ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2003年12号
特集
日本の3PL アウトソーシング後の労務管理に配慮する

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

DECEMBER 2003 34 高速自動仕分け機が陳腐化 一時間当たり二万四〇〇〇個。
一日一〇万〜十三 万個を処理するサンドビック製の高速自動仕分け機。
シャルレの太刀掛進物流管理グループマネージャーに とっては、自慢の設備だった。
八九年、神戸市須磨 区の工業団地に「シャルレ流通センター」を新設した ときに導入したものだ。
最先端のマテハン機器として 当時はマスコミの取材や見学者が絶えなかった。
高級婦人下着の試着販売を中心としたネットワー クビジネスを展開する同社にあって、太刀掛マネージ ャーは一貫して物流畑を歩いてきた。
現在、同社は地 元神戸のほか札幌、埼玉、福岡の国内計四カ所に流 通センターを構えている。
その全ての立ち上げに太刀 掛マネージャーは携わってきた。
とりわけ神戸のシャルレ流通センターに対する愛着 は人一倍強い。
他の三カ所のセンターがいずれも物流 業者へのアウトソーシングで運営しているのに対し、 神戸だけは昔から自社で運営してきた。
土地建物も自 社で所有している。
そこで勤務するパート社員には採 用時点から顔見知りのベテランが多い。
それだけにセンター運営のアウトソーシングを決断 するには、思い切りが必要だった。
もともと同社は事 業の中核となる機能以外、できる限りアウトソーシン グする方針をとっている。
物流も専門業者が育ってい る以上、自前でやる必要はない。
アウトソーシングし たほうがマーケットの環境変化にも柔軟に適応できる。
言われるまでもなく理屈はよく分かっていた。
かつては抜群の効率を誇った高速自動仕分け機は 一〇年を経て現状との齟齬が目立ってきていた。
扱い 商品のバリエーションが拡がったことで、自動仕分け 機の規格に合わない商品が増えた。
人手をかけて処理 長年、自社で運営してきた物流センターのアウトソーシン グに踏み切った。
約80人のパート社員も丸ごと3PLに移籍 させた。
しかしアウトソーシングの導入で現場のモラールが 下がってしまえば、改革は裏目に出る。
パート社員の労務管 理には配慮に配慮を重ねた。
(大矢昌浩) アウトソーシング後の労務管理に配慮する するしかない状態だ。
オペレーションシステムの陳腐 化も著しい。
センターの仕組みを刷新する必要に迫ら れていた。
アウトソーシングに踏み切るなら、この時期を置い て他にはない。
そう頭では理解していても、いざ実施 するとなるとパート社員や関係者の顔がどうしても目 の前をちらつく。
アウトソーシングを導入すれば、パ ート社員や物流管理グループのメンバーなど、既存ス タッフへの影響は避けられない。
そんな重圧を胸に覚えながら、太刀掛マネージャー は自ら制作に関与した中期物流構想の企画書を見つ めた。
物量の増加に対応するため、神戸地区では自社 運営の流通センターの他、近隣に「須磨配送センタ ー」を借庫し、運営を協力業者に委託していた。
これ を流通センター一カ所に集約する。
そして自社運営か ら3PLによるアウトソーシングに切り替える、とい う構想だった。
新たにカートピッキングを採用二〇〇〇年四月、中期物流構想は経営会議で承認 された。
報告を受けた太刀掛マネージャーは、その足 で役員の手を引いてセンターに出向いた。
出勤して いたパート全員を集めた。
そしてセンターの運営がア ウトソーシングされること。
それに伴い、パート社員 の処遇にも手をつけざるを得ないこと。
しかし、でき れば後を任せる物流業者のスタッフとして引き続き シャルレのセンターで仕事をして欲しいことなどを訴 えた。
涙ぐむパート社員が少なくなかった。
それでもある パート社員は「他の会社なら期限ぎりぎりまで、パー トの首を切ることは黙っている。
それをまだかなり先 の話だったのに、いち早く教えくれた。
他にも色々と シャルレ&日本通運 35 DECEMBER 2003 日本の3PL 成功事例に学ぶ上手な活用法 特集 細かな配慮もしてくれた。
むしろ感謝したぐらいだっ た」と振り返る。
もともと異例といえるほどパート社 員の定着率が高いセンターだった。
それだけオペレー ションも労使関係も良好だった。
アウトソーシングの実施は計画決定から一年後の二 〇〇一年四月を予定していた。
ただし、シャルレ流通 センターは自社物件で簡単には売却できない。
センタ ーは改造した上で、アウトソーシング後も利用する方 針だった。
そのため二〇〇一年四月から九月の半年 間を移行期として、センターの改造工事を行うのと並 行し、一時的に別の場所を用意して業務を処理しな ければならなかった。
その後に改修工事の済んだセン ターに戻って本稼働となる。
短期間に二度のセンター 移転を強いられることになった。
すぐにコンペの準備に取りかかった。
センター運営 のコンペは他の拠点で何度も経験していた。
段取りは 熟知していた。
それでもパートナー候補の物流業者に 提出するための資料作りには骨が折れた。
センターの 改造費、光熱費や消耗品などのコスト負担をパートナ ーと、どこで線引きするか。
移行期の体制はどうする か。
処理しなければならない業務は山積みだった。
パートナー候補の物流業者に提出する資料は、厚さ 一〇センチにもなる分厚いものになった。
段ボール箱 のコストはシャルレ持ち、ガムテープはパートナー側 といった詳細なレベルのルールまで契約内容に落とし 込んだ。
後で論争になる可能性のある事項は、できる 限り事前に潰しておく。
包括的なアウトソーシングで はそれが重要だという判断だった。
パートナー候補は最初から三社に絞った。
いずれも 従来から取引のある業者だ。
「過去には、もう少し候 補を広げてコンペを行ったこともあった。
しかし実際 に出てくる提案のレベルは当社のことを従来から知っ ている業者と、そうでない業者とでは全く違う。
それ が分かっていたから、他の業者には声をかけなかった」 と太刀掛マネージャーは説明する。
三社からの提案内容とコスト、そしてインタビュー の結果から、パートナーには日本通運を選んだ。
コス ト面に加えて、日通はシャルレ流通センターの有効活 用や既存のパート社員の受け入れなど、シャルレ側が 重視するポイントに的確に応えていた。
新体制を立ち 上げるための設備投資も他の二社とは異なり日通だけ は前向きだった。
出荷業務はシャルレ流通センター一カ所に集約する ことで効率化を図る。
しかしスペース的に保管倉庫ま でセンターに集約することはできない。
そこでセンタ ーの徒歩圏内に日通が保管専用の倉庫を用意する。
移 行期には保管用の倉庫と、須磨流通センターを併用 する。
それが日通の提案の骨子だった。
新たに借りる 倉庫も既に抑えているという手際の良さだった。
またセンター内の仕組みについて、日通はピッキングカートの導入を提案した。
日通で同コンペを担当し た田宮一昭営業企画部専任部長は「もともとシャル レさんの物流は季節波動が大きい。
扱う商品は今後も 多様化が進み、出荷先の小口化していくことが予想で きた。
物量の波動そして将来の物流条件の変化に対 応するためにも、ピッキングカートが最適だと判断し た」と説明する。
高速自動仕分け機は撤去するしかな かった。
移行期の混乱 基本的には日通の提案に沿って改革を進めることに した。
ただし太刀掛マネージャーは細部にわたって注 文を付けた。
最も固執したのが、待遇を落とさないま まパート全員を再雇用することだった。
シャルレ流通 神戸市須磨区のシャルレ流通センター。
運営 を日本通運に委託した今も土地建物はシャル レ自身が所有している ベルト式の高速自動仕分け機を撤 去し、新たにオリコン用のローラ ーコンベヤ型仕分け機を導入。
マ テハン機器への投資を日通が負担 することを条件に、5年という長 期契約を結んだ 小口出荷の増加と物量の季節 波動への対応を重視してピッ キングカートを導入した 日本の3PL 成功事例に学ぶ上手な活用法 特集 DECEMBER 2003 36 センターで働いていたパート社員の時給はベテランが 多いこともあって、周辺の相場より若干高い。
それを日通に呑んでもらうためには、シャルレ側の 支払うフィーにも考慮しなければならない。
そこでシ ャルレの社内にも根回しをした。
「パート社員も家に 帰れば一消費者だ。
しかも当社がターゲットとする主 婦層だ。
当社が彼女たちをどう扱ったかという話は、 すぐに回りの主婦にも広まる。
できる限り誠意をもっ て対応するべきだ」と訴えた。
要望は受け入れられた。
結局、八〇人のパート社員 の大部分が日通での再雇用を受け入れた。
その働きぶ りを日通神戸支店の田中秀夫シャルレ事業所長は高 く評価している。
「確かに時給も高めだが、それ以上 に処理能力が高い。
とりわけリーダー格の数人には毎 日、ずいぶん助けてもらっている」という。
現在、シャルレ事業所には一〇〇人近くのパート社 員が勤務している。
しかし日通の正社員は二人しかい ない。
三人のパートのリーダーが連携して、新人パー トの教育や作業の分担を管理している。
物量が集中す る繁忙期には徹夜も辞さない献身的なパートも少なく ないという。
今年四月にシャルレは物流フローの大きな改革を行 っている。
同社の流通チャネルは全国約二四〇〇の代 理店→約八万の特約店→最終ユーザーというモデルに なっている。
これまで物流上は全国四カ所の流通セン ターから代理店に納品していた。
それを現在は代理店 を中抜きした特約店直送に段階的に切り替えている。
納品先が二四〇〇から約八万に増えることで小口 化のレベルは飛躍的に進む。
それだけピッキングや発 送業務の負担は増えている。
しかし現状を見る限り、 現場に大きな混乱は起きていない。
「ピッキングカー トが有効に機能していることが理由の一つ。
そして 何よりパートの努力が大きい」と太刀掛マネージャ ーは評価している。
アウトソーシングできないもの もっとも、流通センターの改造のために一時的に出 荷業務を移した移行期には大きなトラブルにも見舞わ れている。
もともと保管専用に用意した倉庫は、出荷 業務には適していない。
短期の使用とあっては十分な 設備投資もできない。
さらには慣れないカートピッキ ングとあって、一時はシャルレの幹部社員まで総出で 出荷作業に追われたこともあった。
「何とかピンチを 乗り越えられたのは、現場のパートたちがシャルレの ためにと頑張ってくれたから」と太刀川マネージャー はいう。
移行期の混乱とは対照的に、センター復帰後の本 稼働はスムーズに進んだ。
悪条件の移行期をクリアし たスタッフたちにとって新センターの作業はむしろ快 適なものだった。
3PLの導入はひとまず成功した。
コスト的には拠点を集約したことで年間一億円程度を 低減できた。
特約店直送による小口化にも対応できて いる。
懸念されたパート社員の移籍も無事済んだ。
た だし物流管理グループの正社員は自社運営の時代と 比較して、ほとんど減っていない。
それでも太刀掛マネージャーは「確かに経営陣から は、何でこれだけしか減らないんだと言われることも ある。
しかし、私には減らせない。
センター運営はア ウトソーシングできても、顧客に対する物流管理の責 任から当社が逃れられるわけではない。
アウトソーシ ングしたから現場が混乱しましたと、顧客に言えるわ けでもない。
そうである以上、中長期的な物流戦略の 立案や管理能力は最後まで社内に残す必要がある」と 考えている。
日本通運の田宮一昭 営業企画部専任部長 シャルレの太刀掛進物流管理 グループマネージャー パート社員のテキパキとした働きぶりが目を引く

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