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奥村宏 経済評論家
MARCH 2010 72
オバマ対ウォール・ストリート
ウォール街をめぐってアメリカの世論が沸騰している。
ウォール街とは、言うまでもなくニューヨークの金融街で、
古くはモルガン商会を始めとするアメリカの投資銀行が軒を
並べているストリートである。
アメリカで投資銀行というのは、企業の株式や債券の発行
を引き受けて分売するとともに、合併や買収などの手助けを
するものであり、日本で言えば野村証券や大和証券などの大
証券会社と同じようなものと考えてよい。
そのウォール街の投資銀行がサブプライム恐慌で大打撃を受
け、リーマン・ブラザーズが倒産したが、アメリカ連邦政府
は巨額の公的資金、すなわち国民の税金をこれら投資銀行の
救済のために投入した。 それによってゴールドマン・サック
スやモルガン・スタンレーを始めとする投資銀行は息を吹き
返したのだが、そこで役員や従業員に対して巨額のボーナス
を支払った。
これに対しアメリカ国民の世論が強く反発し、これを受け
てオバマ大統領が高報酬を非難するとともに、金融危機責任
料として一一七〇億ドルをこれら投資銀行から徴収するとい
う方針を発表した。 さらにオバマ大統領は一月二一日、銀行
持株会社の業務を規制するとともに、巨大銀行のシェアを制
限するという演説をした。
このようにオバマ大統領はアメリカ国民のウォール街に対す
る批判をバックにして強い態度に出ている。 これに対して例
えば「ウォール・ストリート・ジャーナル」は「オバマ大統領
はウォール・ストリートを殺すことでアメリカを殺そうとして
いる」という記事をのせている。
こうしてオバマ対ウォール・ストリート、というよりも、ア
メリカ国民対ウォール・ストリートの対決がいまアメリカで一
大ショーになっているのだが、ウォール・ストリートはこれ
からどうなるのだろうか。
ルーズベルトの時代
ウォール・ストリートの投資銀行がアメリカの大統領によっ
て攻撃されたのは今回が初めてではない。 一九二九年恐慌の
時も今回と同じようにウォール・ストリートの投資銀行が集
中攻撃された。
その頃はアメリカの銀行が証券子会社を使って株式の売買
をしていたが、一九二九年の株価暴落によってお客が大損し
た。 そこで議会で調査したところ、これら銀行の証券子会社
がさんざん悪事を働いていたことが暴露された。
そこで一九三二年、アメリカ大統領に当選したフランクリ
ン・ルーズベルトのもとで、グラス・スティーガル法という銀
行法が作られて銀行の証券業務を禁止した。
ルーズベルト大統領の政策はニューディール政策といわれ、
失業対策のために公共事業に力を入れるとともに、金融業に
ついても大手術をしたのである。
このグラス・スティーガル法によって銀行と証券業務は分
離され、モルガン財閥は銀行業務はJ・P・モルガン、証券
業務、すなわち投資銀行業務はモルガン・スタンレーという
ように分割され、そしてゴールドマン・サックスやメリル・リ
ンチ、リーマン・ブラザーズなどはいずれも投資銀行=証券
業務に専念するということになった。
この体制が第二次大戦後も続いて、ウォール街は繁盛して
いたのだが、一九九九年になってグラス・スティーガル法は
廃止された。 規制緩和政策によってこの法律が廃止されたの
だが、そこで銀行は再び証券業務に子会社を通じて参加する
ようになった。
その結果が二〇〇八年のサブプライム恐慌となってアメリ
カを大混乱に陥らせ、世界経済に大ショックを与えた。
そこで再びグラス・スティーガル法を復活せよ、という声
が起こっており、これが先のオバマ大統領の演説になったの
である。
“ウォール・ストリートの時代” は終わった。 投資銀行幹部や従業員たちの
犯罪的行為に反発した世論を背景に、オバマ大統領は対決姿勢を鮮明にして
いる。 アメリカ経済の脱金融化はどのような方向に進むのだろうか。
第94回 攻撃されるウォール・ストリート
73 MARCH 2010
アメリカ経済の脱金融化
ではこれからどうなるのだろうか。 オバマ大統領の演説で
は商業銀行の投資銀行業務を規制するとはしているが、グラ
ス・スティーガル法のように商業銀行の投資銀行=証券業務
を全面的に禁止するとは言っていない。
今後、このオバマ大統領の方針がどのような形で法案化さ
れるのかが注目されるが、銀行業界がロビイストを使ってオ
バマ大統領の方針を妨害することは当然予想される。 そこで
オバマは先の演説の中で「ロビイストと闘う」とはっきり言
っているのだが、それには世論の動きも注目する必要がある。
投資銀行が簡単に引き下がるとは思えないが、しかし巨額の
国民の税金によって救済されたという事実はなによりも大き
な意味をもっている。
アメリカ経済を投機化させ、そして大混乱に陥らせたのは
投資銀行であるということはもはや誰も否定することはでき
ない。 それにも拘わらず、これら投資銀行の役員や従業員が
巨額のボーナスを受け取っているということは、まさに反社
会的というより犯罪的な行為というしかない。
オバマ大統領の強い態度の背後にはこのような世論がある
のだが、果たしてオバマ大統領がロビイストの妨害を押しの
けてウォール街を窮地に追い込むことができるのかどうかが
これからの見物である。
そしてこのことはアメリカ経済全体のこれからの動きと大
きくからんでくる。 アメリカ経済が金融化したのは一九七〇
年代以後だが、それが壁に突き当たったのが二〇〇七年から
のサブプライム恐慌であったことは先に述べた通りである。
これからのアメリカ経済が脱金融化するのは当然のように
思えるが、しかしその内容がどのようなものになるのかは誰
にもわからない。 その大きい方向はアメリカ経済の没落への
道であることは予想できるが、それが「ウォール街の没落」
への道でもあることは間違いないだろう。
「投資銀行の没落」
先にも言ったようにアメリカの投資銀行(インベストメン
ト・バンク)は普通の銀行、すなわち商業銀行とは区別され、
証券の発行、引受業務を本職とするものだが、その投資銀行
の象徴とも言えるのがモルガン商会であった。
モルガンはこの投資銀行業務で大財閥になったのだが、グ
ラス・スティーガル法が施行されたあとは、かつてのような
力はなくなった。
というのも第二次大戦後、アメリカの大企業は株式や証券
の発行によって資金を調達する必要があまりなくなり、いわ
ゆる自己金融でやってきた。 そうなれば株式や債券の引受業
務を本業とする投資銀行の役割はなくなっていくからだ。
そこでP・スウィージーなどは「投資銀行の没落」という
ことを主張していたのだが、しかし一九七〇年代ごろから状
況は大きく変わってきた。 アメリカの大企業が株式や債券を
発行して資金を調達するということが盛んになり、さらに企
業の合併や買収が盛んになって、投資銀行の力が一挙に強く
なった。
そしてアメリカ経済全体が金融化の傾向を強め、投資銀行
がこれによってアメリカ経済の前面に出てきた。 まさに「ウ
ォール・ストリートの時代」となったのだが、その結果がサ
ブプライム恐慌となって発現したのである。
ということは、投資銀行は一九三〇年代と似たような状況
に追い込まれたということであり、そこで再びグラス・ステ
ィーガル法が復活するのではないか、といわれるような状況
になったのである。
リーマン・ブラザーズの倒産はまさにそのことを示してい
るのだが、これを契機にアメリカでは投資銀行は倒産するか、
商業銀行に合併されるか、あるいは銀行持株会社に転換す
ることで消滅してしまったのである。 まさに「投資銀行は没
落」したのである。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷
大学教授、中央大学教授を歴任。 日本
は世界にも希な「法人資本主義」であ
るという視点から独自の企業論、証券
市場論を展開。 日本の大企業の株式の
持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判
してきた。 近著に『徹底検証 日本の三
大銀行』(七つ森書館)。
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