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“臨死体験”が意識を変えた
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を迎えましたが、その事業内容は時代と共に変化
してきました。 パンチカードによるデータ処理機の
製造からスタートし、その後、磁気テープの製造を
開始し、一九六〇年代には汎用メインフレーム、八
〇年代に入ってからはパーソナル・コンピュータの
製造を手掛けるようになりました。 そして近年は
ソフトウェア事業などに注力しています。
当社は一九九二年の決算で、五〇億ドル近い最
終損失を計上しました。 当時の主力であったメイ
ンフレーム事業が、同業他社との競争で苦境に追
い込まれたためです。 倒産寸前にまで追い込まれ
たところで、外部からルイス・ガートナー氏を新C
EOとして迎え入れました。 彼はそれまでのIB
Mの雇用慣行や不採算事業などに大鉈を振るいま
した。 そのお陰でどうにかこの危機を乗り越える
ことができました。 “臨死体験”から生き返ったの
です。
私自身はニューヨークの大学で情報技術を学んだ
後に、IBMで働きはじめてから今年で三二年に
なります。 従業員の一人として八〇年代以降のI
BMを、いい時も悪い時も体験してきました。
先に述べた“臨死体験”について言えば、それ
を乗り越えたことで従業員は一様に会社の未来に
ついて謙虚になりました。 それまでどれだけ業績
が好調であったとしても、将来のすべてが見通せ
るわけではないという考えを持ちながら皆が働い
ているということです。
私の三〇年を超すキャリアの中で最も大きな仕事
の一つは、当社がPC部門を中国のコンピュータメ
ーカーのレノボに売却すると発表した後にやってき
ました。 二〇〇四年に売却計画を発表し、翌〇五
年にそれが正式に決定すると、それから四カ月以
内に、六六カ国の二二部門で働く一万一〇〇〇人
のIBMの従業員をレノボに移籍しなければなら
なくなりました。
これは当社の歴史の中でも最も複雑な事業売却
でした。 そして私がその責任者に任命されました。
また、この〇五年は私が当社のサプライチェーン部
門である「ISC( Integrated Supply Chain)」
の業務を実行する機能の責任者となった年でもあ
りました。
こうしたM&Aの実施や経営戦略の変更によっ
て、当社の従業員の人員構成は、かつてとは大き
く変化しています。 現在は社歴が五年以下の従業
員が五〇%を切り、六〇%強の従業員がサービス部
門で働き、四〇%がオフィス以外(自宅など)で
働くようになりました。 それに合わせて、社員の
能力の底上げが当社にとって喫緊の課題となって
います。
現在の当社は、北米、日本、ヨーロッパを中心
に、約一七〇カ国で事業を展開しています。 総従
業員数は約四〇万人。 そのうち四万人がマネージ
ャークラスで、その上に約六〇〇〇人の上級管理
米IBMのサプライチェーン人材開発
米IBMのサプライチェーン部門「ISC(Integrated Supply
Chain)」は、現時点で世界最高のSCM 部隊の一つとして
知られている。 そのスタッフに求められる能力とは、協調
性と革新性の2つだという。 同部隊の指揮をとるティム・キャ
ロルISC 部門ヴァイスプレジデントがIBM の人材管理と教
育プログラムについて解説する。
米IBMのティム・キャロル
ISC部門ヴァイスプレジデント
〈欧米SCM会議㉑〉
第 4部
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職がいます。
図1は当社においてリーダーシップと企業として
の業績が、どのように結びついているのかを示し
ています。 そこにあるように上級管理職からマネ
ジャークラスまでの「リーダーの行動」が、一緒に
働く従業員のモチベーションを引き上げ、働きやす
い職場環境の整備を促し、「従業員の体験」を形作
ります。
「従業員の体験」は、企業業績の源となります。
そして優れた業績を上げることで、IBMの価値
観やCSR(企業の社会的責任)、環境対策は強化
され、それがまた「リーダーの行動」に反映され
ていきます。
「一株当たりの利益」を最大の指標に
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る能力は、以下の九項目に要約することができま
す。
1.チャレンジ精神
2.顧客の成功への尽力
3.国際的に協力する
4.体系的な視点に立って行動する
5.社内外で相互の信頼関係を築く
6.高い能力を通して周りの従業員に好影響を与
える
7.不断に進化を続ける
8.悪い影響についても積極的に話し合う
9.同僚の成功を手助けする
この講演で私は、当社がどのような目標を持っ
て事業に取り組んでいるのか、その目標を達成す
るのに必要な、先に掲げた能力を社員が獲得でき
るようにするために、どのような社員教育を実践
しているのか、また社員教育がどのようにISC
部門の強化に役立っているのかを、お話しするつ
もりです。
その前提として、当社が社員教育を通して何を
達成しようとしているのかについてまずは説明さ
せていただきます。 前述の通り、我々を取り巻く
環境は、市場も、景況も、競合他社も常に変わり
続けています。
しかし、我々の行動の基盤に通底する信念があ
れば、企業は繁栄を続けることができる。 それが
二〇〇二年にガートナーの後を継いでCEOとな
り、先ごろCEO職から引退することを発表した
サミュエル・J・パルミサーノの考えです。 (編集
部注・同氏は一二年一月に同社の会長に就任、同
年一〇月に相談役= senior adviserとなり、一二
月に引退の予定)。
我々が大切にする信念とは、事業に責任を持つ
こと、革新性を大事にすること、顧客と株主の利
益を最優先にすること──という三項目です。
この三つの信念に基づき当社が日々の業務を運営
しているのかどうか、それを計る経営の物差しと
して重要視しているのが「一株当たりの利益」で
す。
当社は五年ごとに「ロードマップ」と呼ぶ事業計
画を策定しています。 「二〇一〇年に向けたロード
マップ」では、一株当たり利益を〇六年に比べて
二倍近くに引き上げる、という目標を掲げました。
実際、〇六年に六ドル前半だった一株当たりの
利益を一〇年には十一ドル台後半に引き上げるこ
とができました。 さらに「二〇一五年に向けたロ
ードマップ」では、一株当たりの利益を年平均で
一〇%以上のペースで増やして、二〇ドルにしよ
うという目標を立てました。
ただし、事業が変化していくのに連れて、利益
の中身は変わっていきます。 二〇〇〇年の段階で
は、ハードウェアと金融部門が全利益の三五%を占
め、サービス部門が三八%、ソフトウェアは二七%
でした。
この比率が、二〇一〇年には、ハードウェアと金
融部門が一六%に下がり、サービス部門は三八%
の横ばい、そしてソフトウェアは四五%に増えまし
た。
図1 リーダーシップの枠組み
リーダーの行動
従業員の体験
組織の環境 従業員のやる気 IBMの業績
IBMの価値観
CSR(企業の社会的責任)
環境への影響
特集 物流のプロになる
今後はさらに利益の上がる部門に経営資源を投
下していきます。 その結果、利益の比率は、ハー
ドウェアと金融部門が約十三%、サービス部門が約
三六%、ソフトウェア部門が約五〇%になると考え
ています。
こうして当社の事業内容は常にチャンスがあると
判断した分野を開拓し続けていくことで絶えず変
化していきます。 それまでは高水準の利益を上げ
ることができた事業でも、同業他社が同様の製品
やサービスを提供することができるようになった時
点で、次の新事業へと移っていくことが求められ
ています。
トップ一五%の人材に特別プログラム
国際的な環境にあって、変化に柔軟に対応する
ことができ、常にチャレンジ精神を持ち続ける人
材を育成していく必要があります。 その第一歩は、
「キャリアスマート」と呼ぶIBM独自の教育プロ
グラムから始まります。 すべての社員教育がここ
からスタートします。
すべての従業員が社内のキャリアの仕組みを知
り、将来の目標を立て、メンター(指南役の上司)
に相談し、必要な技術を身につけて成果につなげ
ていく体制をとっています。 私自身も常時、三〇
人から四〇人のメンターとなって、彼らの業務を見
守り、支えています。 彼らが困難に直面した時に
はいつでもメンターとして相談に乗ります。
また当社の従業員は、三カ月ごとに業務の自己
評価に加えて、「三六〇度の人事考課」を受け取り
ます。 「三六〇度の人事考課」とは、自分の上役と
同僚、部下からそれぞれ評価を受ける人事考課の
方法です。
「キャリアスマート」の次の段階として「リーデ
ィング@IBM」というプログラムを用意してい
ます。 三カ月ごとの人事考課の結果などを判断材
料にして、従業員の中から部門に関わらず上位一
五%の人材を選抜します。
そして、その人物のキャリアプランや所属する部
門を勘案し、日常業務を遂行するのに必要な能力
を見つけ出します。 次には、その人物がどれだけ
の潜在能力や業務を処理する能力を備えているの
かを判断します。 それからは、体系的かつ定期的
に能力がどれだけ向上しているのかを測定します。
その過程では、それぞれの長所を伸ばすだけでな
く、弱点の克服にも力を入れます。
当社が目指しているのは、誰からも命令される
ことなく、新しい利益を求めて動き続ける( selfmoving)
組織を作ることにあります。 とくに二〇
〇〇年代に入ってからは、同じIBMという社名
ではありながらも、五年ごとにまったく違う会社
に生まれ変わるという前提で組織を運営していま
す。 そうでなければ、最初に掲げた一株当たりの
利益率を高め続けることができないのです。 その
ためには、人事考課のための確固としたメトリッ
クス(判定基準)を確立することが不可欠なので
す。
当社の上級管理職の構成を説明すると、約四〇
万人いる従業員のトップに立つのは、十二~一五
人の経営陣です。 経営陣の数さえも、事業環境に
即して刻々と変わっていきます。 その次に、約五
〇人からなる重役( executives)がいて、日々の
業務を管理・監督しています。
その下には約三〇〇人からなる「I&VT」リ
ーダーがいます。 「I&VT」というのは、「イノベ
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図2 進化するリーダーシップ
1996 2004 2010
ビジネスへの
情熱
スピード
顧客
注力
勝つことに
実行能力
機敏な
リーダーシップ
能力
基本的な能力
IBM 社員の
最高の状態
新しく導入されたテーマ
体系的な思考
不確実な状況への対処
文化的な適応力
結果を意識したコミュニケーション能力
同僚や部下をやる気にさせる能力
自発的に行動し説明責任を果たす
ーション&バリュー・チーム」の略です。 I&VT
リーダーの役目は、日々の業務の遂行だけでなく、
会社の業務内容を統合することも含みます。 また、
次世代のリーダーを育てることも役割に含まれてい
ます。 私自身、サプライチェーンを担当するI&V
Tリーダーの一人です。
当社におけるサプライチェーンとは、顧客からの
注文を受けて、製品やサービスを提供し、サプライ
ヤーに部材などの料金を払うところまでを含んで
います。 現在、当社は一〇〇カ国で二万七〇〇〇
社のサプライヤーと取引をしています。 一〇年のサ
プライヤーへの支払額は約三五〇億ドル(二兆七三
〇〇億円)という膨大な金額に上ります。 金額ベ
ースでベンダーのいる地域を区分けすると、三五%
が北米で、三五%がアジア太平洋、二二%が欧州
中東アフリカで、八%が南米です。
サプライチェーン以外の体験も必須
一〇年に策定された新たなロードマップには、ど
のようなリーダーシップが求められているのかも明
記されています(図2)。 「体系的な思考ができる」
に始まり「自発的に行動をして説明責任を果たす」
まで七項目がそこに挙げられています。
私が管轄するISC部門に必要な人材は、「T
型」で業務をこなすことのできる人材だと表現で
きます。 「T」の横棒の部分は、「社内で協力して
業務の効率を高める能力」を意味しています。 そ
して縦棒は、ビジネス環境の改善に貢献する能力
を表します(図3)。
こうした能力を身につけるためには、サプライチ
ェーン以外の業務にも精通しておく必要がありま
す。 そのため我々が、能力や実力があると判断し
たトップの一五%の従業員については、二~三年
をかけて、サプライチェーン以外のいろいろな職種
を経験させることにしています。
六~九カ月の期間で、営業職や生産ラインの立
ち上げ、M&A部門などの業務に就かせるのです。
これはかつて私自身も経験したことです。 こうし
た経験を土台として、ISC部門ではデータを分
析した結果に基づいて日々の業務を実行に移しま
す。
社内教育の真価が問われるのは、不測の事態が
起こったときです。 一〇年二月にはアイスランドで
火山が爆発し、ヨーロッパの航空貨物便が大きく
乱れました。 この時、われわれのISC部門が出
した答えは、ロンドンやパリの空港を利用するので
はなく、欧州の貨物をいったん香港の国際空港に
集め、そこから全世界に航空便で輸送するという
ものでした。
どうして欧州の貨物をわざわざ遠隔地の香港に
集めるのか、疑問に思う人もいるでしょう。 その
理由は、欧州の空港の復旧には時間がかかると予
測したからでした。 そして、その予測は見事に的
中したのです。
一一年三月に日本で起こった巨大地震とそれに
続く原発事故の時も同様です。 非常事態の業務プ
ロセスがとられたことにより、大きな混乱に陥る
ことなく業務を進めることができました。
常に革新的な企業であり続けるためには、時に
は失敗することもあるでしょう。 しかし失敗を恐
れていては、新規事業に踏み出すことはできませ
ん。 大切なのは、その失敗が顧客の利便性を高め
ようとした結果なのか、あるいは株主の利益を最
大限にしようとした結果なのか、という点なので
す。
失敗を恐れていれば、市場の変化についていくこ
となどできなくなります。 失敗を恐れないことと、
結果を出すことのバランスを見ながら、常に軌道修
正を図って、自らを変えていくことが必要だと考え
ています。 (ジャーナリスト・横田増生)
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図3 サプライチェーン部門で求められる「T」の人材
社内で協力して
業務の効率を高める
ビジネス環境の改善に
貢献する能力
●社内で有意義な議論が
できる
●社内のツールを使って
開発計画を描ける
●進捗状況を計ることがで
きる
●率直で定期的なフィード
バックを行える
●きちんとしたキャリアプラ
ンを持ったスタッフ
●次の成功のために何が
必要なのかを理解してい
る
●ビジネスの要件を満たす
方法を熟知している
●よりよいビジネス環境へ
と導くこと
企業名 IBM
本社 アメリカ ニューヨーク州
アーモンク
創業 1928 年
CEO バージニア・ロメッティ
売上高 1069 億1600万ドル
(8 兆3394 億4800万円)
最終損益 158 億5500万ドル
(1兆2366 億9000万円)
一株当たりの利益 13.06ドル(前期比13.7%増)
従業員数 20万5000人
会社概要
(注1)数字は2011年の年次報告より
(注2)1ドル=78 円で換算
特集 物流のプロになる
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