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湯浅和夫の
湯浅和夫 湯浅コンサルティング 代表
《第66回》
NOVEMBER 2013 60
年一〇月六日に起こっています。 もともとは、
四八年にイスラエルが独立を宣言したことに対
し、これに反対するエジプト、サウジ、シリア
など周辺アラブ諸国がパレスチナへ進軍したこ
とが中東戦争の始まりです」
「最初は四八年ですか、その後、二次、三次
とあって、第四次なんですね?」
女性記者の確認に美人弟子がうなずく。
「そうです。 六七年に第三次の戦争があって
以来です。 原油の減産と原油価格の引き上げ
は、対米戦略の一環として行われたようです。
米国のイスラエルに対する武器供与に対抗する
ため、OPEC加盟のアラブ産油国が石油を武
器とする戦略を発動したということのようで
す。 原油価格は、それまで一バレル三・〇一
ドルだったものが、一〇月一六日に五・一二
ドルに引き上げられ、その翌日には原油生産
の段階的削減を決定しています。 その後、翌
年の一月から十一・六五ドルに引き上げると
決定しています」
「へー、一気に四倍近くになったんですね。 え
67《第139運べない状況が起こった
「私なりの解釈ですが、石油ショック以降の
物流は、『運べない』ということがキーワード
だったように思いますが、どうですか?」
コーヒーを飲みながら、編集長が自信あり
げに大先生に問い掛ける。 大先生が軽くあし
らう。
「誰が解釈してもそうさ。 原油の輸入が大幅
に減ってしまったんだから当然だ」
「原油価格が値上がりし、生産制限が起こっ
たのは、年表的に言うと、どうなるんでしょ
うか?」
女性記者が、妙な言い方で弟子たちに聞く。
大先生に軽くいなされて不満そうな編集長が
「年表的ってなんだよ?」と口をとがらす。 そ
れに構わず、美人弟子が資料を見ながら答え
る。
「年表的に言えば、まず石油危機の発端と
なった第四次中東戦争ですが、これはイスラ
エルとエジプト、シリア両国との間で一九七三
高度経済成長期の物量の増加は、
そのほとんどをトラック輸送が吸収し
た。 売り手市場となった運送市場でト
ラック業界は“我が世の春”を謳歌し
た。 オイルショックがそこに拍車を掛
けた。 輸送力不足が一気に顕在化し
て、運送市場は大混乱に陥った。 二割、
三割の運賃値上げが当たり前のよう
に横行し、荷主の足下を見て極端な
高運賃を吹っ掛ける業者も現れた。
“我が世の春”を謳歌したトラック業界
■大先生 物流一筋三十有余年。 体力弟子、美人
弟子の二人の女性コンサルタントを従えて、物流
のあるべき姿を追求する。
■体力弟子 ハードな仕事にも涼しい顔の大先生
の頼れる右腕。
■美人弟子 女性らしい柔らかな人当たりで調整
能力に長けている。
■編集長 物流専門誌の編集長。 お調子者かつ大
雑把な性格でズケズケものを言う。
■女性記者 物流専門誌の編集部員。 几帳面な秀
才タイプ。
第 回
20
61 NOVEMBER 2013
ーと、いまはいくらぐらいなんでしたっけ?」
女性記者が編集長に聞く。
「なんだ、そんなことも知らないのか。 今
は、一〇〇ドルを挟んで上下してるってとこ
だ。 それはいいとして、トラックは燃料がな
いと走れないわけですから、影響は大きかっ
たですよね?」
「はい、さっき、おっしゃったように、運べ
ない状況が起こりました」
美人弟子の言葉に編集長が「そうでしょ」
と満足げにうなずく。 編集長は結構執念深
い。 大先生が呆れた顔で編集長を見る。 大先
生が何か言う前に、体力弟子が話題を提供す
る。
「当時の新聞を調べてみると、石油危機の直
前まで大きな話題になっていたのは、物流の
供給力不足問題だったんです。 同じ運べない
ということですけど、燃料がなくて運べない
のではなく、物流量の増加に対して今のまま
では供給力が不足し、運べなくなるという危
惧でした」
そう言って、体力弟子が新聞記事のコピー
を示す。 輸送経済新聞の七三年一〇月二〇日
付の座談会記事で、「物流需要と供給力」とい
うテーマが躍っている。
編集長が手に取って、「へー、ほんとだ。 二
〇日に掲載されているけど、この座談会が行
われたのは、石油危機が問題になる前だった
んでしょうね。 石油危機には一言も触れられ
ていない」と誰にともなく言う。
「そこで言う供給力というのは、輸送力なん
だけども、当時の記事をいろいろ見てみると、
石油危機前の興味深い実態が分かる」
大先生が思わせぶりに言う。 編集長が「へ
ー、どんな実態ですか」と興味深そうに聞く。
「高度成長に伴って物流量が大幅に伸びたん
だけど、その伸びのほとんどを吸収したのは
トラック輸送だった」
「そうですね、先生のお話ですと、鉄道は荷
主離れをしたわけですから‥‥」
編集長が妙な合の手を入れる。 それに構わ
ず、大先生が続ける。
「輸送経済の社説の言葉を借りれば、輸送
量は増える、鉄道輸送は使えないという中で、
トラック業界は『我が世の春』を謳歌してい
たそうだ。 トラック業者といえば、かつては
荷主に選別される立場にあったのだけど、当
時は、儲かる荷主をトラック業者が選別する
という状況だったらしい」
「へー、そんな状況だったんですか‥‥」
「でも、よく言われるように、我が世の春
は長続きしない。 荷主の立場に立てば、そん
な状況にいつまでも甘んじているわけがない。
幸か不幸か、トラック輸送というのは、資本的
にも技術的にも参入障壁は低い。 だから、よ
うよう困った事態になれば、荷主自らがトラ
ック輸送市場に参入すればいいだけだ。 子会
社を作ってもいいし、自家用トラックでもい
い」
大先生の説明に編集長が大きくうなずく。 大
先生が続ける。
「荷主として輸送のあり方を見直そうとして
いた矢先に石油危機に見舞われた」
「なるほど、そこから大混乱が起こるわけで
すね」
運送受託拒否もあった
「当時の記事によると、原油価格の高騰以上
に原油の輸入制限よる影響が大きく報道され
ています」
体力弟子の説明に続いて、美人弟子が記事
を紹介する。
Illustration©ELPH-Kanda Kadan
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「とにかく、軽油が足りないという声と割り
当てを増やしてくれという要望の記事が多い
です。 どれくらい足りないかというと、必要
量に対して三〇〜四〇%の軽油が不足してい
るとの声が多く見られます。 その結果、運送
受託拒否などということも珍しくなかったよ
うです」
「長距離運行では、県外での給油が極めて
難しいため、運んだ先で三日も四日も立ち往
生したという実態が数多く報告されています。
それと、当時、輸送が安定的にできないとい
う状況がスーパーの店頭に現実に現れていたよ
うです」
「へー、商品が十分に並ばなかったってこと
ですか?」
女性記者が口を挟む。 編集長が興味深そう
な顔で体力弟子を見る。
「スーパーの店頭では、昨日まであったもの
が今日はなく、これまでなかったものが突然
大量に出回ったりと、安定供給とはほど遠い
状況だったようです」
「そんな状況では、消費者の不安心理が増幅
するのはやむを得ないでしょうね。 トイレット
ペーパー騒動も心理的にはわかります」
女性記者の言葉に大先生が反応する。
「そうだな、ただ、事態を沈静化しようとし
たとはいえ、当時、政府がメーカーに増産要
求をしたのは理解に苦しむ。 何を考えていた
のか‥‥あっ、そうそう、運賃も大騒ぎだっ
たようだ」
大先生が解説する。
「当時は、国が運賃を認可するという認可運
賃制度が取られていて、車種別距離帯別に運
賃額が表示されていたんだけど、それを基準
運賃といって、この上下一〇%の中で運賃は
決めなさいとなっていた。 でも、実際は、認
可運賃の下限額よりも低い運賃を強いられて
いて、運賃が上がっても、ようやく下限レベ
ルに届いた程度だったというのが今の話だ」
「分かりました。 でも、軽油の値段が高く、
しかも足りない状況なら、上限の運賃まで行
ってもいいように思いますね」
女性記者の言葉に大先生が笑いながら大き
くうなずき、答える。
「そのとおり、そういう非常時は認可運賃の
前提にはないのだから、需給関係で認可運賃
を大幅に超えてもいいと思うけど、まあ、認
可運賃の上限なら正当な権利だから、当然要
求すべきだ。 現実に、トラック協会あたりは
そういう指導をしたんじゃなかったっけ?そ
んな記事を読んだ気がする」
体力弟子が「はい、あります」と言って、
資料を繰る。
「えーと、これです。 当時の全ト協の運賃
秩序確立委員会というところが運賃収受の
基本的な考えを提示したという記事がありま
す。 簡単に言うと、運賃は認可運賃の最高
額を収受すること、割増料金は全て完全収
受すること、運賃の決済は全て一カ月以内の
現金決済とすること、やむなく手形決済と
認可運賃の最高額を収受すべし
大先生の言葉に体力弟子がうなずき、記事
を紹介する。
「年末繁忙と軽油不足が重なり、トラック
不足に陥ったわけですから、当然運賃がア
ップしました。 問題になったのは度を越した
アップです。 『いくらでも運賃を出すから運
んでくれ』という荷主もいたようで、荷主
の足元を見て法外な運賃を提示した業者も
いたらしいです。 そういう業者は、大体五
〇%から一〇〇%増の運賃を要求したよう
で、同業者からもひんしゅくを買ったとい
う記事があります」
「別に目くじら立てるほどのことでもない
だろ。 価格は需給関係で決まるのだから、運
賃が倍になったということは購入者がいたと
いうことだ。 それまで低運賃を強いられてき
たのだろうから、その逆があってもいいんじ
ゃないの。 業者も荷主も自己責任だ」
大先生の突き放したような言葉に編集長が
戸惑ったような顔をして、弟子たちに聞く。
「当時、運賃の妥当な増額水準みたいなも
のはあったんですか?」
「大体二〇%から三〇%上乗せという水準
は荷主側も納得するところだったようです。
ただ、それでも、認可運賃の下限水準によ
うやく届いたという程度の業者もいたらしい
です」
女性記者が怪訝そうな顔をするのを見て、
63 NOVEMBER 2013
集めていました。 当時、マスコミや国会で非
難の対象になっていたのが倉庫業界です」
「もしかしたら、売り惜しみの商品隠し問題
ですか?」
女性記者が勘を働かせて確認する。 美人弟
子がうなずく。
「倉庫が買い占め商品を隠しているとみられ、
営業倉庫がその張本人として悪者扱いされた
ようです。 国会で追及するために、議員たち
が当時の運輸省の倉庫課に押し寄せたようで
す。 当時、議員の方々は、倉庫業法があるこ
とも知らないし、当然、自家倉庫と営業倉庫
の違いも知らなかったと非難するような調子
で書いています。 倉庫課の話を聞いて、営業
倉庫は事業の性格から売り惜しみの片棒を担
ぐことなどできないと知らされて拍子抜けし
ていたとあります」
「なるほど、倉庫業界もとんだとばっちりを
受けましたね」
編集長が同情するように顔をしかめる。 美
人弟子が首を振る。
「たしかに。 とばっちりですけど、倉庫協会
としては『禍を転じて福と為す』という方向
を取ったようです。 この際、営業倉庫の宣伝
をしてやれと‥‥」
編集長が感心したような顔をする。 その顔
を見て、大先生が「宣伝程度じゃ福にはなら
んな。 実際は、ヤミ倉庫のようなものを摘発
せいって言ったんだろうな。 それなら福にな
る」と言う。
編集長が「なるほどー」とまた感心する。
「感心するほどのことじゃないよ」
大先生の言葉に編集長が慌てて話題を変え
る。
「なんか、荷主の取り組みも面白そうですね。
そっちに移りましょうか‥‥あっ、その前に、
少し休憩しましょうか?」
編集長の言葉にみんながうなずく。 まだ先
は長そうだ。
する場合は、期限六〇日以内とし、必ず手形
割引料を収受することといった内容になって
います」
「なるほど、興味深い取り組みですけど、な
かなかそううまくはいかなかったでしょうね」
編集長がボソッと言う。 美人弟子が続ける。
「翌年には運賃改定がなされています。 荷主
の動きを見ると、トラック輸送業者にどう対
応したのかということが分かります。 荷主と
しては、石油危機前までは、とにかく物流量
が増え続け、それにどう対応するかというの
が大きな課題だったわけですけど、石油危機
に直面し、その課題が待ったなしの課題にな
ったってことです」
「荷主業界も深刻化する軽油不足の影響で悲
嘆にくれている表情だ、なんて記事もありま
すが、さまざまな取り組みが行われ始めるの
も事実です。 荷主の話に移りますか?」
体力弟子の確認に編集長が「はい」と言い
ながら、「あっ、そうだ」と言って、弟子たち
に質問する。
「トラック業界は分かりましたが、そのころ
倉庫業界はどうだったんでしょうか? 軽油
の影響は直接的にはないように思うんですが
‥‥」
倉庫業界にとばっちり
美人弟子が「そうでした」と言って、資料
を出して、説明する。
「倉庫業界は、思いもよらないことで関心を
ゆあさ・かずお 1971 年早稲田大学大
学院修士課程修了。 同年、日通総合研究
所入社。 同社常務を経て、2004 年4
月に独立。 湯浅コンサルティングを設立
し社長に就任。 著書に『現代物流システ
ム論(共著)』(有斐閣)、『物流ABC の
手順』(かんき出版)、『物流管理ハンド
ブック』、『物流管理のすべてがわかる本』
(以上PHP 研究所)ほか多数。 湯浅コン
サルティング http://yuasa-c.co.jp
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