ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2013年11号
判断学
第138回 東京電力をどうするか?

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 NOVEMBER 2013  64  なぜ倒産させなかったのか?  東京電力は柏崎刈羽原発の六号機と七号機の再稼働を原子 力規制委員会に申請したが、そうなると年間二〇〇〇億円程 度の収支改善が見込まれるという。
 そこで東京電力に資金を貸している三井住友銀行をはじめ とする銀行団は、一〇月に返済期限を迎える融資の借り換え を認め、これによって東京電力は取りあえず窮地を脱した。
 もし銀行団が融資の借り換えを認めなかったらどうなる か? その時は東京電力は倒産するしかない。
 そして柏崎刈羽原発が再稼働したとしても、東京電力の経 営危機は続くし、巨額の債務を返済することはできない。
 となれば、東京電力はいずれは倒産するしかない。
にもか かわらず、政府は東京電力を倒産させないように、あれこれ と手を打ってきた。
そして、そのことが事態をますます悪化 させてきたのである。
 福島第一原発事故の調査をした国会事故調査委員会の委 員であった野村修也中央大学教授は、次のように言っている。
 「原発事故が起きた段階で政府が東電を破綻させない選択 肢をとったことが不幸の始まりでした。
東電をいったん破綻 させ、政府が事故処理の責任を負う考えもありました。
し かし銀行の債権が毀損したら困るとか、東電が発行している 社債の保護が必要だとかいう声と、回収不能な形では税金を 投入したくない財務省の思惑が一致したのでしょう。
政府は 『交付国債』で東電が必要になった時に資金を貸す仕組みに なったのです」(朝日新聞二〇一三年九月二七日付)。
 こうして事実上は破綻している東京電力を倒産させないで、 そのままにしておいたことが事態をますます悪くしている。
 そこで東京電力は柏崎刈羽原発を再稼働させようとしてい るのだが、これが付近の住民の不安を増大させ、原発反対の 運動をますます激化させるばかりか、東京電力という会社の 存続そのものを疑問視させることにもなっている。
 それでも株式会社か?  福島第一原発の事故が起こり、それによって東京電力は事 故処理のために巨額の資金を必要とし、さらに付近の住民に 対する損害賠償のために何兆円もの資金が必要になった。
 そこで普通なら、この段階で東京電力は倒産するべきであ った。
 倒産したらまず困るのは銀行である。
東京電力が倒産すれ ば債権者である銀行は債権を放棄せざるを得ない。
そこでメ ーンバンクである三井住友銀行が中心になって政府に働き掛 け、東京電力を倒産させないようにした。
 その際、東京電力が倒産したら、事故の被害者である住民 たちへの損害賠償ができなくなるということを大きな理由と していた。
 そこで政府は原子力損害賠償支援機構を作り、この組織が 必要と想定される資金五兆円を調達し、それを東京電力に貸 す、というシステムを作ったのである。
 その原子力損害賠償機構の資金は政府が交付国債の発行に よって調達するというものであるが、もし東京電力がそこか ら借りた資金を返済することができなくなれば、それは国と いうよりも国民の負担になる。
 このような奇妙な制度を作ったことによって東京電力を救 済し、倒産させないで来たのだが、これが原因で事態が悪化 の一途をたどることになった。
そこで今改めて東京電力をど うするかということが大きな問題になっている、というわけ だ。
 東京電力という会社は株式会社であり、その株主は有限責 任である。
そこで東京電力が倒産すれば株券はただの紙切れ になる。
 そして債権者である銀行や東京電力の社債を所有している 人たちは、その債権を放棄させられる。
これが株式会社の原 則なのだが、その原則に反した措置を政府は取ったのである。
 政府が無理矢理存続させている東京電力をやはり倒産さ せるべきだという声が高まっている。
しかしただ倒産させる だけでは問題は解決しない。
第138回 東京電力をどうするか? 65  NOVEMBER 2013  解体して分割せよ!  そこで次に問題になるのが、東京電力を倒産させ、そして 国有化したあとどうするかということである。
 これを日本航空やGMのように、元の会社のまま再生させ たのでは意味がない。
 東京電力に限らず日本の電力会社は地域独占の企業である が、これは明らかに独占禁止法に違反している。
もともと戦 前の日本には各地域にたくさんの電力会社があってお互いに 競争していた。
それを戦前から戦中にかけて統合して、最終 的には日本発送電という一つの会社にしてしまった。
 そして戦後になってこれを九電力会社に分割したのだが、 そこでは地域独占の会社になってしまった。
 アメリカやヨーロッパでは地域ごとにたくさんの電力会社 があって競争しているが、日本でもそうすべきである。
 そこで、まず発電会社と送電会社を分離し、そして配電会 社も別にする。
そして会社だけでなく、地方自治体も発電事 業や配電事業を行うようにする。
戦前には県や市町村などの 地方自治体が発電事業を行っていたが、それを再現すべきで ある。
 東京電力福島第一原子力発電所の事故が起こった後、私は 『東電解体』という本を書いて東洋経済新報社から出したが、 その中で「東京電力を解体して分割せよ」と主張し、そして 発電事業と送配電事業を分離し、地域独占をやめるべきだと 主張した。
 この本が出たのは二〇一一年一〇月だが、それから二年経 った今、改めて東京電力をどうするかということが大きな問 題になっている。
 私の「東電解体」案に最も抵抗しているのが政府と銀行、 そして当の東京電力の経営者であるが、恐らく従業員もそれ には反対するであろう。
しかし、これでは問題を先延ばしす るだけで、何の解決にもならない。
 倒産させた後  会社の倒産は破産ではない。
破産すれば会社はなくなって しまうが、倒産した会社は会社更生法や民事再生法の適用を 裁判所に申請し、それを裁判所が認めれば、会社はいったん 減資し、そして債権者は債権を放棄して会社は生き残る。
 例えばバブル崩壊で倒産した山一証券はその後破産して会 社はなくなってしまったが、日本航空は倒産した後再生して いる。
 その際、倒産した会社はいったん減資した後、増資して資 金を調達するのだが、日本航空の場合は国、すなわち政府が 出資した。
 アメリカではクライスラーやGMが倒産した後、アメリカ政 府が大株主になり、さらにその株式を民間に放出したが、日 本でも同じような方式を取ってきた。
 そこで東京電力の場合も、会社更生法か民事再生法によっ て、いったん倒産させた後国が出資して再生させるべきであ ったが、そうはしなかった。
 そこから不幸が始まったという先の野村教授の指摘はまさ にその通りである。
 というよりも、今改めて東京電力を倒産させるべきだとい う声が起こっているのである。
 それによって東京電力の株価は下がり、極端な場合はゼロ になるかもしれない。
それ以上に困るのは銀行で、三井住友 銀行をはじめとする銀行は債権を放棄させられるし、東京電 力の社債を所有している銀行や保険会社なども大きな損失を 発生させることになる。
 もちろん、東京電力の経営者も、そして従業員も会社が倒 産すれば大きな被害を被ることになるが、それは仕方のない こと、というよりも当然のことである。
 そして原発事故の被害者に対する損害賠償は、東京電力に 代わって政府が責任をもって処置する以外にはない。
おくむら・ひろし 1930 年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にもまれな「法人資本主義」で あるという視点から独自の企業論、証 券市場論を展開。
日本の大企業の株式 の持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批 判してきた。
著書に『会社の哲学 会 社を変えるために』(東洋経済新報社)。

購読案内広告案内