ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
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2003年11号
判断学
株価を動かすもの

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

奥村宏 経済評論家 第18回 株価を動かすもの NOVEMBER 2003 50 株価が反騰している。
買い手は外国の機関投資家だ。
これまで日本の法人は 企業間結合のために株式を所有してきた。
しかし、機関投資家の目的は単なる 資産運用だ。
その根本的な性格の違いを認識しないと、大きな過ちを犯すこと になる。
何が株価反騰をもたらしたのか りそなグループへの公的資金投入をきっかけにして株価は 反騰し、日経平均株価は四月二八日の七六〇三円を底にし て三割以上も上がった。
国民の税金で銀行を救済すると言っただけで株価がこれ ほど上がるとは、驚きである。
「小泉内閣が、大銀行はつぶ さないというメッセージを送ったことが、外国機関投資家に 安心感を与えた」のだと新聞は書いているが、果たしてその ような判断が株価の反騰をもたらしたのだろうか…。
株価の判断については百人百様で、誰が正しいか、とい うことはいえない。
投資家はそれぞれ自分で判断して株を買 ったり、売ったりしており、それぞれ自分の判断にそれなり の理屈を持っている。
それだけに、四月からの株価反騰についても、いろいろな 解釈がなされている。
竹中金融担当大臣は「小泉内閣の構造改革が進んだこと が株価上昇にあらわれている」と言う。
しかし構造改革がど のように進んだのか、なんの証拠もない。
それどころか、り そな銀行に二兆円もの公的資金を投入して国有化したとい うことは、構造改革に逆行するもので、かつての護送船団 方式の復活ではないか、と西村吉正早稲田大学教授は「金 融ビジネス」の十一月号で書いている。
西村氏はかつて大蔵省銀行局長だった人だが、なるほど と思わせる。
株価が反騰しはじめた頃はそうでもなかったが、最近は、 「景気が良くなってきたことが株価の上昇につながっている のだ」という人が多くなった。
私がむかし働いていた日本証券経済研究所大阪研究所の 所長に熊取谷武さんという人がいた。
証券界では誰ひとり 知らない人はない人だったが、その熊取谷武さんは「景気、 業績、株価」ということを唱えていた。
景気が良くなれば、企業の業績が良くなり、株価も高く なる、というわけだ。
ケインズの株式投資術 小泉内閣になってから株価は下がったというので評判が 悪かったが、そのころ小泉首相は「経済学者で株で儲けた のはケインズぐらいだ」と言ったという内容の新聞記事があ った。
ケインズは言うまでもなく有名な経済学者だが、インド省 や大蔵省の役人をしていたこともある。
そのころから外国為 替や商品先物取引、そして株式取引を行っていた。
そしてケンブリッジ大学のキングズカレッジの資産運用の 責任者でもあったが、ケンブリッジ大学の教授になったあと も、盛んに株式取引をしていた。
ケインズがホモであったことは今では良く知られているが、 全三巻の『ケインズ伝』を書いてこのことを明らかにしたの はR・スキデルスキーだった。
そのスキデルスキーによると、ケインズは一九一九年には 一万六三一五ポンドだった自分の財産を、死んだ時には四 一万一二三八ポンドにまで増大していたという。
現在の価 値にすれば一〇〇〇万ポンドというから、たいした財産だが、 そのほとんどを外国為替や株の投機で稼いだというのだから、 相当なものである。
もっとも、ケインズも儲けるだけではなかった。
一九二〇 年、二八〜二九年、三七〜三八年と三回にわたって大損し たこともある。
スキデルスキーより前に『ケインズ伝』を書いて有名にな ったのがR・ハロッドだが、そのハロッドによると、ケイン ズは経済の基礎的条件がどうなるか、という自分の判断に 基づいて株式投資をしたという。
いわゆる早耳筋の情報には 全く耳を傾けなかったが、それがケインズが株式投資で成功 した理由だというのである。
51 NOVEMBER 2003 現在の買い手―外国機関投資家 現在の株式市場で最も大きなウエイトを持つ買い手はい わゆる「外人買い」だとされている。
東京証券取引所の出 来高のうち、外人の占める比率は五割を超えている。
この「外人」というのは正確には外国機関投資家だが、こ れが日本株を買っているのである。
とりわけ四月のりそな銀 行への公的資金投入の決定をきっかけに銀行株が急騰した のはこの外国機関投資家の買いによるものだとされている。
これまで日本の株価を動かしてきたのはいうまでもなく銀 行や事業会社などの法人であった。
「法人買い」によって株 価が高騰し、バブル経済をもたらしたのだが、九〇年一月か らは「法人売り」によってバブルが崩れ、株価は暴落した。
これに対して最近は外国機関投資家が買ったところから、株価が反騰したというわけだが、注意しなければならないの は、外国機関投資家は短期的な資産運用をしているのであ り、ここが法人と基本的に違うところである。
法人は企業間結合のために株式を所有しているが、機関 投資家は単なる資産運用のために株式を所有している。
こ の根本的な性格の違いを認識しないと、とんでもない間違い を起こすことになる。
最近の外国機関投資家の日本株買いは、短期的、そして 投機的な目的のために行われているので、日本経済の長期 的展望に基づいて買っているのではない。
では個人投資家はどうか。
彼らも外国機関投資家と同じ ように、いやそれ以上に投機的である。
いわゆるデイ・トレ ーダーのように、超短期的な投機をしている。
株価はさまざまな要因によって動くから、それを予測する ことは難しい。
しかし、これまでみてきたように、買い手の 動向によって大きな流れは分かる。
逆に言えば、買い手の分 析をしない株価予測は当てにならないということであるが、 そのような株価論がなんと多いことか…。
熊取谷さんの言う「景気、業績、株価」という原則をケ インズも実行したので成功したということになる。
美人投票の論理 ところが、そのケインズは有名な『雇用・利子および貨幣 の一般理論』の中で、株価を動かしているのは、美人投票 の論理だ、ということを書いている。
そのころ、イギリスの新聞は、新聞の拡販政策のために、 新聞に美人候補の写真を載せ、読者に人気投票をさせ、そ して一位の人に投票した人に賞金を与える、ということにし ていた。
一位になった人ではなく、一位になった人に投票した人に 賞金を与える、というのだから、人びとは自分はこの人が美 人だと思うからといって、その人に投票したのでは駄目だ。
そうではなくて、多くの人が美人だと思って投票する人に投 票しなければ賞金はもらえない。
ということは、自分が美人だと思う判断ではなく、他人が どう思うか、ということで判断して投票する。
株価もそれと同じで、自分がこの株は上がると思ったから 買うのではなく、自分では上がると思わなくても、多くの人 が上がるだろうと思うような株を買わなくては儲からない、 というわけだ。
ここでケインズが言っていることは、株価は景気や業績で 動くのではなく、人気で動くのだ、ということである。
ケインズが株式投資をしていたころは、ようやく大衆投資 家が株式投資をするようになっていた時代で、その大衆投 資家が株価を動かしているということをケインズが認識した。
そのことが『一般理論』における有名な「美人投票の論理」 という考え方につながっていったのだと思われる。
ということは、誰が株を買っているのか、という買い手の 分析が大事で、それによって株価が決まるということである。
では、現在の株価を動かしている買い手は誰か。
おくむら・ひろし 1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷 大学教授、中央大学教授を歴任。
日本 は世界にも希な「法人資本主義」であ るという視点から独自の企業論、証券 市場論を展開。
日本の大企業の株式の 持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判 してきた。
主な著書に「企業買収」「会 社本位主義は崩れるか」などがある。

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