ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2013年5号
道場
倉庫事業者の二つの選択肢

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

湯浅和夫の  湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表 《第66回》 MAY 2013  62 た』と当時の状況が説明されています」  「なるほど、これまでの保管という静的な仕 事から物流という動的な仕事への対応が必要 だという雰囲気を感じますね」  編集長が、コメントを挟む。
大先生が「ま あ、そうだな」とやや気乗りしない顔で相づ ちを打つ。
美人弟子が続ける。
 「実際に料金改定が行われたのは、昭和四五 年八月一日からです。
その改定のポイントは、 普通倉庫については品目分類が整理された結 果、一〇八品目が八六品目になったこと、保 管料計算期間が月二期制から三期制に変更さ れたこと、従価率割合を縮少としたことなど でした。
冷蔵倉庫については四段階料金体系 を二段階料金体系へ段階的に改定していくこ になったようです」  「なるほど、いよいよ三期制の登場ですね。
ところで、当時、庫腹の増強が課題だったと いうことからすると、当然、新規参入も多か ったんでしょうね?」  編集長の問い掛けに体力弟子が答える。
67《第133荷主ニーズに対応した料金改定  倉庫業の変遷についてのやり取りが続いて いる。
コーヒーを飲み終わるのを見計らって、 女性記者が弟子たちに向かって質問する。
 「先ほど、倉庫料金が長い間据え置かれてい て、しかも荷主の新たな要請に合っていない 料金体系になっていたとおっしゃいましたが、 料金の改定はどのような形でなされたんです か?」  美人弟子が、うなずいて、手元の資料を見 ながら答える。
 「運輸白書では、倉庫業において質的変化が 要請されているという認識の下に『これらの 変化に対応した料金体系の合理化、すなわち、 普通倉庫における品目分類の簡素化、貨物の 荷動きの迅速化に対応した期制への変更、従 価・従量併用制における従価率の縮小ならび に級地制の再検討、また、冷蔵倉庫において は、保管温度別による現行四段階料金体系を 現状に即した体系に改めることが課題とされ  物流概念が普及したことで荷主は 倉庫会社に対して、単純保管だけで なく、物流を構成する諸機能の提供 まで求めるようになった。
これに伴い、 倉庫業の料金制度は改定され、トラッ ク運送業との垣根は崩れていった。
新 たな時代を迎えた倉庫業には、二つ の選択肢が示されていた。
倉庫事業者の二つの選択肢 ■大先生 物流一筋三十有余年。
体力弟子、美人 弟子の二人の女性コンサルタントを従えて、物流 のあるべき姿を追求する。
■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生 の頼れる右腕。
■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整 能力に長けている。
■編集長 物流専門誌の編集長。
お調子者かつ大 雑把な性格でズケズケものを言う。
■女性記者 物流専門誌の編集部員。
几帳面な秀 才タイプ。
第 回 14 63  MAY 2013  「これも情報の出典は運輸白書ですが、当然、 新規参入は多くありました。
そこで特徴的な のは、新規に普通倉庫に参入した事業者のう ち半分近くがトラック運送事業者だったとい う点です。
逆に、倉庫業者が、子会社という 形態も含めて、トラック運送事業に進出する 傾向も顕著だったようです。
いずれにしても、 保管と輸送が緊密に連携してきたことを表す 事象と言っていいでしょうね」  「なるほど、倉庫と運輸の垣根がなくなって きたということだ。
でも、倉庫業者の場合は、 自社で保管している貨物の配送のためという 範囲での話なんでしょうね」  編集長が確認するように聞く。
大先生が「そ ういえば‥‥」と言って、コピーの束を繰る。
何が出てくるのかと、みんなが興味深そうに 大先生を見ている。
「これこれ」と大先生がコ ピーを取り出し、みんなに見せる。
 「これは、おなじみの『輸送経済』という業 界紙の、昭和四六年四月に行われた座談会記 事なんだけど、いまの編集長の質問に関連す る話も出てくる」  「へー、どういう方々が登場しているんです か?」  編集長が興味深そうにのぞき込む。
大先生 が出席者を紹介する。
 「えーと、乾倉庫常務の乾宏年さん、札幌三 信倉庫社長の小野隆央さん、光明運輸倉庫取 締役の村山光さん、寺田倉庫常務の山下治朗 さんという四人の方々が登場している」  「当時の論客ですかね?」  「論客かどうかは分からないが、みんな、結 構いいこと言ってる。
さっきの編集長の質問 に関連するところでは、例えば、寺田倉庫の 村山さんが『私のところは一般貨物の区域運 送も行っている。
こうした姿勢をとらないと、 採算意識がもてないと思う』と指摘している。
つまり、区域輸送を事業として展開している ということだ」  大先生の説明に編集長がうなずく。
大先生 が続ける。
 「また、乾倉庫の乾さんも『私のところは関 係会社、子会社のラインは作るが、それぞれ 原価意識に徹して行っており、若干ではある が、部門ごとに利益をあげている』と言って いる。
つまり、多くの場合、付帯サービスと いう認識ではなく、運送も事業ととらえてい るということだな」  「そうですよね。
運送も事業なんだから、確 かにそうです」  編集長の自分を納得させるような言葉を無 視して、大先生が続ける。
 「この座談会によると、むしろ荷役料が問題 だったようだ。
乾さんがこう言っている。
『ど この会社でも、荷役料については赤字、ある いはせいぜい収支トントンだと思う。
この赤字 分を保管料でカバーするというのはおかしい。
本来、保管料と荷役料は別問題だ』と指摘し ているけど、この背景には、人手不足があっ たようだ。
なかなか人が集まらず、作業のた めの人件費が高くなっていたことは否めない」  「なるほど、人手不足ですか。
そう言えば、 その時代は、物流業に限らず産業界全般で人 手不足が大きな課題だったんだ。
そうだ、そ うだ」  編集長が勝手に納得している。
体力弟子が 補足するように、説明する。
 「倉庫業では、作業者だけでなく、新卒者の 採用も苦戦していたようです。
いまはそうい うことはないんでしょうが、当時は、倉庫業 のイメージが悪いというので、倉庫業のイメー ジ改善をテーマにした座談会なども業界紙の 紙面を飾っています」  体力弟子が、そう言って、新聞のコピーを 見せる。
そこには「倉庫業のイメージを語る」 などという見出しが躍っている。
編集長がう なずいて、確認するように言う。
 「特に作業者の人手不足に対する対策として は、自動化、機械化だったんでしょうね。
自 動倉庫などが普及した背景には労働力問題も あったんだな」 「そうですね。
人手不足対策は人手を使わない 体制を作るというのが原点ですから」 倉庫業の質的転換  体力弟子の言葉に女性記者がうなずき、話 題を変える。
 「それはそうと、先ほど先生がお話しされた 座談会では、ほかにどんなテーマが話されて いるんですか?」 MAY 2013  64  大先生がうなずいて、「それなんだけどね‥ ‥」と言って、話し出す。
 「倉庫業の質的転換という話題の中で、村 山さんという方がこういうことを言っている。
『コストダウンに協力して欲しいという声が荷 主から出ているのは事実で、その声に応えるに は輸送、梱包部門などを持つだけでなく、荷 主のトータルコストを下げるといった面に取り 組む必要があり、これが質的転換に結びつい ていくのではないか』と述べている。
質的転 換は量への対応ではなく、荷主ニーズへの対 応で実現するという、実に正論で、興味深い 指摘だな」  大先生の言葉に編集長が大きくうなずく。
大 先生が、にやにやしながら、編集長に「実は、 もっとすごいこと言ってるぞ」と言う。
編集 長が「なんですか、教えて下さい」と身を乗 り出す。
 「質的転換という点で、それでは具体的に 何をするかというと、この人はこう言ってる。
『たとえば、荷主に対して適当な在庫量をアド バイスしていくことも必要だ』って」  「へー、それは在庫を減らせということです か? そんなことしたら、保管料収入が減っ てしまいますよね?」  そう言う編集長に向かって、大先生が「編 集長も苦労人だな。
話をうまく展開させよう と思って、わざとそういう旧い発想での質問 をするんだ」と言う。
編集長が、「いやいや」 と言って、照れくさそうな顔をする。
かった。
力を入れる余力がなかったのか、入 れる気がなかったのか‥‥いずれにしろ、そ のうち、荷主の方はどんどん先に行ってしま う。
物流業者は後ろから付いていくしかなく なったというのが実態だな」  「物流の仕組みは荷主が自分で考えるから、 物流業者は実作業をやってくれればいいとい う、いわゆる1PL(ファーストパーティ・ロ ジスティクス)という形態が定着してしまっ たということですね?」  編集長が解説する。
大先生がうなずき、「い まからでも遅くないから、物流業者は先人の 思いに立ち戻ればいいのさ」と誰にともなく 言う。
『本籍倉庫業・現住所物流業』  美人弟子が「そう言えば‥‥」と資料をめ くり、話し出す。
 「質的転換とも関連するんでしょうが、当 時のある座談会で、倉庫業の将来方向が議論 されています。
そこで、面白い切り口が提示 されています。
それは、倉庫業は、労働集約 的な方向に行くのか、資本集約的な方向に行 くのかという議論です。
これは、倉庫業なら ではの切り口だと思います」  編集長が興味深そうに身を乗り出す。
 「たしかに資本集約的というのは倉庫業な らですね。
資本集約的というのは、倉庫施設 を売りものにするということですよね。
保管 を中心に行くわけだ」  大先生が続ける。
 「いまの編集長の質問に、村山さんはこう答 えている。
原文通りに言うと、こうだ。
『在 庫が多ければ、それだけ保管料収入も多くな るが、長い目で見れば、このアドバイスをす ることは、倉庫業の量から質への転換の一つ の打開策でもあると思う』と、こう喝破して いる。
質的転換というのは、これまでの延長 線上では決してできなくて、これまでのやり 方の否定からしかできないという指摘だ。
同 感だな」  大先生の言葉に、みんなが大きくうなずく。
ちょっと間を置いて、女性記者が、遠慮がち に質問する。
 「たしかに当時としては、すごい発想の転 換ですね。
それで、倉庫事業者は、その質 的転換はできたのでしょうか?」  素朴な質問に大先生は答えず、編集長を見 る。
編集長が即答する。
 「その会社がどうなったかは分からないけ ど、大方の傾向としては、そういう質的転換 はできなかった。
結局、業務請負業でずっと 来ていると言って間違いない」  「それはどうしてですか? なぜ、質的転 換ができなかったんでしょうか?」  女性記者の質問に今度は大先生が答える。
 「結局は、日常業務に追われてしまった。
荷 主のトータルコストを下げるとなると、それ なりの能力が必要になる。
つまり、人材だ。
そういう人を育てるということに力を入れな 65  MAY 2013 資本集約的という方向ですね」  「それだけではなく、資産を貸し出すという 賃貸業的な方向性もあります」  「そうか、そうなると、自身は倉庫を持たず、 そういうリース物件を借りて、労働集約的な 方向に行くという選択もありだ。
一企業とし て、どちらかの選択を強いられたわけだ」  「強いられたというよりも、荷主物流の変化 を前にして、どちらに行くか見切りをつける 時期にあるという現状認識だと思います」  編集長が「うんうん」とうなずき、おもむ ろに意見を述べる。
 「なるほど、これは経営戦略の部類だ。
倉庫 業として事業継続の方向性を決めようとした わけだ」  大先生が苦笑しながら、同意する。
 「まあ、確かにそうだ。
当時としては、結構 重い選択だったかもしれない」  編集長がうなずき、「いずれにしても、中途 半端では駄目だということだったんでしょう ね。
特に、物流業で行くとなると、これまで とは違った商売だから、それなりの体制を構 築しなければならないですから」と言う。
 「しかし、結局は顧客ありきだから、荷主の 意向に応える体制を作らなければならない。
自 身で立ち位置を決めたというよりも、荷主の要 請に応えて、物流業に転換していった倉庫業 者が多いのは事実だ。
いまは、多くが『本籍 倉庫業、現住所物流業』だと思う。
まあ、地 域や荷主によっては、本籍が現住所という事 業者もあるけど」  「さっき資本集約という言葉が出ましたけ ど、そこに倉庫業の原点があるんだ。
なるほ ど、本籍か‥‥」  訳の分からない編集長のつぶやきにみんな が顔を見合わせる。
 美人弟子がうなずくのを見ながら、編集長 が続ける。
 「労働集約的というのは、保管ではなく、物 流業務に軸足を移すということですね? 物 流業になるということか‥‥」  「そうですね。
物流業で行くというのは、倉 庫は、お客さんに届けるための結節点として あるのであって、保管という概念はなくなっ ていくものだという主張が色濃く反映された もので、それが労働集約的と言われる方向の ようです」  「なるほど、それに対して、保管がなくなる ことはない、保管業に徹していくというのが ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大 学院修士課程修了。
同年、日通総合研究 所入社。
同社常務を経て、2004 年4 月に独立。
湯浅コンサルティングを設立 し社長に就任。
著書に『現代物流システ ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の 手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』 (以上PHP 研究所)ほか多数。
湯浅コン サルティング http://yuasa-c.co.jp PROFILE Illustration©ELPH-Kanda Kadan

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