ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2012年8号
ケース
蘭フィリップス 欧米SCM会議? 「バリューソーシング」で購買戦略を刷新自前主義を改めサプライヤーとの連携強化

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

AUGUST 2012  50 サプライヤーの能力を活かす  まずはフィリップスという会社の概略から 説明いたします。
当社には一二〇年の歴史が あります。
一八九一年にフィリップス兄弟が オランダ北部のアイントフォーヘンで会社を 設立し、炭素フィラメントの電球の製造から 事業を始めました。
 その後は医療向けのX線管や、テレビ、電 気シェーバーなどの家電製品の開発に乗り出 します。
一九八〇年代にはコンパクトディス クを開発しました。
またこの頃に、当社のテ レビ生産台数は一億台を超え、世界的な家電 メーカーへと成長しました。
 当社の連結売上高は現在二〇〇億ユーロを 超えています。
十二万人を超す従業員が世界 の一〇〇カ国以上で働いています。
売上高に 占めるR&D(研究開発)費の割合は、六% 後半から七%台という高い水準を維持してい ます。
また五万件を超す特許を保有している ことも当社の競争優位となっています。
 当社の主要部門は、「ヘルスケア」、「コン シューマーライフスタイル」、「ライティング」 の三つです。
この三部門は、それぞれのセグ メントで世界シェア一位、二位を占める強力 なブランドを数多く擁しています(図1)。
 当社の社是は「人々の生活の向上を目指し て常に革新的であり続け、健康で満ち足りた 生活を提供する」ことです。
革新的な技術 こそが、最も重要なKPIだという共通理解 が当社の社内に根付いています。
革新的な 技術を開発し続けることは、当社のDNA (遺伝子)に組み込まれていると言ってもい いほどです。
 しかし、二〇〇八年に世界同時不況が起 こり、それが欧州の通貨危機へと波及して 以来、欧州では多くの企業が苦戦を強いら れており、当社もその例外ではありません。
〇八年度の決算で当社は赤字に陥りました。
今期一一年度の業績も厳しい見通しとなって います。
(編集部注・このプレゼンテーショ ンが行われた後の二〇一一年の第3四半期 発表後に、同社は四五〇〇人の人員削減計 画を発表した。
同年の通期決算は、評価損 や販売低迷、テレビ事業撤退コストなどが響 き、〇八年以来となる十二億ユーロ強の最終 赤字を計上している)  当社が得意とする家電や医療機器などの 分野では近年、製品のライフサイクルがどん  大手家電メーカーのフィリップスは2009年に 「バリュー・ソーシング・プログラム」を立ち上げ て購買の在り方を抜本的に改めた。
コストダウン を狙いとした調達先の集約から一転し、ユニーク なアイデアを持つ多くのサプライヤーと連携するこ とで製品開発力の向上を目指している。
同社のバ リューソーシング部門を率いるイバン・ダーブス氏 が、その取り組みを解説する。
欧米SCM会議? 蘭フィリップス 「バリューソーシング」で購買戦略を刷新 自前主義を改めサプライヤーとの連携強化 企業名 フィリップス 本社 オランダ アムステルダム 創業 1891年 社長兼CEO フランス・ファン・ホーテン 売上高 225 億7900万ユーロ (2 兆2804 億7900万円) 最終赤字 12 億9100万ユーロ (1303 億9100万円) 従業員数 12 万5241人 対売上高R&D比率 7.1% 特許件数 約5 万4000 件 (注1)数字はいずれも2011年の年次報告より (注2)1ユーロ=101円で換算 会社概要 51  AUGUST 2012 どん短くなっています。
それに伴い、従来よ りも短期間で製品を開発することが求められ るようになってきました。
それに対応できな ければ、どれだけのブランド力を持つ企業で あろうと時代の流れから取り残されてしまい ます。
 そのため世界同時不況に陥るほぼ一年前に 当社は「ビジョン二〇一〇」と呼ぶ〇八年から 始まる二カ年計画を発表しました。
そこで当 社は、主要三部門に一層注力し、人的資源と 資金を集中し、消費者により大きな価値を生 み出す方針を打ち出しました。
その手法の一 つが「バリューソーシング(Value Sourcing: 価値を生み出す購買活動)」でした。
 バリューソーシングとは、まだなじみの薄 い言葉ですが、要約して表現すると、「世界 中の優秀なサプライヤーと有機的に取引する ことで、市場における有利なポジションを確 保し、これから作り出す製品においての差別 化を図ること」を意味しています。
どうすれ ばサプライヤーの潜在能力を引き出して革新 的な技術に結び付けることができるのか、と いう問いがその背景にありました。
 バリューソーシングのコンセプトを導入し た時点で、当社は重要なパラダイムシフト、 つまり企業経営の方向転換を行いました。
一 つは、それまで自社開発に重きを置いていた 技術開発において、サプライヤーからのアイ デアを積極的に採り入れていくようにスタン スを改めました。
 短期的な利益や投資回収を重視する姿勢 も変えて、長期的な視点に立って技術開発 を考え直しました。
サプライヤーとの関係を、 いわゆる?叩き購買?のような「搾り取る (squeeze)関係」から「分かち合う(share) 関係」へと転換しました。
そして、サプライ ヤーを絞り込み、大きく優秀な企業とだけ取 引するというスタイルから、数多くの革新的 なサプライヤーと取引をするように切り替え たのです。
組織の壁を取り払う  より革新的な技術を呼び込むため、〇九年 には社内に「バリュー・ソーシング・プログ ラム」を立ち上げました。
これは、フィリッ プスの研究開発チームだけではなく、サプラ イヤーや外部の研究機関などの知恵の中から も製品開発につながりそうなアイデアをでき るだけ多く吸収しようというものです。
 その取り組みの一環として、本国のオラン ダに米国のシリコンバレーのような場所を用 意しました。
研究に必要なインフラを備えた 施設を作り、規模は小さいながらも優れた技 術力やアイデアを持ったいくつもの企業をそ こに誘致しました。
 そうした企業と共同で製品開発に取り組む ことで、消費者のニーズに対する深い洞察力 を得ることができました。
さらには、当社と は異なる発想を組み合わせることで、そうし た洞察力を実際の技術開発に変換することが できました。
 また、社外からもたらされたアイデアは、 「素早く学びながら、安価に失敗する」こと を可能にしました。
ある新技術が製品開発に おいて、どれほどの潜在能力があるのか、初 期の段階で冷静かつ迅速に見積もることがで きるようになりました。
これが自社開発の場 合だと、途中で引き返すことが難しくなる傾 向があるのですが、サプライヤーからのアイ デアだと、途中で手を引くことも容易になり ます。
 サプライヤーとの新たな関係を築く下地を 整えるために、当社の内部でも情報のカベを 取り除く取り組みを進めました。
従来は購 図1 フィリップスの主要3 部門 血管撮影装置 生体情報モニタ 超音波診断装置 など 一般照明用ランプ LED 器具 自動車用照明 など フィリップスシェーバー 電動歯ブラシ ボディグルーミング など ヘルスケアライティングコンシューマー ライフスタイル AUGUST 2012  52 買部門やマーケティング部門、研究開発部門、 M&A(企業買収)部門でそれぞれ別々に抱 えていた案件や懸案、今後の課題などを一元 管理し、社内インフラを使ってアクセスを可 能にしました。
 それまでは社内にバラバラになっていた、 情報を一本に束ねることで、革新的な技術開 発へと近づく準備を進めました。
例えば研究 開発部門が抱えている問題が、M&Aの対象 に挙がっている企業を買収することで解決す ることだってあり得るわけです。
 図2は製品開発プロセスにおけるバリュー ソーシングのスコープを表しています。
四つ の過程のうちの最初の二段階がバリューソー シングの対象範囲となります。
?作りたい製品のコンセプトをオープンにす ることによって、社内外からノウハウを手 に入れる ?そこから新しい差別化につながる要素を見 つけ出す ?製品企画を遂行する ?製品の全体最適を図り、製品を製造する  このバリューソーシングを実行に移すため に、当社は次の四つのステップをとることに しました。
(図3)一つは、フィリップスがサ プライヤーに何を求めているのかを知らせる ことです。
先ごろ、当社と取引のあるサプラ イヤーのうちトップ一〇〇社を招いて、二日 間の会議を行いました。
その会議の席で、わ れわれは当社の今後の製品戦略やロードマッ やはりショックを感じました。
それとは逆に、 照明専門のサプライヤーが台所器具やヘルス ケア製品についての斬新なアイデアを出して、 われわれを驚かせることもありました。
 その後、専用のウェブサイトを作り、当社 が抱える課題や求めるソリューションを、す べてのサプライヤーに公開することにしまし た。
当社の「バリューソーシング部門」がR& D部門などと協力して、毎日のように内容を 更新しています。
 公開する情報についても、従来の「RF Q(見積もり依頼書)」のように特定製品の 開発を意識した細かな情報を求めるのではな く、「RFI(情報提供依頼書)」レベルのシ ンプルな製品開発のコンセプトを公開し、そ の解決策をサプライヤーから募るというアプ ローチに改めました。
 将来的にはこれを一歩進めて、現時点では 当社とは取引のないサプライヤーに対しても、 こうした情報を開示することで、革新的な技 術につながるようなアイデアを幅広く募集す るつもりです。
 こうして集めたアイデアを製品開発につな げるには、アイデアに対しての迅速なレスポ ンスが必要となります。
サプライヤーから受 け取ったアイデアについては、一定の期間中 に何らかのレスポンスを行うように社内ルー ルを作りました。
 当初は製品開発までにはつながらないア イデアのようであっても、適切なフィードバ プ、投資計画などについて詳細な情報を提示 しました。
コンセプト段階から情報公開  そうした試みは当社にとって初めてのこと でしたから発見することも多くありました。
その端的な例が、当社と長年取引のあるサプ ライヤーであっても、自分たちが納入してい る製品群以外については、ほとんど当社につ いての知識がないことでした。
 それまで、当社の手の内を見せるような 情報を発信して来なかったので当然とも言え ますが、その事実を目の当たりにしたとき、 図2 バリューソーシングとは何か 図3 バリューソーシングの4つの手順 製品コンセプトを オープンにして ノウハウを 手に入れる 新しい差別化 要素を 見つけだす 製品企画の 遂行 製品の 全体最適化 新しいバリューソーシングの範囲 ? サプライヤーに向かってフィリップスが何を必要としているのかをアナウンスする ? サプライヤーと協力する ? 新しい斬新なパートナーを見つけ出す ? 差別化を図れるようなアイデアを手に入れる 53  AUGUST 2012 ていることが不可欠となります。
 私自身が最近経験したことですが、香港に 事業規模は小さいながらも、非常に優れた技 術を持った新興企業を見つけました。
私はぜ ひともその会社と取引がしたいと思ったので すが、相手企業の意向はまったく違っていま した。
 当社のような大企業との取引は、契約が 決まるまでに時間がかかり、さらに決済まで の時間もかかることが多いため、その新興企 業は当社とのビジネスに消極的だったのです。
そうした小規模の企業をパートナーとなるサ プライヤーとして迎えるためには、迅速な決 定と、短い支払いサイトが必要であることを 痛感しました。
小規模企業とのパートナーシップ  革新的な技術につながるようなアイデアを 持ったサプライヤーを見つけたら、次に何を すればいいのでしょうか。
その前に、しては いけないことから挙げておきましょう。
それ は以下の通りです。
●アイデアを評価するのに時間をかけすぎる こと ●サプライヤーのやる気を損なうようなフィ ードバックを与えること ●アイデアを技術に変換するのにかかる投資 を惜しむこと ●ゲインシェア(成果配分)に二の足を踏む こと ●自分たちでやった方がうまくいくというよ うな態度を見せること  こうした行為は、優秀なサプライヤーのや る気を著しく削ぎ、取引の成立を難しくしま す。
それとは逆に、大切になるのは「サプラ イヤーとのウィン−ウィンの関係を築き、優 秀なサプライヤーを自分たちの懐に抱え込む こと」です(図4)。
 その次には、事業計画に基づいて新規のサ プライヤーとの同盟関係を実行に移して、革 新的な技術の開発に二人三脚で取り組みます。
そして事業開始後は、KPIなどを使って、 サプライヤーとの友好な関係を維持・管理し ていくことが求められます。
 優秀なサプライヤーは案外身近なところに もいるものです。
「セカンドティア(ティア 2)」と呼ばれる一次サプライヤーの調達先や、 「サードティア(ティア3)」と呼ばれるさら に先の階層にいる企業などです。
またコモデ ィティ化した商品のサプライヤーに革新的な 技術のタネが埋まっていることも珍しくあり ません。
 これまで多くの大企業が、サプライヤーを 絞り込むことで、優位に取引をしようとして きました。
この流れとは逆の方向に舵を切る ことが、サプライヤーと一緒になって新たな 技術を産み出す際には求められます。
こうし た取り組みによって当社は、他社との差別化 を図っていきたいと考えています。
(ジャーナリスト・横田増生) ックを行うことで、 次に返ってくるアイ デアが数段レベル アップする可能性 のあることが、こ れまでの経験から わかってきました。
 三番目のステッ プとなる「新たな パートナーとなり得 るサプライヤーを見 つける」には、従 来の購買部門とい う気持ちを捨てて、 野球の新人選手を スカウトするような 気持ちに切り替え ることが必要です。
 新規のサプライ ヤーたちは、市場 で幅広く受け入れ られる新しい製品 やサービスのカギと なる部材や技術を 開発することにな ります。
そのため には、最新の市場 動向を熟知し、製 品開発力や強力な ネットワークを持っ 図4 サプライヤーとの理想的な取引形態 WANT FIND GET MANAGE 何を求めているかを明確にし 価値や革新的なソーシングの 必要性を定義する バリューソーシングを選択して 実行に移す。
またそれに伴う 機会をふるいにかける サプライヤーと“ウィン-ウィン” の関係を作り、優秀なサプラ イヤーと取引する 事業計画に従ってサプライヤー との同盟関係を実行に移す。
パートナーとなったサプライ ヤーとの関係を維持する

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