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JANUARY 2002 22
センス&レスポンド
――SCMの新たなキーワードとして「アダプティブ」
というコンセプトを調べていくうちに、「適応力のマネ
ジメント」という本にたどり着きました。 原題は
「
Adaptive Enterprise
」ですが、この本が「アダプテ
ィブ」の源流と考えていいのでしょうか。
坂田
そうだと思います。 もっとも、本の内容自体は、
著者のスティーブ・ヘッケルが一〇年ほど前から、I
BMの経営者向け研修センターでレクチャーしてきた
ものの集大成であって、当初は「センス&レスポンド」
というのがキーワードでした。 それを九九年に米国で
「アダプティブ・エンタープライズ」というタイトルで
出版したところ、堅い内容のビジネス理論書としては
かなりのベストセラーになって「アダプティブ・エン
タープライズ」という言葉が非常に有名になった。
――今年に入って改めて脚光を浴びていると聞いてい
ます。 IT不況とテロ事件によって、企業が「変化へ
の適応」というテーマに直面したことが原因とか。
坂田
確かに米国ではアダプティブという言葉が、流
行語になりつつあるとは思います。 しかし、誤解され
ている部分も少なくない。
――と、いいますと?
坂田
アダプティブ・エンタープライズは必ずしもS
CMだけを対象にした言葉ではありません。 そこで主
張されているのは、新しい組織作り、組織戦略です。
変化に対して適応力のある企業組織をいかに作り上げ
て、動かすかということです。 確かにアダプティブ・
ロジスティクスや、アダプティブ・サプライチェーン、
あるいはアダプティブ・ビジネスモデルという言い方
もできるかとは思う。 ネットビジネスの世界ではアダ
プティブ・eマーケットプレイスという言葉もありま
す。 ただし、それらはアダプティブの本来的な意味か
ら派生した応用編のようなものなんです。
――本を読むと「アダプティブ・エンタープライズ」
では従来のピラミッド型組織の「指示と統制」に代わ
り、「コンテキスト」を共有した一つひとつの現場が、
自分で環境を判断して変化に適応するわけですが、そ
れを具体的にイメージするのが難しかった。
坂田
まず、アダプティブ・エンタープライズの前提
となっている時代認識ですが、これからは過去の経験
が全く役に立たなくなる。 つまりピーター・ドラッカ
ーが「断絶の時代」で言った、「断絶」が起こる。 し
かも「不連続な変化」が、連続して起こるという認識
に立っています。 ビジネスの世界で、昨日の経験が明
日には生かせなくなるような変化に繰り返し遭遇する
ことになるというわけです。 従って、あらかじめ将来
を予測して、それに対して備えておくということがで
きなくなる。
実はスティーブ・ヘッケルは、もともとIBMのプ
ランニング・スタッフ、いわゆる計画策定部門の中枢
にいました。 しかもIBMは予測に基づく計画立案を
非常に強力に実施する会社として有名だった。 今では
笑い話ですけど、年次計画を作るのに一八カ月かけて、
全世界で三〇〇〇人ものスタッフが計画作成に当た
っていた。 厳密なマーケット調査に基づいていて市場
を予測し、戦略を立て、アクション・プランを作り、
それに基づいて全世界の社員が動いていた。
――指示と統制の権化みたいな会社だったわけですね。
坂田
そうです。 ところが、それがだんだん機能しな
くなってくる時期にヘッケルは直面した。 戦略という
ものは、未来のある一定時期のあるべき姿と現実のギ
ャップを埋めていくために、今後とるべきアクション
を考える形で作るわけですが、その元になる未来の予
「アダプティブ・エンタープライズに挑め」
SCMの新たなコンセプトとして「アダプティブ」というキーワードが
注目されている。 オリジナルの発信元はIBMの戦略研究担当ディレクター、
スティーブ・ヘッケル氏が99年に著した「アダプティブ・エンタープライ
ズ」(邦題:「適応力のマネジメント」ダイヤモンド社)だ。 同書を日本
に紹介した日本IBMのシニア・インストラクター、坂田哲也氏に、アダプ
ティブ・エンタープライズとは何かを訊ねた。
日本IBM 坂田哲也 シニア・インストラクター
第3 部予測できない変化に適応する
23 JANUARY 2002
測ができなくなってきた。 多大な労力をかけ、時間を
かけて予測しても、外れることが多くなってきた。 そ
れが出発点です。
なぜ予測できないのか。 それは不連続な変化が起き
るからだ。 なぜ不連続に変化するのか。 それは今まで
の工業化社会の論理とは全く違う「情報経済の論理」
がビジネスを支配し始めたからだ。 情報というものに
価値の源泉を求める社会には、工業化社会とは違う
ルールがある。 変化も今までと同じように連続的な変
化ではなく、不連続に変化する。 やや乱暴に説明する
と、そう展開していったわけです。
予測が役に立たないとなると、何が起きても動ける
ようにするのが一番大事になります。 しかも、そこで
時間かけていたらダメ。 コトが起きたらすぐに適応で
きなければいけない。 それを柔軟性とか色々な言葉で
呼ぶこともできるわけですが、それよりも強い言葉、
上位の概念として「アダプタビリティ」、適応性とい
う言葉が選択されたという経緯です。
――予測が当たらなくなったというのは時代でいうと
九〇年前後にIBMの業績が低迷した頃の話ですか。
坂田
そうですね。 実際にはそれより少し前に始まっ
ていたと思います。 IBMに限らず大企業の本社のス
タッフ部門による計画策定がだんだん役に立たなくな
ってきたのがその頃です。
――しかし、i2テクノロジーズ社やマニュジスティ
ックス社など、需要予測と計画を対象にしたSCPソ
フトは今でもSCM分野のキープレーヤーとして存在
しています。
組織作りの三つの原則
坂田
私自身、実は九〇年代の前半に米国でSCM
分野の仕事をしていた経験があります。 そういう意味
ではSCMは非常になじみの深い分野なのですけれど、
当時と今と全然変わっていないのは「予測は重要であ
る。 でも予測は当たらない」ということです。 もちろ
ん予測が当たる分野はありますが、一般的には当たら
ない。
――当たらないのなら重要ではないでしょう。
坂田
狭い意味でのロジスティクスには、物流と在庫
という二つの側面がありますが、この二つに関しては
予測が今でも非常に重要だと思います。 ただし、それ
は企業全体として見れば戦略の中のごく一部に過ぎな
い。 例えば、新しい商品が出れば当然、既存の商品の
予測も変わってくる。 そういった意味での影響は予測
できない。
また、これは私の個人的な意見ですが、SCMが現
在のように在庫と物流という狭義のロジスティクスの
範囲にとどまっていることには若干、異論があります。
実際、「CPFR」などには、狭義のロジスティクス
以外のものも入ってきている。 プロダクトをプランニングする段階からのコラボレーションなどが必要にな
っています。 確かにSCMはロジスティクスの分野か
ら出発しているけれど、今はもっと対象が広がってい
る。 ビジネスプロセスの改善や改革にとどまらず、さ
らに進んでビジネスモデルの変革まで必要になってき
ている。 そうするとSCMは在庫と物流の問題を超え
てもっと大きな話になってくる。
――変化に適応するために具体的には、どういった組
織にすればいいのですか。
坂田
今日の変化の主体となっているのは顧客、とく
に最終消費者です。 そのため最終消費者に直に接して
いる部門が非常に重要になる。 つまり変化を真っ先に
知る立場にいる現場です。 社長や経営陣、本社スタッ
フでは分からない変化を現場だけが感知できる。
『適応力のマネジメント』
スティーブ・ヘッケル著
坂田哲也/八幡和彦訳
(ダイヤモンド社)
JANUARY 2002 24
その感知した変化に対してすばやく適応するために
は、現場で自ら判断してアクションを起こせる体制が
必要になってきます。 上司にお伺いをたて、さらに上
司がその上司に聞いて、場合によっては本社に、なん
てことをやっていたら勝ち残れない。 現場が自律的に
動けるようにすること、つまり一般的な言葉でいうと
権限委譲が絶対に必要です。
――しかし、権限委譲の必要性はアダプティブ以前か
ら指摘されてきました。
坂田
ところが権限委譲した企業の結果を見ると、現
場が勝手なことをやって統制が取れなくなってしまっ
ている。 企業としての一貫性を失っている例がそこら
中に見られる。 確かに、権限を委譲して、ネットワー
ク型組織に転換することが重要だということは、ずい
ぶん前から言われてきましたが、実際にどうしたらい
いのかという理論的な根拠はハッキリしていなかった。
その矛盾を解決するアイデアとしてヘッケルは「コン
テキスト」を提唱しています。
――「コンテキスト」というのは、本の中では「存在
理由」「統治原則」「ネットワーク組織設計」の三つが
セットになった言葉として扱われていますね。 やや抽
象的でわかりにくかった。
坂田
「コンテキスト」は英語の辞書を引いても文脈
や背景という意味しか出てきませんし、日本語になら
ないので、日本語版でもそのまま「コンテキスト」と
表現しました。 その意味を整理しますと、ヘッケルは
その三つのことを考えなければいけないといっている
だけではなく、三つのことをやれば適応力のある組織
を設計できると主張しているんです。 逆にいえば、こ
の三つだけ決めれば組織の大枠は決まる。 つまり経営
者、組織のリーダーが新しい組織をデザインするとは、
この三つを決めることだと言っているわけです。
――組織の本質とは「存在理由」「統治原則」「ネット
ワーク組織設計」の三つである、ということですか。
坂田
アダプティブな組織はそうです。
――そのうち「存在理由」というのは、権限委譲する
ために必要になるものであるわけですが、これはどこ
の会社にもある経営理念やミッションと、どう違うの
でしょう。
坂田
普通、経営理念には綺麗な言葉がたくさん並
列で書いてあります。 しかし、これはその会社の社員
が実際にせっぱ詰まった判断を迫られたときには何の
役にも立たない。 なぜなら、ミッションに優先順位が
ないからです。
「存在理由」はそこに優先順位をつけなければなり
ません。 その組織が何のために存在しているのか。 こ
れはリーダーだけが決断できるテーマです。 しかし、
実際に多くの日本の会社の経営者にそれを聞いても、
なかなか答えられない。 組織が存在するために何をす
べきかは一生懸命考えているけれど、組織が何のため
に存在しているのかと尋ねると、悩み込んじゃう。
――日本人は初めに「組織ありき」なわけですね。 そ
れがアングロサクソン経済では、株主の利益のために
なるのかな。
坂田
しかし、日本の会社のほとんどは株主利益の最
大化のために仕事をしているという意識は強くありま
せん。 それでは従業員のためか。 顧客のためか。 それ
とも国に税金を納めるためなのか。 社会に利益を還元
するためなのかと悩んでしまう。 顧客と従業員と株主
のうち、どれが一番大事ですかという問いに対してす
ぐに答えられる日本の経営者は多くありません。
そもそも、なぜそうした問いに答えなければならな
いのかというと、現場が変化を感知して二者択一のト
レードオフの判断に迫られた時に、全社員に共通の優
25 JANUARY 2002
先順位が必要になるからです。 それなしで権限委譲を
すれば各個人、各現場が勝手に判断してしまう。 結果
として企業の一貫性は失われる。
3PL事業に適用
――なるほど。 二番目の「統治原則」というのは?
坂田
言葉はちょっといかめしいですけれど、「統治
原則」とは要するに「常にしなければいけないこと」
「決してしてはいけないこと」の二つです。 これによ
って権限を委譲された人たちが自由に判断できる範囲
を決める。 逆に言えば、その範囲内なら何をやっても
いいという形で権限を委譲する。
――権限を委譲した以上、指示はしないわけですね。
坂田
「統治原則」には許される行動の範囲が定め
られていますが、現場のアクティビティについての指
示はない。 リーダーが組織の目的である存在理由と活
動の範囲を決めるから、後は何をすべきか現場で決め
なさいということです。 そうしないと変化のスピード
に追いつかない。
――三つ目の「ネットワーク組織設計」については?
坂田
ネットワークを構成する一つひとつの組織能力、
すなわち役割には、他の役割に対して果たすべき責任
があります。 それをピラミッド型で上から指示するの
ではなく、役割同士の水平なコミットメントとして設
計する。 納期や品質やコストに対する約束を、本部に
対してではなく、他の役割と結び、それを守る。 役割
と役割の間で、ある成果を受け渡す。 そういう形に設
計することで、ピラミッド型の組織に比べて何倍も早
く動ける。
――実際には、案件ベースで現場同士がくっついたり
離れたりするわけですね。 そのためには一つ一つの現
場がモジュール化されてないといけない。
坂田
そうです。 予め組織能力、企業の中の組織と
しての能力をモジュール化して持っておいて、それを
組み合わせることによって、顧客の求めることに答え
る。 それがセンス&レスポンド、つまりアダプティ
ブ・エンタープライズの考え方です。
もっとも、まだ「アダプティブ・エンタープライズ」
はメソドロジーとしては確立していません。 考え方が
出てきた段階であり、教科書通りに取り組めば、結果
が出るというところまでは完結していません。 それで
も、この考え方を適用して実際に組織を動かそうとし
ている企業が、既にアメリカではいくつか出てきてい
る。 本の中でも紹介されていますが、その一つが米国
のDSCロジスティクスという大手3PLです。 この
会社は今、アダプティブ・エンタープライズという観
点で組織を全部作り直そうとしている。
CEOのアン・ドレイクとは私自身、これまでに何
度も話をしています。 彼女いわく、荷主の言う通りに
運ぶだけの物流会社はもはや生きていけない。 サービスに付加価値をつける必要があるけれど、それを自分
たちで準備する前に、荷主から細かい色々なバリエー
ションの要求が来てしまう。 これに対応するのが、も
のすごく難しい。 要求を現場がいちいち本部に上げて
いたらスピードが追いつかない。 顧客の要求を、その
場で判断できるようにしなければならないというわけ
です。
――同じことを坂田さんたちは日本企業にも導入しよ
うとしているわけですね。
坂田
そうです。 我々としてはまずコンセプトやアプ
ローチを紹介する。 また頭の中を整理してもらう。 そ
の上で、さらに興味を持たれた企業には、こちらから
出掛けていって、一緒に方法論を作っていきたいと望
んでいます。
(さかた・てつや) 日本IBM エグゼク
ティブ・プログラム シニア・インストラ
クター 1972年、日本IBM入社。 90年、
IBMアジア・パシフィック出向。 コンサル
ティングを担当。 95年、流通システム事業
部次長、コンサルティング事業部コンサル
タントを経て、現在、「アダプティブ・エ
ンタープライズ」研修コースを始めとした
経営者研修を担当。 主な共著書に「ネット
ワーク・システム」(リックテレコム社)
など。
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