*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。
DECEMBER 2011 12
特集
サプライチェーンの寸断を回避し、回復力(Resiliency)
を高める。 SCMにおける危機対応能力が大きな課題となっ
ている。 主要企業を対象としたアンケート調査とケーススタ
ディの分析をベースに、その方法論と具体策を探る。
生き残りをかけ回復力強化
シスコシステムズのレジリエンシー
サプライチェーンのリスク管理(SCRM:Supply
Chain Risk Management)に向けた取り組みは、9・
11
テロをきっかけに米国で本格化した。 不確実性を
克服するために米国の政官学が一体となって、サプ
ライチェーンの寸断を回避し、そのダメージを低減す
る方法を研究した。
そこでキーワードに浮上したのが、「回復力(レジ
リエンシー: Resiliency)」だ。 危機によるダメージ
を抑制する方法としては、インフラの二重化や在庫
の分散・積み増しなど、バッファーを持つのが最も効
果的だ。 ただし、そうした「冗長性」の確保にはコ
ストがかかる。 限られたリソースを制約として、最大
限の危機対応能力を発揮しようとすれば、冗長性よ
りも柔軟性が重要になってくる。 大災害や事件・事
故など環境の変化に柔軟に反応し、いち早く復旧を
果たす──その能力がレジリエンシーだ。
ネットワーク機器大手のシスコシステムズは現在、
この領域でベスト・イン・クラスと目されている企業
の一つだ。 同社はサプライヤーや製造委託先、協力
物流会社等の運営する世界六〇〇カ所以上のノード
(生産拠点・物流拠点などのサプライチェーンの結節
点)について、それぞれの復旧スピードを把握し管
理している。
復旧スピードは、そのノードの主要機能のうち、被
災した時に最も復旧の遅くなる機能が完全に回復す
るまでの時間を採る。 シスコの期待する許容時間を
満たしていないノードには改善を促し、同時に代替
策を検討する。 ボトルネックを一つひとつ潰していく
ことで、サプライチェーン全体の回復力を継続的に高
めている。
1
13 DECEMBER 2011
特集 サプライチェーン寸断
これと平行して製品・部品単位の回復力という側
面からも改善活動に取り組んでいる。 各製品・部品
の復旧スピードを把握し、許容範囲を超えている場
合は、二重化・分散化、代替品活用を検討する。 新
製品についても、設計の最終決定前に回復力審査を
行い、リスクを回避している。
一連の取り組みは同社の事業継続計画(BCP)を
ベースとして、SCM部門のSCRMチームが中心と
なって進めている。 グローバルサプライチェーンの稼
働状況を三六五日・二四時間体制で監視する「危機
管理チーム」と、関連データを提供するITツールの
「BCPダッシュボード」がその活動を支援している。
さらに、シスコシステムズの入江仁之専務執行役員
は「サプライチェーン部隊の活動に加え、当社はビジ
ネスアーキテクチャー自体にも強いレジリエンシーを
持たせている」という。 同社は東日本大震災後に二
週間にわたり社員に在宅勤務を命じた。 しかし、業
務に大きな支障は出なかった。 従来から希望する社
員全員にウェブ会議ツールを提供し、どこにいても仕
事のできる体制を敷いていたからだ。
シスコは社内や取引先とのコミュニケーションの基
盤を、直接対面や電話・紙ではなく、インターネット
に置いている。 そうすることで、働く場所を問わな
い、国境にも制約を受けないコミュニケーションを可
能にしている。 子育てをしながらでも第一線で働く
ことができるので、優秀な人材も確保しやすい。 ダ
イバーシティ(多様性)やCSR(企業の社会的責
任)の点で好ましいだけでなく、ホワイトカラーの生
産性が上がり、競争力が向上する。
「BCPも同じで、供給責任を果たすという企業倫
理の視点だけから取り組んでも、担当部門内の話に
なってしまい定着しない。 投資をすればコストアップ
九月三〇日、米サプライマネジメント協会(I
SM)の日本支部、日本サプライマネジメント協
会は、東京・品川で初のアジア大会を開催した。
香港、台湾、韓国、フィリピンなどのISM各
支部のメンバーが集まり、「企業の調達継続計画
(Supply Continuity Planning)」をテーマに討議
を行った。
同大会でISM台湾支部は、半導体組立専業
メーカー大手のASE社における東日本大震災
後の影響を報告した。 震災発生の報告を受け同
社は即座にBCPを発動。 最高意志決定機関と
なる「War Room」を本社に設置して情報収集
を急いだ。 その結果、三菱ガス化学、日立化成、
京セラなどの主要サプライヤーの被災が発覚。 調
達計画に大きな狂いの生じることが判明した。 代
9月末、調達継続計画をテーマにISM初の
アジア大会が東京で開催された
サプライチェーン見直し機運はアジア全域に
替品を調べたが、対応できるサプライヤーは見つ
からなかった。
三月、四月は手持ちの在庫で凌いだものの、五
月頃から、基盤原料、合成ゴム、エポキシ樹脂
の在庫に支障が出るようなった。 これによって同
社は顧客から、代替品をすぐに評価・承認し確
保すること、そのために開発設計部門のスタッ
フを増員すること、さらには部品構成の変更を
求められているという。
韓国支部からは、日本の震災以降、事業継続
能力を重視したサプライヤーの選定、海外からの
調達品を対象とした二〜三ヶ月分の在庫積み増
し、代替品活用などが活発化し、リスクマネジ
メントの国際規格ISO31000に注目が集
まっているとの報告があった。 同支部長は、今
回の震災で津波の被害の大きさが改めて認識さ
れ、このことが長期的には韓国や中国など、津
波の恐れの少ない日本以外のサプライヤーに、仕
入先を変更する動きにつながりかねないと指摘
した。
日本支部の上原修理事長は「苦境に立つ日本
には海外のどの国からも同情の声が寄せられて
いる。 しかしその一方で彼等は、かつては隆盛
を誇った日本の経済力、ものづくりパワーがこれ
からどうなって行くのか、固唾を呑んで見守って
いる。 日本企業がこれまでのように国内競争に
明け暮れていれば、いずれ世界から見放されて
しまう。 レジリエンシー強化にオールジャパン体
制で取り組む必要がある。 今がそのチャンスだ」
と訴えている。
を招く。 BCP以前にビジネスアーキテクチャのレベ
ルにレジリエンシーを組み込み、競争力を高めるとい
うアプローチが有効だ」と入江専務は指摘する。
現場作業が不可欠な工場や流通業・物流業などの
サービス業が、シスコのワークスタイルをそのまま踏
襲するのは難しいだろう。 それでもリスク管理のカギ
が、回復力を持ったビジネスアーキテクチャーにある
ことは変わらない。
サプライチェーンの寸断に相次いで襲われたことで、
多くの会社が現在、BCPの策定を急いでいる。 そ
のことを顧客に求められてもいる。 BCPの策定方
法については、既に多くの参考資料が出回っている。
その運用においては、平時の訓練や経営トップのコ
ミットメント、意識の共有が重要であることも繰り返
し指摘されている。 しかし、回復力の獲得にはBC
Pだけでは不十分だ。 組織の在り方と業務プロセス、
情報ネットワークを規定する事業構造そのものを、改
めて検証する必要がある。
「ネットワーク中心の戦い」へ
その方法論として軍事ロジスティクスの分野におい
ては、「ネットワーク中心の戦い( Network-Centric
Warfare :NCW)」と呼ばれるコンセプトが現在、注
目を集めている。 伝統的な「PDCAサイクル」は、
戦闘時のような不確実で非連続な環境においては役
に立たない。
そこで従来は、朝鮮戦争の空中戦で活躍した米空軍
大佐が開発した「OODAループ」と呼ばれる方法論
が広く採用されていた。 作戦を事前に「計画(Plan)」
するのではなく、現場で情況を「監視( Observe)」
「判断(Orient)」し、それを元に指揮官が「意志決
定(Decide)」を下して「行動(Action)」する。 こ
DECEMBER 2011 14
出張者の避難・帰国
タイへの出張禁止
その他
設問B タイにおける洪水により、既に生じている影響
( 日本、 日本以外の国・地域、複数回答)
売掛金の回収困難
復旧・売上減少などに伴う
資金負担増加
応援人員の派遣など
資金以外のコスト増加
取引・商談の中止・延期
販促イベントなどの中止・延期
新商品の販売延期
現地および日本人従業員の
避難・一時帰国
7.4%
4.4%
26.5%
5.9%
1.5%
1.5%
1.5%
26.5%
4.4%
1.5%
1.5%
10.3%
5.9%
11.8%
10.3%
30.9%
10.3%
設問A
タイにおける洪水により、自社の経営に影響が
生じるか(単数回答)
設問C
生産・営業の停滞に対する対応策(複数回答)
既に影響が
生じている
34.8%
現在・今度とも影響
は生じないと考える
40.1%
今後1カ月間続けば
影響が生じると考える
15.6%
今後3カ月間続けば
影響が生じると考える
9.6%
(%)0 10 20 30 40 50
35.1%
32.4%
21.6%
8.1%
日本で代替して
生産・営業する
今のところ特に対応
策は考えていない
無回答
その他の国・地域(ア
ジア諸国など)で代替
して生産・営業する
タイ国内の自社(現地法人など
関連会社を含む)被災に伴う、
生産・営業活動の停滞
自社や取引先は直接被災していな
いが、サプライチェーンの寸断に
伴う、製商品・部材調達の停滞
自社や取引先は直接被災していな
いが、サプライチェーンの寸断に
伴う、製商品・部材販売の停滞
物流機能(道路・港湾/運
送事業者など)の寸断に伴う、
製商品・部材の調達停滞
物流機能(道路・港湾/運
送事業者など)の寸断に伴う、
製商品・部材の販売停滞
タイ国内の仕入先被災に伴う、
製商品・部材調達の停滞
タイ国内の納入先被災に伴う、
製商品・部材販売の停滞
タイ国内(被災地以
外)で代替して生産・
営業する
43.2%
大阪商工会議所「タイの洪水が企業経営に及ぼす影響に関する緊急調査」
特集 サプライチェーン寸断
のサイクルを、相手を叩き潰すまで繰り返す。
最新の情報通信技術を採り入れて、このOODA
ループを進化させた方法論がNCWだ。 意志決定の
権限を大幅に現場に委譲すると同時に、ネットワーク
システムを駆使して最前線の情況を全体で共有。 情
況の変化に反応して組織全体を迅速に動かし、前線
の戦闘を支援する。 敵の規模や戦闘場所を予測でき
ない対テロ戦に適している。
不確実性は今日のビジネスも同様だ。 商品サイクル
の短期化、景気変動の増大、そしてサプライチェーン
の地理的分散と複雑化が進み、今やローカルな中堅
以下の企業でも、遠い海外の環境変化に大きな影響
を受けるようになっている。
今年一〇月末、大阪商工会議所は府内の二一四五
社を対象に「タイの洪水が企業経営に及ぼす影響に
関する緊急調査」を実施した(回答数三〇二社)。 同
調査では全体の三四・八%の企業が、調査実施時点
でタイの洪水による被害が「既に生じている」と回答
している。 「今は生じていないが、今後一ヶ月間今の
状況が続けば生じると考える」(一五・六%)。 「今後
三カ月間続けば生じると考える」(九・六%)という
回答を加えると、約六割の企業がタイ洪水によって
何らかの影響を受けることになる。 影響とはもちろ
ん利益の減少だ。 実際、同調査ではタイの洪水によ
る今年度の自社の経常利益への影響について、約六
割が減少すると答えている(「多少減少する」五一・
七%と「大幅に減少する」七・四%の合計)。
危機はいずれ収束する。 財務的に余裕のある企業
であれば、稀にしか起きないリスクを過剰に警戒する
のは、あるいは損かも知れない。 しかし、そうでな
い企業にとっては、レジリエンシーの獲得が、まさし
く事業継続をかけた課題となる。 (大矢昌浩)
15 DECEMBER 2011
設問F
設問G
タイ洪水に伴う中長期の海外戦略の
見直しについて(単数回答)
多少減少する
51.8%
その他
2.8%
無回答
4.5%
大幅に減少する
7.4%
33.5%
ほとんど影響はない
設問H
海外戦略の見直しにあたって、特に重視するポイント(3項目以内複数回答)
(%)0 10 20 30 40 50 60
29.6%
29.6%
25.9%
22.2%
18.5%
14.8%
11.1%
11.1%
自然災害の発生リスク
インフラの整備状況
生産・販売コスト
現地の政情
現地企業のリスク対策
状況
取引先の現地への進
出状況
現地の市場としての魅力
現地の産業集積状況
自社工場・事業所の特
定地域への集中を避ける
現地政府の支援策(税
制・補助金など)
見直しに向けて
検討する
8.3%
わからない
15.6%
無回答
2.6%
見直す
0.7%
ただちに見直すことはしない
72.8%
55.6%
51.9%
無回答
7.4%
今のところ、必要な
代替品の多くは調達の
目途が立っていない
9.3%
設問D
調達の停滞に対する対応策(複数回答)
設問E
(%)0 10 20 30 40 50
39.2%
39.2%
36.1%
17.5%
8.2%
その他の国・地
域(アジア諸国な
ど)から調達する
タイ国内(被災
地以外)から調
達する
無回答
日本から調達する
今のところ特に
対応策は考えて
いない
ほとんどすべて調達
できると考えている
42.6%
必要な代替品の多くは
調達できると思うが
一部は調達の目途が
立っていない
40.7%
必要な代替品は
設問Dの対応をとることにより、必要
な製商品・部材について、十分に代
替品を調達できるか(単数回答)
タイ洪水に伴う減産・売上減少や調
達コストの増加により、今年度の経
営利益に及ぶ影響(単数回答)
|