ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2012年8号
判断学
第123回 オリンパス事件の教訓 ──マスコミの危機──

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 AUGUST 2012  66       元日経記者による日経批判  オリンパスは一〇〇〇億円以上もの損失を二〇年間にわた って隠していた。
 この損失隠し、そして「飛ばし」の実態を暴いたのは『F ACTA』という小さな月刊誌であった。
 その『FACTA』は元日本経済新聞の記者、そして、『日 経ベンチャー』の編集長をしていたこともある阿部重夫が設 立し、その編集発行人になっている。
 この阿部重夫に元日経新聞記者の磯山友幸と松浦肇、そ して元財務官僚の高橋洋一が加わって、四人で書いた本が 『オリンパス症候群』と題して平凡社から出版されたが、そ の第四章「無知から正義は生まれない」で、きびしく日経 新聞が批判されている。
 日経新聞は『FACTA』の特ダネ記事が出たあともオリ ンパスの事件については報道しないばかりか、オリンパスの 経営陣と一体となって、会社側に都合のよい報道しかしなか ったという。
 そして日経の上層部がオリンパスの経営陣に抱きついてい る状態を暴露しているが、元日経記者がここまで激しく日 経批判をするとは驚きである。
 もっとも、オリンパス事件の報道で会社側を弁護していた のは日経新聞だけではない。
他の新聞も似たりよったりで、 テレビやラジオも同じである。
 オリンパス事件はこうして日本のマスコミの実態をさらけ だしたものとして注目されるが、『オリンパス症候群』が出 る前に既に筆者も『トップの暴走はなぜ止められないのか』 (東洋経済新報社)の第八章「マスコミはなぜ報道しないの か」で、オリンパス報道における日本のマスコミの態度をき びしく批判している。
 こうして日本のマスコミが腐ってしまっていることが、オ リンパス事件で端無くもさらけ出されたのである。
       広報部と新聞記者の関係  なぜ、こんなことになっているのか?  『オリンパス症候群』では、広告のスポンサーであるオリンパ スと日経新聞の関係について指摘しているが、新聞やテレビを はじめとするマスコミが広告料収入に大きく依存している以上、 たえず広告主のご機嫌を伺っていることは誰もが知っている。
 そして新聞が売れなくなって新聞社の経営が悪化するとと もに、新聞社の広告収入への依存度はますます高くなってい る。
このことがオリンパス報道にも現れているのだが、そうで あるとしたら、今後もこのようなマスコミの態度は変わらない だろう。
 もっとも、会社とマスコミの関係は単に広告のスポンサーで あることにとどまらない。
 日本の大企業はいずれも広報部、あるいは広報課を作って 新聞記者に対応しているが、それは言うまでもなく「会社に 都合の悪い記事は書かせないようにし、そして会社に都合の 良い記事を書かせるため」である。
 日本の会社が広報課や広報部というセクションを作り出した のは一九六〇年代ごろからで、大阪では松下電器産業(現パ ナソニック)が初めてであった。
 当時、新聞記者をしていた筆者は会社の取材に際して、い かにして担当者を探し出すか、ということに苦労したもので ある。
ところが、広報課ができると、そこが窓口になってす べて対応してくれるので苦労はなくなった。
 その代わりに、現場の声を聞くことができなくなってしま った。
広報課の担当者がすべて教えてくれるし、担当者にも 会わせてくれるが、取材には広報課の人間が付きっきりなの で、担当者は会社に都合の良い話をするだけで本当のことは 言わない。
 こうして広報課と新聞記者がつながることで、すべての報 道は?会社本位主義?になってしまったのである。
 日本の新聞記者は、ジャーナリストである以前に会社員である。
頻繁に人事異動があるため専門知識は蓄積されず、研究心も湧い てこない。
そこにメスを入れない限り、新聞の復活はない。
第123回 オリンパス事件の教訓 ──マスコミの危機── 67  AUGUST 2012         新聞を良くする方法  では新聞を良くするにはどうしたら良いか?  それにはまず新聞記者のあり方を変えることが必要である。
というのは日本の新聞記者はジャーナリストであるよりも会社 員記者であるが、ここにメスを入れなければならない。
 ジャーナリストは本来、独立して、自分で取材し、自分で 研究することが必要である。
それには何より専門知識が必要 とされるが、日本の新聞記者はたえず人事異動によって職場 を変わるから、専門知識はないし、研究心もない。
 そういえば、あのマルクスも職業はジャーナリスト=新聞記 者で、それによって生活をしていた。
マルクスが経済に詳し いことは言うまでもないが、政治や外交問題についてもよく 研究していた。
 ところが日本の新聞記者はたえず人事異動をさせられるか ら、専門知識が蓄積されず、そのため研究心も湧いてこない。
マルクスに限らず、ジャーナリストはもともと独立した職業で あり、それがいろいろな新聞社に原稿を売ることで生活して いた。
それが?会社員記者?になることで堕落したのである。
 そこで私は新聞を良くするためには、新聞記者はすべから く独立せよ、と主張してきた。
かつて新聞労連に招かれて話 をした時にもそういう主張をしたが、なにしろ相手が労働組 合だから、それには皆反対であった。
 オリンパス報道では日経新聞を辞めて独立した山口義正と いう記者が『FACTA』に記事を書いたのが発端であった し、そして前記の『オリンパス症候群』を書いた三人もいず れも日経新聞を辞めた人たちであった。
 日本のマスコミはいま大きな危機に直面しているが、その 危機を突破していくためには、まず新聞記者、あるいはテレ ビ報道記者が会社から独立することが必要である。
 そして専門記者として、自分で研究し、?職業としてのジ ャーナリスト?になることが求められる。
        マスコミの質の低下  このような状態の中で日本の会社は高度成長し、そして日 本の新聞社、ラジオ、テレビ局なども繁栄し、大きくなって いった。
 しかし、一九九〇年代になってバブル経済が崩壊し、「失 われた二〇年」というような長期の不況状態が続いたなかで、 日本のマスコミは危機を迎えた。
 なによりも「新聞を取らない家庭」が増えたのである。
電 車に乗っても新聞を読んでいる人はごくわずかである。
ほと んどの人はインターネットでニュースを見ており、新聞を読ま ない。
 ラジオを聴く人はとっくに減っているが、最近はテレビを 見ない人も増えている。
テレビを見たとしても、ニュース報 道には見向きもしない。
 これは新聞やテレビというニュース媒体が駄目になってい るというよりも、その質が低下しているためである。
 そのことが例えばオリンパス事件の報道に表れているのだ が、それはマスコミの堕落と言うしかない。
 私は毎朝、新聞を読んで、切り抜き、それを項目別にスク ラップ・ブックに入れるという作業をずっと長く続けており、 それを日課としているが、最近は切り抜く記事が少なくなっ ているだけでなく、スクラップ・ブック自体が貧弱になって いる。
 なにしろ新聞はいずれも広告が多くて、経済記事などは貧 弱であるばかりか、その質が低下している。
時々、私の家に 取材にやってくる新聞記者の話を聞いていると、新聞記者の 質がいかに低下しているか、ということがわかる。
 もはや日本にはジャーナリストはいなくなっている、とい う印象を持たざるをえない。
 これは朝日や読売、毎日などの大新聞はもちろん、日経な どのような経済新聞にも共通した話である。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
近著に『東電解体 巨大株 式会社の終焉』(東洋経済新報社)。

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