ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2012年9号
物流行政を斬る
第18回 大局観無き日本の国際物流行政国は総花的な強化路線を見直し現実に即した選択と集中を急げ

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

SEPTEMBER 2012  100 防災対策はトップダウンで  国土交通省は七月、「子ども達や孫達の世代にす ばらしい国土を残すための主要政策『持続可能で活 力ある国土・地域作り』」を発表した。
これは昨年 十一月に発表された「『持続可能で活力ある国土・ 地域づくり』の推進について」を具体化したもの で、二〇二〇年度を目標とする工程表も付けられ ている。
同じく二〇年度までの経済成長戦略を描 いた「日本再生戦略」とも連動している。
 その主な柱は「持続可能な社会の実現」、「安全 と安心の確保」、「経済活性化」、「国際競争力と国 際プレゼンスの強化」の四つで、それらを実現する ため、「低炭素・循環型システムの構築」や「地域 の集約化」などを始めとする八つの方向性が掲げ られている。
そして、それぞれに具体的な政策が まとめられている(図1参照)。
 国交省では、今後これをもとに予算請求、税制 改正・制度改正等の要望を行っていく予定だ。
わ が国の物流行政を見る上で、非常に重要な方針と言 えるだろう。
今回はこの八つの方向性のうち、特 に「国際競争の基盤整備の促進」について考察し 大局観無き日本の国際物流行政 国は総花的な強化路線を見直し 現実に即した選択と集中を急げ  国際競争力の基盤整備を図るため主要政策が発表さ れた。
いずれも航空需要や交通需要の拡大を前提とし ている。
しかし、日本は人口減少社会に突入し、今 後も経済は緩やかな下降曲線を描く。
いま必要とされ ているのは、「効率化」「コンパクト化」「集約化」など 現実的な視点に基づいた政策展開のはずだ。
第18 回 ていくことにしよう。
 「国際競争の基盤整備の促進」を図るため、国交 省は三つの主要施策を示している。
「大都市等の再 生」、「交通インフラ・ネットワークの機能拡充・ 強化」、「グローバル・サプライチェーンの深化に対 応した物流対策」だ。
 このうち「大都市等の再生」に関しては、国全 体の成長を牽引する大都市の国際競争力を引き上 げるため、これら都市における防災機能を強化す べきであるとしている。
 まず改正都市再生特別措置法(一一年七月二五 日より一部施行)に基づき、全国十一地域を「特 定都市再生緊急整備地区」に指定した。
これらの 都市では、?官民連携による整備計画、?道路の 上空利用の為の規制緩和、?民間都市開発プロジ ェクトの認定の迅速化、?税制支援、などを行う。
 また実際に地震等の災害が起きた際、避難者・ 帰宅困難者等が続出することで生じる大混乱を回 避するために、「都市再生安全確保計画制度」を創 設するとしている。
その概要を見ると、全国六三 カ所の都市再生緊急整備地区(先述した「特定都 市再生緊急整備地区」十一カ所も含まれる)に設 置された協議会が「都市再生安全確保計画」を作 成できる、としている。
 協議会のメンバーは、国、関係地方公共団体、 都市開発事業者、公共公益施設管理者(鉄道事業 者、大規模ビルの所有者・テナント等)から構成さ れる。
この協議会メンバーが退避経路や退避施設、 備蓄倉庫等の整備・管理、退避施設への誘導、災 害情報及び交通機関の運行情報等をやり取りする 情報システム等について議論するという。
 筆者はこの制度に疑問を感じる。
発想や方向性 は正しいものであり、異論を挟むつもりはないが、 方法論が現実的ではない。
例えば全国六三カ所で 協議会が設置されるとして、国や鉄道会社はその 全てに適任者を送り込み、しっかり関与すること ができるのだろうか。
また緊急時にはどのような 施設が必要で、どのように安全性を確保するのか を各協議会が適切に判断することができるのだろ うか。
さらに、その施設に住民を誘導するシステム を作り上げ、避難計画を常日頃から住民に認知さ せることが可能なのだろうか。
 おそらく、協議会やメンバーが多いほど議論は収 拾せず、混乱するものと思われる。
筆者はそれよ 物流行政を斬る 産業能率大学 経営学部 准教授 (財)流通経済研究所 客員研究員 寺嶋正尚 101  SEPTEMBER 2012  りも、有能な国の行政官や学識関係者が主導権を 握り、トップダウン方式で迅速に決定する方式を取 った方が良いと考える。
 二つ目の「交通インフラ・ネットワークの機能拡 充・強化」では、多くの施策が挙げられている。
首 都圏空港(成田・羽田)、関西国際空港および国 際戦略港湾の拡充・強化、福岡空港および那覇空 港の抜本的な空港能力向上等の検討、大都市圏拠 点空港へのアクセス改善、大都市圏の環状道路の 整備およびボトルネック対策、高速道路等と拠点空 港・港湾・鉄道駅とのアクセス向上、大都市間の 交通ネットワークの多重化(新東名・新名神、整 備新幹線、リニア中央新幹線)等だ。
 筆者はこれにも「待った」をかけたい。
上記施 策はいずれも航空需要や交通需要の拡大を前提と しているが、わが国は人口減少社会に突入してい る。
今後も経済は緩やかな下降曲線を描いていく ことだろう。
そうした局面で、インフラのキャパ シティを大幅に拡大する施策ばかりを掲げて良い はずはない。
むしろ、これからの社会に必要とさ れるのは「効率化」「コンパクト化」「集約化」など の視点に基づいた政策展開のはずだ。
 もちろん全てを縮小均衡すれば良いとは思わな い。
わが国インフラの国際競争力を維持・強化す る上で不可欠なものは、「選択と集中」だ。
例え ば国際空港であれば、どちらが妥当かは別にして、 成田か羽田の一方に投資対象を絞り、集中的に資 源を投下するべきだろう。
韓国や中国に奪われた アジアのハブ機能を取り戻すには、大胆な決断が 不可欠である。
 交通インフラは、一度作ってしまうとなかなか ゼロベースで考えることが難しい。
それでも、「子 ども達や孫達の世代にすばらしい国土を残す」と いうコンセプトを本当に実現しようとするなら、国 交省は予算枠の確保・消化に血道を上げるのでは なく、より大局的な視点に立って政策を検討する べきだろう。
二〇年に向けた工程表の中には具体 的な目標値が示されているが、現実を直視し、場 合によっては下方修正することも辞さない覚悟で 正しい政策を打ち出す必要がある。
さらに踏み込 めば、そもそも間違った前提や想定に即して策定 された目標値には意味がない。
日本経済や物流業 界の今後など、マクロ的な状況をきちんと等身大で 把握した上で、今一度政策の立て直しを急ぐべき だ。
物流企業の海外進出を支援  最後に三つ目の「グローバル・サプライチェーン の深化に対応した物流対策」では、わが国の主要物 流企業の海外売上高比率を、一五年に四〇%、二 〇年に五五%にしたいとしている(ちなみに主要物 流企業五社の一一年度の実績値は三三%だ)。
そ のため国交省は、物流事業者団体と連携して「国 別・地域別戦略」を策定・推進すること等により、 海外進出しやすい環境整備を進めていく方針を打 ち出している。
 これには諸手を挙げて賛成したい。
確かに物流 企業の海外進出が容易になることで、彼らに業務 を委託する荷主企業も、海外進出しやすくなるこ とだろう。
今後、縮小基調を余儀なくされるわが 国経済が、その活路を諸外国に見出すのは必然の 流れであり、それを官が全面的に支援するのは理 に適っている。
諸外国との間で、パレット等の標準 化や情報システムの共用など、協調できることは協 調し、民をサポートしていくべきだ。
税制面等での 優遇も積極的に与えていくべきだろう。
てらしま・まさなお 富士総合研究所、 流通経済研究所を経て現職。
日本物 流学会理事。
客員を務める流通経済研 究所では、最寄品メーカー及び物流業 者向けの研究会「ロジスティクス&チャ ネル戦略研究会」を主宰。
著書に『事 例で学ぶ物流戦略』(白桃書房)など。
図1 持続可能で活力ある国土・地域づくりの柱 実現すべき価値新たな政策展開の方向具体例 ? 持続可能な社会の実現 ? 安全と安心の確保 ? 経済活性化 ? 国際競争力と国際 プレゼンスの強化 1 低炭素・循環型システムの構築ゼロエネ・蓄エネ、自然共生 医職住の近接 耐震性向上、危機管理体制 ライフサイクルマネジメント (重点化・長寿命化) 住宅市場活性化、観光振興 PPP/PFI インフラシステムの輸出、 総合防災対策 大都市環状道路、国際戦略 港湾、大都市拠点空港 2 地域の集約化 3 災害に強い住宅・地域づくり 4 社会資本の的確な維持 管理・更新 5 個人資産の活用等による 需要拡大 6 公的部門への民間の 資金・知見の取込み 7 我が国が強みを有する 分野の海外展開、国際貢献 8 国際競争の基盤整備の促進 ※国交省資料より筆者作成

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