ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2011年5号
道場
メーカー物流編 ♦ 第20回「これまではピンと来なかったんですが、いまは何となく、サプライチェーンという視点がなぜ必要なのか理解できます」

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第66回》 MAY 2011  70 町にいて、結局事務所まで二時間掛けて歩い て帰り、その日は事務所に泊まった。
特に被 害はなかったので大丈夫」  「それはよかったです。
私の方は、東北に は拠点がありませんが、北関東に二カ所あり まして、一カ所は棚から商品が落ちて被害が 出ました。
もう一カ所は、そこは震度六強の 地域だったようですが、不思議なことに建物 も中の商品も何ともありませんでした。
特に 大変な状況ではありませんので、ご安心くだ さい。
ご心配いただきまして、ありがとうご ざいます」  大先生が安心したような顔で頷き、続けて 聞く。
 「ところで、救援物資の輸送にはかかわっ たんですか?」  「はい、積極的に協力させていただきまし たが、はじめのうちは、ご存じのように、道 67「これまではピンと来なかったんですが、 いまは何となく、サプライチェーンという 視点がなぜ必要なのか理解できます」 《第109 大震災が話題になった  大先生と親しくしている関西の物流業者の 社長が大先生を訪ねてきた。
突然の来訪だが、 大先生は事務所で暇を持て余していた。
 「突然で申し訳ありません。
お忙しい先生 にはお会いできないだろうなと思って来まし たが、お会いできてよかったです。
いやー、 運がいい」  たしかに、大先生は暇だが、そもそも事務 所にいる時間帯が少ないので、会えることは 運がいいのかもしれない。
一人で喜んでいる 社長氏に大先生が声を掛ける。
 「おたくはどうでした? 震災の影響は‥ ‥」  「あっ、そういえば、震災後初めてお会い するのでした。
先生は大丈夫でしたか?」  「私は、あの日、地震が起こったとき浜松 メーカー物流編 ♦ 第 20 回  物流が滞りなく行われている状態が いかに価値のあることなのか。
サプラ イチェーンの鎖が切れたとき、人々の 暮らしや経済に何が起きるのか。
図ら ずも我々は東日本大震災によって改め て教えられることになった。
未曾有の 危機に直面した今、物流マンには大き な社会的貢献が期待されている。
がん ばれ物流マン! 71  MAY 2011 路事情とか燃料不足などでなかなか大変でし た。
でも、あれですね、いま振り返ると、被 災者の方々へのロジスティクスが、まったく と言っていいほど機能しなかったですね。
避 難所に必要なものを必要なだけ届けるのがロ ジスティクスだと思うんですが、あの状況で は現実的に無理ですかね?」  「そうね、本来なら、ロジスティクスの司 令塔になる組織があって、そこが、どこに何 カ所避難所があるか、それらの避難所でどん な物資がどれくらい必要とされているか等の 情報を把握して、物資の調達を一元的に行い、 各避難所への輸送手段を確保し、輸送指示 を出すという役割を果たすことが必要なのだ けれども、今回は予期せぬ大震災ということ だから、難しかったことは否めない」  大先生が、ため息をつくように、一息入れ る。
そこに社長氏が言葉を挟む。
 「避難所の数をつかむこともままならず、ま た避難所との連絡手段が存在しないというと ころも少なくなかったですからね‥‥まさに 暗中模索です。
たしかに、暗中模索ではロジ スティクスは無理ですね。
あれですか、突然 ですが、軍隊の場合は、やはり衛星通信です か?」  「そう、通信機器を常に持っていて、衛星 で連絡するから、前線部隊がどこにいようと、 後方のロジスティクス部隊が状況を把握する のは難しくない」  大先生が通り一遍の説明をする。
社長氏 が知っていることをわざわざ確認したようだ。
社長氏が苦笑いしながら、また確認する。
 「企業の物流でも、情報不在のままやって いるところが結構ありますよね。
在庫を見込 みで物流拠点に送り込むということになりま すが、今回の救援物資も結局見込みで送り込 まざるをえなかったようです。
それにしても、 道路などのインフラが破壊されてトラックが 走れなかったのが痛かったです」  大先生が小さく頷く。
社長氏がしんみりし た風情で続ける。
 「今回、物資が届かない状況を見て、いか に物流が重要かということが改めてわかりま したが、同時に、物流がスムースに行われて いる状態がいかに価値あることかということ も実感しました」  「たしかに、いまさらだけど、物流は、間 違いなく、経済や国民生活を支えているって こと‥‥」  サプライチェーンは「一蓮托生」  大先生の言葉を聞きながら、社長氏が、何 か思い出したように、話題を変える。
 「そういえば、あの震災の後、サプライチ ェーンという言葉がたびたび登場したように 思いますが、そんな感じはしませんか?」  「たしかに、かなり頻度高く登場した。
メ ーカーとしては、原材料や部品、資材などが 調達できなければ製品は作れない。
その調達 が震災の影響でできなくなってしまったとい うところが結構あったからね。
まあ、いまで もあるけど‥‥」  社長氏が頷いて、勢い込んで話す。
 「聞くところによりますと、ある大手メーカ ーでは、基幹部品の調達先をリスク対応とい うことで、一社に絞らず、二社にしていたそ うなんですが、その二社が原材料を東北の同 じ工場から調達していたそうで、その工場が 被災して生産ができなくなり、供給が止まっ てしまったんです。
そのため、基幹部品の調 達ができなくなって、結局、その大手メーカ ーでも生産が止まってしまったらしいんです。
これに似た話がたくさんあります」  「たとえ、関西のメーカーでも、サプライチ ェーンの中に東北の企業があれば、生産は止 まってしまう。
サプライチェーンを日本語で 言うと何と言うか、知ってる?」  大先生の突然の質問に、社長氏が恐る恐 る「供給連鎖ではないんですか」と答える。
それを聞いて、大先生が笑いながら言う。
 「違う。
日本語では一蓮托生って言うんだ。
こっちの方が本質をついているだろ」  社長氏が「たしかに」と言いながら、大き く頷く。
続けて、大先生が何か言おうとする のを遮るように社長氏が話し出す。
 「あっ、こんな話も聞きました。
あれだそ うです、一言で調達先といっても、それは四 次、五次というように多段階化していて、サ プライチェーンの全貌をつかむこと自体、か なり難しいらしいです」 MAY 2011  72  大先生がわかってるという顔で、先ほど言 いたかったことを言う。
 「だから、いよいよこれから本格的なサプラ イチェーンのマネジメントが要求されるって ことさ」  「なるほど、例のSCMですね? かつて は、SCMといっても、ピンと来なかったん ですが、いまは何となく、サプライチェーン という視点がなぜ必要なのか、理解できます。
でも、多段階にわたる構成企業を全部管理す るというのも大変なことですね」  社長氏がちょっと顔をしかめる。
それを見 て、大先生が説明する。
 「いや、一社がサプライチェーン全体を管 理するというのではなく、自社をしっかり管 理できる企業群でサプライチェーンを構成す るっていう考え方だと思う。
サプライチェー ンを構成する個々の企業がそれぞれの調達先 の管理をしっかりやるっていうイメージ‥‥ そうなれば、サプライチェーン全体が管理さ れることになる」  「なるほど、私の好きな話に鎖の強度の話 があります。
鎖全体の強さは鎖を形作って いる、あの一個ずつの輪っかの中で最も弱い 輪っかによって決まってしまうという話です。
構成する輪っかを次々強くすることで鎖の強 度が高まるってわけです」  社長氏のまどろっこしい話に頷きながら、 大先生が話す。
 「そう、サプライチェーンを構成する企業 ご覧になってます‥‥よね?」  大先生が「もちろん」と言って頷く。
安心 した顔で、社長氏が続ける。
 「これ、在庫特集なんですが、この中に、 在庫回転期間と売り上げの一〇年間の推移 を示した図があるんです。
これです」  そう言って、社長氏がその図を示す。
そ の図では、売り上げが〇七年度まで伸び続け、 リーマンショックを受け、その後低下してい るのに対し、在庫回転期間は売り上げの伸び に伴って、期間が短くなり、売り上げの低下 に伴って期間が長くなっている様子が描かれ ている。
それを見て、大先生が「その解説は 簡単だよね?」とわざとらしく聞く。
社長氏 が頷き、解説を始める。
 「売り上げが伸びているときに在庫回転期 間が短くなり、売り上げの低下に伴って期間 が長くなるというのは当たり前の動きのよう に思えますが、要は、売り上げは変化してい るのに在庫金額はほとんど変化していないと いう、そういうことだと思います。
これって、 実は在庫管理上大きな問題をはらんでいるん じゃないでしょうか? 欠品や過剰在庫の同 時多発というような‥‥」  大先生が感心したような顔で、社長氏を誉 める。
 「さすが、よく勉強している。
そのとおり。
在庫を管理するという取り組みはまだ一部に とどまっているってこと。
もったいないよね。
在庫を管理すると大きな経営効果が出るんだ 群のうち、ある一社が機能不全を起こすと、 サプライチェーン全体が機能不全に陥ってし まう。
それがサプライチェーンの本質。
機能 不全とまではならなくても、ある企業の機能 が弱体化すると、サプライチェーン全体が弱 体化してしまう。
つまり、最終段階で製品を 販売するメーカーの競争力はサプライチェー ンの強さで決まるというわけ。
言いたいこと はそういうことだよね?」  「そうです。
今回の震災で、それについて 実感したということです」  大先生が「たしかに」と同意して、続ける。
 「改めて、この理解をしっかり持つことが 必要だと思う。
とにかく、サプライチェーン を構成する企業群をパートナーとして共通の マネジメントの土俵に乗せることが重要。
何 たって一蓮托生なんだから‥‥」  在庫回転期間を一定に維持する  「なるほど、そうですね。
SCMでは、さ らに、そのパートナー間で、需要に関する情 報などを共有して、無駄な在庫を生み出さな いという取り組みも重要な課題ですね」  勉強家の社長氏が熱弁をふるう。
大先生 が大きく頷く。
それを見て、社長氏が「あっ、 そうそう」と言いながら、カバンの中から雑 誌を引っ張り出した。
大先生と話をする題材 がそこにあるらしい。
その雑誌を見て、大先 生が興味深そうな顔をする。
 「この『ロジビズ』の先月号なんですが、 湯浅和夫の 73  MAY 2011  「わかった。
えーと、たとえば、在庫回転 期間を一・二カ月に維持すると決めて管理す るとしよう。
その場合、売り上げがどうなろ うと、回転期間は一・二カ月をずっと維持す ることになる。
具体的に言うと、ある製品の 売り上げが月一〇〇〇個だったとすると、持 つ在庫は一二〇〇個になる。
その売り上げが 月五〇〇個になったら、在庫は六〇〇個維 持すればいい。
いずれも回転期間は一・二カ 月。
このように在庫回転期間を一定水準に維 持することが在庫管理。
あなたの言うように、 在庫回転期間が変動するってことは在庫管理 がなされていないということ。
当然、欠品や 過剰・不良在庫が発生している」  大先生の説明をメモを取りながら聞いてい た社長氏が嬉しそうに頷く。
 「なるほど、やはり、そういう理解でいい んですね。
よくわかりました。
安心しました」  「別に安心するようなことでもないと思うけ ど、それだけ在庫管理に詳しいんだから、あ なたのとこで預かっている在庫の管理を代行 してやったらいいんじゃないの。
3PLの一 つの方向性だと思うけど」  「いえいえ、私のは頭の中だけの知識です。
在庫の管理は、実務的にいろいろ課題が多い でしょうから、実際は難しいですよね?」  「それなら、経験を積むという意味で、毎月、 在庫品目別に、その在庫回転期間を情報と して荷主に提示するということからやってみ たら。
それで、御社が儲かることになるかど うかはわからないけど‥‥」  「そうですね。
私自身、興味がありますので、 サンプル的にやってみましょうか。
儲かるか どうかは後の話です。
荷主企業にどのような 貢献ができるかという視点から検討してみま す」  そう言って、社長氏は満足そうな顔で帰っ て行った。
大先生は、なぜかさわやかな気分 に包まれていた。
けど、その認識が広まっていない。
その結果 がその図に端的に現れている」  「やっぱり、そうですか。
間違ってなくてよ かったです。
先生の在庫管理論を展開すれば、 一番望ましい姿は、在庫回転期間の線が横ば いか下に向かっているってことだと理解して いますが、それでいいですか?」  「正解。
説明の必要はないかもしれないけ ど‥‥」  大先生がもったいぶると、社長氏が「説 明してください」と即座に要求する。
頷いて、 大先生が続ける。
Illustration©ELPH-Kanda Kadan ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究 所入社。
同社常務を経て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを設立 し社長に就任。
著書に『現代物流システ ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の 手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』 (以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コン サルティング http://yuasa-c.co.jp PROFILE

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