ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2003年8号
判断学
銀行合併の大誤報事件

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 第15回 銀行合併の大誤報事件 AUGUST 2003 68 「大和銀、住銀と合併へ」――。
1995年、新聞各紙が一面トップで報じたニュ ースをきっかけに、苦境に陥っていた大和銀行の株価は反騰した。
しかし、合 併のニュースは大蔵省による情報操作と、それに疑いを持たない新聞記者がで っち上げた大誤報だった。
大和―住友銀合併報道 一九九五年十一月三日(文化の日、土曜日)の事である。
車の中で、ふとラジオをつけたところ「大和銀行が住友銀行 と合併」というニュースを伝えていた。
当時、大和銀行のニューヨーク支店の行員がアメリカ国 債の先物取引で一一〇〇億円の損失を出していたことが発 覚し、大事件になっていた。
そこで事態収拾のために大和銀行が住友銀行と合併する ことになったというのである。
このニュースを聞いた途端に 私は「そんなバカなことができるはずはない」と妻に言った のを覚えている。
このラジオニュースは確かNHKだったと思うが、それは 同日朝の「毎日新聞」の特ダネに基づくものであった。
「朝 日」と「日経」しか取っていない私の家ではそんな特ダネは もちろん知らず、ラジオを聞いてびっくりしたのだが、それ にしてもそんな合併ができるはずがないと私は判断したので ある。
翌日の「朝日新聞」は、「大和銀、住銀と合併へ」という 大きな見出しの記事を一面トップで掲載しているし、そして 「日経」も全く同じ見出しで「苦境打開へ来秋メド」という サブタイトルをつけて一面トップで報道していた。
それまで大和銀行の株価はニューヨーク支店の先物取引 での損失事件の報道で売られており、一〇月三〇日には五 九三円と一〇年ぶりの安値をつけていた。
ところが、住友銀行との合併が伝えられたところから一挙 に急騰し、十一月六日には七三九円をつけた。
一方、合併 相手とされた住友銀行の株価は一四〇円安の一七二〇円に 急落した。
これを見て私は、この合併報道は株価操作ではないか、と 思ったのだが、どの新聞にもそういう意見は載せられておら ず、合併歓迎一色だった。
世紀の大誤報 それから数年たって新聞労連の研究集会に講師として呼 ばれた私は、この大和銀行と住友銀行の合併報道を取り上 げて、これは大誤報であるばかりか株価操作ではないか、と 言った。
ところがその席にいた「毎日新聞」の記者がすぐに 立ちあがって私に反論した。
「私はちょうどその日の経済面のデスクでこの記事を載せ た責任者であるが、このニュースはある所から仕入れ、それ を確かめるために政府や日銀などの幹部に夜討ちをかけてい た。
それまでこれを否定していたある大物が、急に態度が変 わって言葉を濁したので、これは『イケる』と判断して紙面 に載せたのだ」と言うのである。
その十一月三日の「毎日新聞」の記事を探してみるとこうなっている。
「国際金融筋は二日、大和銀行の国際部門を舞台にした一連 の不正事件に関して、米連邦準備制度理事会(FRB)が 二日(日本時間三日未明)にも、大和銀行に対する営業停 止を含む処分を発表する見通しとなったため、同行が米国 内業務を大手邦銀に委ねる業務提携に踏み切ることを明ら かにした。
この業務提携が将来の合併に発展する可能性が 強い」 この「毎日新聞」の特ダネ記事では大手邦銀として、住 友銀行の名前は出ていないが、この記事を追ってNHKラ ジオは相手が住友銀行と報道し、翌四日の「毎日新聞」は もちろん「朝日」も「日経」も全て、住友銀行との合併を 報道したのである。
新聞労連の研究集会で、私はこの大誤報事件を取り上げ、 いかに日本の新聞記者が判断力に欠けているか、ということ の例として説明したのであるが、当の「毎日新聞」のデスク は、いかにして特ダネを載せたか、ということをとくとくと 説明していた。
同じ席にいた「日経」の記者も同じだった。
69 AUGUST 2003 情報操作 その結果がどうであったか。
ここで改めて言うまでもない が、大和銀行と住友銀行はいずれも合併する気はなかった し、できるはずもないことは分かっていた。
にも関わらず新聞が両行の合併を大きく報道したのはな ぜか。
当時、大蔵省は大和銀行事件で窮地に立たされていた。
そ こで大和銀行のアメリカでの業務を住友銀行に引き取らせ るのをよい機会にして、これを合併へもっていくと報道させ ることで一挙に人気を挽回しようとしたのではないか。
窮地 に立った大和銀行をこれで救済できるし、株価も上がる。
このように計算して、合併のニュースを新聞に書かせたの であろうと思われるが、言うまでもなくこれは情報操作である。
政府や大企業が情報操作をすることはこれまでもよくあ る。
しかし、この情報操作に乗せられる新聞記者にも問題が ある。
そしてこれで大変な迷惑を被るのは新聞の読者である。
こんな情報操作がすぐにそのまま新聞に載ったのでは、読者 は何を信頼してよいのか分からなくなる。
私はさきの新聞労連の研究集会の席でこう言った。
「日本の新聞記者は夜討ち朝駆けで、政治家や経営者を 追い回しているが、そんなヒマがあったら本でも読んで勉強 したらどうか。
情報を早く取るのが新聞記者の仕事だと思 われているが、その情報をどう判断するか、ということが大 切なのだ。
日本の新聞記者に最も欠けているのは、情報を 判断する力ではないか」と。
最近でもイラク戦争でアメリカのブッシュ政権、そしてイ ギリスのブレア政権が「イラクに大量破壊兵器があるから攻 撃する」という情報操作をしていたことが大きな問題になっ ているが、その政府の情報操作に乗せられてそのまま報道し た新聞やテレビ、週刊誌の責任が問われているのだ。
私の判断 大和銀行がニューヨーク支店の不正事件で大きな損失を 出し、アメリカから撤退しなければならなくなった。
その決 定が十一月二日にFRBから出ることが予想されていたが、 そこでアメリカでの業務をどこか他の銀行に引き取ってもら う必要がある。
その相手として同じ関西出身の銀行として 住友銀行を選んだというのはわかる。
しかし、これがなぜ合併になるのか。
そんなことはあり得 ないと私は判断したのだが、その根拠は住友銀行のこれまで の歴史を知っているからである。
かつて住友銀行は河内銀 行を合併したことがあるが、この合併によって旧河内銀行の 取締役や幹部はいっせいに追放されてしまい、大きな不満が 行内にあった。
関西弁で言えば「エゲツない」そのやり方は当時、いろん な所で噂になっていた。
それからかなりたって今度は、住友 銀行が平和相互銀行を合併した。
この時も平和相互銀行出 身の幹部、従業員が冷遇されたことが伝えられていた。
このような歴史を持つ住友銀行と大和銀行が合併できる はずがない。
大和銀行の内部から反対が出るのは必至だし、 大株主である野村証券なども反対するだろう、というのが私 の判断であった。
住友銀行との合併を伝えた十一月四日の新聞はいずれも 両行の頭取の発表を載せているが、両行の頭取はいずれも 「合併する」とは言っていない。
森川敏雄住友銀行頭取は 「(合併の)機運が起きれば、その時点で協議したい」と言っ ているだけだし、大和銀行の海保孝頭取は「今すぐどうこう というわけではないが、時の流れで両行がそういう気持ちに なれば、将来あり得ないことではない」と言っているだけで ある。
両行の頭取とも「合併する」とは言っていないにも関わら ず、新聞は各紙とも「合併」と大きく報道したのである。
おくむら・ひろし 1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
主な著書に「企業買収」「会 社本位主義は崩れるか」などがある。

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