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物流指標を読む
第1 回
APRIL 2013 86
過去最大の貿易赤字が待っている
第52 ●円安が進展しても輸出の伸びは緩やか
●燃料の割合が高い輸入は一定量を維持
●2013年度は貿易赤字からの脱却は困難
さとう のぶひろ 1964 年
生まれ。 早稲田大学大学院修
了。 89年に日通総合研究所
入社。 現在、経済研究部担当
部長。 「経済と貨物輸送量の見
通し」、「日通総研短観」など
を担当。 貨物輸送の将来展望
に関する著書、講演多数。
すぐに「円安=輸出増」にならない理由
財務省「貿易統計」によると、二〇一三年一月
の貿易赤字額は一兆六三〇九億円で、比較可能な
一九七九年一月以降で最大の赤字幅となった。 前
年同月比で輸出が六・四%増と八カ月ぶりのプラ
スに転じたものの、輸入が七・三%増と、輸出を
上回る伸びになっている。
主要な輸入品目の動向を金額ベースでみると、石
油製品が前年同月比で三三・八%増(注:増減寄
与度はプラス一・一ポイント)、液化天然ガスが同
十一・四%増(注:同プラス一・〇ポイント)、原
油および粗油が同五・九%増(注:同プラス一・
〇ポイント)などとなっており、鉱物性燃料の増加
が輸入増の主因である。
ただし、数量ベースで見ると、原油および粗油
は同四・七%減とマイナスであり、液化天然ガス
についても同一・〇%増にとどまっている。 とい
うことは、昨年末以降大幅に円安が進んだことに
伴う、鉱物性燃料の輸入価格の高騰が輸入増に大
きく寄与していることになる。
さて、この話を聞いて、「円安になったら、輸
出が増えるはずではなかったか」といぶかしがる
向きがあるかもしれない。 あるいは、「円安によっ
て輸入物価が上昇するため、このまま巨大な貿易
赤字が続く」と考える人も当然いるだろう。 仮に、
一月水準並みの貿易赤字が一年間続くと、単純計
算で約二〇兆円。 そうなると、経常収支も赤字に
転落するのは必至だ。
実はこの話は、?国際経済学のイロハ?のような
話なのだが、なじみのない方もいらっしゃると思
うので、簡単に解説してみたい。
外国為替相場が自国通貨安になった場合、一定
期間を経過すると、一般的に貿易黒字は増加(あ
るいは、貿易赤字は減少)の方向に向かうが、短
期的には逆に、貿易黒字は減少(あるいは、貿易
赤字は増加)する。 その逆に、自国通貨高になっ
た場合、短期的には、貿易黒字は増加(あるいは、
貿易赤字は減少)する。 これは、価格と数量の調
整速度の差によってもたらされる現象であり、?J
カーブ効果?と呼ばれる。
簡単なモデルを用いて説明してみたい。 日本が
米国を相手に、Aという機械を輸出し、Bという
農産物を輸入しており、ともにドル建ての契約と
なっているとする。 ある時点で為替レートが一ド
ル=八〇円、Aの単価が一〇〇ドル(円換算で八
〇〇〇円)で八〇個輸出しており、一方、Bの単
価が一〇ドル(同八〇〇円)で一〇〇〇個輸入し
ているとしよう。 その際、輸出総額は八〇〇〇ド
ル(同六四万円)、輸入総額は一万ドル(同八〇万
円)で、二〇〇〇ドル(同一六万円)の貿易赤字
となっている。
その後、為替が円安に振れ、一ドル=一〇〇円
になったとしよう。 日本の貿易赤字は、ドル換算
では二〇〇〇ドルのままであるが、円換算では二
〇万円となり、短期的には、自国通貨建て(円建
て)の貿易赤字は拡大することになる。
しかし、時間の経過とともに、数量も変化して
いく。 Aの単価は、価格を据え置いた場合は一〇
〇ドル(同一万円)であるが、他国の商品と競争
するため、単価は引き下げられる。 仮に八〇ドル
(同八〇〇〇円)まで引き下げられたならば、輸出
「貿易統計」財務省
87 APRIL 2013
年度の貿易赤字額は、過去最大になるであろう一
二年度の水準をさらに上回るものとみられる。 根
拠は以下の通りである。
まず、輸出総額が今後増加していくことには異
論はなかろう。 わが国における主要な輸出品目は、
自動車(一二年における輸出額は九兆二二五一億円、
輸出総額に占める割合は一四・五%)、鉄鋼(同
三兆四九五七億円、五・五%)、半導体等電子部
品(同三兆三三九八億円、五・二%)、自動車の
部分品(同三兆一九八四億円、五・〇%)、原動
機(同二兆二六〇三億円、三・五%)、科学光学
機器(同二兆八四二億円、三・三%)、プラスチッ
ク(同二兆四三四億円、三・二%)などである。
このうち、鉄鋼、半導体等電子部品、自動車
の部分品、プラスチックは中間財であるため、一
般的には需要の価格弾力性は比較的高いはずであ
り、従って、価格の低下に伴い、輸出数量は増加
し、その結果、輸出額も増加するものと考えられ
る。 ただし、既に海外生産がかなり進んでいるた
め、仮に海外での需要が増加したとしても、日本
国内において生産を大きく拡大できるのかは不明
である。 そうした生産余力の懸念もあって、輸出
総額は増加していくものの、伸びは緩やかなもの
になるのではないか。
一方、輸入総額は大きく減少することはなく、
むしろ増加する可能性が高い。 わが国における主要
な輸入品目についてみると、原油および粗油(一
二年の輸入額は十二兆二四七九億円、輸入総額に
占める割合は一七・三%)、液化天然ガス(同六兆
一五億円、八・五%)、衣類・同付属品(同二兆
六七九六億円、三・八%)、石油製品(同二兆四
六〇五億円、三・五%)、石炭(同二兆三一四二
億円、三・三%)、通信機(同二兆一四八三億円、
三・〇%)などとなっており、鉱物性燃料のウエ
イトが高い。 言うまでもなく、このところ原子力
発電の停止を受けて、火力発電用の液化天然ガス
の輸入が金額、数量ともに急増している。 そうす
ると、いくら輸入価格が上昇したとしても、輸入
数量が大きく減少することはないと考えられる。
以上のことから、今後、輸出総額は増加が見込ま
れるものの、輸入総額も増加していくことから、当
面、貿易赤字の状態が続くものと考えられる。 その
結果、前述の通り、一三年度の貿易赤字額は、一
二年度の水準を上回るものと予測される。
数量は従来の八〇個から増加していくものと考え
られる。 一方、輸入については、Bの単価が円換
算で八〇〇円から一〇〇〇円に上昇するため、需
要が抑制され、輸入数量は減少していく。 そうし
た結果、輸出総額は増加する一方で、輸入総額は
減少していき、一定期間を経過すると、日本は貿
易赤字から貿易黒字に転換することになる。
もっとも、輸出契約、輸入契約における外貨建
ての割合によっても結果は異なる。 たとえば、す
べて自国通貨建て(円建て)の契約であるならば、
上記のような現象は起こらない。 先ほどのモデル
では、日本側からみると、円レートが変わっても、
短期的には単価は変わらないため、輸出総額は六
四万円、輸入総額は八〇万円のままである。
ちなみに、日本では、輸出契約における外貨建
ての割合は足元で六割程度、輸入契約においては
八割程度と言われている。 そのため、大幅な円安
の進展に伴い、円ベースの輸出総額ならびに輸入
総額はともに増加したが、輸入の方が外貨建ての
割合が大きいため、足元において貿易赤字は拡大
したのである。
原発停止が輸入増加の一因に
それでは、上記モデルの通り、日本の貿易赤字
は減少していき、あわよくば貿易黒字に転換でき
るのか。 楽観的に見ている識者もいる一方で、貿
易赤字が拡大する可能性を指摘する向きもある。
筆者は、一定期間の経過後、わが国の貿易赤字
は徐々に減少していくものの、当面(少なくとも
一三年度中)は、単月ベースでも、赤字から抜け
出すことは難しいと考えている。 その結果、一三
貿易収支の推移
9月
5月
11
年1月
10
月
6月
2月
11
月
7月
3月
12
月
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4月
9月
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13
年1月
10
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4月
10,000
5,000
0
-5,000
-10,000
-15,000
-20,000
貿易収支(億円)
出所:財務省「貿易統計」
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