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「春闘どころじゃない」
昨年十二月四日、日本労働組合総連合会(連合)は
二〇一〇年における春季生活闘争(春闘)の基本方
針を発表した。 要求の主な柱としては賃金カーブの維
持、つまり定期昇給(定昇)分の維持を掲げている。
その目安としては「五〇〇〇円」という数字を示して
いる。 もう一つの焦点となるベースアップ(ベア)に
ついては、経済環境や雇用情勢を理由に要求を見送っ
ている。 「現状の給与水準と雇用を維持する」という
のが今春闘に臨むスタンスだ。
連合に加盟している各産業別連合組合はこの方針を
受け、それぞれの統一要求を決定する。 全日本運輸産
業労働組合連合会(運輸労連)もその一つだ。 運輸
労連は全日通労組やヤマト運輸労組など五六一の企業
別組合が加盟する運輸業界最大の労働組合連合会で、
現在の登録組合員数は一〇万八九〇〇人にのぼる。
運輸労連が今年一月二八日に決定した統一要求額
は「四〇〇〇円中心」というものだった。 その内訳は
三五〇〇円が定昇維持分で、残りの五〇〇円が「格
差是正分」という名目になっている。 運輸労連の池上
千里中央書記長は「格差是正分の五〇〇円というの
はベアではない。 主に、他産業と運輸業界との賃金水
準の格差を埋めるための要求だ。 運輸業界の賃金水準
は全産業の中でもかなり低位。 この差を無くしていく
のが我々の使命の一つ」と説明する。
この格差是正分の考え方は、連合の中の「中小共
闘」の発想に基づいている。 中小共闘は連合の中でも
中小以下の企業を多く抱える産別組合連合が横断的に
集まって組織された会議体だ。 加盟者の大半を中小零
細が占める運輸労連も中小共闘に属している。
中小共闘は連合の方針を基に、独自で「五〇〇〇
円」という春闘の要求額を打ち出している。 金額は連
合と同じだが、連合の場合は定期昇給維持分が五〇〇
〇円なのに対し、中小共闘は四五〇〇円が定昇維持分、
五〇〇円が大手企業との差を埋めるための格差是正分
という内訳だ。
運輸労連もこの方式を採っているが、運輸業は中小
共闘の中でも賃金水準が低い。 これを勘案し、先述の
通り定昇維持分三五〇〇円に他産業との格差是正分
五〇〇円を乗せた四〇〇〇円という要求内容になった。
運輸労連の方針を受けて、各加盟単組は自社の要求
内容を立案する。 企業業績なども加味して決定するが、
基本的には運輸労連の方針を踏襲する。 そのため、今
年は必然的にベアを見送る労組が多くなっている。
運輸労連に加盟する日新労組も今春闘ではベアは要
求しない方針だ。 若井牧人中央執行委員長は「うち
には五年前から定昇制度はなく、独自の賃金表がある。
この表の運用を従来通り守ってもらうことが賃金に関
する基本的な要求だ。 世間的なイメージだと定昇維持
ということになる」と語る。
日新労組をはじめ、自主的にベアを見送った各組合
の要求内容を見ていると、今春闘は組合側にとって極
めて厳しい戦いになることが容易に想像できる。 要求
自体が定昇の維持では、それすら覚束ない企業が続出
するだろう。
それでも日新労組の若井委員長は「ウチは国際物流
が中心で、特にリーマンショックの影響を大きく受け
た。 回復の目処は立っていない。 そんな中であまりに
無理な要求を突き付けるのも現実的ではない。 今回の
要求は妥当だと判断している。 ベアは見送ったが一時
金や労働時間の問題など主張すべき点はある。 そこは
馴れ合わずにしっかり要求するつもりだ」と説明する。
日新のような大手企業はまだマシだ。 それ以下の中
労働組合はこの春どこまで闘うか
運輸労連の2010年の春闘の方針が固まった。 ベアを
見送り、定昇・雇用の維持を目指すという。 物流マン
の平均給与がさらに低下するのは必至だ。 経営側は安
堵の表情を見せている。 民主党が政権を獲り、労働環
境がかつてないほど注目を集めるこの時にも労組は存在
感を示せないでいる。 (石鍋 圭)
MARCH 2010 22
第部
特 集
小零細の見通しはさらにひどい。 運輸労連の下部組織、
東京都連合会(東京都連)には八五組合が加盟して
いるが、そのうち六五組合が地場中小と言われる専従
組織の無いような企業だ。 東京都連の三浦尚喜書記長
は中小零細を取り巻く環境は極めて厳しいと強調する。
「昨年は春闘の時期に経営側から逆提案ということで
一〇%の賃金カットを要求された組合すらあった。 と
にかく荷物が無いので、これを呑んでくれないとデフ
ォルトしてしまうと。 雇用の皿が無くなってしまうの
が一番のリスクなので、その組合は涙を呑んで受け入
れた。 とにかく中小地場の中には待ったなしの経営状
態で、春闘どころの状態ではない企業がいるのも現実
だ。 今年は昨年のようなことが無ければいいが‥‥」
一部では運輸労連の平均妥結額は、要求四〇〇〇
円に対して現実には一〇〇〇円を挟んだ攻防になるだ
ろうと予測する声もある。
賃金は下がる一方
経営側は連合や運輸労連の要求の基本姿勢をどう捉
えているのだろうか。 ある物流企業の経営者は「労組
は少なくとも定昇維持は叫ばないと存在意義が無くな
ってしまう。 そういう意味で、考え得る中で最も低い
要求といえる。 中小零細のように厳しいところは本当
に厳しいが、去年に比べたら一部では持ち直した企業
もある。 もう少し高い要求があっても不思議はなかっ
た。 正直ホッとした経営者も多いのでは」と語る。
今年二月三日に労務行政研究所が発表した「20
10年賃上げの見通し」というアンケートでは、労働
側の春闘の見通しが経営側の見通しをわずかながら下
回るという結果が出た。 経営側の今春闘の賃上げ見通
しが五二三四円であるのに対し、労働側の見通しは五
一七七円だった。 労使の見通しが逆転する現象は〇四
年以来二度目。 実情に即した要求も重要だが、交渉前
から労働側が過剰に経営側の状態を忖度してしまって
いるフシがある。
全日本トラック協会の「トラック運送事業の賃金実
態」によると、ドライバーの賃金は三年連続で減少し
ている。 本特集に付属している平均給与の総合計金額
も一期前から直近期にかけては下落している。 リーマ
ンショックの影響を通年で受ける今期はさらに悪化し、
二年連続の下落となる気配が濃厚だ。
ヤマト運輸労組の石田哲也中央執行委員長は昨年
九月の就任以来、同労組中央本部の組織改革を推進
している。 同氏はこの五、六年の間、ヤマト運輸労組
の本部は機能不全に陥っていたと公言して憚らない。
「創業者の小倉昌男さんは『労働組合は会社の神経
だ。 痛いところを知らせるのが役目』と言っていたが、
その神経がまったくマヒしていた。 現場の声は会社に
届かない。 それどころか会社の言い分を現場に納得さ
せるという間違った役目を担ってきてしまった。 我々
は交渉力を取り戻す必要がある」(石田委員長)
冬の一時金を決める昨年の秋闘で、就任したばかり
の石田委員長と木川眞社長が顔を真っ赤にしながら言
い争うという一幕があった。 この数年、ヤマト運輸の
団交では見られなかった光景だという。 結果は原油価
格下落の影響もあり、前年比プラス二万円で妥結した。
今春闘でも宅急便の増加などを背景に、運輸労連
の基準よりも遙かに高い六〇〇〇円を要求する方針だ。
この中には定昇の他にベア分も含まれている。 石田委
員長は「私が委員長になったことで妥結金額が大幅
に上がるとは考えていない。 しかし闘う姿勢は必要だ。
木川社長も本気でぶつかれば本気で応えてくれる経営
者。 今春闘でも本音でぶつかり合って良い結果に繋が
ればいい」という。
23 MARCH 2010
運輸労連の池上千里
中央書記長
日新労組の若井牧人
中央執行委員長
東京都連の三浦尚喜
書記長
ヤマト運輸労組の石田
哲也中央執行委員長
春闘における賃上げの見通し(人)、%
額
出所:財団法人 労務行政研究所
合計 労働側 経営側 学識経験者
1000 円台
2000 円台
3000 円台
4000 円台
5000 円台
6000 円台
7000 円台
無回答
平均(円)
最高(円)
最低(円)
0.4 1.9
0.9 0.9 1.9
8.7 7.0 5.8 16.0
11.1 11.7 14.4 5.7
58.4 62.6 57.6 50.9
4.8 4.2 5.8 4.7
0.9 0.9 0.7 0.9
14.8 12.6 15.8 17.9
5,125 5,177 5,234 4,869
7,500 7,500 7,000 7,000
1,500 2,700 3,100 1,500
合計 (459)100.0 (214)100.0 (139) 100.0 (106) 100.0
区分
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