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23 APRIL 2003
特 集
運賃の仕組みを再考する
運賃とは人件費だ。 人件費の削減は運賃を下げる最大の手段だ。
しかし、既にドライバーの賃金は限界を超えて下がっている。 発
想の転換が必要だ。 人件費の水準を下げるのではなく、人件費を
かけずに運ぶ仕組みが求められている。
トラックドライバーの値段
運賃水準は底値にある。 これ以上の下落に運送業
者は耐えられない。 既に五年ほど前から、業界内では
そう指摘されていた。 しかし、その後も運賃水準は下
がり続けている。 それでも倒産や廃業は危惧されてい
たほどには増えていない。 依然として事業者数は増加
する傾向にある。 運送業者に思いのほか財務的な余裕
があったというわけではない。 理由は人件費の切り下
げにある。
全日本トラック協会では毎年、「トラック運送事業
の賃金実態」を調査している。 この調査によると、全
産業平均の賃金はバブル経済の崩壊以降も一貫して
上昇しているのに対して、一般運送業者に勤めるドラ
イバーの賃金は九七年をピークに下がり続けている。
特積みを含めた道路貨物運送平均で見ても、ピークは
九五年でその後は下落に転じている(図1)。
図2は運送業者にとっての原価となる運送費から
傭車費用を抜いた正味の原価構成を示している。 ドラ
イバーの賃金はコストの約五二%を占めている。 運賃
は人件費のかたまりだ。 理屈上は人件費にメスを入れ
ることが、運賃を下げる最大の手段となる。 しかし賃
下げは日本の労使慣行上、容易ではない。 士気にも
大きく影響する。
そのため従来は傭車を切り、燃料費・修繕費・高
速代の「運行三費」を始めとする賃金以外の運送費
や役員報酬などの管理費を切り詰めることで、業績悪
化に対応するのが常識だった。 しかし、それにも限界
がある。 労働組合からの圧力は年々、弱まっている。
背に腹は変えられないと、禁じ手だった賃下げに手を
出す運送業経営者が相次いだ。
こうして九〇年代後半以降、ドライバーの賃下げを
原資とした運賃の下落が起きた。 にもかかわらず、運
送業者の労働分配率は上昇している。 統計を見ると
保有車両台数一〇台以下の事業者は五年連続の赤字
に陥っている。 業界全体でも損益分岐点比率は九九%
を超えている。 「これ以上の値下げは耐えられない」と
いう指摘は間違ってはいなかったのだ。
日本より一〇年早く、一九八〇年に運輸業の規制
緩和に踏み切った米国でも実は全く同じ現象が起きて
いる。 米国のトラックドライバーの実質賃金は七〇年
代末以降、急速に下落した。 しかも下落は二〇年近
くにわたって続いた(図3)。 これと並行して、かつ
ては六〇%を超えていた労働組合の組織率も二〇%
代前半まで低迷した。
これらは規制緩和の負の遺産といえる。 規制緩和に
よる競争激化は荷主企業に運賃の低下をもたらした。
割りを喰ったのが運送業の労働組合とドライバーだ。
失業率の悪化によって、今や驚くほど安い賃金にも多
くの人が飛びつく。 約一六〇〇円までに下がった平均
時給の維持さえ危ぶまれるような状況だ。
歪みは必ず現れる。 「このところ営業用トラックに
よる重大事故が増えている。 それだけ過酷な運行をさ
せているからだ。 しかも荷主は、仕事に見合う運賃を
払っていない。 しわ寄せは全てドライバーにいってい
る。 そのために今、ドライバーが乱れている。 だらし
なくなっている」とある中堅倉庫業者の配車担当者は
指摘する。
バブル崩壊以降、多くの荷主企業が運賃水準を競わ
せるだけの物流コンペを開催してきた。 実際、それで
支払い物流を下げることができた。 しかし、これ以上、
ドライバーの賃金は下げられない。 それを運送会社に
強要するのは荷主にとっても得策とは言えない。
いくら業績が低迷しているといっても、荷主企業の
第2部
本誌編集部
APRIL 2003 24
物流マネジャーにとって物流力の安定供給はコスト削
減以上に重要な使命だ。 運送市場が規制緩和後の混
乱状態にある今日、それを担保するには、まず自らの
適正運賃を把握する必要がある。 その上でムダをなく
し、効率を上げる。 基本に立ち返った物流管理が改め
て求められている。
適正運賃とはいくらか
実勢運賃の多くは国土交通省の届け出タリフを基
準に、そこから何割引きという形で設定されている。
しかし、届け出タリフに頼っていては運賃の適正化は
望めない。 届け出タリフの料金カーブは、実際の運送
業者のコストが描くカーブとはかなりの隔たりがある
からだ。
「例えば冷凍車。 届け出タリフでは、冷凍車の運賃
はドライの三割増しになっている。 しかし実際の原価
を計算すると、実は冷凍とドライはほとんど変わらな
い。 冷凍車は普通トラックより三割程度、稼働率がい
い。 一般のトラック運送はデイタイムだけ。 しかも週
に一日か二日は休んでいる。 これに対して冷凍車は基
本的に三六五日二四時間動いている。 しかも配送距
離が短いから車両が傷まない。 結果的に原価に差がで
ない」とカサイ経営の河西健次代表は説明する。
もともと届け出タリフは原価積み上げ方式と呼ばれ、
運送業者の平均的な原価に基づいて作成されている。
しかし、これまで既存のタリフに一律に計数を掛ける
形で、タリフの更新が繰り返されてきた結果、実際の
コストとの乖離が目立つようになっている。 車両技術
向上や運行の工夫によって運送業の生産性は日々、向
上している。 それを反映するためにタリフの更新にあ
たって、多少の修正は行われるものの、車種ごとの実
勢コストを調査したりはしない。 その結果、届け出タ
リフは大型車による長距離輸送や冷凍車など、技術開
発の余地が大きい輸送ほど実態より割高な料金設定
になっていった。
逆に実勢運賃は大型ほどタリフとの差が大きい。 つ
まり値引きが極端になっている。 中小型車の短距離輸
送や地場配送はもともと単価が低く、改善余地も少
ないため値引率は抑えられている。 こうした問題点の
ある届け出タリフを捨て去ることが、運賃を適正化す
るための第一歩となる。
運送業者側では既に独自タリフによる価格設定が
一般化している。 その最も顕著な例が宅配便だ。 行政
管理上、宅配便は特積み輸送の一つとして位置づけ
られている。 届け出タリフでは特積み輸送の運賃は
「重量」×「距離」で計算される。 宅配便もこれに準
じた形でタリフが設定されている。
しかし、実際のコスト構造は特積みと宅配便では全
く異なっている。 宅配便は完全なインフラビジネスだ。
一般の運送業とは違って、運送費の大部分は固定費だ。 全国インフラを持った宅配業者にとって、コスト
の約三分の二を占める集配費用は輸送距離とは関係
なく一定だ。 距離によるコストの違いは幹線輸送分で
しかない。 そのため実態としては企業発宅配便には全
国一律料金が適用されている。
既に宅配便のうちメール便は公にも全国一律料金
が認められている。 加えて郵政公社は配送料を全国一
律五〇〇円に設定した新サービス「エックスパック5
00」を四月中旬にも発売する計画だ。 郵便法では
なく貨物自動車運送事業法の管轄下にある宅配便も、
これに合わせて早晩、全国一律料金が認められる公算
が大きい。
通常の特積み、いわゆる路線便はドア・ツー・ドア
の小口配送という意味では宅配便と似ていても、実際
ドライバー賃金
52%
燃料費
14%
車両費等
8%
修繕費 7%
高速代等
6%
保険料・
事故賠償
4%
施設使用料等 2%
図2 傭車費を除いた運送費の内訳
※全日本トラック協会平成13年決算版
「経営分析報告書」をもとに本誌が作成
その他
7%
図1 ドライバー賃金(時給換算)の推移
2400
2200
2000
1800
1600
1400
1200
全産業平均(男子)
一般運送・大型運転手
道路貨物運送平均
一般運送・普通運転手
(円)8 9 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 (年)
25 APRIL 2003
特 集
のビジネスモデルは別モノだ。 路線便がメーンとする
のは中ロット以上の貨物で、数社の荷物が混載されて
いるに過ぎないのが実情だ。 事実上の貸し切りも少な
くない。 しかも特積み大手といえども路線便のネット
ワークは、宅配便のようには全国を網羅できていない。
自社でインフラを持たないエリアの配送は、その地域
の業者に委託している。 「連絡運輸」と呼ばれる。
連絡運輸のコストは特積み業者にとって変動費だ。
特積み業者は自社のインフラが活用できるエリアへの
配送は、施設稼働率を上げるために戦略的に価格を
下げることができる。 しかし連絡運輸が必要になるル
ートは支払いが発生するために値引き率に限界がある。
しかも積み替えが発生するのでスピード面のデメリッ
トも出る。 輸送品質の管理や貨物追跡などにも課題
が生じる。
荷主企業は主要な納品先の場所と出荷頻度を元に、
それに見合ったインフラを持つ特積み業者を選択する
ことで、こうした特積みの特性を活かしていかなけれ
ばならない。
貸し切り輸送は配車が全て
一方、貸し切り輸送の運賃は、「車種」×「距離
(もしくは時間)」+「付帯業務」で計算される。 輸送
品質は運送業者よりも、むしろドライバー個人の能力
に左右される。 またコストは車両台数と拘束時間で決
まる。 必然的に管理のポイントは付帯業務の効率化と、
そして配車にかかってくる。
付帯業務の効率化については一貫パレチゼーション
の導入を始め、効果の実証された改善策が既にマニュ
アル化されている。 問題は配車、とりわけ帰り荷の確
保だ。 これまで帰り荷を探す仕事は配車マンの情報網
が頼りの個人技の世界だった。 また配車マンを補完す
る形で?水屋〞と呼ばれるブローカー的な帰り荷斡旋
業者が市場では暗躍していた。
この帰り荷確保を組織化しようとする動きが現在、
拡がっている。 ITバブル時代に求貨求車システムを
立ち上げたITベンチャーはバブル崩壊と共にほとん
どが姿を消した。 しかし、ITの普及する以前から人
手で帰り荷を斡旋してきた老舗業者は長引く不況に
逆行して規模を拡大し続けている。
ただし現状では貸し切りの長距離輸送が、こうした
帰り荷斡旋業の主な対象となっている。 積み合わせ輸
送の配車管理が課題として残されている。 四月に施行
される物流三法によって運送業者の営業区域が撤廃
されれば、全ての運送業者がエリアを問わずに積み合
わせ輸送を行うことができるようになる。 荷主企業が
自社で貸し切ったトラックの空きスペースを他社に販
売することも不可能ではなくなる。 大手メーカーとも
なるとベースとなるインフラは既存の特積み業者以上
にしっかりしている。 従来の特積みとは異なる切り口
で、新しい共同配送事業の検討が進められている。 課
題は配車業務だ。
現在、物流情報システムの分野ではTMS(トラン
スポート・マネジメント・システム)と呼ばれる運行
管理システムに世界的な注目が集まっている。 物流の
トレーサビリティ(履歴管理)のツールとなるものだ
が、それと並んで配車の効率化効果も期待されている。
新たなタイプの共同配送とTMSが結びついた時、
これまでの運賃の仕組みが、またガラリと変わる可能
性がある。 運送業は変化している。 それに合わせてコ
スト積み上げ方式から市況商品へ、さらには宅配便の
ようなパッケージ価格へと価格体系も移り変わってき
た。 運賃管理の方法も環境と共に当然、変わっていか
なければならないのだ。
図3 米国トラック運送・倉庫業の平均時給の推移
※米商務省資料より
13
12
11
10
9
8
7
トラック運送・倉庫業
全産業
70 72 74 76 78 80 82 84 86 88 90 92 94 96
($) (年)
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