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奥村宏 経済評論家
第9回 新聞記者の謝った判断
JANUARY 2003 58
銀行を国有化するということ
銀行国有化への動きがにわかに高まってきた。 竹中平蔵氏
が金融担当大臣を兼務するようになったところから、銀行の
不良債権処理を急ぐ方針が打ち出され、その対策として銀行
への公的資金投入、それによる国有化が大きな問題になって
きたのである。
この銀行国有化論が金融界に大きな衝撃を与えたのはもち
ろん、四大銀行グループの株価が急落し、思わぬ波紋を投げ
かけた。 そこで当の竹中大臣が国有化を否定するような発言
をしたが、誰もそれを信じていない。
というのもこれまでの竹中氏の言動はコロコロと変わって
おり、これほど「言葉の軽い人はいない」といわれ、まるで発
言に信頼性がない。 経済、とりわけ金融は信用に基づいて成
り立っているのだが、そこで信用が失われれば信用恐慌にな
る。 竹中氏はまるで信用恐慌を起こすために金融担当大臣に
なったようなものだ。
もうひとつは、国有化という言葉の定義だ。
株式会社である銀行を国有化するというのは、具体的には
国家が銀行の株式を所有して支配することを言う。 そこで「株
式を所有して支配する」というのは、ごく常識的には発行株
式の過半数を所有することを指している。
そこで銀行の不良債権を処理するために、銀行が株式を発
行し(すなわち増資をし)、政府がこれに払い込んで、その銀
行の発行株式の過半数を所有するならば、これで銀行は国有
化されたということになる。
そしてこれまで日本の大銀行は優先株を発行して、これに
政府が払い込むという形で公的資金を投入してきたが、この
優先株に配当を支払うことができなくなれば普通株に転換さ
れる。 これによる政府所有の普通株の上にさらに今後、普通
株を政府が取得していけば、当然、過半数の普通株が政府所
有となり、銀行は国有化される。
時代錯誤の銀行の国有化論が世間を賑わしている。 不良債権処理で公的資
金が大量に投入された日本の銀行を、アメリカ資本が安く買い取るというシナ
リオが垣間見える。 銀行のあり方を変えないまま国有化を決行しても、うまく
いくはずがない。
それでも銀行は国有化していない、と竹中氏はおそらく言う
つもりだろうが、そのような言葉を信用する人はいないだろう。
国家社会主義への道
小泉首相はかねてから「民間にできることは民間に任せる」
ということを大方針として掲げ、道路公団や郵政事業を民営
化すると言ってきた。
その小泉内閣のもとで、銀行を国有化するというのは全く
矛盾した話である。 郵便貯金は民営化して、銀行は国有化す
る――このようなデタラメな政策はおそらく世界中の物笑いの
種になるだろう。
銀行の国有化はいうまでもなく、かつてのソ連や中国など
で共産党が政権をとって行った政策である。 社会主義は銀行
だけでなく、企業全体を国有化するということを大方針としてきた。
そして奇妙なことにヒットラーのナチス・ドイツも、そして
ムッソリーニのファッシズム・イタリアでも国有化が行われて
きた。 ナチスが国家社会主義といわれるのもこのためである。
一九八九年のベルリンの壁崩壊、それに続く一九九一年の
ソ連解体によって、明らかになったことは国有化が失敗した
ということであった。 銀行や企業を国有化することによって
計画経済が行われるが、しかしそれは組織を肥大化させ、官
僚統制をもたらし、企業の非能率となってあらわれる。 これ
が社会主義の失敗の原因になったのである。
そこで社会主義をタテマエにしている中国でも国有企業の私
有化=民営化が行われていることはよく知られている通りだ。
そういうなかで日本では銀行を国有化するというのだから
驚く。 これは歴史の教訓から学んでいないためというより、ア
ナクロニズムそのものだというしかない。
竹中氏はいったい銀行の国有化をどういう理論的根拠に立
って主張するのだろうか。 そもそも理論など全くないのが経
済学者と称するこの人の本質ではないか、とさえ思える。
59 JANUARY 2003
アメリカ資本の陰謀?
このような矛盾した政策をなぜ堂々と掲げるのか。 それは
単なる無知によるものだけではない。 ではなにが原因なのか。
竹中氏が銀行の不良債権処理を急ぐ理由はいうまでもなく
アメリカからそれを強く迫られているからである。
アメリカ政府はかねてから日本政府に対して銀行の不良債権
処理を急ぐよう要請しており、ハバード米大統領経済諮問委員
会(CEA)委員長などはあからさまにそれを主張している。
それは日本経済がいまや世界経済のお荷物になっており、世
界の景気の足を引っ張っている。 その大きな原因は銀行の不
良債権にあるという認識であるとされている。 そして銀行の
不良債権を処理するためには、銀行に公的資金を投入するし
か方法はなく、したがって銀行を国有化するしかないという
ことになる。
ではアメリカは日本に社会主義になれと言っているのか。 ま
さか、そうではあるまい。 そこで考えられるのが、日本の銀行
をいったん国有化し、そのあとアメリカ資本が安くこれを買
い取るというのがホンネではないかということである。
現に日本長期信用銀行はいったん国有化されたあと、リッ
プルウッド・ホールディングスというアメリカ資本によってわ
ずか一〇億円で買い取られた。 これと同じことを日本の四大
銀行グループについてもやろうとしているのではないか。 もし
そうだとすれば、竹中氏はアメリカ資本の手先になって日本
の銀行を売り飛ばそうとしているのではないか。
私はいわゆる陰謀理論(コンスピラシー・セオリー)に対
してこれまで批判していたが、それは陰謀によって世界がす
べて動かされているというのは間違いだという考え方によるも
のであり、陰謀の存在そのものを否定するものではない。
単純な陰謀理論によって竹中氏の政策を批判するつもりは
ないが、しかし彼がアメリカ資本の言うままになっていること
に対しては強い怒りを感じる。
おくむら・ひろし 1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷
大学教授、中央大学教授を歴任。 日本
は世界にも希な「法人資本主義」であ
るという視点から独自の企業論、証券
市場論を展開。 日本の大企業の株式の
持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判
してきた。 主な著書に「企業買収」「会
社本位主義は崩れるか」などがある。
国有化して、うまくいくのか
この原稿を書いている段階では銀行国有化に向かって事態
はどんどん進行しており、おそらくこの動きを押しとどめるこ
とはできないだろう。 ただ、竹中氏は実質は国有化しながら
「国有化ではない」という詭弁を弄するだろうが、もはや誰も
そんな言葉を信用しないだろう。
では、国有化することによってうまくいくのか。
銀行を国有化した場合、現在の経営者が責任を取らされる
ことはいうまでもない。 竹中氏が、現在の銀行経営者の責任
を追及するという意味のことを発言して物議をかもしたこと
はよく知られているが、国有化されれば経営者が辞めさせら
れるのは当然である。
では、それに代わって誰が銀行の経営者になるのか。 政府は財界人から登用するというかもしれないが、普通の企業と
違って銀行の経営者に金融のシロウトの財界人がなってもう
まくいかないし、だいいち適当な人材は見つからないだろう。
そうなれば大蔵省の古手や金融庁の役人が候補になるだろ
うが、官僚が銀行経営者になってうまくいくとはとても思え
ない。 おそらく混乱を招くだけで、銀行の経営を改善するこ
となど考えられない。
では、かりに財界人や古手官僚を一時的に銀行の経営者に
したあと、次にこの銀行を外資に売るとして、それでうまく
いくのか。 これまでの新生銀行のケースを見ると、これは日
本の金融システムに混乱をもたらしただけで、とても銀行経
営を改善したとはいえない。
それというのも日本の金融システム、とりわけ大銀行のあ
り方をそのままにして、アメリカ式の経営方法を取り入れて
もうまくいくはずがないからだ。
いま必要なのは、日本の銀行のあり方そのものを変えるこ
とである。 その方向性がないまま銀行を国有化してもうまく
いくはずがない。
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