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奥村宏 経済評論家
AUGUST 2013 62
三井造船との合併交渉
川崎重工業の会長、社長、常務の三人が臨時取締役会で解
任された事件がマスコミで大きく取り上げられ、?クーデター?
として問題にされている。
川崎重工業は創業から一〇〇年以上の歴史を誇る名門企業
として知られているが、そういう会社で?クーデター?が起
こったので、それはまるで株式会社としてあるまじきことで
あるかのように報道されているのである。 この事件は、会長、
社長、常務の三人がほかの取締役には秘密にして三井造船と
の統合・合併の話し合いを進めていたが、日本経済新聞がこ
の合併交渉を報道していたところから明らかになった。
そこで、三井造船との統合・合併が川崎重工業にとってプラ
スにならないとして、ほかの取締役が臨時取締役会を招集し、
そこで三人を解任するという決議をしたというものである。
造船業界が斜陽化し、新船の建造需要が激減していること
はよく知られている。
そこで川崎重工業としてこれに対処するために、三井造船
との統合・合併をしようとしたのが会長、社長、常務の三人
であった。 ところが、三井造船は造船部門の比率が高いのに
対して、川崎重工業は全売上高に対して造船部門の占める比
率は一割程度しかない。
そこで三井造船と統合・合併すれば、川崎重工業の経営は
悪化するだけであると判断して、ほかの取締役全員が一致し
てこの統合・合併交渉に反対した、というわけである。
もちろん、三井造船との統合・合併交渉をしていた三人の
側にもそれなりの理由があり、川崎重工業としては今後、海
洋開発などの分野に力を入れていくことが求められているが、
その分野で三井造船と統合・合併することが必要なのだ、と
判断したというわけである。
このように、会社の経営方針に関して取締役同士が対立す
るということはよくあることである。
マスコミ報道のあり方
株式会社の経営方針を決めるのは取締役会で、取締役会で
の多数決によって決定するということになっている。
会長とか社長、あるいは常務取締役という肩書きは、それ
ぞれの会社が勝手に決めていることで、会社法には何らの規
定もない。
したがって取締役会での多数決で経営方針について決定す
る、そして株主総会でその承認を得る、というのが株式会社
の原則である。 取締役の中には意見を異にする者がいるのは
当然のことで、別におかしくはない。
川崎重工業の取締役の中で、三井造船との統合・合併に賛
成する者と反対する者があって対立する、ということは至極
当然のことで、それを問題にする方がおかしい。
それはクーデターでも何でもない。
ある週刊誌からこの事件についてのコメントを求められた
私は、相手の記者に対してそのように話したが、この事件を
クーデターとして取り上げたい編集者にとって私のコメントは
都合が悪いのか、掲載されなかった。
その週刊誌だけでなく新聞各紙も、この事件を取締役会で
のクーデター事件として取り上げているが、このようなマス
コミの報道のあり方が問われている。
これまで取締役会でのクーデター事件としては、一九八〇
年代に起こった三越事件などが有名だが、三越では当時の岡
田社長の愛人が三越との取引で有利な扱いを受けているとい
うことが問題になり、取締役会で岡田社長が解任されたとい
うものだった。
このような社長のスキャンダルに対してほかの取締役が一
致して社長を不信任するということは、これまた株式会社と
しては当然のことで、これはクーデターでも何でもない。
にもかかわらず当時の新聞や週刊誌はこれをクーデター事
件だとして大きく報道したものである。
重要事項は取締役会の多数決によって決めるのが株式会社
の原則である。 会長・社長の独裁主義がまかり通ってきた日
本のやり方が崩れ始めている。
第135回 それは“クーデター”か?
──川崎重工業の事件──
63 AUGUST 2013
問われている株式会社のあり方
株式会社では株主総会で株主が一株一票、または一単位株
一票の原則によって取締役を選任し、合併などの重要事項に
ついては株主総会で決めるということになっている。
取締役会で議論して決定し、それを株主総会に諮る。
そこで取締役の間で意見が異なれば、取締役会において多
数決で決定するということになるが、取締役の間で意見が異
なるのは当然のことで、それが正常である。
ところが日本では取締役会で皆の意見が一致しているのが
当然のことだとされている。
これは民主主義ではなく、会長、あるいは社長による独裁
で、これこそ株式会社の原理に反することである。
このように会長と社長による独裁主義によって日本の株式
会社は大きくなり、高度成長を遂げたのであるが、しかし、
それが壁に突き当たった。
それが今回の川崎重工業事件の意味するものだが、しかし
マスコミでは異例のクーデター事件として報道され、多くの
人はそれを当然のことのように受け取っている。
これは株式会社とはそもそも何か、という基本にかかわる
問題であるが、日本のマスコミにはそのような認識はないし、
多くの読者にもないのではないか‥‥。
私が株式会社の研究を始めてから半世紀以上経ったが、今、
原点に立ち返って「株式会社とは何か」ということを考えて
いる。
その成果を『会社の哲学』という本にして、近く、東洋経
済新報社から出すことになっているが、今回の川崎重工業の
事件はこのような観点から取り上げていく必要がある。
そこで問われているのは、株式会社とは何かということで
ある。
そこから出発して日本の株式会社のあり方について基本に
立ち返って考えて直していく必要がある。
奇妙な?全員一致?
アメリカでは取締役会で最高経営責任者(CEO)を解任
するというような事件はよくある。 これまでGMやIBM、
ウエスチングハウスやアメリカン・エキスプレスなどの有名企
業でそのような事件があった。
もちろんアメリカのマスコミもそれを報道するが、しかし、
それはクーデターとしてではなく、会社における経営陣の対
立事件として報道された。
これに対して日本では、三越の事件でも、そして今回の川
崎重工業の事件でも、空前のクーデター事件として大きく報
道される。
ということは、日本では株式会社の経営方針に対して取締
役は全員一致している、というのが当然であるということを
意味する。
しかし、これほどおかしなことはない。 取締役会でいつも
全員一致しているということは、本来あり得ないはずである。
しかし日本では全員一致して決めているというのが当然のこ
ととされている。
ということは、具体的には取締役会では会長、あるいは
社長が経営方針を発表し、他の取締役はすべてそれに従って
いるということである。 これは会長、あるいは社長の独裁で、
民主主義に反するものである。
しかし日本の株式会社ではこのように、全員が一致して会
長や社長の方針に従っていることが当然のこととされている。
少なくともマスコミはそのような前提に立って報道している
のである。 そして、三越や川崎重工業の事件はそのような前
提に反するものとして報道されているのである。
これは日本のマスコミ報道のあり方にかかわる問題という
よりも、日本における株式会社のあり方にかかわる重大な問
題である。 そこで問われているのは株式会社の基本にかかわ
る問題である。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷
大学教授、中央大学教授を歴任。 日本
は世界にもまれな「法人資本主義」で
あるという視点から独自の企業論、証
券市場論を展開。 日本の大企業の株式
の持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批
判してきた。 近著に『東電解体 巨大
株式会社の終焉』(東洋経済新報社)。
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