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APRIL 2003 22
どっこい元気な水屋の一日
トラック運送業界には携帯電話1つ、いや3つぐらいポケット
に入れて、配車を請け負うフリーのブローカーたちがいる。 “水
屋”と呼ばれる。 長引く不況は水屋の財布を直撃している。 しか
し、市場の実態を知り尽くした彼らは、したたかにビジネスモデ
ルの転換を図っている。
倒産?それとも夜逃げ?
「お掛けになった電話番号は現在、使われておりま
せん。 もう一度、番号をお確かめの上‥‥」
二月下旬、最新の運賃動向を尋ねようと、二年前
に知り合った水屋業の一人親方、中抜好夫さん(仮
名)のオフィスに連絡を入れた。 しかし冒頭のとおり、
無情にも電話は繋がらない。 アナウンスに従ってもう
一度、掛け直してみたが、やはりダメ。
当時は月に一〇〇万円の収入があると豪語してい
たが、風向きが変わって廃業に追い込まれたのか。 そ
れとも粉末の薬を水なしで呑み込むことで誤魔化して
いた胃痛が悪化して大病でも患っているのか。 いずれ
にせよ、安否が気掛かりだ。 彼を紹介してくれた物流
コンサルタントにコンタクトをとった。
「彼なら元気にやっているよ。 事務所が移転しただ
け。 心配ない。 酒量も落ちていないみたいだし‥‥」
聞いて一安心した。 そういえば二年前に取材した
時、今にも崩壊しそうな老朽化の進みきったビルから
早く出たいと話していたことを思い出した。 その後、
ぼろ儲けして、念願の「インテリジェントビルへの移
転」がついに叶ったのだろうか。 コンサル氏に無理を
いって携帯の番号を教えてもらい、早速連絡を入れて
みた。
「中抜さんですか? ロジ・ビズ、といっても分か
らないか。 前に取材させてもらった物流の雑誌ですが、
いま電話、大丈夫ですか?」
ドスの利いた声が返ってきた。 声には張りがある。
元気そうだ。 まわりくどく取材の主旨を説明しても、
荷物と同様、右から左へ流れていくだけだろう。 難し
い話は抜きにして、単刀直入に本題をぶつけた。
「おう。 アンちゃんか? 久しぶりだな。 運賃の話?
ちょうどいい。 いま面白い仕事してっから遊びに来い
よ。 来週? 構わねえよ。 えーっと、ここの住所だろ
う? ちょっといま出先で分かんねえから、一時間後
にもう一度連絡くんな」
オフィスの住所さえ覚えていないあたりが、趣味は
博打というその日暮らしの人生を送ってきた中抜さん
らしい。 このいい加減さでも、年収は一〇〇〇万円を
超えているというから侮れない。
一体、この男は何者なのか。 前回(二〇〇一年五
月号特集)のレポートに目を通していない読者もおら
れるだろうから、ここで彼の歩んできた人生、そして
仕事の内容を簡単に説明しておこう。
中抜好夫。 歳は五〇代後半。 学校を卒業後、中堅
物流企業に入社した。 配車マンなどを経て管理職とな
ったが、ワンマン社長とその社長にモノ申せない太鼓
持ちだらけの役員、という組織に嫌気がさして数年前
に退社。 その後、配車マン時代のノウハウと在社時に
培った人脈をフル活用しようと水屋業に転じた。 家族
は奥さんと娘さん、そして愛犬のダイアナちゃん(仮
名)という構成だ。
水屋業とは一言でいえば、トラック運送の帰り荷斡
旋業である。 電話を使って運び手の見つからない荷物
を探す。 その一方で運ぶ荷物がないトラックを見つけ
る。 これらを上手に結びつける(マッチングする)こ
とで仲介手数料を得るという仕事である。
日本では古くから存在していたが、荷物がないとい
う運送業者の弱みにつけこんで運賃を叩きまくり、自
分たちは何も手を汚さないで収入を得るブローカーと
いうダーティーなイメージが強い。 これまで表舞台に
登場する機会はほとんどなかったが、現在の求貨求車
システムの原型となっている商売だ。
中抜さんはこの水屋業で生計を立てている。 たった
第4部
23 APRIL 2003
特 集
一人で年間に数億円の運賃を動かすという日本で指
折りの水屋親方なのである。
運送屋の配車係に転職?
アポイントは三月十二日だった。 この日、東京では
強い北風が吹き荒れ、最高気温は一〇度を下回った。
ところが中抜さんがオフィスを構えている地方都市に
近づくほどに、春めいた天候に変化していった。 早春
の陽気に誘われて普段は険しい中抜さんの表情も和ら
いでくれればいいが‥‥。
そんなことを期待しながら、最寄り駅からタクシー
で中抜さんが入居する自称インテリジェントビルを目
指した。 美人社員五〜六人を従え、彼女たちにマッチ
ング作業をすべて任せて、自身はソファーに座って愛
犬・ダイアナちゃんとじゃれ合っている――そんな姿
が頭に浮かんだ。
駅前の繁華街を抜け国道に入り、一〇分ほど走る
と、車はプレハブ小屋の前に到着した。 まさか。 住所
は間違っていない。 二年前に訪れた築三〇年級のビル
よりも数段、格が落ちるこの建物こそが中抜さんの新
しいアジトなのか。 本誌編集部以下だ。 地元のタクシ
ー運転手は「標準語を操るこの男はどうしてこんな場
所で下車するのか」と怪訝な表情を浮かべている。
不安を抱いて滑りの悪いサッシ戸を開けると、すぐ
に中抜さんの姿が飛び込んできた。 左耳に受話器をあ
てながら一生懸命メモをとっている。 以前とまったく
変わらない様子。 私の姿を確めると、挨拶代わりに、
この日のために用意していたのであろうぎりぎりのセ
クハラギャグを披露してくれた。
「お姉ちゃん、この記者さんに近づいちゃダメだよ。
男前だろう? ちょっとでも身体に触れたら、すぐに
子供ができちゃうから気をつけな」
部下なのか、二人の女性社員はクスクスと笑ってい
るが、お世辞にも面白いとはいえないオヤジギャグを
相変わらず炸裂させている。 ガックリきた。 しかし、
元気そうでなによりだ。
新アジトに到着したのは午前九時を少し回った頃だ
った。 確か一〇時を過ぎると一気に電話が鳴り始める。
忙しくならないうちに聞いておかなければならないこ
とが山ほどある。 早速インタビューを開始した。 それ
にしてもこの椅子はどうも座り心地が悪い。 案の定、
ボルトが一本抜け落ちたままになっている。
――一体、ここは何処なんですか?
「ある運送屋さんの配車事務所。 いまオレはここに
毎日通っているんだ」
――前のオフィスは? 住所が変わったと聞いていた
ので、てっきり以前よりも綺麗な場所に移ったのだと
思っていました。 家賃の未払いか何かで前のオフィス
を追い出されたとか?
「失礼なこと言うね。 実は一年前からこの会社の配車係を任されてんだ。 この会社はあるメーカーの物流
子会社なんだけど、元の配車マンが突然いなくなっち
ゃったらしい。 色々トラブルがあって。 ドロン(横領)
かなんかしたんじゃねえか? 詳しいことは知らんけ
ど。 運送屋にとって配車は命よりも大切な仕事だろ?
これがうまくいかないと車が遊んじゃって、あっとい
う間に倒産しちゃうから。 ここの社長さん、配車係が
突然消えて焦っちゃってさ。 ある人がオレを紹介した
らしく『助けてくれ』って泣きつかれたのよ。 義理人
情に厚いオレが一肌脱いでやったってわけさ」
――泣ける話じゃないですか。 それで水屋稼業は畳ん
でしまったのですか?
「いや。 店じまいするわけないだろう? あんなにお
いしい商売を。 兼業だよ。 それを条件にこの会社を手
APRIL 2003 24
伝っているんだから。 あっ、それと前に話した運送屋
からトラックを数台預かって荷主に売り込む?常用〞
という仕事。 あれも続けている。 というわけで、いま
は配車、水屋、常用の三つの仕事を掛け持ちしている
んだ。 先日、電話で面白い仕事をしているから来い、
って誘ったのは三つの仕事をどう捌いているのか。 そ
の姿を見せたかったからさ」
早速、お手並みを拝見させていただくことにしよう。
ケータイ駆使して兼業化を実現
中抜さんの一日の仕事は運送屋の配車作業からス
タートする。 配車するのは翌日分のものだ。 前日まで
にファクスで送られてきた荷主企業や元請け運送会社
からの配車依頼書を見ながら、所属するドライバーを
それぞれの仕事に割り振っていく。 常時稼働している
ドライバーは十三〜一五人を数える。
配車依頼に対して上から順番にドライバーを紐づけ
していくだけなら苦労しない。 配車の難しさは荷主が
希望する車種、荷台の形状、輸送ルートに合わせて上
手にマッチングしていかなければならない点だ。 とり
わけ難しいのは輸送ルートのマッチング。 仮に、当日
あるトラックが名古屋→群馬間を走ったとしよう。 翌
日再び群馬→名古屋間の仕事が見つかればいいが、現
実にはそううまくはいかない。
ピタリと当てはまらない場合には、例えば群馬に隣
接する栃木から出荷し、名古屋の手前の浜松に到着
するといった仕事を探す。 ようするにトラックが空荷
で走行する距離をできる限り短くする。 どうしても栃
木からの出荷が見つからず、東京まで走ると、その間
に掛かる燃料代、人件費などの費用は収益ゼロの単な
る持ち出しコストとなってしまうからだ。
――一日で十三〜一五人分を処理するのは容易なこと
ではありませんね。
「分かってくれるの? 毎日胃がキリキリ痛むよ。 太
田胃散じゃ利かないもんだから、最近はもっと強力な
ガスター
10
にお世話になっているよ」
「空荷走行を極力無くすかたちで、いかに上手に一
〇台強のトラックを回していくか。 その成否によって
運送屋の収益はガラリと変わる。 ここの社長さんはそ
のことをちゃんと理解している。 経験の浅い配車マン
はどうしても空荷走行の距離を長くしてしまうからね。
だから多少高い金を払ってまでもオレみたいな配車の
プロを雇っているんだ」
――月にいくらもらっているんですか?
「えへへへ」
現在、中抜さんは配車業務の合間を縫って本業で
ある水屋の仕事に取り組んでいる。 二年前はオフィス
に電話機を四台置いて、情報をやり取りしていたが、
いまではすべてを三台の携帯電話で処理している。 配
車事務所から車で一〇分ほど離れた場所に、これまた
プレハブ小屋の幽霊事務所を間借りし、固定電話機
を設置。 そこから携帯電話に転送するかたちで情報を
収集している。 転送料金が加算されるため、以前に比
べ電話料金の支払い額は二倍になったという。
荷主や走行中のドライバーから配車事務所に掛かっ
てくる問い合わせの電話に応対しながら、別の電話で
求貨求車情報を探す。 この作業をひたすら繰り返して
いる。 デスクの右側に置くのは翌日分の配車表。 そし
て左側には水屋用配車表。 空欄が一つずつ埋まってい
く。 昼休みを挟み、午後二時を過ぎた頃には両方の配
車表が真っ黒になった。 マッチングのスピード、無駄
な空荷走行をほとんど発生させない配車の質の高さは
圧巻だ。
――さすがですね。 午前九時から午後五時という限ら
5:00 起床&朝食
スポーツ新聞(競輪ページが中心)に目を通しなが
ら食事。 朝は和食が中心。
8:00 出社
通勤は軽自動車で。 実は国産高級車の購入を検討し
ているが、競輪で100連敗中のため、資金のメドが
立たっていない。
9:00 配車作業を開始
荷主からファクスで届いた配車依頼書をベースに担
当ドライバーを割り振る。
10:00 水屋仕事スタート
携帯電話3本がフル稼働。
12:00 昼食
車で近くの定食屋に。 麺類の場合は必ずライスを追
加注文する。
13:00 業務再開
配車作業と水屋仕事を同時進行。
事務所のラジカセの電源をオン。 童謡、クラシック
のテープを流す。 思うように荷物や車両が見つから
ず苛立つ自身をリラックスさせるのが目的。
15:00 おやつタイム
最近、14〜15時はほとんど電話が鳴らないという。
おやつはヨーグルトが中心。 最近ハマっているのは
豆乳。
16:00 車で10分ほどの水屋アジトへ移動
郵便物やファクスの回収。 滞在時間はおよそ5分だが、
ほぼ毎日出向いている。
17:00 業務終了
飲み会がなければ自宅へ直行。
18:00 入浴後すぐに晩酌&夕食
愛犬ダイアナちゃんを膝の上にのせながら。
21:00 就寝
前日は車両を任されている運送屋のトラックが走行
中にエンジントラブル。 22時頃に叩き起こされた。
トラックディーラーにクレームの電話を入れたが、
あまりの対応の悪さにぶちキレる。
中抜さんの一日
25 APRIL 2003
れた時間の中で、配車係と水屋ビジネスを兼業して、
しかもどちらの仕事も完璧にこなす。 確か二年前には
年収が一〇〇〇万円を超えていた。 配車の仕事が加
わったことで、稼ぎがさらに増えたでしょう? 世間
では賃金カットが横行しているというのに。
「いや、それがそうでもないんだ。 はじめはオレも三
割くらい収入が増えるんじゃないかって期待してたん
だ。 ところが蓋を開けてみると、トントンなんだよ。
とにかく水屋のほうの景気がよくない。 懐は常に寂し
いよ。 これ見りゃわかるよ」
差し出されたのは年明けからの取引実績が記された
水屋用の台帳だった。 一日当たりの取扱件数は二年
前に比べ明らかに減っている。 確か当時は一日に一〇
〜一五件ほどあった。 それが現在では五〜七件に半減
している。 ピンハネ金額も万単位の記載が減り、一〇
〇〇円単位が目立った。
小泉と塩爺を連れてこい
――長引く不況の影響ですか?
「アンちゃんは記者さんだろう? 小泉とか塩爺と
面識はないのか? あいつら一度ここに連れてこいや。
日本の景気がどれだけ深刻な事態にあるのか、オレが
教えてやる。 運賃水準は全体として二年前に比べ一
〇〜一五%落ち込んでいる。 オレの水屋業での手数
料収入なんて三分の一だぞ。 四月以降、環境規制や
何やらでトラックの数が減り、運賃が上昇する? そ
んなわけねえだろう」
運送屋の配車係を引き受けたのは「社長に泣きつか
れたから仕方なく」と説明していたが、どうやら理由は
それだけはなさそうだ。 この運送屋に出入りするよう
なったのはちょうど一年前。 恐らく水屋ビジネスの雲
行きがだいぶ怪しくなってきていたのだろう。 そこに
知人を介して配車係の仕事が舞い込んできた。 中抜さ
んにとって、まさに渡りに船だったに違いない。
――水屋業の落ち込みを配車係の仕事で穴埋めする。
事業ポートフォリオの見直しですね。
「???。 違うよ。 水屋のほうの景気があまりよくない
から、しばらくは配車係で糊口を凌ごうってわけ。 社
長本人にはこんなこと口が裂けても言えないけど、あ
の運送屋だっていつ潰れるかわかんないじゃない?
だ
から水屋一本に戻っても、ちゃんと食べていけるよう
にお客さんたちとは密に連絡を取り合っている。 ココ
もちゃんと押さえてあるしね」
といって案内されたのが例の幽霊事務所だった。
現在、中抜さんの事業ポートフォリオは水屋四割、
配車三割、常用三割で形成されている。 バランスがい
い。 しかし、やはり本人は暇な時には周囲に気兼ねせ
ずに昼寝もできる一匹狼、つまり水屋の一人親方一
本で生計を立てたいようだ。 今は我慢の時と割り切っ
ている。
配車の様子を視察に訪れた小泉首相と塩川財務大
臣が抜本的な経済対策を打ち出し、水屋マーケットが
活況を取り戻す日に備え、健康管理にも気を配ってい
る。 熱心な「みのもんた」信者で、最近は肝臓をいたわ
るためにウコンを飲むようになった。 三時には豆乳を
欠かさない。 精神安定剤の代わりにクラシックや童謡
を聴いて、ストレスを溜めないように心掛けている。
ガラに似合わずポップス好きの中抜さん。 二年前の
浜崎あゆみに代わって、今はもっぱら平井堅の「大き
な古時計」を愛唱している。 今日もタイムリミットで
ある午後五時前に配車と水屋の仕事を終わらせること
ができた。 高級腕時計を眺めながら「チックタック」
というフレーズを口ずさみ、自宅で晩酌を開始できる
時間を計算している。
特 集
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