ロジビズ :月刊ロジスティックビジネス
ロジスティクス・ビジネスはロジスティクス業界の専門雑誌です。
2002年8号
特集
中国的物流 低コスト生産の落とし穴

*下記はPDFよりテキストを抽出したデータです。閲覧はPDFをご覧下さい。

AUGUST 2002 12 冷凍食品メーカーの加ト吉が中国シフトを進めてい る。
九三年に山東省・青島に進出を果たして以来、現 在までに計九カ所の生産拠点を立ち上げた。
いずれの 拠点も従業員一〇〇〇人超の大規模工場だ。
生産品 目はエビフライ、寿司ネタ、鶏唐揚げ、冷凍野菜など。
ほぼ全量を日本に輸出している。
出荷量は月間で四 〇フィートコンテナ三五〇本分。
日本における総売り 上げの約三〇%を中国での生産で賄っている。
かつて同社は本社を置く香川県・観音寺市を中心 に「フローズンタウン」と呼ぶ冷凍食品の企業城下町 を形成する構想を掲げていた。
ところが現在、この構 想は文字通り?凍結〞されている。
既に一部では工 場閉鎖も始まった。
今後、日本で生産するのはコロッ ケやレトルトご飯など機械による自動化が可能な製品 だけ。
串差しや原料の皮むきなど手作業が必要な製品 はすべて中国で生産する体制になる。
中国シフトの狙いはもちろんコストだ。
同社の佐々 木三郎常務は「中国の一番の魅力は日本の二五分の 一から三〇分の一程度と言われる格安な人件費にあ る。
日本の場合、そもそも工場で働く作業員を確保す ること自体が難しいうえ、作業員の給与は勤続年数に 応じて伸びていく。
これに対して中国の労働力は豊富。
しかも二〇歳前後の作業員を入れ替わりで常に確保 できるため、人件費を常に一定の水準に抑えることが できる」と、そのメリットを説明する。
サプライチェーンが海外に伸びることでロジスティ クス・コストの増大が懸念されるが、これについても 実際にはデメリットはない。
中国から日本の消費地ま で製品をコンテナで輸送するコストと、それまで同社 がトラックで四国から東京まで陸送していたコストは ほとんど変わらない。
「日本はガソリン代、人件費、高速道路料金など輸 安い人件費を求めて中国に生産拠点を移すメーカーが相次いで いる。
中国政府による経済自由化と物流インフラの整備が急速に 進んだことで、日系企業の中国熱にも拍車がかかる一方だ。
とこ ろが、実際に進出した後になって、多くの企業がロジスティクス の課題に気付かされる。
本誌編集部 送に掛かるコストがすべて高い。
一方、中国はガソリ ン代が日本の三分の一。
高速道路料金は基本的には タダ。
徴収される道路もあるが、どんなに走ってもそ の料金は日本円で数百円程度。
中国のほうが圧倒的 に輸送コストが安い」と佐々木常務。
もともと同社の 扱う冷凍食品は単価が低い上に価格競争が厳しい。
コ スト競争力の高い中国に生産拠点を移していくのは、 同社にとっていわば自然の流れだった。
ところが、実際に進出してみると思わぬ落とし穴に 出くわした。
加ト吉が中国に進出した当時、青島地 区には冷蔵・冷凍品を満足に扱うことのできる定温 物流業者は皆無だった。
パンフレット上で定温物流サ ービスの提供を謳う現地物流企業はあっても、いずれ もサービスの質は日本の業者には遠く及ばないお粗末 なレベルでしかなかった。
コールドチェーンに必須となる保冷コンテナも絶対 量が足りなかった。
加ト吉の海外事業部で中国物流 を担当する竹内伸氏は「地元の輸送業者に頼み込ん で、何とか保冷コンテナを導入してもらった。
しかし、 輸送業者が保冷コンテナの扱い自体に慣れていないた め、当初は商品がダメになるなど苦労した」という。
中国の劣悪な物流品質は加ト吉にとって看過でき ない問題だった。
佐々木常務は「当社は食品を扱う 会社だけに製品の温度管理には細心の注意を払って いる。
安い労働力を使うことによって低価格での製品 供給が可能になっても、品質が悪ければまったく意味 がなくなってしまう」と嘆く。
結局、製品の品質確保のために、加ト吉は自ら中 国本土に定温物流機能を持つことを余儀なくされた。
日商岩井や兵食らとの共同出資で、青島に「青島港 盛国際物流冷蔵有限公司」、煙台に「煙台港和国際物 流冷蔵有限公司」を設立。
山東省の主要二港に冷蔵・ 低コスト生産の落とし穴 第1部 私はもともと青島港を管理・運営する青島市青島港 務局の出身です。
青島港務局は当社の筆頭株主でもあ る。
そこから派遣されるかたちで現在、総経理を務めて います。
役員も港務局出身者が多い。
当然のことですが、市役所や青島港務局に顔が利き ます。
にもかかわらず、今回のコンテナターミナル移転 問題では十分な力を発揮できていないので残念です。
し かし、まだ諦めていませんよ。
何とか港内での用地を拡 大できるよう市役所に働き掛けていくつもりです。
話が前後しましたが、実は今、青島港ではコンテナ ターミナルの移転が大きな問題となっています。
青島市 は青島港から車で一時間ほど離れた「黄島」という場 所に新しいコンテナターミナルを建設中です。
ここ数年 の輸出入量の急激な伸びで青島のターミナルは手狭に なってしまった。
ハード、ソフト面の充実した大規模タ ーミナルを新たに建設することで、青島にさらに貨物を 呼び込もうという狙いです。
コンテナで商売をしている 我々にとってはたいへん喜ばしいことなのですが、この プロジェクトには厄介な面も多々あるのです。
新ターミナルの稼働は今年一〇月を予定しています。
それまでに青島港に拠点を構えるコンテナ業者はすべて 新ターミナルに移転しなければならない。
既存の業務を そのまま継続できるのであれば、移転には大賛成ですが、 移転に伴い市政府から与えられたコンテナデポの用地 は一五〇〇〇平方メートルにすぎませんでした。
現在 の用地の約半分。
これでは仕事になりません。
市の決めた方針ですから文句は言えません。
それに 従うしかない。
そもそも 当社は青島港でビジネス を展開していくうえでの 条件が良すぎた。
港内に 三〇〇〇〇平方メートル ものコンテナデポを確保 できている企業は数える ほどです。
そういう意味では今回の厳しい措置は平等 といえば平等なのでしょう。
当社は移転に際して、とりあえず港外に新たに用地 を取得することで、足りないスペースを補うつもりです。
しかし、従来に比べ利便性が落ちる点は否めません。
青島港の今年度のコンテナ取扱量は前年比二〇%増 の三四〇万TEUを見込んでいます。
既に上半期が終 了した段階で一五四万TEUを確保しており、通期目 標は達成される見通しです。
当社のコンテナ取扱量も 堅調で、今年六月の取扱量は八〇〇〇TEUと単月ベ ースで過去最高を記録しました。
営業収入が年率で一〇〜一五%伸びるなど当社の業 績も好調です。
ただし、不安材料は山積しています。
前 述したターミナルの移転問題もそうですが、日本では今、 中国産冷凍野菜の残留農薬が問題になっているでしょ う? その影響を受けて、全体の六分の一を占めるリ ーファーコンテナ(保冷コンテナ)の取扱量が落ち込ん でしまうのではないかと心配しています。
(談) 特 集 13 AUGUST 2002 冷凍倉庫を建設した。
「本来はコストを抑えるために も物流を第三者に任せたかった。
しかし当時はとても 外部委託できるような環境にはなかった」と竹内氏は 述懐する。
このうち青島港盛国際物流冷蔵には資本金六八〇 〇万元のうち一四%を加ト吉が出資している。
青島 港にある同社の二階建ての冷凍・冷蔵倉庫は保管能 力約三〇〇〇トン。
この倉庫に世界各国から調達し た水産品を集め、中国国内の各工場に供給している。
近い将来、加ト吉は中国国内市場で冷凍食品の販売 を開始する計画も持っており、その場合、同倉庫は生 産品を一時保管する販売物流の拠点としても活用す る予定だ。
ただし、中国国内のコールドチェーンについては国 際輸送以上に課題が山積している。
佐々木常務は「ま ず中国には中間流通機能がない。
さらに小売店の冷 蔵保管も怪しい。
末端の温度管理の指導や、配送を 当社自身で手掛ける必要が出てくるかも知れない」と危惧している。
中国進出の物流リスク 昨年十二月、中国はWTO(国際貿易機関)に加 盟した。
これによって今後数年以内に、貿易制限や国 内販売制限など、現地の外資系企業に課せられてい る各種の事業規制が撤廃されることになった。
急ピッ チで経済成長とインフラ整備が進み、政治的にも安定 した現在の中国は、世界で最も活気のある国の一つに 挙げられる。
農村部に膨大な数の労働人口を抱えているため、他 の東南アジア諸国で起こったような、経済成長に伴う 極端な人件費の高騰も見られない。
少なくとも今後、 北京オリンピックの開催される二〇〇八年までは、現 青島港盛国際物流冷蔵有限公司 高 武 総経理《企業概要》 九五年設立。
現在、従業員は約七〇人(アルバイト含まず)。
主 な事業は冷蔵・冷凍倉庫の運営と、青島港で輸出入されるコンテナ 貨物(定温とドライ)の取扱。
コンテナ取扱量は年間六万TEU (二〇フィートコンテナ換算)で、青島港では集運、エバーグリー ン、コスコに次ぐ第四位。
二〇〇一年度の営業収入は一九〇〇万元。
内訳は倉庫事業が三六〇万元、コンテナ事業が一五四〇万元だった。
営業収入は創業以来、年率一〇〜一五%の伸びで推移している。
上:冷凍倉庫、下:移転問題を抱える青島港 AUGUST 2002 14 在の成長がそのまま持続すると目されている。
日系企業による中国進出には、ますます拍車がかか っている。
特に最近では日本の基幹産業ともいえる電 機・電子メーカーや自動車メーカーなどの動きが目立 つ。
もともと日本メーカーの中国シフトはアパレル製 品や雑貨など、付加価値の低い成熟商品から始まっ た。
中国の労働力を使って大量生産した商品を日本 に輸入し、低価格を武器に大量販売を図るというユニ クロ型のモデルだ。
それが今やハイテクから自動車に至るまで、あらゆ る分野に広がった。
企業城下町を擁する大手メーカー が日本の工場を閉鎖し、中国に大規模工場を建設す る。
日本の産業空洞化がまた一歩進行する。
そんなニ ュースが連日のように新聞紙上を賑わしている。
しかし、ロジスティクスの裏付けを欠いた安易な中 国進出には大きなリスクが潜んでいる。
確かに中国の 人件費は安い。
物流サービスの単価も低い。
数十キロ 先まで真っ直ぐ延びる高速道路、大型のガントリーク レーンが建ち並ぶ港湾施設――。
物流インフラの面で も既に中国は日本を凌駕しているようにさえ見える。
しかし実際には、まだかなりの問題を抱えている。
ソニーは今年、中国に移管したデジタルビデオカメ ラの生産を改めて日本に戻した。
同社は九三年に上 海に合弁の現地法人を設立し、デジカメの組立工程 を移した。
デジカメ部品の大部分は日本から供給する ことになるが、事前の計算ではそれでもペイするはず だった。
ところが実際には中国の通関で部品調達や製 品出荷が頻繁に滞る。
結局、その分だけ在庫を多く 持たざるを得なかった。
デジカメもまたパソコンと同様、?生鮮品〞と呼ばれ るほど製品ライフサイクルが短くなっている。
在庫を 抱えるリスクは大きい。
「在庫の陳腐化や値引きまで 含めた中国生産のトータルコストを検討した結果、日 本国内で作ったほうが有利と判断した。
結局、中国で 作って競争力を発揮できる商品は、部品を現地調達 できる製品だけに限られる」と同社の担当者はいう。
デルは輸送力の確保に奔走 デルコンピュータも中国進出に際してロジスティク スの課題に直面した。
同社は二〇〇〇年十一月、厦 門(アモイ)に新工場を建設。
この工場から日本に向 けてデスクトップ型パソコンとノート型パソコンを供 給するというプロジェクトを進めてきたが、そこで思 わぬ壁にぶつかった。
工場から約八〇〇メートルの距 離にある厦門空港から日本への直行貨物便を思惑通 りに確保できなかったのである。
デルは代替案として厦門から深 、さらに香港を経 由して日本に出荷するという物流ルートを検討した。
厦門から深 経由で香港に陸送し、香港から直行便 で日本まで運ぶというものだ。
ところが、このやり方には問題が多過ぎた。
まず、厦門と深 で二度通関を切らなければならな かった。
とりわけ深 は華南地区の玄関口として、数 多くの企業が進出している地域。
その税関は混雑が激 しく、通関が切れるまでにかなりの時間を要すること で有名だ。
通関待ちのトラックが数百台で常に列をな している。
そのため「通関処理が一日で終わらないこ とも珍しくなかった。
税関が休みをとる土日を挟んだ りすると、三〜四日掛かることもあった」と新良清オ ペレーション本部長は説明する。
受注生産による「無在庫経営」をコスト競争力の 源泉とするデルにとって、通関に掛かるリードタイム の長さは致命的だった。
顧客に対するサービスレベル の問題だけでなく、分刻みでコントロールしている同 デルコンピュータ日本法人の 新良清オペレーション本部長 2000年11月に稼働したデルの厦門工場 15 AUGUST 2002 特 集 社のオペレーションにも直接影響する。
例えば、通関 がいつ終了するかわからないと、荷受けしてモニター などをセッティングする日本側の物流センターにどれ だけ作業員を配置すればいいかが決まらない。
結局、既存のマレーシア工場からの出荷と同等のリ ードタイムを実現するためには、厦門から直接日本に 供給するしか選択肢がなかった。
そこでデルは中国政 府に対し、新工場の一年間の生産計画などを提示し て「厦門からこれだけの量を出荷する予定だが、何と か直行便を出してもらうことはできないだろうか」(新 良本部長)と改めて打診した。
中国政府から正式に直行便を運航するという回答 を得たのは昨年三月。
既に工場稼働から四カ月余り が経過していた。
実際に厦門から日本への製品の直接 出荷を始めたのは、さらに二カ月後の昨年五月だった。
現在、デルでは厦門〜日本の週六便(名古屋三便、関 空三便)を利用している。
コンシューマー向け製品で あれば、注文から最短で四日、遅くても一週間以内で 納品できているという。
しかし当時は「本当に直行便が飛ぶのかどうか、正 式な回答をもらっても不安だった。
昨年五月七日に中 国東方航空が日本向けの貨物直行便を初めて飛ばし た。
それを確認して三日後の五月一〇日に当社は新 工場からの日本向け製品出荷を開始した」と新良本 部長は振り返る。
3PLへの期待 キヤノンは一九八四年という極めて早い時期に天津 に生産拠点を構えた中国進出の先駆者だ。
その後も 九〇年代に入ると珠海、大連、深 などに相次いで 拠点を立ち上げている。
しかし、中国で生産している のはファクスやプリンターなど比較的、付加価値の低 いコンシューマー(一般消費者)向け製品に絞ってき た。
中級クラス以上の複写機など高額製品については、 いまだ日本や欧米などで生産を続けている。
日本国内の人材活用と付加価値の高い部品開発力 にコア・コンピタンスを置く同社は、他社以上に中国 ビジネスの経験を持ちながらも、これまで全面的な中 国シフトに対しては慎重派だった。
しかし同社の田原 哲郎映像事務機事業本部副事業本部長は「当社も価 格競争力を維持するため、今後は高額製品についても 中国シフトに取り組んでいくつもりだ」という。
実際、中国の技術力はもの凄いスピードで進歩して いる。
香港を中心とした華南地区や上海を中心とした 華東地区では日系や欧米系の部品メーカーがほぼ出 揃った。
キヤノンといえども組み立てに必要な部品の ほとんどを現地で調達できるはずだ。
田原副事業本部 長は「いずれ中国で生産できないという製品はなくな るだろう。
しかし、ロジスティクスのレベルアップが 進んでいない点が気にかかる」と指摘する。
中国のロジスティクスを熟知した3PLに、その課 題を解決してもらいたいと期待している。
もともと同 社は国内チャネルを担うキヤノン販売ともども日本通 運を物流のパートナーとしてきた。
中国でも日通がメ ーンの委託先となっているが、事業部によっては日通 以外の物流業者を利用しているケースも少なくない。
同社ロジスティクス本部の高橋良夫ロジスティクス 企画部長は「本来であればオペレーションは全て一社 に任せるのが理想だ。
しかし、現段階では条件を満た すようなパートナーが見当たらない。
中国で新しい工 場を立ち上げるたびに物流コンペを開いている」とい う。
荷主と歩調を合わせて、日本の物流会社もまた中 国シフトを加速させている。
しかし、現状ではまだ荷 主の期待に十分応えられてはいないようだ。
キヤノンは中国シフトを進めつつある 上:珠海工場のトラックヤード 下:大連工場の生産ライン

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