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運送業経営者の過半数が七〇歳以上
国土交通省の資料によると、運送業の廃業は〇
八年度に初めて二〇〇〇件を超えた。 〇九年度は
約一六〇〇件まで廃業の数は減少したが、依然と
して高水準のままだ。 同時期の運送業の倒産件数
は年間五〇〇件程度であったことから、廃業した
会社の多くは債権者の合意のもとで行われる任意
清算によって会社を解散したものと考えられる。
しかし、他にも方法はあったのかも知れない。 会
社を清算するには不動産や車両などの資産を全て売
却し現金化する必要がある。 清算できたというこ
とは、その資金で負債を返せたということだ。 「基
本的には、清算のできる会社はM&Aが可能な会
社だ」と、中小企業を対象としたM&Aアドバイ
ザリーを務めるストライクの石塚辰八取締役はいう。
物流用地は流動性が低いため、すぐに現金化し
ようとすれば足下を見られてしまう。 しかし会社
を売却して、そのまま物流事業に使用するのであ
れば、資産をいたずらに目減りさせることはない。
清算時には退職金をメーンとする労働債務の支払
いも発生するが、売却後も既存従業員の雇用を維
持できるのであれば、今すぐキャッシュを用意する
必要はない。
� 諭�舛論農�未任睛㌫�貌��� 清算後に残っ
た資産をオーナーが自分のものにするには、会社
として実効税率約四〇%の法人税を支払ったうえ
で、さらに個人として最大五〇%の所得税を支払
う二重課税が避けられない。 これが株式の譲渡で
あれば、一律二〇%の申告分離課税で済む。
これだけのメリットがありながら清算に踏み切る
中小運送会社が多いのは、M&Aに対するマイナス
イメージや認
識不足が大き
い。 石塚取締
役は「オーナー
には売りたい
という気持ち
はあっても世
間体があって
声に出せない。
そんなことが外に漏れたら取引先や銀行からソッ
ポ向かれてしまうという恐怖心があった。 しかし、
今後は中小運送会社のM&Aが確実に増えていく」
と断言する。
同社が調査機関のデータを分析した結果、経営
者の年齢が七〇歳以上のトラック運送会社は今や業
界全体の五七・三%を占めていることが判明した
(図1)。 他の業種と比較しても経営者の高齢化が
圧倒的に進んでいる。 高度経済成長時代に事業を
立ち上げたオーナー経営者の多くが現在、引退の時
期を迎え、事業承継問題に直面している。
約六万社に上る日本のトラック運送会社の九
九%以上は年商二〇億円以下の中小企業だ。 その
事業承継は二代目、三代目への相続が中心となる。
しかし、息子がいない場合や、息子はいても本人
に跡を継ぐ意思がない場合にどうするか。 息子に
同じ苦労をさせたくはないと考える経営者も少な
くない。 M&Aが有効な選択肢の一つになる。
それでは、どんな会社がM&Aの対象として評
価されるのか。 運送会社を買う側の狙いとしては大
きく以下の五つが挙げられる。 ?荷主の獲得、?
事業エリアのミスマッチ解消、?業務効率化、?周
辺事業への参入、?時間を買う。 これらのニーズ
NOVEMBER 2011 28
中小運送業:事業承継の現状
トラック運送業界は経営者の高齢化が他産業以上
に進んでいる。 事業承継問題がこれから大きなテー
マになってくる。 中小零細オーナーもM&Aという選
択肢を知っておく必要がある。 オーナーの引退後も
事業を存続させ、従業員の雇用を守るための有効な
手段となり得る。 (本誌編集部、編集協力=ストライク)
図1 運送業経営者の年齢
40 代以下 3.3%
50 代
15.3%
60 代
24.1%
41.3%
70 代
16.0%
80 代以上
ストライクの
石塚辰八取締役
第 6 部
29 NOVEMBER 2011
保証はない。 拠点の土壌汚染や第三者への債務保
証など、どんなに精緻な調査をしても予測できな
い問題が後から発生する可能性を否定できない。
リスク回避の方法としてストライクではM&Aの
買い手側の企業に対して、次の四つの方法をアドバ
イスしている。 ?デューデリジェンス(買収監査)
の対象となった各項目について売り手側と確認す
る。 ?一定期間を定め、その期間内に発生した簿
外債務は売り手側責任となることを契約書に明記
する。 ?買収代金を分割して支払う。 ?M&A後
の引継期間をできるだけ長くとり、引継期間中は
前オーナーに最低月に一回は顔を出してもらう。
しかし、 その全てを徹底しても一〇〇%リスクを
ヘッジすることは不可能だ。 それでも運送会社の
買収に意欲的な会社は常に一定数存在する。 とり
わけ今は買い手側の意欲が強い。 現状のままでは
衰退していくだけだと判断した経営者が強い意思
のもとにM&Aに動いている。
「M&Aで最も重要なのは、売却のタイミングだ」
と石塚取締役はいう。 理論的には業績がピークを
迎えた時が最も売却に適している。 業績が下降線
に向かえば企業価値は大きく下がる。 オーナー以外
のキーパーソン、営業責任者や運行管理責任者など
の年齢も重要だ。 キーパーソンが定年間近の会社は、
賞味期限が短いと買い手側に判断されてしまう。
石塚取締役は「事業承継問題を抱えている会社
は、業績の良いうちに将来を決断すべきだ。 赤字
を引きずって借金が膨めば、本来なら生き残れる
はずの会社でも手遅れになってしまう。 運送業の
M&Aは今のところは売り手市場だ。 しかし今後
は売り手側が増えてくる。 買い手側が選ぶ立場に
なる」と警告している。
買い手側の事情によって変わってくる。 他の条件
に多少問題はあっても、そのエリアの荷物、その
場所に拠点を必要としている買い手が見つかれば
マッチングは成立する。 そこが運送業のM&Aの難
しいところであり、また魅力でもある」と石塚取
締役はいう。
業績ピーク時こそ売却のタイミング
売却価格の算定方法としては、中小運送会社の
場合、実態としては「純資産法」が大部分を占め
る。 図2は〇六年から〇八年に成立したM&A案
件の企業価値算定方法をストライクが集計したも
のだ。 全体としては「DCF(ディスカウント・
キャッシュ・フロー)法」と「市場株価法」およ
び「類似会社比較法」が圧倒的多数を占めている。
このうちDCF法は、事業計画をベースに、そ
の会社が将来にわたって生み出すキャッシュを現時
点に割り引いて企業価値を算定する方法で、最も
一般的な評価方法とされている。 一方、市場価値
法は上場企業の場合の株式時価評価、類似会社比
較法は、その会社と似た上場企業の時価評価を基
準にする評価法を指す。
これに対して、中小運送会社の場合は、事業計
画の信頼性が低いのでDCF法が採りにくい。 事業
規模の点から類似会社比較法も馴染まない。 その
ため所有資産を時価評価し、B/Sの分析を徹底し
たうえで、キャッシュフローが黒字の会社にはプレ
ミアムを付ける。 赤字の場合は、その分を純資産か
ら割り引くかたちで買収価格を決めることが多い。
中小運送業の買い手側のリスクは決して小さく
ない。 買収後も既存の仕事を継続できるのか。 事
前に荷主からM&Aに対する承諾を得たとしても
と合致している場合には、例え赤字会社であって
も検討対象になり得る。
まずは、その会社のバランスシート(B/S)を
見て、帳簿上の評価ではなく時価評価を算出する。
土地の含み損益や退職金および社会保険関係の経
費処理を確認し、財務の実態を判断する。 帳簿上
は債務超過でも土地の含み益を時価評価すれば資
産超過になるケースが、老舗の運送会社には少なく
ない。 評価の結果、債務超過が判明した場合でも、
キャッシュフローが黒字であれば検討の余地は残る。
ただし、損益計算書(P/L)にしても、M&
Aの専門企業は額面通りには受け取らない。 中小
企業の場合、法人税を抑えるために意図的に赤字
にしているケースが珍しくない。 逆に黒字のケース
では粉飾の恐れがある。 そのため役員報酬の額、交
際費、減価償却、外注費などをチェックして、そ
の会社の実力を見極める。
財務だけでは判断できない面もある。 「その会社
が持っている仕事や物流不動産などの事業価値は、
100.0%
80.0%
60.0%
40.0%
20.0%
0.0%
その他
8.6%
純資産法
10.8%
図2 企業価値の算定方法
(複数の評価法を用いるケース含む)
2006~2008 年のM&A事例をストライクが独自に集計
DCF法
90.7%
市場株価法
91.4%
類似会社比較法
54.5%
特 集
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