ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2011年1号
道場
メーカー物流編 ♦ 第16回「要りもしないものが山ほど物流センターに送り込まれてきます。営業が勝手に在庫を手配しているからです」

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湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第66回》 JANUARY 2011  62  大先生が頷き、業務課長をちらっと見て、 言葉を挟む。
 「はい、その節はお疲れ様でした。
なにか 業務課長が大活躍をされて、ほぼ思い通り の結果を得たようなことを伺っておりますが、 そのあたりも含めてお話を聞きたいと思いま す」  「またー、そういうことを言って。
あっ、 部長がまた、あることないことおもしろおか しくお話ししたんでしょう? まったく‥‥」  業務課長が、鼻の穴を膨らませて、早速 部長に文句を付ける。
なかなかいい出だしだ。
部長がすました顔で「別に、あったことだけ お話ししただけだよ。
おれはほんとのことし か言わないから。
あのとき業務課長が活躍し たことは間違いないよね、課長?」  部長に問われた企画課長が、大きく頷き、 業務課長を見て続ける。
67「要りもしないものが山ほど物流センターに 送り込まれてきます。
営業が勝手に在庫を 手配しているからです」 《第105新年のプロジェクト会議がスタートした  新年会を兼ねたプロジェクト会議をやりた いというので、大先生一行は年明け早々に、 メーカーの本社に出かけて行った。
玄関まで 迎えに出ていた業務課長が「今日は、まず 会議室で簡単にプロジェクトの会議をやって、 その後、新年会場に流れ込みますから」と楽 しそうに言う。
 会議室に入ると、物流部長以下メンバー全 員が待っていて、部長が代表して新年の挨拶 をする。
大先生が挨拶を返す。
全員が席に着 くと、部長が今日の会議の趣旨を説明する。
 「ご存知のように、昨年末の押し詰まった 時期に、ロジスティクス導入に向けた役員へ の報告会がありました。
その後、先生には 簡単にご報告いたしましたが、今日は改めて、 当日の状況についてご報告したいと思います」 メーカー物流編 ♦ 第 16 回  並み居る役員たちを前にして、叩き 上げの業務課長が吠えた。
ロジスティ クス導入の必要性をプロジェクトチー ムが役員に説明する報告会。
普通な ら尻込みしてもおかしくない正念場で、 業務課長が持ち前の反骨精神を発揮 する。
果たして吉と出るのか。
大先生 物流一筋三〇有余年。
体力弟子、美人弟子の二人 の女性コンサルタントを従えて、物流のあるべき姿を追求する。
物流部長 営業畑出身で数カ月前に物流部に異動。
「物流 はやらないのが一番」という大先生の考え方に共鳴。
業務部課長 現場の叩き上げで物流部では一番の古株。
畑 違いの新任部長に対し、ことあるごとに反発。
コンサルの導 入にも当初は強い拒否反応を示していたが、大先生の話を 聞いて態度が一変。
企画部課長 現場のことを除き、物流部の活動全般を取り 仕切っている何でも屋。
如才ない振る舞いから日和見主義 との陰口も。
63  JANUARY 2011  「はい、あのときは業務課長の独壇場でし た。
私も主任も出番がほとんどなかったです もんね」  企画課長の言葉に主任がすぐに反応する。
 「そうでした。
私は説明しただけで、質疑 に入ってからは出番がありませんでした。
業 務課長がお一人で対応して、ときどき、課長 が言い過ぎたり、本筋から逸れそうなときに 部長が修正しておられましたね‥‥」  主任の言葉に弟子たちが興味深そうな顔を する。
美人弟子が待ち切れないといった感じ で質問する。
 「その業務課長のご活躍についてお聞きし たいですね。
役員の方たちとどんな丁々発止 があったんですか?」  「またまた、そういう挑発的なことを言う んだから。
別に大したことはなかったんです」  業務課長が苦笑いする。
それを見て、主任 と企画課長がその会議の様子を再現し始めた。
業務課と企画課の若手社員たちも身を乗り出 した。
──役員報告会・会議室  「それでは、次にロジスティクスの導入に関 してプロジェクトチームからご報告をいただ きます」  主任の直属の上司である司会役の経営企画 室長の言葉を受け、説明役の主任が資料をも とに報告を始めた。
 資料は、ロジスティクスの概念と導入の必 要性、ロジスティクスにかかわる当社の実態、 ロジスティクス導入の経営効果という三本の 柱から構成されている。
 主任のロジスティクスの概念と必要性につ いての説明が終わった途端、総務担当の役員 がおどけた調子で発言した。
経営会議のテー マとしてロジスティクスなど重要度が低いと 思っているのか、この役員に限らず他の役員 たちも気楽な風情だ。
 「ロジスティクスというのは、兵站だよね。
『坂の上の雲』で出てくる日露戦争の、えーと、 そうそう二〇三高地の争奪戦は海上の兵站線 を確保するための戦いだったんだよね」  総務担当役員の知ったかぶりの発言に他の 役員たちが頷く。
隣の役員と気楽に小声で言 葉を交わしている役員もいる。
そのような反 応を見て、総務担当役員が満足したような顔 で続ける。
兵站線を確保しただけでは意味がない  「たしかに、その意味では兵站、君らが言 うロジスティクスが重要なことは言うまでも ないことだけど、企業では兵站線を奪い合う なんてことはないし、いまの時代、ものが届 かないなんてこともないだろ?」  この言葉に他の役員たちが、また大きく頷 く。
そのとき、他の役員から、これまた茶化 した感じで声が発せられた。
 「そうか、競合企業に勝つために、競合の 兵站線を断って、補給を止めてしまうという 戦略もあるわけだ。
ロジスティクスのチーム はそれで経営に貢献しようってわけか。
がっ はっは」  大きな笑い声につられて、他の役員たちも 笑う。
業務課長がむっとした顔で、身を乗 り出して何か言おうとするのを部長が止めた。
そして、笑っている役員たちに部長が言う。
 「なるほど、いいお考えですね。
うちの営 業がにっちもさっちもいかなくなったら、そ の手を考えましょう。
そんなことしないで済 むことを祈ってますが‥‥」  部長の言葉に営業担当役員が渋い顔をする が、何も言わない。
物流部長が苦手のようだ。
他の役員たちも同じようで、部長の発言に笑 い声は一気に静まった。
静かになったところ で、部長が続ける。
 「兵站線を確保しただけでは戦争に勝てな いんですよ」  部長の一言に役員たちに怪訝そうな表情が 浮かぶ。
考えれば当たり前なことなのに、真 意に思い至らないようだ。
このような認識不 足がロジスティクスの理解を妨げている一因 だ。
部長の発言を受け、怪訝な顔をしている 役員たちに業務課長が説明する。
まったく物 怖じしないのは業務課長らしい。
 「兵站線が確保されて、ものが届けられて も、届けたものが必要ないものだったら意味 ないでしょう。
弾薬が足りないのに銃器を送 っても意味ないし、薬が欲しいという部隊に トイレットペーパーを届けても怒るだけです JANUARY 2011  64 よ、前線の部隊は。
違いますか?」  何人かの役員が頷いている。
それを見て、 業務課長が調子に乗って続ける。
 「必要のないものはその場に放置されます。
そして、すぐに必要なものを持って来いと怒 り狂った要請を出します。
それが来ないと戦 えないというんで前進はストップします。
一 方で不要なものは廃棄されます。
こんな意味 のない、無駄なことはやってはいけない。
そ れくらい、あなたがたでも‥‥」  「そういう意味のないことをしないためのマ ネジメントがロジスティクスです」  業務課長が口を滑らせそうになったのを止 めるように部長が割り込んだ。
みんな頷きな がら、黙っている。
業務課長が部長に小声で ささやき、部長が頷くのを見て、発言する。
 「軍隊だけでなく、企業も同じです。
この後、 うちの実態を報告しますが、たしかに先ほ どどなたかがおっしゃったように、きょうび、 届かないことはありません。
ただ、そのおか げで、要りもしないものが山ほど物流センタ ーに送り込まれてきます。
肝心の必要なもの がないというのは日常茶飯事です。
ロジステ ィクスというマネジメントがない中で、営業 が勝手に在庫を手配しているからです」  業務課長のこの言葉に、さすがに営業担当 の役員が噛み付いた。
 「勝手にやっているわけではない。
お客さま のために欠品を出さないように、一生懸命在 庫の手配をしている‥‥」 スティクスにかかわる現状についての報告が 数字の裏づけを伴って行われた。
主任が「以 上で報告を終わります」と言った後、しばら く沈黙が続いた。
 今度は、誰も茶化したような発言はしない。
あちこちでページを繰る音がするだけだ。
社 長が隣の常務に何か質問をし、常務が答えて いる。
常務には事前に報告してあるので、報 告内容については十分に理解している。
 誰も何も言わないのを見計らって、社長 が「まあ、これまでこういう実態だったとい うのはよしとしよう。
報告にもあったように、 市場との同期化など誰も考えていなかったし、 それができるような組織体制にもなっていな かったんだから仕方がない。
それで、このよ うな無駄を省くと、どれだけのメリットが出 るのかというのが最後のページのこれだな?」  社長の質問に、主任が慌てて「はい、そう です」と言って、「えーとですね」と説明を 始めようとするのを社長が止める。
 「いや、説明は要らない。
見ればわかる。
三割在庫が削減されると、これだけのキャッ シュが生み出されるのか‥‥半減するとこれ だけか。
なるほど、ばかにならん額だな。
そ れで、ここで、こういう削減率を上げている ということは、在庫半減も実現可能というこ とだな。
やりようによっては?」  社長の質問に部長が答える。
 「はい、おっしゃるとおりです。
やりように よってはですが‥‥」  「でも、現実には欠品が出てますよ。
例外 どころではなく、日常茶飯事です」  営業担当役員の言葉の途中に業務課長が 割り込んだ。
役員が怒って、声を荒げる。
 「そんなに欠品が出てるわけないだろう。
そ んな報告も受けていない」  業務課長は怯まない。
負けずに大きな声を 出した。
 「当たり前でしょ。
欠品の報告なんか誰が しますか。
みすみす怒られるようなことを報 告するほどうぶな営業なんか、うちにはいま せんよ。
お客に謝って待ってもらったりして るんです。
失注も結構ありますよ。
あなたが 知らないだけです」  「何を言うか、一体君はなんなんだ‥‥」  「ちょっと待ちなさい。
そんなこと言い合っ ても、それこそ意味がない。
この後、当社の 実態についての報告があるようだから、それ を聞くことにしようじゃないか」  顔を真っ赤にした営業担当役員が業務課長 に噛み付こうとするのを常務が止めた。
常務 の言葉に社長が「そうしよう」と言って、プ ロジェクトチームの方を見る。
部長が頷き、 主任に合図をする。
主任が頷き、「それでは、 当社のロジスティクスにかかわる実態という 資料をご覧ください」と言って、説明を始める。
  「君の部は今日からロジスティクス部だ」  在庫の過不足・偏在、顧客からの注文の 来かた、営業の売り方、生産の仕方などロジ 湯浅和夫の 65  JANUARY 2011 た口調だ。
 「そのとおりだ。
まずは検討させてもらおう」  役員たちの言葉に業務課長が何か言おうと する前に、部長が言い放った。
 「いや、持ち帰って検討など勘弁してくだ さい。
きちんと説明しているんですから、意 見があれば言ってください。
いまここで議論 して、ロジスティクスに取り組むかどうか結 論を出してください」  部長の言葉に生産と営業の担当役員は苦 虫を潰したような顔をする。
「そうは言っても、 急に報告されて、答えを出せと言われても‥ ‥」などとぶつぶつ言っている。
それを聞いて、 社長が結論を出した。
 「わかった。
持ち帰って検討するのは結構だ。
ただし、その検討はロジスティクスを導入す るという方向性の中でやってほしい。
ロジス ティクスをやるという中で何か課題があるな ら、それを出してくれればいい。
その課題は、 いいかね、解決すべき課題であって、ロジス ティクスの導入をやめる要因には決してなら ないからな。
このことはよく頭に入れておい てくれ」  社長の言葉に二人の役員が頷く。
それを 見て、社長が物流部長に「ロジスティクス導 入の準備を進めてくれ。
君の部門は今日から ロジスティクス部だ。
人員の補強が必要なら、 常務に相談してくれ。
この効果を期待してい る」と言って、経営効果を記したペーパーを 掲げた。
物流部長が大きく頷いた。
──プロジェクトチーム新年会  経営会議の様子を聞いていた企画課の女子 社員が感動したように「へー、すごかったん ですね。
たしかに、課長の活躍のおかげですね」 と声を詰まらせる。
業務課の若手課員も頷く。
弟子たちも大きく頷く。
美人弟子が「部長も 格好いいですね」と言う。
体力弟子が「ほん と、ほんと」と同意する。
 部長が「いやいや」と顔の前で手を振り、「そ れにしても、大活躍のおかげで、課長は出世 の目は完全になくなったな」と楽しそうに業 務課長を見る。
業務課長は「はいはい、じ ゃ、宴会に入りましょう、ロジスティクス部長」 とおどける。
物流部長が答える。
 「そうだな、これからが勝負だから。
飲み ながら、前途多難なこれからの取り組みにつ いて検討しよう。
先生、よろしくお願いします」  部長の言葉に大先生が大きく頷いた。
 部長の言葉が終わらないうちに、また業務 課長が口を挟んだ。
 「生産と営業の理解とやる気次第ではそん なに難易度の高い課題ではありませんが、や る気になるかどうかが難易度の高い課題です」  業務課長の言葉に社長が苦笑する。
生産 担当の役員がおもむろに口を開く。
 「これを持ち帰って、内部で検討をして、 たしかにそのとおりだとなれば、われわれは 積極的に取り組むつもりだ。
余計な心配はし ないでいい」  営業担当役員も続ける。
明らかにむっとし ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究 所入社。
同社常務を経て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを設立 し社長に就任。
著書に『現代物流システ ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の 手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』 (以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コン サルティング http://yuasa-c.co.jp PROFILE Illustration©ELPH-Kanda Kadan

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