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運賃高騰とインフラ破綻で大混乱
再構築迫られるサプライチェーン
DECEMBER 2005 20
人気を博した意外なテーマ
米国に本部を置く世界最大のサプライチェーン研究
団体、CSCMP(Council of Supply Chain
Manage-ment Professionals)の年次総会が一〇月二
三〜二六日の四日間、カリフォルニア州のサンディエ
ゴで開かれた。 今年の会合には世界各国の物流マンや
学識経験者、コンサルタントなど約三四〇〇人が参
加。 二十一のトピックについて用意された計一七〇の
セッション(講義)を通じて、ロジスティクスやサプ
ライチェーンの最新事例を学んだ。
今年一月、同団体は従来のCLM(Council of
Logistics Management)からCSCMPに組織名を
変更している。 その目的は会員たちの日常業務で求め
られるスキルが「ロジスティクス」から「サプライチ
ェーン」に進化しているのに合わせて、研究の対象を
サプライチェーン全域に拡げることにあった。 実際、
今年の年次総会には「リーン生産」や「データ・シン
クロナイゼーション」といったセッションが新たに用
意された。
ここ数年、年次総会はセッションのマンネリ化が進
み、参加者たちの不評を買っていた。 毎年同じテーマ、
同じ顔ぶれの講師陣、企業の宣伝色が強く内容の薄
いプレゼンテーション――。 高額の参加費(約一三〇
〇〜二〇〇〇ドル)に見合うだけのホットな情報が得
られないという理由から、年次総会への参加を見送る
会員も少なくなかった。
そして迎えた改革元年となる今年の総会だが、新た
に設けられたサプライチェーン関連のセッションには
それほど注目が集まらなかった。 活況を呈していたの
はむしろ従来から用意されていたロジスティクス関連
のセッションだった。 中でもとくに人気が高かったの
は「トランスポーテーション(Transportation=輸
送)」をテーマにしたセッションで、会場には連日た
くさんの受講希望者が押し寄せた。
CSCMP日本支部の東京ラウンドテーブル代表
を務める川崎陸送の樋口恵一社長も「輸送」のセッ
ションに足繁く通った参加者の一人だ。 「今年の年次
総会で最も注目度が高かったのは輸送のセッションだ
ったのではないか。 会場は常に満席で、立ち見が出る
ほどだった。 サプライチェーン云々と言われている時
代に、いまさらどうして米国で輸送が脚光を浴びてい
るのかと不思議に思うかもしれない。 しかし現実にサ
プライチェーンの基本中の基本とも言える?輸送〞が
思い通りにいかず、米国の物流マンたちは頭を悩ませ
ている」という。
輸送といっても、TMS(輸送管理システム)の活
用といった高度な話ではない。 会場に駆けつけた3P
Lや荷主企業の担当者たちが直面しているのは「トラ
ックの輸送力を安定的に確保していくためにはどうすればいいのか」という問題だ。
今年の春以降、米国の物流市場では国内配送を担
うトラックが不足した状態が続いている。 米国では間
もなく出荷量がピークに達するクリスマス商戦を迎え
るが、事態はさらに悪化して物流が大混乱に陥る可能
性も否定できない。 このリスクをどうやって乗り越え
ていけばいいのか。 具体的なソリューション(解決方
法)やアイデアを求めて、3PLや荷主企業の担当者
たちが輸送のセッションに殺到した。
トラック運送市場は需要過多に
今年の春から夏にかけて、米国は原油価格の高騰
に見舞われた。 一バレル当たり五〇ドル台前半で推移
していた原油価格は六月末に六〇ドルを突破。 その後
原油価格高騰の影響で中小零細のトラック運送会社が相
次いで倒産。 輸送力の確保が困難な状況に陥るとともに、運
賃上昇が続いている。 中国を中心としたアジアからの輸入貨
物の受け皿であるロサンゼルス港はパンク寸前だが、インフ
ラの拡張は一向に進まない――。 米CSCMPの年次総会や現
地企業の取材を通じて、米国のサプライチェーンが崩壊の危
機に瀕している実態が浮き彫りとなった。 (刈屋大輔)
《米国レポート》現地報告
21 DECEMBER 2005
も上昇を続けて、八月末にはついに七〇ドルの大台を
超えた(図参照)。 それに伴い、トラックの燃料に使
用されているガソリンや軽油の国内市場価格もじわり
じわりと値を上げていった。
燃料価格の値上がりはトラック運送会社の経営を
直撃した。 各社は新たなコスト負担増を余儀なくされ
た。 とくに大きなダメージを受けたのは、コスト増を
吸収する余力のない中堅以下クラスのトラック運送会
社や、トラック一台持ちの「オーナーオペレーター」
と呼ばれる個人事業主(一人親方)たちだ。
度重なる燃料価格の上昇に耐えきれなくなり、経営
破たんや廃業に追い込まれる中小零細業者が相次ぐ
一方、燃料価格が落ち着くまで一時的に休業するオ
ーナーオペレーターも現れた。 他の業界でアルバイト
をしながら糊口を凌ぎ、事業環境が好転するのを待と
う。 赤字を垂れ流すくらいならハンドルは握らないほ
うがいいという判断だ。
米国がトラック不足という事態に陥ってしまったの
はほかでもない。 こうした中堅クラス以下のトラック
運送会社の経営破たんや廃業、オーナーオペレーター
による緊急避難的な措置が講じられたことによって、
実運送の担い手が物流市場から徐々に姿を消してい
ってしまったためだった。
その結果、トラック運送のマーケットは「需要∨供
給」という図式となって、価格決定権が買い手から売
り手へと移行した。 それに伴い、運賃が上昇に転じた
ことで、今度は荷主企業や、実運送をアウトソーシン
グしている3PLが新たなコスト負担増を強いられ、
大きな痛手を受ける羽目になった。
九月以降、米国の原油価格は下降に転じ、十一月中
旬には六〇ドル台を割り込むなど少しずつ落ち着きを
取り戻しつつある。 その動きに合わせて燃料の市場価
格も安定してきた。 それでも米国のトラック運送市場
は依然として需要過多の状態が続いている。 トラック
が足りない状況はしばらく改善されそうにない。
現在、荷主企業は、クリスマス商戦に向けてさらな
る運賃値上げ要請に応じることも覚悟しながらトラッ
クの確保に奔走している。 3PLも同様だ。 支払い運
賃の大幅アップというニンジンをぶら下げてオーナー
オペレーターたちの気を引いてトラックを掻き集めよ
うと躍起になっている。
こうした現状を踏まえて、「輸送」のセッションに
集まった物流マンたちからは「3PLがトラック運送
会社をコントロールすることだけに専念するのは間違
っている。 3PLはトラックの輸送力を安定的に確
保・提供していくためにも、自社保有のトラックをあ
る程度残しておくべきだ」という意見が相次いだ。 現
在も続いている国内市場でのトラック不足は原油価格
の高騰に端を発している。 とはいえ、そもそも行き過
ぎたアウトソーシングの弊害であるとも言えるのではないかという指摘だ。
これに対して、荷主企業や3PLは、アウトソーシ
ング一辺倒だった従来のロジスティクス戦略の再考に
取り組んでいく意向を明らかにしている。 リスクヘッ
ジのため、今後は実運送の部分を充実させることを目
的としたM&A(企業の合併・買収)やトラックドラ
イバーの自社採用などにも力を注いでいく計画だとい
う。 資産を自ら所有するアセット型3PLへの揺り戻
しが起きている。
年収三〇〇〇万円の作業員
一方、国際物流の分野ではロサンゼルス港と同港に
隣接するロングビーチ港をめぐる議論が活発化してい
る。 ロサンゼルス・ロングビーチ港で輸入貨物の陸揚
川崎陸送の樋口恵一社長
DECEMBER 2005 22
げし、全米各地に配送する現行の物流体制をそのまま
維持すべきなのか。 それとも陸揚げ港を切り替えて物
流を分散させるべきなのか、という議論だ。
両港は二〇〇三年に港湾労働者のストライキで、さ
らに翌二〇〇四年には荷役作業員の不足が原因で、長
期間にわたって港湾機能が麻痺してしまった。 荷揚げ
を待つコンテナ船が港の沖合で滞留を余儀なくされる
など混雑が深刻化し、その影響で内陸部への配送が
予定よりも一〇日以上遅れるといった事態が発生した。
米国のサプライチェーンは大混乱に陥った。
幸い二〇〇五年に入ってからは、臨時労働者の採
用やオフピークプログラム「ピア・パス(Pier Pass)」
の導入などが奏功し、平穏な日々を取り戻している
(本誌四四〜四五頁の「国際物流の基礎知識」を参照)。
それでも米国の物流マンたちは警戒心を緩めていない。
大混雑を引き起こした原因として従来から指摘され続
けてきた根本的な問題が、いまもなお解消されておら
ず、両港が再び昨年や一昨年のような事態を引き起こ
す可能性が否定できないからだ。
懸念材料の一つは港湾荷役作業に従事する労働者
および彼らが所属する北米西岸港湾労働者組合(I
LWU)と、使用者側である船会社やターミナルオペ
レーターとの力関係の問題だ。 両港では「港湾荷役作
業には原則としてILWUから派遣される労働者を
使用すること」が義務づけられている。 使用者側は独
自に労働者を採用できないルールで、労働者側よりも
弱い立場にある。 この構図を逆転させて、ILWUか
ら荷役の主導権を奪い取らないかぎり問題は解決され
ない、と米国の物流マンたちは指摘している。
ILWUから派遣されている労働者の賃金は驚く
ほど高い。 船舶からヤードにコンテナを積み下ろしす
るガントリークレーンの操縦者は平均年収が一〇〇〇
万円を超える。 より高度な技術を要する作業に従事し
ている労働者になると、年収が三〇〇〇万円を突破
しているケースも見受けられる。
その割に彼らの作業生産性は低い。 ILWUとい
う強力な後ろ盾があり、緩慢な動きで仕事をしていて
もクビになる心配がない。 船舶が港の沖合で滞留して
いてもお構いなしだ。 気にいらないことがあれば、一
致団結してストライキを断行。 荷役作業を放棄してし
まえばいい――。 ILWUの組合員はそんな高飛車な
態度で作業に従事しているため、いつまで経っても両
港の荷役スピードは改善されないという。
ILWUからの労働者の受け入れを余儀なくされて
いる船会社やターミナルオペレーターは、これまで再
三にわたって政治家や行政に対して歪んだ労使構造を
是正するよう働きかけてきた。 しかし、反応は鈍かっ
た。 ILWUは組合員数四万人超の巨大な組織であ
る。 「政治家にとってILWUは敵に回したくない相
手の一つ。 どうしても改革に対して及び腰となる。 政治家も行政もロス港の労使問題はアンタッチャブルな
(触れたくない)領域と位置づけてしまっている。 お
手上げの状態だ」と日系ターミナルオペレーターの担
当者は落胆する。
地域住民の建設反対運動
大混雑を引き起こす要因は港湾労働者問題だけで
はない。 両港のコンテナヤードが狭隘化していること
も米国の物流マンたちにとって頭痛のタネの一つだ。
両港のコンテナ貨物取扱量は前年比一〇%超の高い
伸び率を維持しながら増加しており、今後も拡大する
ことが見込まれている。 コンテナヤードのスペース不
足がこのまま放置され続ければ、いずれ両港はパンク
するだろう、と危惧している。
燃料価格が落ち着くまで一時的に休業するオーナーオペレー
ターも出現した
23 DECEMBER 2005
この問題は以前から指摘されており、両港を管轄す
る港湾局も対応に乗り出していた。 新たなコンテナヤ
ードを開発することで、将来の物量増に備えようとい
うものだ。 しかし、その計画も今や頓挫しかけている。
コンテナヤードの新設に対して地域住民が猛反発して
いるためだ。
住民たちの主張はこうだ。 「ガントリークレーンの
ような大型の建造物がそびえ立つことで景観が損なわ
れる。 ヤードが建設されると、トレーラーのような大
型トラックが周辺道路を通行するようになって、とて
も危険だ。 トラックの通行量が増えれば、それだけ排
ガスの量も増える。 地球環境にもよくない」
この問題についても政治家や行政の腰は重い。 理由
は港湾労働者問題のそれとほぼ同じ。 選挙の支持基
盤を失いたくないというものだ。 こうして混雑問題の
解消につながるプロジェクトとして、米国の物流マン
たちが大きな期待を寄せていたコンテナヤードの拡張
計画は現在、棚上げ状態となっている。
商船三井系のターミナルオペレーターである「トラ
ンスパシフィックコンテナサービス(=TraPac)」
では将来の取扱量拡大を見込んで、現在稼働してい
るコンテナヤードの隣接地に拡張用の土地を手当てし
ている。 しかし、土地は購入後も塩漬け状態が続いて
いる。 有効に活用できるかどうかの見通しは立ってい
ないという。 同社は明言を避けているが、どうやら地
域住民の存在がネックとなっているようだ。
同社の両港におけるコンテナ貨物取扱量は年々増
え続けている。 すでに既存のコンテナヤードのスペー
スは飽和状態にある。 「従来はコンテナを一段積みで
ヤードに並べていたが、これを物量の多い日には二段
積みに改めている。 スペース不足に悩まされているタ
ーミナルオペレーターは各社とも、そうやって物量増
に対応しているというのが実情だ」と蔵原敬三総務・
財務担当ヴァイスプレジデントは説明する。
脱・ロス港が一気に加速
米国の荷主企業や物流会社は円滑なサプライチェ
ーン管理を阻害するロサンゼルス・ロングビーチ港の
混雑でこれまで何度も痛い目に遭ってきた。 両港の処
理能力不足が港湾荷役の労使問題とインフラ整備の
遅れに起因していることは関係者なら誰もが承知して
いる。 それでも一向に改善が進んでいかないことにユ
ーザーたちは苛立ちを募らせている。
そして遂に堪忍袋の緒を切らした米国のロジスティ
クス業界は動き出した。 混雑化の再発リスクが高い両
港での陸揚げを回避、もしくは他港との併用を検討・
実行する荷主企業や物流会社がここにきて相次いでい
る。 行き先は同じ西海岸のシアトル港、タコマ港、オ
ークランド港、または東海岸の主要港だ。 輸入貨物の
陸揚げをシフトする?脱・ロサンゼルス〞の動きが加速している。
従来、米国の荷主企業の多くは輸入貨物の陸揚げ港
であるロサンゼルス・ロングビーチ港の周辺に大型の
ディストリビューションセンター(物流拠点)を設置。
そこから地域デポなどを経由して全米各地に商品を供
給する物流体制を敷いてきた。 しかし、それがいま陸
揚げ港のシフトによって大きく変わろうとしている。
荷主企業がサプライチェーンの再構築に乗り出した
ことに伴い、物流会社も新たな対応を迫られるように
なった。 「陸揚げ港の変更という荷主の新たなサプラ
イチェーン戦略に合わせて、われわれもコンテナター
ミナルの整備計画に修正を加えている。 投資の軸足は
ロス港から他の西岸港や東岸の主要港へと移りつつあ
る」とTraPacの貞松秀幸社長は説明する。
TraPacの貞松秀幸社長
ロサンゼルス港のコンテナターミナルはスペース
不足が深刻化している
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