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奥村宏 経済評論家
第35回 ニッポン放送 VS ライブドア騒動
APRIL 2005 72
今回の騒動でライブドア側を批判する声は多いが、株式買占め自体は当然
の行為である。 今後もこうしたケースは次々と出てくるだろう。 そもそもこ
の問題の本質はどこにあるのだろうか?
ライブドア騒動
ライブドアがニッポン放送の株式を時間外取引で三五%
取得したと発表したのは二月八日のことだったが、それから
連日、ライブドア騒動がマスコミを騒がせ、TOBとかCB
などという言葉が流行語になっている。
ニッポン放送株に対してフジテレビがこれを子会社にする
ためTOBをかけていたが、そこへ突然登場してきたのが、
つい先ほどまでプロ野球の球団獲得騒動で楽天とともに天
下の注目を集めたライブドアだった。
TOBというのは会社乗っ取りの方法として古くからイギ
リスやアメリカで行われているやり方だが、日本では一九七
一年、証券取引法が改正され、公開株式買付け制度という
名前で導入された。 証券会社を介して取引所で株式を買うの
ではなく、株主から直接に株式を買い取るという方法である。
この制度が導入された直後、アメリカのベンディックス社
が自動車機器の株式にTOBをかけたところから、にわかに
TOBブームが起こったが、しかしこのTOBで取得した株
数はわずか九万七三○○株だった。
それ以後、TOBはいくつか行われたが、本格的、そして
敵対的なTOBはあまりなかった。 フジテレビはニッポン放
送を子会社にするためにTOBを行うのだが、これに対して
敵対的な買収を行おうとするのがライブドアである。
そこでフジテレビ側はニッポン放送株に対するTOBの株
数を五○%超から二五%に引き下げるという作戦に出たあ
と、さらに今度はニッポン放送がフジテレビに対して四七二
○万株の新株予約権を発行するという取締役決議を行った。
これでフジテレビはニッポン放送の株式の六四%を取得する
というのである。
これに対してライブドアは、これは株主の権利を侵害する
ものだとして、東京地方裁判所に対してニッポン放送の新
株予約権発行を差し止める仮処分を出すよう申請している。
問題の根本はどこにあるか
こうしてニッポン放送株をめぐる動きは大騒動になり、ラ
イブドアの堀江社長は連日テレビに出演し、新聞や週刊誌
を賑わせているが、株の買占めがこれほどまで天下の注目を
集めたことはこれまでなかったといってもよい。
この問題の出発点はフジテレビがニッポン放送株にTO
Bをかけたところにあるが、ニッポン放送が自社より規模の
大きいフジテレビの大株主であり、それが同時にフジテレビ
と株式相互持合いをし、さらに産経新聞社をはじめとする
フジサンケイ・グループの中核となっているという、いびつ
な株式所有構造に問題の本質がある。
ライブドアのニッポン放送株取得のニュースを聞いて、ま
ず私が考えたことは「いいところを突いているな」ということで、新聞社やテレビ、週刊誌からの取材に対してもそう答
えた。
ニッポン放送とフジテレビのこのような株式所有構造が生
まれた背景については、一九五○年代にまで遡る複雑な歴
史があるのだが、小さい会社が大きい会社の大株主になって
いるというところに問題の根元がある。 ニッポン放送の株を
買い占めれば、わずかなカネでフジテレビを支配することが
できる。
そこを狙って村上ファンドや外資系のファンドがニッポン
放送の株を買ったのであり、ライブドアもそれに参戦したと
いうわけだ。 これに対してフジテレビはニッポン放送株をT
OBで取得して、親子会社逆転のねじれを解消しようとす
る。 それならフジテレビはTOBの価格を引き上げざるをえ
ないだろうから、それに応じれば儲かる。
ライブドアにすればニッポン放送、さらにフジテレビを乗
っ取るか、もしそれが駄目な場合はTOBに応じて株を売
って儲ければよい。 これはアメリカやイギリスでTOBが行
われる場合にしばしば行われる作戦である。
73 APRIL 2005
株式会社とは何か
ライブドアのニッポン放送株取得に対して財界人はもちろ
ん政治家までがコメントし、それがテレビや新聞、週刊誌に
のっているが、概してライブドアの堀江社長に対する批判、
あるいは非難の声が多い。
なかには森前首相のように「カネさえあればなんでもでき
るという風潮を作った教育が悪い」という人もいる。 かつて
文部大臣をしていた人がそう言うのだが、カネで株を買うの
は自由なのが証券市場である。 それが駄目だというのであれ
ば証券取引所を閉鎖する以外にはない。
株式会社の最高決議機関は株主総会であり、その株主総会
は資本多数決の原則によって運営される。 したがって株式を
買い占めて過半数の株式を取得すればその会社を支配できる。
これは株式会社の原則であってどこの国の会社法でもそ
うなっている。 もし株式を買い占めて会社を乗っ取ることが
できないようにするというのであれば、それは株式会社であ
ることをやめるか、あるいは株式の公開をやめるべきである。
ライブドアがニッポン放送株を買い占めたことはなんら非
難されるべきことではない。 これに対してフジテレビやニッ
ポン放送側は「電波は国民のもの。 それを乗っ取るのはおか
しい」と言うが、もし本当にそう思っているのなら株式の公
開をやめるべきである。
株式を公開しておいて、その株を買い占めるのはけしから
んというのは余りにも勝手な言い分というより、株式会社と
はどういうものか、ということがわかっていない発言という
しかない。
株式相互持ち合いが崩れていけば株の買占めによる会社
乗っ取りが起こってくる。 このことは以前から予想されてい
たことで、今回のライブドア騒動はその一幕でしかない。 今
後、このようなことが起こってくることが予想されるだけに、
今回の事件は注目される。
おくむら・ひろし 1930年生まれ。
新聞記者、経済研究所員を経て、龍谷
大学教授、中央大学教授を歴任。 日本
は世界にも希な「法人資本主義」であ
るという視点から独自の企業論、証券
市場論を展開。 日本の大企業の株式の
持ち合いと企業系列の矛盾を鋭く批判
してきた。 近著に『最新版 法人資本
主義の構造』(岩波現代文庫)。
危なっかしいライブドア
この点で村上ファンドも外資系ファンドもいいところを突
いているし、ライブドアもそれに乗ったのだと思われる。
このような作戦の知恵を誰がライブドアの堀江社長にさず
けたのか知らないが、おそらく株式市場に詳しい知識を持っ
ている人だろう。 それはライブドアが新株予約権付き転換社
債(CB)を発行して八○○億円の資金を調達し、それを
リーマン・ブラザーズが引き受けるというのだから、このニ
ッポン放送株取得のアイディアもその辺から出ているのでは
ないか、と思われる(リーマンの桂木在日代表はそれを否定
しているが……)。
そしてライブドアのニッポン放送株取得は東京証券取引
所の時間外取引で行ったものだが、経営権取得のためには
公開株式買付け(TOB)を使うか、そうでなければ取引
所の立会場で取得しなければならない。 それを時間外取引
で取得したというのは違法ではないが、しかし問題が残る。
そしてライブドアの新株予約権付き転換社債(CB)を
取得したリーマン・ブラザーズは、堀江社長からライブドア
の株を借りて、この株を売り、そのためライブドアの株価は
急落し、それに連動してニッポン放送の株価も下がるという
一幕もあった。
リーマン・ブラザーズとすれば、これで転換社債を株式に
転換して安くライブドアの株式を取得できるのだから合理的
な行動である。
このような一連の動きをみていて、「いかにも危なっかし
い」という印象を受ける。 「ライブドアはいい線を突いてい
るのだが、いかにも危なっかしい」――連日のように私にか
かってくる新聞社や週刊誌、さらにテレビなどからの取材電
話に対して私はそう答えた。 「へたするとライブドアはつぶ
されるのではないか、という懸念さえある」とも言ったのだ
が、それではせっかくの株買占め劇も駄目になってしまう。
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