ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2011年5号
判断学
第108回 東京電力はどこへ行く?

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 MAY 2011  74         会社の存続が危うい  東京電力という会社が今後も存続していけるのか、という ことが問題になっている。
 東京電力の勝俣恒久会長は三月三〇日の記者会見で次のよ うに語ったという。
 「東電の今後については重要な要因が分からないことが多い。
一〜四号機の収束を含めて、どう落ち着くのか、賠償も、法 律がどういう格好で具体的になって、我々がどの程度救済さ れるのかが分からない。
最大限の補償おわびをしたいが、全 体としては法の枠組みのなかで政府と考えていきたい」(朝 日新聞二〇一一年三月三一日付)。
 東日本大震災で福島第一原子力発電所が事故を起こしたと ころから、東京電力という会社そのものの存続が危うくなっ た、というのであるが、会長としてはいかにも無責任な発言 のようにみえる。
 清水正孝社長はこれまで本社内で陣頭指揮に当たっていた ところ、執務中にめまいがして病院に入院したというが、そ れまで記者会見に現れず、会社のトップが何を考えているの か分からないという状態が続いていた。
 ところが、社長に代わって会長が記者会見に現れて、会社 の存続が厳しいと言うのだから、聞いた方が驚くのも当然で ある。
 このような状況のなかで東京電力の株価はストップ安を続 けており、投資家が驚くばかりか、東京電力の社債を組み入 れている投資信託を買っている人も大きな打撃を受けている。
 もっと深刻なのは今回の事故で大きな損害を受けた福島第 一原発の周囲の住民や、農作物の汚染で出荷停止を受けてい る農民たちへの補償問題である。
これに対して東京電力は補 償する義務があるのは当然だが、それができなければ国が代 わって補償するしかない。
そこから東京電力の国有化という ことが問題になってくることは避けられない。
        国有化案が急浮上  これについて、東京新聞(ウェブ版)は三月二九日「東京 電力の経営に先行き不安が強まり、東京株式市場でも株価が 連日低迷している。
東日本大震災で被災した発電所の復旧費 用に加え、福島第一原発事故による巨額な補償が避けられな いからだ。
混乱回避のため政府内では救済に向けた国有化案 が早くも浮上。
ただ大きな国民負担も考えられ、政府は難し いかじ取りを迫られる」とし、これに対し玄葉光一郎戦略担 当相が「さまざまな議論がありうる」と発言したとしている。
 電力会社を国有化するということはこれまで珍しいことで はなかった。
ヨーロッパでは電力事業は水道などと同じよう にもともと国有化されていたが、これを私有化するというこ とが行われてきた。
 日本では戦前、電力事業は民営であったが、戦時中に発電 事業と配電事業とに分けて、発電事業はすべて日本発送電と いう会社にして統合した。
この会社は形式上は株式会社であ るが、国策会社であり、事実上は国有化されたも同然であっ た。
 これに対して、アメリカ占領軍は発電事業と配電事業を統 合して、これを九電力会社に分割した。
こうして日本では九 電力会社体制に移行し、のちに沖縄電力が加わって現行の一 〇電力会社体制になったのである。
もともと電力事業は水道 事業などと同じように公共事業であり、それは国有会社、あ るいは地方自治体の事業とされるのが本来の姿である。
 そこで戦後の日本でも電力事業を公営にせよ、という運動 が起こっており、一九五〇年代に神戸市や静岡市、神奈川県、 高知県、宮崎県などが配電事業の公営化を要求した。
また国 会でもそういう議論がなされたが、結局それは実現せず、九 電力会社、そして一〇電力会社体制が今日まで続いてきたの である。
それが今、大震災による原発事故で電力国有化が急 浮上してきたというわけである。
 東京電力を国有化するべきなのか。
この問いは大企業を国民の税金で 救済すべきか否かというだけではなく、これから日本の電力事業をどう していくべきなのかというもっと大きな問題を投げかけている。
第108回 東京電力はどこへ行く? 75  MAY 2011         原発をどうするか?  先にも述べたように、戦後、アメリカ占領軍によって電力 事業が民営化されたあと、地方自治体で電力事業を公営化せ よ、という運動が起こった。
 それは戦後の物資不足のなかで停電が相次いでいたところ から、各地方自治体で電力事業を公営化せよ、という要求が 高まっていたためである。
 今回の東京電力の問題は原子力発電による事故から起こっ たものであることはいうまでもない。
 日本でも原子力発電に対する反対運動は一時高まっていた が、これに対し電力会社は各自治体にカネをばらまくことで この原発反対運動を抑え込み、各地に原子力発電所を作って いった。
 しかし、これまでにも原発事故は次つぎと起こっていたし、 地震によって原発事故が起こるということも続いていた。
に もかかわらず東京電力を始めとする電力会社は「原発による 大きな事故はない」として次つぎと原発を作っていた。
 それが今、大変な事態を招いたのである。
しかもこれは世 界中が注目しており、もはやこれまでのようなことは続けら れなくなっている。
 そういうなかで日本の原子力発電をどうするか、そして電 力事業そのものをどうするかということが問われている。
 そこでは経営危機に陥った東京電力を救済するためではな く、日本の電力事業そのものをどうするか、ということが問 われているのである。
 東京電力という会社を救済するためではなく、これからの 日本の電力事業をどうするか、ということから電力国有化を 問題にしなければならないのである。
 今回の大震災による原発事故はこういう重大な問題を提 起しているのだが、果たして菅内閣はこれにどう答えるのか、 それが問題だ。
        救済のための国有化  国有事業を私有化、あるいは民営化するという動きは一九 八〇年代にまずイギリスで始まり、それがフランスやイタリ ア、ドイツなどヨーロッパ各国に普及し、日本でも鉄道、通 信、そして郵便事業の民営化となって現れた。
 これは一九七〇年代に大企業体制が危機に陥ったところか ら、新自由主義路線でこれら大企業を救済するために起こっ たものである。
しかし、民営化された事業が果たしてうまく いっているか、といえばそうとはいえない。
 現に日本では民営化した郵便事業が大きな困難に陥ってい るし、鉄道事業についてもうまくいっているとはいえない。
 そういうところから、国有事業の私有化には反省の声が上 がっているのだが、しかし逆に国有化の動きがさらに高まっ ている。
 それは一九九〇年代から二〇〇〇年代にかけて日本でバブ ル崩壊のあと銀行が経営危機に陥ったところから、日本長期 信用銀行や日本債券信用銀行、さらにりそな銀行などを事実 上、国有化するということになった。
 これは国民の負担によって民間の大銀行を救済するという ものであり、そこへ今度は東京電力の問題が起こったという わけである。
銀行と同じように東京電力も国民の税金で救済 しようというのであるが、果たしてこれが国民の了解を得る ことができるだろうか。
 日本長期信用銀行、そして日本債券信用銀行は国民の税 金で救済されたあと、いったんは国有会社となったものが再 び民営化され、非常に安い値段で外資系のファンドに転売さ れたことはまだ記憶に新しいところだ。
 東京電力もいったん国有化されたあと、しばらくして再び 民間にその株式が放出されて民営化されるということになる のだろうか? もしそうだとすれば、これは国民の税金で大 企業を救済するということでしかない。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『経済学は死んだのか』 (平凡社新書)。

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