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湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
OCTOBER 2013 82
憶しかないんですが、調べていて、思い出す
ことも結構ありました」
「おたくが思い出すのは、ミニスカートとか
だろ?」
大先生が、ちゃかすように言う。 編集長が、
なぜか残念そうな顔で答える。
「いえ、私は、田舎に育ったんで、あまり記
憶にはないんですが、調べたら出てきました、
ミニスカートブーム。 先生の青春真っ盛りの時
代ですよね」
「青春真っ盛りかどうかは別にして、ミニス
カートはよく覚えている」
「ミニスカートブームは、残念ですけど、そ
の石油危機で終焉を迎えたんですね」
「そうだったっけ? でも、なんで、おたく
が残念がるわけ? まあ、いいとして、大体、
ミニスカートは景気がいい時に流行るという定
説がある。 バブル期にも流行ったろ?」
「へー、そうなんですか。 どういう因果関係
なんですかね?」
編集長が興味深そうな顔で大先生に聞く。
67《第138ミニスカートにボウリング
秋分を過ぎ、ようやく秋の気配が漂い始め
たころ、編集長が女性記者を伴って、大先生
の事務所を訪れた。
「日中はまだまだ暑いですね」
編集長が汗を拭きながら、弟子たちに声を
掛ける。 弟子たちの「そうですね」という声
に答えるように、女性記者が「こんにちは」
とあいさつする。
会議テーブルに着くなり、編集長が大先生
を見て、「改めて調べてみたんですが、あの一
九七三年の第一次石油危機というのは、大げ
さに言えば、日本を変えたというくらいのイ
ンパクトがあったんですね」と言う。
「そりゃそうだよ。 産業構造から生活スタイ
ルまですべて変えてしまったと言ってもいい
くらいだ‥‥なに、また何か調べたの?」
大先生が迷惑そうな顔をする。 そんなこと
にはお構いなしに編集長が続ける。
「あのころ、私はまだ小学生で、断片的な記
石油ショック直後の日本では、物資
の買い占めや価格の高騰を見越した売
り惜しみ、倉庫に在庫を隠す“物隠し”
などが至るところで発生した。 小売
りの店頭から商品が消え、景気は低迷。
国内貨物輸送量は戦後初めての大幅
な減少に見舞われた。 とりわけ落ち
込み幅が大きかったのは、鉄道貨物
輸送だった。
石油危機後の輸送量減少
■大先生 物流一筋三十有余年。 体力弟子、美人
弟子の二人の女性コンサルタントを従えて、物流
のあるべき姿を追求する。
■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生
の頼れる右腕。
■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整
能力に長けている。
■編集長 物流専門誌の編集長。 お調子者かつ大
雑把な性格でズケズケものを言う。
■女性記者 物流専門誌の編集部員。 几帳面な秀
才タイプ。
第 回
19
83 OCTOBER 2013
「景気がいいと気分も開放的になるんじゃな
いの。 ミニスカートといえば、ボウリングブー
ムも同じころだったな。 あのころ、ボウリン
グは待ち時間が長かった。 二時間、三時間待
ちというのが当たり前だった。 待ち時間の間、
ビリヤードなんかやってた記憶がある‥‥」
大先生が遠くを見る仕草をする。 それに構
わず、編集長が続ける。
「そうです。 七〇年代に入って第一次ボウリ
ングブームが起きました。 でも、やっぱり石油
危機でいったん終焉を迎えているんです。 残
念ですけど‥‥」
編集長がまだ続けようとするのを女性記者
が遮る。 彼女は、疑問が起こると、すぐに口
に出すタイプだ。
「あのー、ミニスカートとボウリングブームと
何か関係あるんですか? なんか、お二人で
楽しそうに話してますけど」
「あれ、知らないの? さわやか律子さん?」
「知りませんよー。 私はまだ生まれてません
から」
大先生の言葉に女性記者が口を尖らす。 編
集長が説明する。
「当時、ボウリングブームの火付け役になっ
たのが、女性のプロたちだったんだってこと
だよ。 そう言えば分かるだろ‥‥」
「はー、なるほど、その女子プロたちがミニ
スカートだったってわけですね。 先生はご覧に
なったんですか?」
「見た。 テレビで。 さっきの律子さんという
のは中山律子といって、女子プロ第一号の人
だったんだけど、花王のシャンプーのコマーシ
ャルに登場して、『律子さん、律子さん、さわ
やか律子さん』というフレーズが一世を風靡
したんだ」
大先生が楽しそうに答える。 編集長が資料
を見ながら、「そう言えば、当時、ハイセイコ
ーという馬が‥‥」と続けようとするのを女
性記者がまた遮る。
「石油危機が、いろんな面で転換をもたらし
たというのはよーく分かりました。 もうそろ
そろ、本題に移った方がよろしいんじゃない
でしょうか」
女性記者のもっともな指摘に編集長が「う
ん、そうだな‥‥それじゃあ、続きはまたに
しようか」と残念そうに、矛を収める。
「その馬のお話はお酒を飲んだ時にでも、聞
いてさしあげますから」
名残惜しそうに資料を見ている編集長をさ
すがにかわいそうに思ったのか、女性記者が
声を掛ける。
著しい輸送量の減少
二人のやりとりを興味深そうに見ていた体
力弟子が「よろしいですか」と言って、資料
を配る。
「その頃の物流に関する統計データ(次頁表
参照)です」
体力弟子の言葉に編集長が、気を取り直す
ように身を乗り出して見る。 「なるほど」と言
いながら、独り言のようにつぶやく。
「これを見ると、七二年度まで伸びてきた輸
送量が七三年度から低下し、七六年度には五
〇億トンを切ってますね。 一気に景気が落ち
込んだ様子が分かりますね」
「はい、ここには出してませんが、七七年度
からまた上向きに転じます。 その話はまた後
にして、石油危機直前の七二年度から五年間
で一五%も輸送量が落ち込んでいます。 物流
業界にとっても大変な事態だったと言えます」
体力弟子の説明に、みんなが数字を追う。 女
性記者が誰にともなく質問する。
「やっぱり、トラック業者は減ってしまった
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
OCTOBER 2013 84
んですかね?」
美人弟子が答える。
「倒産してしまった業者もあったと思います
が、総数では増えています。 七六年度には区
域や小型などの営業トラック業者が、初めて
三万社を越えています」
編集長が確認するように聞く。
「前に輸送量統計についてお話を伺ったとき、
その増減は、公共投資の影響が大きい、つま
り太宗貨物【注】の増減が反映するということ
でしたが、やはり建設土木関連の落ち込みが
大きいんでしょうか?」
「へー、編集長はすごいな。 専門家みたいな
質問だ」
大先生が感心したように言う。 編集長がち
ょっと口を尖らし、「あのー、私も、一応、こ
の世界で飯を食ってる人間ですから」と抗議
口調でつぶやく。 大先生が「あー、そうだっ
た。 専門誌の編集長だった」と言って、女性
記者を見る。 女性記者がニコッと笑ってうな
ずく。 美人弟子が続ける。
「確かに、輸送量の中で大きなウェイトを占
める石油石炭、窯業土砂、機械、鉄鋼などの
太宗貨物が公共投資の減少で減った影響が大
きいと言えます。 それに石油危機に端を発す
る景気の後退や民間の建築着工の減少なども
加わって、過去にない落ち込みを見せたよう
です」
美人弟子の話を聞いていた編集長が何か思
い出したように「そうそう」と言ってノート
のページを繰って、うなずく。
「うん、これこれ。 えーと、当時は、原油
の輸入価格も上昇しましたが、原油産出国
は同時に生産制限もしたんですね。 その結果、
我が国の輸入量も減ってしまったわけですか
ら、石油不足で輸送業者は燃料の確保に苦労
したようです。 運びたくても運べないという
状況もあったんじゃないですかね?」
大先生がうなずいて、答える。
「うん、確かに、おれの記憶では、長距離
トラックの場合、行った先での給油が困難な
ため、長距離の操業に支障が出ていたことは
間違いない」
女性記者が確認するように聞く。
「原油の輸入量が減って、石油が思うよう
に使えない結果、国内の生産量も落ち込んで、
それで例の買い占めのようなパニックが起こ
ったんですね? 大変だ、商品がなくなるー
と思って‥‥」
?鉄道の荷主離れ?が進んだ
大先生がうなずいて、答える。
「そうそう、品切れになるんじゃないかと
心配して、トイレットペーパーや洗剤、砂糖、
塩といった生活必需品に消費者が殺到して買
い占めるというパニック状態が起こった。 国
やメーカーは、商品はなくならないと不安を
払拭しようとしたけど、実際スーパーの店頭
では、買い占めなどによって品不足が起こっ
ていたのだから、パニック状態を鎮めること
【注】輸送量において大きな割合を占める
輸送機関別国内輸送トン数
1971年
1972年
1973年
1974年
1975年
1976年
合計
計
鉄道
千トン千トン分担率
5,434,485
5,877,134
5,715,840
5,084,741
5,029,533
4,999,743
251,266
239,369
228,842
205,819
184,428
186,024
4.6%
4.1%
4.0%
4.0%
3.7%
3.7%
国鉄
千トン分担率
193,296
182,450
175,681
157,705
141,691
140,914
3.6%
3.1%
3.1%
3.1%
2.8%
2.8%
民鉄
千トン分担率
57,970
56,919
53,161
48,114
42,737
45,110
1.1%
1.0%
1.0%
0.9%
0.8%
0.9%
計
自動車内航海運航空
千トン分担率
4,795,677
5,203,418
4,911,957
4,377,374
4,392,859
4,355,945
88.3%
88.5%
85.9%
86.1%
87.3%
87.1%
営業用
千トン分担率
1,194,356
1,305,266
1,322,130
1,235,578
1,251,482
1,311,727
22.0%
22.2%
23.1%
24.3%
24.9%
26.2%
自家用
千トン分担率
3,601,321
3,898,152
3,589,827
3,141,796
3,141,377
3,044,218
66.3%
66.3%
62.8%
61.8%
62.5%
60.9%
千トン分担率
387,415
434,179
574,835
501,361
452,054
457,571
7.1%
7.4%
10.1%
9.9%
9.0%
9.2%
千トン分担率
127
168
206
187
192
203
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
0.0%
資料:運輸省大臣官房情報管理部統計課 出所:『数字で見る物流1983』運輸経済研究センター
85 OCTOBER 2013
このまま悪のりすると、いまにひどい巻返し
を覚悟しなければなるまい。 いまは業者が良
心的であるかどうかが消費者にテストされて
いるのである。 人を見てストックをちびちび出
してくる小売店を、人々は忘れないであろう』
「へー、その二つの言葉を聞いただけで、当
時の状況がよーく分かるような気がします」
女性記者の感想に美人弟子がうなずいて、
「そうですね。 でも、実際は、それほどの物
不足ではなかったようです。 結局、年内には
落ち着きを取り戻しました。 この語録は、実
際はパニック状態の最中に語られたものです」
と説明する。
美人弟子の話を聞きながら、編集長が「こ
のデータを見ると、鉄道輸送の落ち込みが顕著
ですが、売り惜しみじゃないですよね?」と
言って、一人で大笑いしている。 あきれた顔
のみんなの視線を振り払うように、「それにし
ても急降下ですね?」と体力弟子に確認する。
体力弟子が統計書を見ながら説明する。
「そうですね、鉄道輸送は、五〇年度が三
二%で、六四年度に一〇%を切ってます。 そ
れからずっと漸減傾向が続いています」
「荷主の鉄道離れはずっと止まらないってこ
とだな」
編集長の言葉に大先生が訂正を入れる。
「荷主の鉄道離れではなくて、鉄道の荷主離
れの結果といったほうが妥当だと思うよ」
編集長がちょっと考えて大きくうなずく。
「あっ、なるほど、そういうことですか。 鉄
道側が利用しづらくしていったってことですか」
「そう、結果としてそうなった。 鉄道は、ト
ラックへのモーダルシフトで経営が悪化したこ
ともあり、列車本数の間引きや運賃値上げを
行った。 また、荷主が荷物を発送しても、一
列車分の貨車が集まらないと発車しない『満
牽主義』だったため、到着時間が未定だった
り、輸送時間が長く掛かるなど、荷主として
は非常に使いづらい状況だった」
「確かに、サービス低下、コストアップという
状況では鉄道は使えませんね。 その結果、荷
主は遠ざかって行った。 その原因は鉄道自身
が作った‥‥ってことだ」
「そう、荷主が遠ざかったわけではない。 鉄
道が荷主から遠ざかった。 ここを間違えては
いけない」
「なるほど‥‥ところで、そろそろ荷主や物
流業者がどう動いたかという本論に入りまし
ょうか」
編集長の言葉に大先生が「やれやれ、ちょ
っと休憩だ」と言って、席を立った。
はできなかった」
大先生の話に美人弟子が「そう言えば」と
言って、ファイルの雑誌のコピーを繰る。 「こ
れです」と言って、みんなの前に置く。 「何で
すか?」と編集長が聞く。
「これは、例の『流通設計』という雑誌の七
四年の一月号、二月号にあったものです。 こ
の雑誌は、このころ、巻頭に、いわゆる巷の
興味深い語録を拾って紹介するというページ
があったのですが、そこで、こんな話が出て
くるんです。 売り惜しみに関する話です」
「あー、商品を隠して、値上がりを待って少
しずつ売りに出すというやつですね」
編集長の解説に美人弟子がうなずく。
「そうです。 それに関連する語録が二つある
んです。 読みますね。 一つが、町の雑貨屋さ
んのご主人の言葉です」
『どうもいけないね。 このとおり、店にはモ
ノが無いんだ。 あんた、いま本当に無いものは
何だか知ってるかね。 倉庫だよ。 やつら倉庫が
足りないんだよ。 隠し場所に困ってんだとよ』
編集長が「おもしろいですね、売り惜しん
だ商品を隠す場所が一番足りなかったんです
ね。 やつらというのは、メーカーや問屋を指
してるんですかね」と感想を述べる。 女性記
者が「もう一つはどんな言葉ですか」と興味
津々といった表情で先を促す。
「もう一つは、ある大学の先生の言葉です。 苦
言というか警告ですね。 こうおっしゃってます」
『多くの商人が、いわば売手市場の強みで、
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究
所入社。 同社常務を経て、2004 年4
月に独立。 湯浅コンサルティングを設立
し社長に就任。 著書に『現代物流システ
ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の
手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド
ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』
(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コン
サルティング http://yuasa-c.co.jp
PROFILE
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