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AUGUST 2003 20
現場はICタグの普及を待てない
「もしかしたら経済産業省も一年後には、もうIC
タグの話をしていないかもしれない。 だが現段階では、
可能性を信じて前向きに取り組む人がいる以上、我々
が支援することには意味があると考えている」――経
済産業省の商務情報政策局情報経済課でRFIDを
担当している吉川徹志課長補佐はこう語る。
経産省は今春、商務流通政策局が中心になって「商
品トレーサビリティの向上に関する研究会」を催し、
二月に会合を二回開いた。 ただし、そこで展開された
議論は、トレーサビリティというよりRFIDの活用
法に主眼を置いたものだった。
この研究会には、食品行政を管轄する農林水産省
や、運輸行政を担う国土交通省もオブザーバーとして
参加している。 メンバーはメーカー、卸、小売り、物
流業者、ITベンダー、さらには学者から業界団体の
代表まで多彩だ。 メーカーの顔ぶれだけを見ても、オ
ンワード樫山、トヨタ自動車、東芝、講談社、ハウス
食品、花王とさまざま。 参加者の間に共通の話題があ
るのかと訝りたくなるほど多岐にわたっている。
その理由を、座長を務めた国立情報学研究所の浅
野正一郎教授は次のように説明する。 「研究会の狙い
は業界や省庁を超えて多くの人たちが大同団結するこ
とにある。 このため、あえて異論の出ない範囲内のテ
ーマ設定しかせず、皆が同じ土俵に上って連携を保つ
ことを重視している。 即効性は求めていない」
研究会が四月にまとめた中間報告は、次のステップ
に向けた取り組みも示唆していた。 だが経産省の商務
情報政策局だけを見ても、既に二つの異なる動きが存
在している。 一つは流通や物流を所管する流通政策
課の取り組みで、「流通サプライチェーン全体最適化
実務家が挑むトレーサビリティ
ICタグの普及に奔走する人たちを後目に、実務家たちは現実的
なトレーサビリティシステムの構築に奮闘している。 すでに実用化
されている技術を使って、唐突に発生するリスクから自分自身や所
属企業を守ることが彼らに求められている。 (岡山宏之)
情報化基盤整備事業」を今年七月に開始している。 加
工食品業界と日雑業界を対象とするサプライチェーン
の効率化が狙いだ。
もう一つは経済情報課が主導する取り組みで、彼ら
も同じ七月に「電子タグ(ICタグ)とサプライチェ
ーンマネジメント」という文書を出している。 そこに
は「あらゆる商品の追跡管理や効率的在庫管理への
ニーズに応えるには、従来のバーコード管理では限界
があり、電子タグに大きな期待がある」という前提で
電子タグの普及を進めていくとある。
いずれも「商品トレーサビリティ研究会」の中間報
告を引き継いではいるが、世間一般で認識されている
食の安全や安心に関するトレーサビリティとは、縁遠
い取り組みだ。 経産省の眼中には食品トレーサビリテ
ィはない。 そこは食品行政を所管する農林水産省の担
当と割り切っている。 経産省にとってトレーサビリテ
ィは、RFIDの普及を後押しするうえで使い勝手の
いい大義名分に過ぎないのである。 しかし、少なくとも食品を扱う企業にとってトレー
サビリティは今や企業の存亡にかかわる重要なテーマ
だ。 消費者に食の安心や安全を保障できない企業は、
近い将来、市場からの退出を余儀なくされる可能性が
高い。
管轄官庁の農水省の認識が極めて甘かったことは、
二〇〇一年九月に日本で初めて狂牛病(BSE)を
罹患した牛が発見され、その後の対応が後手にまわり
続けたことで明らかになっている。 自ら先導すべき食
品トレーサビリティについても、農水省は最近まで驚
くほど稚拙な認識しか持っていなかった。 BSEの発
生で食品トレーサビリティの早期確立を求められた農
水省は、当初、最終製品に二次元バーコードを添付
しようとしていた。 この二次元バーコードに製品の履
第3部
21 AUGUST 2003
歴情報をすべて持たせることで、消費者が食品の製造
履歴などを追跡できると本気で考えていた節がある。
これが極めて非現実的な対処法だったことは明白だ。
二次元バーコードに書き込める情報量が、いかに一次
元バーコードに比べて多いとはいえ、履歴管理のため
に必要な情報をすべて書き込むことなど不可能だ。 履
歴の単純な生鮮品ならまだしも、複数の原料を調理す
る加工食品では、その履歴情報は膨大なものになって
しまう。
一般に加工食品は複数の原料を混ぜて作られてい
る。 それぞれの原料には固有の履歴が存在し、その原
料に使われている原材料が、また複数の原料から作ら
れているケースも少なくない。 つまり、加工食品の履
歴を遡ろうとするとネズミ算式に情報量が増えてしま
う。 これを全て最終製品に持たせることなど、二次元
バーコードはおろかICタグを使ってもできない。
食品トレーサビリティの現実解
行政の意識レベルがいかに現実から乖離していよう
と、食品を扱う企業は消費者の求める食の安心・安
全という要請に応えなければならない。 実際、食品ト
レーサビリティの分野で先行している企業は、ICタ
グなどとは無縁の世界で消費者のニーズに応えようと
してきた。 加工食品メーカーのなかでもキユーピーは、
トップレベルの履歴追跡システムを実現していること
で知られている。 同社の高山勇技術開発部長は、昨
今のトレーサビリティを巡る動きについて、こう警鐘
を鳴らす。
「トレーサビリティというのは、基本的にトラブルが
起きたときにどう対応するかという話だ。 そのためだ
けに何億円もの投資をしたり、人を増やしたりするの
はおかしい。 良い製品を作ろうと思ったら、食品メー
カーはまず現場の改善から進める必要がある。 そうし
たステップを経ずにトレーサビリティの話ばかりが先
行するのは本末転倒だと思う」
加工食品メーカーであれば、製造に使った原材料の
情報は、記録の形態はどうあれ必ず保管している。 だ
が多くの食品メーカーの製造現場は、情報をコンピュ
ータで一元管理できる体制にはなっていない。 このた
めトラブルが発生しても、即座に製品の履歴を遡るこ
とができないでいる。
現状のままでは消費者からの問い合わせに迅速に対
応することができない。 この課題をどう克服すればい
いのか――。 いま多くの実務家が直面している食品ト
レーサビリティの問題点は、そこに集約される。
食品メーカーに限らず、情報システムによる工程管
理(プロセス・コントロール)を実現できていない企
業が、いきなりトレーサビリティシステムを作ろうと
すれば、べらぼうなコストと労力が必要になる。 しか
も、これは業務プロセスに関する話であり、最先端のITを導入したからといって解決できる話ではない。
逆に製造工程を管理するITの仕組みがきちっと構
築できている企業にとっては、トレーサビリティはさ
ほど難しい話ではない。
実際、キユーピーが三年前の食中毒事件の後、すぐ
にベビーフードに関するトレーサビリティを実現でき
たのは、その約一〇年前からFA(ファクトリー・オ
ートメーション)システムを約一〇億円を投じて構築
してきた経緯があったためだ。 その土台があったから
こそ、従来の一次元バーコードを二次元で置き換え、
容器に製品を識別するための「QAコード」を新たに
印字するだけで、レベルの高いトレーサビリティシス
テムを実現することができた(二四ページ参照)。
このときキユーピーが追加で投じた資金は約三〇〇
特集 ICタグ狂想曲
原料
受入情報
加工原料
受入情報
加工食品トレーサビリティの概念図
原料メーカーDB
原料
一次加工メーカーDB 二次加工メーカーDB 三次加工メーカーDB 販売店DB
産地ラベル変更 製造履歴
製造履歴
製造履歴 販売履歴
納入情報
納入情報
製品履歴問合せ
Dopa
養鶏場
工場
工場
工場
購入者
販売店
保証No 123456
箱詰め
041116IDGB
出荷
キューピーの高山氏作成資料
保証No 123456
二次元コード
配送情報
取得
原料メーカーに
チエン式に遡る
キユーピーのベビーフード
に印字された「QAコード」
AUGUST 2003 22
〇万円足らずだった。 最終製品の容器にQAナンバー
を印字するジェットプリンターが一台約三〇〇万円。
これをベビーフードだけで七ラインに導入したため計
二〇〇〇万余りかかった。 さらに二次元バーコードを
扱う機器も新たに購入する必要もあった。 しかし、同
社がFA化に費やした一〇億円と比べれば、桁違いに
少ない金額で済んでいる。
花王は一次元バーコードを利用
花王の場合はもっと顕著だ。 最近の花王は「健康
エコナ」や「へルシア緑茶」など加工食品の分野への
攻勢を強めている。 従来から同社が扱ってきたシャン
プーや洗剤などと違って、加食には賞味期限など管理
の煩雑さがともなう。 だがFA化において日本有数の
先進企業である花王にとって、食品分野で求められて
いるトレーサビリティの要請に答えるのは難しい話で
はなかった。
同社でロジスティクス部門を統括する松本忠雄執
行役員は、「最終製品に刻印してある識別番号から、
いつ、どこで作ったかという原料情報に遡ることがで
きる。 二次元バーコードを否定するつもりはないが、
我々は従来の一次元バーコードだけで全ての情報をヒ
モ付けできる仕組みを作ってきた」と説明する。
キユーピーと花王のトレーサビリティシステムの考
え方は、基本的にまったく同じだ。 最終製品に固有の
識別番号を刻印し、これと履歴情報をヒモ付けするデ
ータベースを構築する。 そして電話やインターネット
で消費者から寄せられる問い合わせに対して、この識
別番号だけで対応する体制を構築している。
流通や物流の情報化に詳しい日本ロジスティクスシ
ステム協会の大久保秀典主席システム研究員は、次
のように指摘する。 「トレーサビリティを実現するた
めに克服すべき技術的な課題があるとすれば、最終製
品を識別するためにコードを印字するプリンタくらい。
データキャリアとしては既に標準化されているEAN128
を活用すれば、一次元バーコードだけでも充分に対応
できるはずだ」
食品トレーサビリティの具体的な構築手法が、こう
したスタイルに収斂しつつあることは業界団体の動き
からも窺える。 米の流通を管理している財団法人全国
米穀協会では、いま日通総合研究所と組んでトレーサ
ビリティシステムを構築している。 今秋に出回る新米
からシステムの運用を開始する方針だ。
そこではキユーピーのシステムと同様、二次元バー
コードと識別番号(精米ロット番号)を製品に付記す
ることによってトレーサビリティを実現しようとして
いる。 「米の生産履歴の管理は別にJAグループが進
めているため、当面、我々のシステムでは卸の精米履
歴にまでしか遡ることができない。 だが二次元バーコ
ードのデータ容量にはまだ余裕がある。 ここに将来的
にJAの生産履歴を入れれば、生産情報まで追跡で
きるようになるはずだ」と全国米穀協会の堀口孝明業
務部次長は説明する。
さらに堀口次長は、そもそもトレーサビリティシス
テムの構築を決めた理由は、「問題が発生したときに
製品が出荷された先を迅速に特定して、すぐに回収で
きるようにする」ためだったという。 流通の履歴を管
理していなければ、問題が発生したときに回収すべき
対象を特定できない。 最悪のケースでは全国回収をす
ることにもなりかねず、これを回避する手段として履
歴管理が有効と言うわけだ。
トレーサビリティシステムの導入は単に消費者に生
産履歴情報を提供するというだけでなく、問題が発生
した時のダメージをできる限り小さくするためのリス
日本ロジスティクスシステム協会の
大久保秀典主席システム研究員
花王は日付管理を必要とす
る食品のトレーサビリティ
すら、一次元バーコードだ
けで実現している
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ク管理という側面を持っている。 前述したキユーピー
や花王が、以前から製造プロセスの管理に熱心だった
のも、そうした狙いによるところが大きかった。
イオンの牛肉トレーサビリティ
大手量販チェーンのイオンは、トレーサビリティに
最も熱心に取り組んできた小売り業者の一つだ。 二〇
〇一年に日本で初めて狂牛病に罹患した牛が見つか
る以前から、ヨーロッパで繰り広げられていたBSE
騒動を注視していた。
同社は二〇〇〇年の時点で、フランスにおける狂牛
病対策を調べた経験から、「最も消費者から評価され
る対策はトレーサビリティの充実」(イオンSSM商
品本部畜産商品部の戸田茂則牛肉カテゴリーマネジ
ャー)であることをいち早く認識していた。 そして万
一、日本で同様の事態が発生したときの対応策として、
同社がオーストラリアに持つ直営農場で育てた牛肉に
販売をシフトしたり、国産牛の履歴を把握できる体制
を構築しようと努めていた。
それだけに二〇〇一年九月に日本でBSE騒動が
勃発したとき、その二カ月後には早くも狂牛病対策を
打ち出すことができた。 業界で「セット仕入れ」と呼
ばれている牛肉の一頭買いにシフトして、従来のよう
に畜産流通の業者が枝肉に加工した牛肉を仕入れる
のではなく、生産者団体と直接交渉することで履歴の
確かな牛だけを一頭単位で購入するようにした。
枝肉や肉塊になってしまえば、一頭単位の牛の履歴
を確認する意味はあまりない。 流通業者が偽の申告を
したとしても見破る手だてがないためだ。 このためイ
オンは、現在のように法律で一頭一頭に固有の番号が
付けられる以前から、自主的に牛一頭単位の履歴を
管理する体制を構築する必要があった。
さらに狂牛病の発生から五カ月後の翌年二月には、
「お肉の安心確認システム」と銘打って神奈川県の店
舗の畜産売り場にパソコンを設置。 訪れた消費者がそ
の場で店頭に並ぶ牛肉の履歴を確認して、購入の際
に確認できるトレーサビリティシステムを稼働した。
その後、イオンは同様の端末を置く店舗を徐々に増や
し現在では全三七店舗に導入済みだ。
もっとも、この端末は設置直後こそ多くの人たちに
使われたが、最近では一店舗で一日二〇件程度しか
利用者がいないのだという。 牛肉の消費量が狂牛病騒
動の前の水準までほぼ戻っていることを考えれば、牛
肉購入者のごく一部にしか使われていない計算になる。
しかも端末利用者の半分は、後で追加した料理のレシ
ピなどを閲覧しているに過ぎない。
それでもイオンは、牛肉のトレーサビリティシステ
ムを構築したことに大きな意味を見出している。 「お
客様への情報提供というのはもちろん大きいが、もう
一つの狙いは自分たちのリスク管理。 仮に新たにBS E問題が発生しても、疑わしいものだけを特定して排
除することができる」(イオンの戸田マネジャー)。 ト
レーサビリティシステムを構築するにあたり、同社が
当初からそこまで考えていたことは言うまでもない。
こうしたこと以外にも、トレーサビリティで先行し
た企業の得るメリットはある。 食の安全・安心を対外
的に上手くアピールできれば、先行企業はライバル企
業との差別化を図ることが可能だ。 トレーサビリティ
による優位をマーケティングに活かし、ブランド力の
向上を図れるわけだ。
ICタグの普及を待つまでもなく、先進企業は既に
トレーサビリティを確立している。 そこで必要になる
のはハイテク技術ではない。 SCMの設計と運用の能
力なのだ。
特集 ICタグ狂想曲
イオンSSM商品本部
畜産商品部の戸田茂則
牛肉カテゴリーマネジャー
牛肉売場の脇に置かれたトレーサビリティのためのパソコン。
タッチパネルを操作すると右記の情報をプリントアウトできる
(ジャスコ 品川シーサイド店)
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