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NOVEMBER 2003 68
天狗になるな!
決算の数字はものすごくいい。 二〇〇三年三
月期まで五期連続の増収増益を記録している。
株価は二五〇〇円を超えており、東証一部の物
流セクターの中で一番高い。 売り上げ一兆円の
物流ガリバー日本通運の約五倍だ。
先日は日本のトップ経済雑誌「日経ビジネス」
に記事として取り上げられた。 ものすごい反響
で、記事が出た後、荷主さんから「一度話を聞
いてみたい」という問い合わせが殺到した。 お
陰様でまた物流通業の仕事が増えそうだ。 会社
の評価は赤丸急上昇中といったところか。
会社が大きくなって知名度が上がるのは決し
て悪いことではない。 上場企業とそうでない企
業とでは営業のしやすさが全然違うからな。 昔
のように「ハマキョウ? 知らないなあ? 帰
れ帰れ」と門前払いされることはほとんどなく
なった。 お客さんからの信用も格段に高まった。
銀行から冷たくされることもない。
しかしその一方で問題点も出てきた。 社員た
ちが勘違いし始めているのだ。 もうオレたちは
地場の運送屋とは違う。 東証一部上場企業や。
黙っていても仕事が取れる。 株価は何とあのヤ
マト運輸を凌駕している。 名刺一枚でどこでも
酒が飲める――。 すっかり天狗になってしまっ
ている。
仕事に対するガッツや欲も薄れている。 失敗
を恐れて新しいことに挑戦しようとしない。 事
なかれ主義の典型的なサラリーマンと化してい
る。 「オレがやらなくても、きっと他の人がカバ
ーしてくれるさ」――。 社員の数が増えてオレ
の目が届きにくくなっているのをいいことに、そ
んな甘ったれた考えで仕事をしている連中が増
えている。 よくない傾向だ。 オレはそんな奴が
大嫌いだ。
現場で働く末端の社員にはまだガッツがある。
これに対して管理職であるセンター長や営業所
長たちが弱々しい。 保身的な言動が目立つ。 会
議を開いても自分から意見を出そうとしない。
オレに散々嫌味なことを言われても反論するど
ころか、「すいません。 努力します」と覇気のな
い返事だけ。 困ったもんだ。
現在、グループの売り上げは二〇〇億円程度。 吹けば飛ぶような規模だ。 大企業には程遠い。
にもかかわらず大企業病だ。 早めに手を打って
おかないと、えらいことになる。 年率三〇%の
増収増益を続けて、二〇年後に売上高三兆円の
日本一の物流通業者になるというのがウチの目
標だ。 この辺りで一度、社員全員に?喝〞を入
れておく必要があるな。
そうだ。 勉強会をやろう。 センター長から現
場の作業員まで社員全員を対象にした勉強会だ。
講師はもちろんオレ。 収支日計表や日替わり班
長制度など物流通業の基礎をもう一度叩き込ん
でやる。 勉強会は毎月一回開き、全員必ず一度
は参加するというルールを設けよう。
第8回「
温
泉
付
合
同
勉
強
会
で
喝
!
」
〜
前
編
〜
全国の物流センター長たちは「日替わり班長制度と収支日
計表は末端の社員まできちんと浸透しています」と報告する。
ウソつくな! 現場で働くお前らの部下は先月の勉強会で
「そんなの知りません」って話していたぞ。 大企業になる前
に大企業病に罹りつつあるな。 非常に危険な状態だ。 オレが
気合いを入れてやる。
大須賀正孝ハマキョウレックス社長
――ハマキョウ流・運送屋繁盛記
《前回までのあらすじ》
物流センターの数は三〇カ
所を超えた。 国内だけでなく、現在では海外にもセン
ターを設置している。 物流センター事業は極めて順調
だ。 しかしセンター事業を始めて一〇年以上経つと仕
事に慣れてしまい、最近は社員たちの気が緩んできて
いるのも事実。 赤字に転落するセンターも出始めてき
た。 現場にカツを入れるため、急遽勉強会を開くこと
にした。
69 NOVEMBER 2003
浜松の本社から車で三〇分に位置する温泉街
にとても風情のあるホテルがある。 勉強会の会
場はそこで決まりだ。 団体客が少なくホテルが
比較的暇な日だったら格安料金でサービスして
くれるはず。 オレが女将さんに「日程はお宅の
都合に合わせるから、他言できないような破格
な料金で?一泊三食付き〞をお願いできないか」
と頼んでみよう。
勉強会は一泊二日。 初日はまず本社で勉強会
だ。 それが終わったら夕方にホテルに移動して
一風呂浴びてから宴会をやろう。 もちろん二次
会、三次会あり。 翌日はホテルの会議室で夕方
まで勉強してから解散。 こんなスケジュールで
どうだろうか。 ハードかもしれないが、疲れた
身体は温泉で癒せばいいじゃないか。 文句は言
わせんぞ。
宴会は当然飲み放題だ。 ビール、焼酎、日本
酒。 何でも好きなのをやってくれ。 もちろん無
礼講だ。 上座は設けない。 酔ったふりしてオレ
に絡んでくるのも大いに結構。 会社に対する日
頃の不満や悩みなど何でもぶつけてくれ。 その
代わりにオレも酔ったふりして無理難題をたく
さん注文してやるからな。
最近はどの会社でも社員同士で酒を酌み交わ
す機会というのが減っているらしい。 寂しい話
だ。 オレは一杯やりながら腹を割って話し合う
のは大事なことだと思うな。 コミュニケーショ
ンがなくなると会社はダメになる。 悪いことが
表に出てこない。 そのまま放置される。 気づい
た時には手遅れさ。 会社はどんなに手間でコス
トが掛かっても定期的に宴会を開いたほうがい
いんだ。
ただし、宴会や勉強会の費用はもちろん各セ
ンター、各事業所に負担させるべきだ。 研修費
用は本社が持つべきだって? 冗談じゃない。
自分たちの懐が痛まないと勉強に身が入らない
じゃないか。 だから本社は一円も出さん。 各事
業所が費用を捻出しろ。
本来、講師のオレは参加者から講演料を集め
たいくらいだ。 しかしそれは遠慮しておこう。 ボ
ランティアで講師を引き受けてやる。 だから宿
泊代くらい自分たちで何とかせい。 いいじゃな
いか。 そのくらい安いもんだろう? 勉強会で
身に付いたことを活かして現場でコストダウン
できたり、新しい仕事が増えれば、十分お釣り
がくるはずだ。
やると決めたらすぐに勉強会をやろう。 第一
回目は五月だ。 以降、数回は現場で働く社員た
ちを対象にした勉強会を続けたほうがいいな。
センター長の勉強会はしばらく経ってからだ。
何故か? 自分の部下が勉強会でどんな発言を
したか分からないから、センター長たちは自分
たちの勉強会でオレにウソの報告ができなくな
るだろう?
勉強会で具体的に何を教えるか。 プログラム
のようなものは一切要らない。 いまどんな問題
を抱えているか。 日々の業務でどんなことで困
っているのか、などを参加者たちにざっくばら
んに語ってもらう。 それに対して、オレや他の
役員連中が具体的な解決策を教えてやる。 そん
な進め方でいい。
わざわざ教材を用意する必要もない。 そもそ
も物流には教科書がない。 物流の仕事はすべて
オリジナル。 正しい答えなんてないんだから。 そ
れと学校の先生とか著名人の講演を延々と聴い
たりする勉強会もやめよう。 眠くなるだけ。 や
はり討論形式がいい。 誰かの意見に対してみん
なで知恵を出し合う。 取っ組み合いの喧嘩に発展するような熱いトークが望ましいな。 そうだ。 せっかくの機会だ。 勉強会にはハマ
キョウだけでなく、グループ会社のスーパーレ
ックスの連中も参加させよう。 スーパーレック
スはオレが経営の第一線から退いてから業績が
落ち込んだ時期があったからな。 ここで一発、
彼らにも気合いを入れておいたほうが良さそう
だ。
センター長が足りない
あっという間に一〇月だ。 これまでに五回、
現場社員向けの勉強会を開いた。 やはり勉強会
は正解だったな。 五月以降、各センターの業績
勉強会の費用は本社が負担すべき
だと? 冗談じゃない。 オレは講
演料を集めたいくらいだ
NOVEMBER 2003 70
が少しずつ良くなっている。 勉強会で学んだこ
とが日々の業務に活かされているようだ。
そして一〇月一四日の今日と明日の二日間は
いよいよセンター長や営業所長を対象にした初
の勉強会だ。 ハマキョウ、スーパーレックスの
センター長が全国から四〇人ほど集まる。 どん
な会合になるのか、とても楽しみだ。 覚悟しろ
よ。 たっぷりと絞ってやるからな。
五〜九月までの勉強会には現場の社員が延べ
一五〇人参加した。 彼らはとてもパワフルだっ
た。 躊躇せずに言いたいことを何でも口にした。
夢も大きい。 ほとんどの連中がオレから社長の
イスを奪ってやると断言するくらいの勢いだっ
た。 実に頼もしい。 オレも一生懸命働かないと
彼らに追い抜かれるなって正直思ったよ。
勉強会を通じて彼らから各物流センターの実
情を色々と聞かせてもらった。 オレにとって、こ
の勉強会のお目当てはこうした現場の生の声だ。
これを聞けば、いまセンターがどんな様子なの
か。 何に困っているのか。 手に取るように分か
る。 いずれにせよ、どのセンターも日頃センタ
ー長から上がってくる報告とはだいぶ様子が違
っているということが、これまでの現場社員向
け勉強会を通じてよくわかった。
そこの君からスタートだ
さて。 じゃあそろそろセンター長向けの勉強
会を始めるとするか。 まずはセンター長の役割
とは何か? この際、それをはっきりとさせて
おこう。 いまオレがセンター長たちにお願いし
たいのは?一刻も早くセンター長候補を育成す
ること、?社員がいなくてもパートさんたちだ
けで一週間問題なくオペレーションできるよう
な体制にすること――大きく分けてこの二つだ。
センター長の育成に力を入れたいのはこれか
ら年に六〜八カ所ずつ新しいセンターを立ち上
げていくからだ。 目標は三年後に五〇センター。
現場で働く社員の中で優秀な人材がいれば、ど
んどんセンター長に登用していきたい。 そうし
なければセンター稼働のペースに追いつかない
からな。 だからこそ現在のセンター長たちには
一本立ちできる人材を現場で育てていってほし
いんだ。
二つ目の社員不在でも動くセンターの実現は、
センター長だけでなく、センターで働く全員が
参加するかたちでセンターを運営していってほ
しいという意味だ。 社員に限らずパートさんも
含めたセンターで働く全員が知恵を出し合う。
落ちこぼれを出さずに全員がレベルの高い仕事
をできるようにする。 全員が仕事の内容をちゃ
んと理解している。 そんなセンターにしてほし
い。 誰かの力に頼ったセンターというのはどう
してもサービスの品質にバラツキが生じてしま
う。 それをなくさないとお客さんに満足しても
らえない。
オレばかり話をしていると勉強会にならない。
今度はセンター長たちに順番にセンターの現状
と現在抱えている悩みなどを披露してもらおう。
そして、その発言に対してオレや役員、他のセ
ンター長たちが意見を述べる。 まずはスーパー
レックスから参加している、そこの君からスタ
ートしようか。
「パートさんの高齢化が深刻です。 現場を仕切
ってくれるリーダーを育てたいのですが、なか
なかうまくいきません」
君はこれまでまったくオレの話を聞いてこな
かったな? 物流センターにリーダーなんて要
らない。 オレはそう言ってきたよな。 特定のリ
ーダーを育てるのではなく、パートさんを全員
班長にしろ。 つまり日替わり班長制度を導入し
なさいと言ってきたじゃないか。 何故、言われ
た通りにやらないんだ。 センター長候補を育て
るのと現場のリーダーは別の話だぞ。
パートの高齢化? これも関係ない。 若い人
よりも活躍している年配のパートさんはいくら
でもいる。 確かに年配のパートさんは体力の問
題で若いパートさんよりも動きが鈍くなってし
まう。 しかし若い人たちに負けないよう動くた
全国から集まったハマキョウとスーパーレック
スのセンター長たち。 サラリーマン化しやがっ
て。 もっと本音で語れよ。
71 NOVEMBER 2003
めのアイデアを出してもらい、それを実行する
ことで年齢のハンデを克服してもらえばいいじ
ゃないか。
君は普段、年配のパートさんたちに厳しいこ
とを言っていないか? どんなパートさんに対
しても平等に接するようにしないとダメだぞ。 彼
女たちは依怙贔屓や奴隷のように扱われること
を何よりも嫌う。 政治家の鈴木宗男のような恫
喝なんてもっての外だ。
作業でミスを犯してしまった場合でも問い詰
めたりしちゃだめだ。 貴方のような優秀な人が
ミスするわけがないだろう。 何か心配事でもあ
るか、とやさしく声を掛けてあげることが大切
だ。 優秀だと言われたら、次も優秀だと言われ
たいと思うようになってミスしなくなる。 こう
やって現場の社員が仕事しやすいような環境を
作り上げることがセンター長の役目だ。
露天風呂で体型チェック
センター長四〇人の話を聞いて、それに一つ
ひとつ答えていくと、さすがに疲れるな。 それ
だけ真剣にやり取りしているってことだな。 最
近はこの勉強会の講師の仕事が一番スタミナを
消耗するよ。 オレだけでなく、きっと受ける側
のセンター長たちも神経をすり減らしているん
だろうな。
今日の勉強会で全員の発表を聞いて気掛かり
だったのは、センター長と現場社員のコミュニ
ケーションが不足している点だ。 センター長が
自分自身で何もかも処理してしまっている。 い
いことも悪いことも全て抱え込んでしまう傾向
にあるようだ。 情報をガラス張りにして全員で
センターを運営していく体制にしないとうまく
いかないぞ。 もっとセンター長は現場に権限を委ねたほう
がいい。 自分が考えている以上に部下というの
はしっかりしているものだ。 仕事なんて慣れだ。
どんなに難しい仕事でも少しずつ覚えていけば
誰でもできるようになる。 落ちこぼれ社員が発
生するのはセンター長の教え方がヘタなだけ。
この連載で前にも説明したが、三八度から三
九度、四〇度と一度刻みの温度の風呂を用意し
て、それに入る訓練を繰り返せば、最終的に四
五度のとても熱い風呂にも入れるようになる。
物流センターの仕事もこれとまったく同じだ。
易しい仕事から少しずつレベルの高い仕事を教
えていくようにすれば、誰でもセンター長と同
じ仕事ができるようになるはずだ。 風呂の話で思い出した。 今日はこのあと温泉
に行くんだったな。 もういいだろう。 ちょっと
予定時間よりも早いが、今日の勉強会はこれで
終わりにしよう。 各自、車に分乗してホテルに
向かうように。 宴会開始は午後六時半。 一風呂
浴びて浴衣に着替えて宴会場に集まってくれ。
もちろん時間厳守だ。 分かっているよな。 五分
前には全員集合しておくように。
今夜は大いに飲むぞ。 センター長クラスにな
るとほとんどが顔見知りだ。 社歴の長い連中も
たくさんいる。 仕事のことだけでなく、嫁さん
や子供さんのことなどプライベートの話も色々
聞きたいなあ。 いつにもまして楽しい宴会にな
りそうだ。
もたもたしている場合じゃない。 さっさと支
度を済ませてホテルに向かおう。 露天風呂に一
番乗りしたいからな。 そしてオレのあとに入っ
てくる連中の体型をチェックしなければ。 腹ば
かり出ている奴はきっと仕事で楽をしているに
違いない。 酒を飲む前に嫌味の一つでも言って
やらんとな。
(以下、次号に続く)
おおすか・まさたか
一九四一年静岡県
浜北市生まれ。 五六年北浜中卒、ヤマハ
発動機入社。 青果仲介業などを経て、七
一年に浜松協同運送を設立。 九二年に現
社名の「ハマキョウレックス」に商号変
更した。 二〇〇三年三月に東証一部上場。
主要顧客はイトーヨーカ堂、平和堂、フ
ァミリーマートなど。 流通の川下分野の
物流に強い。 大須賀氏は現在、静岡県ト
ラック協会副会長、中堅トラック企業の
全国ネットワーク組織であるJTPロジ
スティックスの社長も務めている。 ちな
みにタイトルの「やらまいか」とは遠州
弁で「やってやろうぜ」という意味。
勉強会が終わったら一風呂浴びて宴会だ。 上座
はない。 無礼講で大いにやろう。
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