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ベスト・プラクティスのその先は
――今回はサプライチェーンの設計方法につ
いて解説してもらいます。 サプライチェーン
のデザインとしてはデルコンピュータの「デル
モデル」が有名ですが、必ずしも全ての会社
がデルモデルを目指すということにはならな
い。 会社や扱う商品によって最適なモデルは
違ってくるはずです。
入江
当社ではクライアントの業界ごとに
「センター・オブ・エクセレンス(COE:
Center Of Excellence
)」という組織を設け
ています。 そこでは産業別のビジネスモデル
を研究・提言している。 例えば自動車業界で
あれば、これからはブランド・マネジメント
がメーカーとして一つの重要な役割になる。
そして自動車のサプライチェーンに関しては
「3デイ・カー」が一つのトピックになる。
――「3デイ」というのは三日という意味?
入江
そうです。 自分の好みの仕様の自動車
を発注すると、三日で届くというサプライチ
ェーンです。
――となると受注生産。
入江
もちろんBTO(Built To Order
)で
す。 といっても、BTOにも色々なバリエー
ションがある。 これは日本語でいうと「注文
対応形態」の問題ということになりますが、
どこまでを実際の注文に先行して、予測に基
づいて作っておくか。 逆に言うと、どのプロ
セスから実際の注文に基づいて動かすか。 こ
横文字嫌いのアナタのための
《第13回》
アングロサクソン経営入門
「サプライチェーン設計の基本とは」
APRIL 2002 68
の切り分けのポイントを、需要予測の可能
性・信憑性、在庫を持つことによるリスクと
いった観点から最適な形で設定する。
――顧客の注文にサプライチェーンをどうや
って対応させるかという問題ですね。
入江
それがサプライチェーンのデザインを
考える上での普遍的な出発点です。 まず顧客
にどうやって対応するかという視点でサプラ
イチェーンの全てを整理する必要があるわけ
です。
――その結果、自動車メーカーのサプライチ
ェーンとしては「3デイ・モデル」が答えと
して出てきた。 「マス・カスタマイゼーション」
が自動車分野にも適用されようとしているわ
けですね。
入江
そうです。 世界の主要メーカーは既に
そこに結論を落とし込んでいる。 そして現在、
それをどうやって実現するかということに取り組んでいる。
――そこでいう「3デイ・カー」とは、これ
まで目標とされてきた「ベスト・プラクティ
ス」とは性格が違うものですね。
入江
ベスト・プラクティスは、その業界や
その業務プロセスにおいて現状で一番優れて
いるものを指しています。 つまり既に実現さ
れているものです。 これに対して「3デイ・
カー」はまだ実現されていないものであり、そ
れを競合メーカーが実現してしまったら自分
が生き残れなくなるというモデルです。 ちょ
っと想像してみても、自動車を買う時に、自
分の好き勝手な要求で生産してくれる。 しか
入江仁之 キャップジェミニ・アーンスト&ヤング副社長VS 本誌編集部
サプライチェーンの一連の業務プロセスのうち、どのプ
ロセスに顧客の注文を対応させるのか。 これを「注文対応
形態」と呼ぶ。 適切な「注文対応形態」を決定することが、
サプライチェーンを設計する時の出発点となる。
69 APRIL 2002
入江
そういう言い方もできると思います。
もともとベスト・プラクティスを探して、自
分の会社とベンチマーキングするというアプローチは、非常にリスクが大きい。 結局、現
状を肯定することが前提になっていますから
ね。 これに対して今、テーマにしているのは
新しいパラダイム、新しい経済
環境の中で何が生き残るのかと
いうことですから、アプローチが
違う。
――いくらベスト・プラクティ
スを目指しても、それを実現し
た頃には、ベスト・プラクティ
ス企業はさらに先に進んでいる。
だから、そのやり方ではいつま
でたっても競争に勝てないとい
う指摘は従来からありました。
入江
それはそうですが、ベス
ト・プラクティスで本当に重要
なのは、同じ業界ではなくて、同
じ業務プロセスで一番優れたモ
デルを目標とすることですから、
全く意味がないということでは
ない。 またベンチマーキングによ
って自社のポジショニングを把
握する。 トップとの差を明確に
することは、改革のドライバー
になる。 何か変革をしようとす
る場合には、必ず様々な抵抗勢
力が出てくる。 それを説得する
も、すぐに納品してくれるとなれば嬉しいで
しょ。 それが半年待ちの会社と三日後の会社
があれば、他の条件が同じであれば、間違い
なく三日後の会社に注文する。
――ということは、ベスト・プラクティスよ
り、さらに進んだモデルということになる。
ためにはベンチマーキングによって、自分の
会社の実力をはっきり認識するという手法が
今でも有効です。 しかし、それとは全く違う
レベルの問題として「3デイ・カー」は出て
きている。
――ところで、その三日というのはどこから
出てきた数字なんですか。
米国、ヨーロッパ、日本市場等の調査結果
をもとに、COEで様々なトレードオフを勘
案した結果、三日が合理的だということにな
ったわけです。 もっとも、日本の場合は車庫
証明を取るのに五日かかるらしいから、「5デ
イ・カー」でいいのかも知れない。
いずれにせよ、世界の自動車メーカーはブ
ランド・マネジメントを自分の一番の役割と
した上で、JOM
(ジョイント・オペレーテ
ィング・モデル:本誌二〇〇一年四月号参照)として「3デイ・カー」を実現できるよ
うに全体のネットワークを組織しようとして
いる。 その結果できあがるモデルを、現状の
メーカーのモデルと比較すると、どちらが生
き残るかは明らかです。
「注文対応形態」の設定方法
――なるほど。 それでは最初に戻って今回の
テーマである「注文対応形態」について説明
して下さい。
入江
それでは、この図を使いましょう(図
1)。 この図の横串にあるように、注文対応
形態を考えるには、まず「研究開発」から
図1 注文対応方針
注文対応方針
在庫販売
STS
Ship to Stock
見込生産
MTS
Make to Stock
受注組立
ATO
Assemble to Order
受注仕様組立
CTO
Configure to Order
受注加工組立
BTO
Build to Order
受注生産
MTO
Make to Order
受注設計生産
ETO
Engineer to Order
研究開発
設備投資
製品設計
原材料調達
原材料加工
最終組立
出荷輸送
配送据付
顧客
顧客注文
顧客注文
顧客注文
顧客注文
顧客注文
顧客注文
顧客注文
予測主導投資段階
予測主導投資段階
予測主導投資段階
予測主導投資段階
注文仕様構成実現段階
注文仕様構成実現段階
注文仕様構成実現段階
注文対応
実現段階
注文対応
実現段階
注文対応
実現段階
注文仕様構成実現段階
予測主導投資段階
予測主導投資段階
予測主導投資段階
APRIL 2002 70
もう一つ。 スピードの問題
がある。 在庫販売(STS)で
あれば、注文にすぐに対応できるけれど、受注生産ではリ
ードタイムが長くなる。 ただし、
受注生産であれば、顧客一人
ひとりの要望に対応できると
いうトレードオフがある。 それ
を図2では「柔軟カスタム対
応リスク」と表現しました。
――この四つの要素のトレード
オフを検討することで、注文
対応形態を決定できる。
入江
そうです。 それを市場
ごとに検討すればいい。 その
結果、本来は「3デイ・モデ
ル」の自動車業界であっても
そこまでのリードタイムの短縮
が必要ない市場も出てくるか
も知れない。 例えば軽自動車
の底価格市場であれば在庫販売のほうが適し
ているといったことも考えられる。
――他社との競合関係や顧客ニーズなどの市
場環境がそれを決めるわけですね。 そして、そ
の答えが三日であれば、先ほどの一連のプロ
セスの中で、どの注文対応形態ならそのレベ
ルで処理できるかと考えていく。
入江
ただし、それをスタティックに考えて
はいけない。 ちなみに現状ではカスタム対応
で納品するのに平均で十二日から一カ月近く
「配送」に至る全てのプロセスを把握する。 そ
して、この図の中でどこのプロセスまでが予
測主導の投資段階で、どのプロセスからが顧
客の注文に対応した実現段階になっているの
かという確認から始める。
――その場合、どこまで細かくプロセスを整
理する必要があるのですか。 できる限り細か
くですか。
入江
いやその必要はない。 基本的にトータ
ルのリードタイムがどれくらいか。 そのため
に在庫はどれくらい必要か。 それによって在
庫ロスがどれくらい出るのか、という観点か
ら分析するのに必要なレベルで整理すればい
い。
――本来「注文対応型」は受注生産に近づけ
るほど在庫がいらなくなるわけだから、効率
が良くなるはずですよね。
入江
在庫リスクという観点だけでみれば受
注生産が一番いい。 ただし、他にも考慮しな
くてはいけないトレードオフがある。 それを
整理したのが図2です。 これを説明すると、
受注生産(MTO)もしくは受注設計生産
(ETO)であれば確かに在庫には無駄がな
い。 在庫リスクはゼロです。 ただし、それだ
け稼働率のリスクがある。 在庫を作り置きし
ないMTOやETOでは、ピーク時の注文に
も対応できるだけの生産や物流の能力を押さ
えておかなければならない。 となるとピーク
時以外にはそれだけ設備を遊ばせておくこと
になる。
かかるそうです。 それをどうやって短縮でき
るか。 サプライチェーンの情報システムを活
用することによって先ほどのトレードオフを
変えていくといった改革を同時に進めていか
なくてはならない。
――そこは大変そうですね。 ところで「3デ
イ・カー」の場合の注文対応形態は、どの当
たりに落ち着きそうなのですか。
入江
受注仕様組立(CTO)から受注加工
組立(BTO)の範囲です。 CTOというの
図2 注文対応方針の改革の方向 分解点の移動による事業リスクの変化
在庫販売
STS
Ship to Stock
見込生産
MTS
Make to Stock
受注組立
ATO
Assemble to Order
受注仕様組立
CTO
Configure to Order
受注加工組立
BTO
Build to Order
受注生産
MTO
Make to Order
受注設計生産
ETO
Engineer to Order
事業リスク
コスト
スピード/カスタム対応
在庫保有コスト増加リスク
注文に先行し在庫投資を
することによるリスク
生産物流コスト増加/
稼働率低下リスク
計画的に製品を生産提供す
ることによる生産平準化、
計画生産配送、量産効果で
の間接コスト削減が享受不
能となるリスク
柔軟カスタム対応リスク
統一製品の開発、生産等へ
投資するリスク。 顧客ニ
ーズが多様化するとリスク
が増大する
注文対応方針
迅速対応リスク
顧客受注から納入までのリ
ードタイムの長期化リスク
顧客要求リードタイムが短
い(不確実性が増す)とリス
クが増大する
71 APRIL 2002
はそこに多くのバリエーションがあるわけで
すね。
入江
そうです。 ITでトレードオフを克服する
――情報システムをどう使うことでトレード
オフを変えるのですか。
入江
例えば受注生産にシフトした時に増加
する生産物流コストの増加リスク、つまり稼
働率が低下するリスクについ
てであれば、できるだけ少な
い生産物流能力で、できるだ
け多くのニーズに対応できる
ような受注管理の仕組みを、
ITを使って作る。
――どういうことですか
入江
その場合には需給調整
機能が大きなポイントになり
ます。 注文を確定させる時に、
価格、納期、カスタム対応と
いった全てのファクターを可
変にして、そのなかで最適な
回答を得る。 それが、最先端
のITを活用すればできるよ
うになってきた。 供給能力が
固定している業界であれば、
価格をドライバーに需要を変
動させて、コストを最小化し、
利益を最大化するということ
ができるようになってきた。
は注文を受けてから最終組立する。 これに対
してBTOというのは、最終組立に必要な材
料の加工を、注文を受けない限り始めないと
いうものです。 ちなみに従来の自動車産業は
大半が見込み生産(MTS)であって、ディ
ーラーでオプションを付けたりするのがせい
ぜいだった。 顧客の注文通りの商品を届けよ
うとしたらリードタイムがかかり過ぎていた。
――BTOとCTOの間といっても、実際に
――そうした改善によって生産コストの増加
リスクは回避できるわけだから、相対的に在
庫を持つリスクが大きくなり、注文対応形態
は受注生産のほうにシフトする。
入江
さらに受注生産におけるスピードのリ
スクもITによって改善されようとしている。
これまでは例えばディーラーで注文を受けて
から、それを工場の生産活動に落としこむま
でに時間がかかった。 最適化エンジン、エー
ジェント技術を使うことで、それを改める。 デ
ィーラーが注文を受けた段階で直接、工場の
作業指示に落とし込む仕組みを作る。 それだ
けリードタイムは短縮される。 さらにサプラ
イヤーとも注文情報をシェアすることで、サ
プライヤー側も常に最新の情報に基づいて供
給体制を見直すことができる。 結果としてス
ピードのリスクが減るといった具合です。
そうやってITを含めた業務プロセス全体
の仕組みを常に改善していく。 それによって、
注文対応形態の形もどんどん変わってくる。
それを追求していくことで、自動車業界では
「3デイ・カー」を実現する可能性が高いと
考えられているわけです。
――それをずっと進めていくと最後は「ゼロ
デイ・カー」でETOになるのでしょうか。
入江
それはどうかな。 だいたいの製品はB
TOからCTOで落ち着く。 注文を受けた後
に設計するというETOまでは、量産品では
まずいかない。 ETOまでやるのはそれこそ
F1のような特殊な自動車に限られる。 また
図3 情報技術/業務改革のインパクト 情報技術/業務改革によるリスクの変化
在庫販売
STS
Ship to Stock
見込生産
MTS
Make to Stock
受注組立
ATO
Assemble to Order
受注仕様組立
CTO
Configure to Order
受注加工組立
BTO
Build to Order
受注生産
MTO
Make to Order
受注設計生産
ETO
Engineer to Order
事業リスク
コスト
スピード/カスタム対応
在庫保有コスト増加リスク
進展の方向性
生産物流コ
スト増加/
稼働率低下
リスク
柔軟カスタム対応リスク
迅速対応
リスク
情報技術/
業務改革
注文対応方針
APRIL 2002 72
て、後は顧客の注文に対応させるという形を
とろうとしている。 とくに欧州系の重電メー
カーはCTO指向が強い。 お客の契約をとる段階で、メーカーから仕様と納期を提案して
いく。 これに対して日本の重電メーカーは完
全なETO型が昔から主流になっている。
――それはどっちが良いの
ですか。 入江
どっちが良いかは、
どのリスクが重要かという
ことで決まる。 その顧客に
とって、一番リスクの小さ
くなるものを選ぶことにな
るため、一概にどっちが良
いとは言えない。 ただし、
産業の特性によって、ある
程度は整理することができ
る。 それが図4です。 これ
にあるように「流通集約型
事業」だと在庫販売に近い。
――流通集約型とは、どう
いう意味ですか。
入江
利益を上げるために
は、流通が最大のボトルネ
ックになるビジネス。 つま
り客が欲しいと思った時に
その場に在庫がないと売れ
ないタイプの商品。 缶ジュ
ースや乾電池などがそうで
す。 そうした商品は在庫販
他の産業では発電所や戦闘機などです。
ところが、こうしたETOが当たり前の分
野は、むしろ現在、受注仕様組立のほうへシ
フトしようとしている。 狙いはリードタイム
とコストの削減です。 原子力発電所といえど
も、ある程度、汎用的なモジュールを用意し
売。
これに対して「原材料集約型事業」という
のはパソコンがその典型で、特定の部品が調
達できない限り、生産できない。 従って、そ
うした材料をどれだけ上手く活用するかとい
うことが重要になる。 結果として注文対応形
態はBTOやCTOになる。
もう一つの「設備投資型事業」とは、設備
投資の意思決定が全ての成否を決める半導体
のような産業です。 日本の半導体産業は今、
総崩れになっていますが、これは設備投資の
意思決定の問題だった。
――基本的には、いわゆるマス・プロダクト
と呼ばれる商品が図の上のほうに来て、高額
で複雑な勝因が下に来るわけですね。
入江
これまではそうでしたが、これからは、
それをいかに組み合わせていくかが大事になる。 マス・プロダクトの効果を特注品にも適
用するといったことを考えて、他社と差別化
していくわけです。
注文対応方針
図4 各業種における採りうる注文対応方針
在庫販売
STS
Ship to Stock
見込生産
MTS
Make to Stock
受注組立
ATO
Assemble to Order
受注仕様組立
CTO
Configure to Order
受注加工組立
BTO
Build to Order
受注生産
MTO
Make to Order
受注設計生産
ETO
Engineer to Order
研究開発
設備投資
製品設計
原材料調達
原材料加工
最終組立
出荷輸送
配送据付
顧客
顧客注文
顧客注文
顧客注文
顧客注文
顧客注文
顧客注文
顧客注文
設備集約型事業
原材料集約型事業
流通集約
型事業
分岐点
分岐点
分岐点
分岐点
分岐点
分岐点
分岐点
Asset
Intensive (AI)
例:半導体
Material
Intensive (MI)
例:パソコン
Distribution
Intensive (DI)
例:缶ジュース
入江仁之(いり
え・ひろゆき)
キャップジェミ
ニ・アーンス
ト&ヤング副社
長。 製造・ハイ
テク自動車産業
統括責任者。 公認会計士合格後、
約20年にわたり経営コンサル
ティングを行う。 とりわけサプ
ライチェーン・マネジメント分
野では国内屈指のスペシャリス
トして評価が高い。 ハーバード
大学留学を経て、都立科学技術
大学大学院、早稲田大学大学院
などで客員講師をつとめる。 著
書訳書多数。
プロフィール
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