上を担う管理
技術であり、そのためには需給マネジ
メントが欠かせない。
需給マネジメントは企業の枠を超え
るものであり、「需要と供給の最適化
マネジメントの考え方、戦略、および、
管理技術の体系」なのである(1)。 そ
して需給マネジメントが目指す最適化
マネジメントの考え方は、さまざまな
変化が生じる現代社会における動的、
確率的な需給バランスの実現である。
今後の需給マネジメントには、現在の
ERP/SCMを超え、社会におけ
る有効な意思決定を支援する新たな
管理技術体系としての発展が期待さ
れる。
参考文献
(1)松井正之、藤川裕晃、石井信明﹁需
給マネジメント ポストERP/SC
「(短期)需給マネジメント」およ
び「需給戦略マネジメント」の目的は、
「事業創造戦略」で定めた事業の枠組
みのなかで利益最大化を達成すること
である。 これに対して「事業創造戦
略」では、継続的な利益確保のために
市場に投入する製品の開発戦略をはじ
めとした事業開発を行う。
現在、多くの企業で基幹情報システ
ムとしてERPが稼働している。 また
全体最適を実現する経営手法として、
多くのSCMの試みが成功し、さらな
る発展が期待されている。 しかし現状、
ERP/SCMは情報システムとして
の導入に重点があり、サステナブル企
業のための中長期的な視野に立ったマ
ネジメント・システムとしての役割に
至っているとはいえないだろう。
マネジメント・システムとは、カプ
ランとノートン(4)によると、企業が
戦略を立案し、それを一連の業務活動
に落とし込み、戦略と業務の改善度を
モニターするためのプロセスとツール
全般のことである。 これに対し、現段
階での企業におけるERP/SCMの
利用は経営の状況をモニターし可視化
する情報システムのレベルであり、そ
の活用は依然として事後処理的である
(5)。
確かに、ERP/SCMで経営に
関するデータのリアルタイムでの収集
と集中管理が可能になったことにより、
ている。
ポストERP/SCMへ発展
現代の企業経営には、さまざまな
変化への適切な対応とサステナビリテ
ィ(持続可能性)の向上が求められ
ている。 ここで持続可能性に対して
高い能力を持つ企業を、サステナブル
企業と呼ぶ。
サステナブル企業にはそれを支える
マネジメント・システムが欠かせない。
企業が持続的な利益を確保するには、
需要と供給の管理が基本となる。 す
なわち需給マネジメントは、現代のサ
ステナブル企業を支える有力なマネジ
メント・システムといえる。
サステナブル企業における需給マネ
ジメントには、今回紹介した短期の
需給マネジメントにとどまらず、中・
長期的視点から利益を持続的に確保
するための仕組みが必要となる。 す
なわち、サステナブル企業になるため
には階層化した需給マネジメントの仕
組みを持たなければならない。 これ
は月度単位レベルでの需給変動を対
象とした「(短期)需給マネジメント」、
製品ライフサイクルの変化による需給
変動を考える長期の視点からの「需
給戦略マネジメント」、そして、いく
つかの製品ライフサイクルを組み合せ
た企業全体での事業の成長を考える
「事業創造戦略」から成る。
次回フォーラムのお知らせ
次回フォーラムは2月18日(木)「現
場研修:サンリオ ディストリビューシ
ョンセンター」を予定している。 このフ
ォーラムは年間計画に基づいて運営し
ているが、単月のみの参加も可能。 1
回の参加費は6,000円。 ご希望の方は
事務局(sole-j-offi ce@cpost.plala.
or.jp)までお問い合わせください。
※ S O L E︵The International Society of
Logistics: 国際ロジスティクス学会︶ は一
九六〇年代に設立されたロジスティクス団体。
米国に本部を置き、会員は五一カ国・三〇〇
〇〜三五〇〇人に及ぶ。 日本支部では毎月
﹁フォーラム﹂を開催し、講演、研究発表、現
場見学などを通じてロジスティクス・マネジメ
ントに関する活発な意見交換、議論を行って
いる。
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