ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2012年9号
ケース
米グッドイヤー 欧米SCM会議? 「ヘッジング」を用いて調達コストを削減エネルギーの購買から着手しノウハウ蓄積

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2012  70 「ヘッジング」の三つの利点  当社グッドイヤーはタイヤ業界において、 フランスのミシュラン、日本のブリヂストン と並ぶ?ビックスリー?の一つに数えられてい ます。
社名でもある「グッドイヤー」や「ダ ンロップ」などの有名ブランドをはじめ、「ケ リー・タイヤズ」や「FULDA」「SAVA」 といったブランドを擁しています(図1)。
現在の市場シェアは、本社を置く北アメリカ と南アメリカで一位、EU、中東・アフリカ、 アジア太平洋地域で二位となっています。
 当社の歴史は、一〇〇年以上前にさかのぼ ります。
一八九八年にオハイオ州の片田舎の アクロンに、実業家のフランク・セイバリン グが「ザ・グッドイヤー・タイヤ・アンド・ ラバー・カンパニー」を設立しました。
グッ ドイヤーという社名は、天然ゴムを加熱・薬 品処理して硫化ゴムを作る方法を発明したチ ャールズ・グッドイヤー(一八〇〇〜一八六 〇)にちなんだものです。
 設立当初の社員数はわずか十三人で、自転 車や馬車のタイヤなどの生産から事業をスタ ートしました。
それが一九一七年には売上高 が一億ドルに達し、一九二六年には世界最大 のゴムメーカーに成長しました。
現在は、世 界二三カ国に約六〇カ所の工場を構え、約一 八〇〇カ所の小売店舗を展開しています。
 当社は大きく二つの市場を対象にしていま す。
一つは交換タイヤで、売り上げの七七% を占めています。
残りは新車に装着するタイ ヤです。
 エリア別の売上高は、北アメリカが一番大 きく四三%、次いで「ヨーロッパ・中東・ア フリカ」の三六%、南アメリカの十一%、ア ジア太平洋の一〇%と続きます。
北アメリカ は当社にとって最大の市場ではありますが、 価格競争が激しく利益を出すのが難しい地域 でもあります。
実際、現在最も大きな利益を 上げているのは、「ヨーロッパ・中東・アフ リカ」であり、また成長率では南アメリカと アジア太平洋が高い伸びを示しています(図 2)。
 私自身は、大学卒業後にコンサルティン グ会社からキャリアをスタートし、その後は P&Gなどで調達・購買の経験を積んで、二 〇〇六年から当社でヨーロッパ・中東・アフ リカ部門の購買部門長を務めています。
 同部門の年間購買予算は三六億ユーロ(約  大手タイヤメーカーの米グッドイヤーは、購買に 「ヘッジング(損失回避)」の手法を取り入れ、コ ストを引き下げる試みに着手している。
電気やガ スなどのエネルギーの購買では既に一定の成果を 収めた。
ヨーロッパ地域で購買部門長を務めるオ ノ・マリパード氏が、その取り組みを解説する。
欧米SCM会議? 米グッドイヤー 「ヘッジング」を用いて調達コストを削減 エネルギーの購買から着手しノウハウ蓄積 企業名 グッドイヤー 本社 アメリカ オハイオ州アクロン 創業 1898 年 社長兼CEO リチャード.J.クレーマー 売上高 227億6700万ドル (1兆7758 億2600万円) 最終利益 3 億4300万ドル (269 億8800万円) 従業員数 約7 万3000人 (注1)数字は2011年の年次報告より (注2)1ドル=78 円で換算 会社概要 71  SEPTEMBER 2012 三五〇〇億円)で、現在一三〇人のスタッフ が働いています。
そのうちの何人かはエネル ギー購買のリスクマネジメントを担う「ヘッジ ング= hedging」の専門家です。
 「ヘッジ」という言葉を聞いて、投機目的 の先物取引を思い浮かべる方も少なくないと 思います。
しかし、今回、私がお話しするの はリスクマネジメントとしての「ヘッジング」 であり、そこには投機的な要素、つまり先物 取引で儲けようという考えはありません。
 ヘッジングとは原材料の値段が乱高下する 中で、出来る限り先を見通して、最終損益に 与える不確定要素を取り除こうとする経済行 為です。
大きく以下の三つがその利点です。
1.事業の利益を確保して、供給市場の価格 変動から受ける影響を抑えること 2.購買価格を安定させることで、企業の成 長戦略を確かなものにすること 3.財務上の見通しの精度を上げること  従って、ここでは差益を狙った投機と区別 するために、先物取引ではなくヘッジングと いう言葉を使いたいと思います。
主原料のヘッジングを避けた理由  とはいえ、ヘッジングを使って経営を安定 させるには、常に投機筋の動きに細心の注意 を払う必要があります。
例えば今日の原油市 場の取引のうち、七〇%は投機筋による売買 だといわれています。
一日に原油全体の所有 主が八回も替わるということが、その影響を 端的に示しています。
 グッドイヤーにおける原料調達で一番大き な部分を占めているのは、タイヤの素材とな るゴムです。
当社の購買額全体の五〇%を占 めています。
次が、電気やガスなどのエネル ギーで全体の五%です。
 このエネルギーの購買にヘッジングの手法 を取り入れる試みを、現在ヨーロッパで進め ています。
ヨーロッパで取り組みを先行させ たのは、エネルギー市場の自由化が比較的進 んでいることが一つの理由でした。
 本来であれば、圧倒的に購入金額が大きい ゴムの購買にヘッジングを導入した方が、よ り大きな成果が期待できるはずです。
しかし、 それには大きなリスクが伴います。
 どうして我々はゴムの購買にヘッジングを 用いないのか。
以下にそれを説明することで、 ヘッジングを行うのに、どのような要素に配 慮しなければいけないのかをまず明らかにし たいと思います。
その上で、エネルギー分野 図2 グッドイヤーの収益構造 グッドイヤーの2つの市場世界市場でみると 交換タイヤ 77% 77% の内訳 23% の内訳 乗用車用 軽トラック バイク その他 商業用トラック 大型車両用 飛行機 など 23% 10% 11% 新車装置タイヤ アジア太平洋 南アメリカ 北アメリカ 43% 中東・アフリカ 36% ヨーロッパ 図1 グッドイヤー組織図 北アメリカEU 中東・アフリカ南アメリカアジア太平洋 1 位2 位2 位1 位2 位 ブランド名市場の順位 SEPTEMBER 2012  72 で始めた当社のヘッジングの取り組みと、そ の成果についてご説明します。
 まず、ゴムのヘッジングですが、それを行 う前にゴムという材料について押さえておく べきことが大きく三つあります。
 一つは、ゴムの値動きが、当社の損益計 算書に反映されるまでに平均で六カ月という 時間がかかることです。
東南アジアの農園で 採れたゴムの材料を現地の港に運び、ヨーロ ッパまで海上輸送するのに約一カ月半かかり ます。
それを数週間にわたって室温三〇℃ の倉庫で温めた後に、工場で生産に使用しま す。
さらに完成したタイヤが、在庫として流 通し、販売されるまでに合計で六カ月かかり ます。
この期間を使ってゴムの仕入れ価格を 修正するための、いろいろなアクションをと ることが可能です。
 二つ目は、タイヤには基本的に天然ゴムを 使っていますが、市場における天然ゴムの価 格が高すぎると判断した場合には、合成ゴム を加えてタイヤを作ることもできるという点 です。
天然ゴムに比べて、合成ゴムの方が価 格の変動が少ないという利点があります。
 三つ目は同業他社の動向です。
ミシュラン やブリヂストンは自社専用のゴム農園を持っ ており、そこで生産される天然ゴムの価格は 一ポンド当たり四〇〜五〇セントといわれて います。
それに対して市場から買う天然ゴム の価格は一ポンド当たり約二ドルなので、四 倍前後の開きがあります。
一定の価格で売る権利)」を自由に行使でき なかったり、行使できたとしても非常に高く つくのが現状です。
当社自身、ゴムの商業取 引所がどのようなメカニズムで動いているの かを、まだ十分には把握できていないという こともあります。
 二つ目は、タイヤ業界のビックスリーの一 角を占めている当社が市場の先を見越して ゴムを買おうとする動きを少しでも見せると、 それが引き金となって市場におけるゴムの価 格を上昇させる恐れがあることです。
当社が ヘッジングを試みた結果として購買価格が高 くなるという反作用を招く可能性があります。
 三つ目は、タイヤの生産コストに占めるゴ  ただし、これにゴム農園を運営するコスト などを加えれば、価格の差は大きく縮まりま す。
また両社とも、自社専用のゴム農園から の購買量は全体の五〜一〇%という低い割合 に留まっています。
グッドイヤーも以前は専 用のゴム農園を持っていました。
しかし今は 生産施設やR&D(研究開発)に資金を回し た方がいいという判断から、ゴム農園は手放 しています。
 同業他社の中には、アジアの新興国の安売 り専門のタイヤメーカーもあります。
しかし、 安売りメーカーとの競争については、それほ ど心配していません。
見た目こそ同じ黒いタ イヤですが、当社を含めたトップメーカーが 作るタイヤは工学技術の結晶であり、その性 能において、安売りタイヤとは比べ物になり ません。
実際、当社のタイヤはカーブの多い 道を時速三〇〇キロで走っても問題がないよ うに設計されています。
 また安売りタイヤは、我々の同じクラスの タイヤと比べて二〇〜三〇%も重く作られて います。
それだけゴムの使用量も多いことに なります。
従って、安売りメーカーは当社以 上にゴムの価格変動に影響を受けているわけ です。
 次に、どうしてゴムにヘッジングを用いな いかという理由を説明します。
 一つは、ゴムの商業取引所が未成熟だから です。
「コール(call =ある商品を一定の価格 で買う権利)」や「プット(put =ある商品を 図3 RCPモデルでのエネルギー購買 18 17 16 15 14 13 12 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1 0 100 80 60 40 20 0 (%) 購買総量 (カ月) 購買量 エネルギー相場 73  SEPTEMBER 2012 あります。
一つは、その時の市場価格のま ま購入するやり方です。
二つ目は、事前に最 高価格と最低価格を決めて、どれだけ相場が 変動しても、その二つの価格の間で購入する というやり方です。
ただし、この方法は相場 よりも割高な料金を求められるのが通例です。
三つ目は、価格を完全に固定して、何があっ てもその価格で購入する方法です。
もっとも シンプルな方法ですが、相場が大きく下がっ た場合には不利益を被ることになります。
 これに対して当社が採用しているのは、「ア クティブリー運用ポートフォリオ」と呼ばれる 方法です。
市場動向を見極めたうえで、エネ ルギーを何度かに分けて購入します。
これに は常に市場動向を分析しておく必要がありま すし、複数回にわたって価格を決定するのに 複雑な作業も強いられます。
 いつ、どれだけエネルギーを購入するのか は、統計的にファンダメンタル分析に基づい て判断します。
具体的に言うと、当社は現在、 エネルギーを実際に使用する一八カ月前の時 点で、全体の五〇%を購入しています。
十二 カ月前から六カ月前までの段階で、これを八 〇%近くに上げます。
そして最後の六カ月で 残りの二〇%強を購入します。
エネルギー価 格が上昇している局面の購入は、図3のよう になります。
 このような購買方法を社内では「ローリ ング・カバレッジ計画(rolling coverage plan)」と呼んでいます。
その狙いは購入時 期を分散することで、価格を固定した場合に 被る損害を避けることにあります。
市場の不 安定性から受ける影響を減らすことと、市場 動向からとり残されることの二つの要素をバ ランスさせた方法だということもできます。
 一定の期間で一番安いと判断した時点で購 買を実施します。
購買に関する一連の判断は、 毎月の役員会で承認を得なければなりません。
それほど重要な数字なのです。
 それを説明するために、仮の数字で二〇一 一年のエネルギー購買の実績データを作って みました(図4)。
年間のエネルギーの購買 予算が一億ユーロで、市場価格のまま購入し た場合には、一億二〇〇〇万ユーロかかって いたと仮定しています。
 先に挙げたローリング・カバレッジ計画に 基づいて購入したことで、これが九五〇〇万 ユーロで済んだとすると、予測の精度として は九五%であり、市場価格で購入した場合と 比べて二五〇〇万ユーロ安くできたことにな ります。
一億ユーロという年間予算に対して も五〇〇万ユーロ下回っています。
 この数字は、そのままボトムライン(最終 損益)につながる数字ですので、役員会も大 きな注目を払っているのです。
 こうしたエネルギーのヘッジングで蓄えた ノウハウを、ゴムの購買に活用していくこと が今後の課題です。
ただし、その実現にはも うしばらく時間がかかりそうです。
(ジャーナリスト・横田増生) ムの購買費の割合が五〇%にも及んでいるこ とです。
ヘッジングにおいて判断を間違えば、 会社の経営を根幹から揺るがすことになって しまいます。
 四つ目は、現時点では同業他社もゴムに関 するヘッジングはほとんどやっておらず、市 場価格に合わせて購買しているため、当社だ けが?未開の市場?に打って出て勝負を賭け る必要はないということです。
 こうしたことを勘案すると、ゴムの購買に ヘッジングを用いることは、メリットよりも リスクが大きいと判断して、導入を見合わせ ているのが現状です。
一年半前にエネルギーの五割を購入  現在、当社がヘッジングを積極的に用いて いるのは電気やガスといったエネルギー分野 です。
 エネルギーの購入には、主に四つの方法が 図4 エネルギーのヘッジング(仮空の数字) 年間予算 市場の購買価格 実際の購買価格 予測精度 市場との差額 年間予算との差額 100,000,000 120,000,000 95,000,000 95% (25,000,000) (5,000,000) 2011 年 (単位:ユーロ)

購読案内広告案内