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FEBRUARY 2013 90
かつてはタリフと実勢価格が存在
国土交通省の「トラック産業の将来ビジョンに関
する検討会」の下に設置された「最低車両台数・適
正運賃収受ワーキンググループ(WG)」は二〇一二
年一〇月一五日、最終報告書を取りまとめ、発表し
た。 このうち「最低車両台数」については前号の本
コーナーで取り上げた。 今号はもう一つの重要テー
マである「適正運賃」について考察することにしよ
う。 なお、WGの詳細は前号もしくは国交省のホー
ムページ等で確認されたい。
最終報告書を見る前に押さえておきたいのが、ト
ラック業界における規制緩和の一連の流れである。
一九九〇年十二月に、トラック事業に関わる二つの
法律「貨物自動車運送事業法」及び「貨物運送取
扱事業法」、いわゆる物流二法が施行された。 運賃
に関しては、従来の許可制が九〇年に事前届出制に、
さらに〇三年に事後届出制に規制緩和された。
この物流二法が施行される九〇年以前は、トラッ
ク運賃は公共性を持ったものであるとされ、行政に
よって管理されていた。 事業免許制により需給を調
整したうえで、運賃も規制するというやり方である。
事業者の自助努力による
適正運賃の収受は困難
規制強化を視野に議論を
一九九〇年の規制緩和以降、トラック事業者の数は増
加し続け、運賃は下落の一途を辿っている。 事業者の多
くが赤字である現状は異様だ。 行政は行き過ぎた規制緩
和を見直し、運賃タリフの検証など再強化に舵を切るべ
きだ。
第23回
原価にトラック事業者のマージンを乗せた運賃が「タ
リフ」として認可されてきた。
しかし、市場にはこのタリフとは別に、真の取引
価格である「実勢運賃」が存在していた。 この実勢
運賃は裏の価格であるから、その実態を明確に把握
することは難しいが、タリフよりも相当低いことは
明らかである。 当時は、内外価格差、内々価格差と
いう言葉に表されるように、わが国における物流コ
ストの割高さがクローズアップされた時代であった。
そのため、トラック事業者と荷主との間で「タリフ
基準から何割引き」という交渉が行われ、運賃が決
定されていた。
そんな状況の中で、九〇年の規制緩和は行われた。
米国にならって新規参入や運賃の規制を緩和し、ミ
クロ経済学で言うところの「完全競争市場」を実現
すべきという主張が主流を成していたのである。 見方
によっては、有名無実化しつつあったタリフを、実
勢運賃に正式に一本化したと捉えることもできる。
大幅な規制緩和の結果、トラック事業者の数は爆
発的に増加した。 それに伴い、運賃は今日まで一貫
して弱含みを続けている。 実際の運賃の動きは、本
誌が二年に一度のペースで、運賃相場の特集を組ん
で報告しているので参照されたい。
さて、ここで本題であるWGの最終報告書の内容
を見てみよう。 報告書では、トラック事業者を取り巻
く環境が厳しい状況であると指摘。 規制を再び強化
する必要があるという意見を紹介した上で、適正な
運賃を収受するための直接的な方法を例示している。
具体的には、?貨物自動車運送事業法(トラック
法)第六三条の標準運賃の設定の可能性?不当に安
い運賃に対する変更命令?旧認可運賃の検証?最低
賃金──の検討の余地があるとしている。
そして、議論の結論を下記の二点にまとめている。
1.運賃料金規制についてトラック法第六三条に基
づく標準運賃については、各指標によれば、現
段階で発動すべき状況では無い。
2.事業者の交渉力の向上に向けた対策について㊀
トラック協会においてセミナー等を開催し、原
価計算の普及・浸透を図る。 ㊁契約の書面化
に関し、運賃、附帯料金等を含めることを検討。
法令試験の科目の追加、共同化等の事業規模
拡大等も重要な対策。
物流行政を斬る
産業能率大学 経営学部 准教授
(財)流通経済研究所 客員研究員
寺嶋正尚
91 FEBRUARY 2013
ここに出てくるトラック法第六三条とは、標準運
賃の発動について定めたもので、その条文は次の通
りである。
「国土交通大臣は、特定の地域において一般貨物
自動車運送事業に係る運賃及び料金がその供給輸送
力及び輸送需要量の不均衡又は物価その他の経済事
情の変動により著しく高騰し、又は下落するおそれ
がある場合において、公衆の利便又は一般貨物自動
車運送事業の健全な運営を確保するため特に必要が
あると認めるときは、当該特定の地域を指定して一
般貨物自動車運送事業の能率的な経営の下における
適正な原価及び適正な利潤を基準として、期間を定
めて標準運賃及び標準料金を定めることができる」。
要は、トラックサービスの需給バランスが崩れた際
は、国の権限によって標準運賃や標準料金を定める
ことができるとするものである。 そしてその結果と
して、トラック事業者の健全な運営を目指すもので
ある。
物流二法が施行さ
れた九〇年は、バブル
経済の華やかなりし頃
である。 トラック業界
においては、運転手
のなり手がおらず、そ
の確保が量と質の両面
において喫緊の課題
とされた時代であった。
「運賃及び料金が‥‥
著しく高騰し」とされ
ているのは、運賃及び
料金の高騰が、物流
コスト上昇という形を取って他の産業へ波及するこ
とを防ぐ目的があったためである。 現状は「高騰」
ではなく、その反対の「又は下落するおそれがあ
る場合‥‥」が該当するわけだが、最終報告書で
は今はその状況にはないと結論付けている。 つま
り、トラック事業者が厳しい状況は認めるが、国
が運賃を上げるよう誘導することは無いというこ
とだ。
タリフ運賃の検証を急げ
確かに、一度下がった運賃を上げることは難し
い。 現状のような安価なトラック運賃は、その利用
者である荷主にしてみれば嬉しい限りである。 ど
の企業にとってもコスト削減は至上命題であり、物
流コストはその有力な方策に相違ないからである。
また、物流コスト低減は最終商品価格の低下を促
すことから、それを購入する消費者にとっても望
ましいと言える。 社会全体としても、物価の安定
に繋がるものであり、悪いものと言い切ることは
できない。
しかし、決して何も手を打たなくてよいという
わけではない。 前号でも見たように、トラック事
業者の多くが赤字である現状は、どう考えても異
様である。 新規参入者は多いが、その一方で撤退
の事例も少なくない。 もはやトラック事業者の自助
努力により、経営体質を改善できるレベルをはる
かに超えている。
筆者は必要に応じて再度規制を強化する方向も
検討して良いと考えている。 WGの最終報告書で
打ち出された?〜?の施策のうち、特に?の「旧認
可運賃の検証」を開始するべきではないだろうか。
その根拠として、?の「トラック法第六三条の適
用」は、そもそも対症療法的措置であり、トラック
業界の構造的な問題を解決する手段には成り得ない。
また?の「不当に安い運賃の変更命令」は公正取引
委員会の管轄であり、トラック業界のみならず全業
界において必要とされるものである。 ?の「最低賃
金の保証」は、その資金を捻出する儲けがあって初
めて約束できるものである。
従って?の旧認可運賃、つまりタリフを活用した
制度の再構築・運用が最も現実的で望ましいと言え
る。 もちろん、その際には荷主企業や消費者の負担
が大きくならないよう、監督官庁によるチェックは
不可欠である。
ちなみにタクシー業界では、九七年度から一〇%
の幅の中であれば自由に運賃の設定を認める「ゾー
ン制運賃」が導入されている。 また初乗距離を短縮
(二?→一?)した運賃も認められた。 トラック事
業者に関しても、この程度の自由度を残した状態で
の規制強化を再度検討しても良いだろう。
トラック事業は市況商品と言うより、公共の財・
サービスに該当すると考えるべきである。 大半のト
ラック事業者が経営不振にあえぐ現状を脱却してト
ラック業界が魅力ある業界となり、健全な発展を遂
げられるよう、規制強化を含めて大いに議論がなさ
れることを期待したい。
てらしま・まさなお 富士総合研究所、
流通経済研究所を経て現職。 日本物
流学会理事。 客員を務める流通経済研
究所では、最寄品メーカー及び物流業
者向けの「ロジスティクス&チャネル
戦略研究会」を主宰。 著書に『事例
で学ぶ物流戦略』(白桃書房)など。
トラック事業における主な規制緩和の流れ
種類内容実施年
運賃
参入・退出
事業内容
運賃を許可制から事前届出制に
運賃を事後届出制に
1990 年
2003 年
路線・区域の事業区分を一本化
営業区域の廃止
1990 年
2003 年
参入規制を免許制から許可制へ
退出規制を許可制から届け出制に
最低保有車両台数を引き下げ
1990 年
1990 年
1996 年
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